目標を目の前にして不自然に震える機体。
本来なら無駄な動きでしかないのに小刻みに揺れ続ける。
「近寄るなぁああッ!!」
警告音も直前の会話データも、何もかも忘れたように叫ぶ。
空気を裂くような音と金属音が数発。直後に背を向け走り出す。
『担当エリア離脱を確認。目標ロスト。現フェーズを切り上げプランBへ移行』
出撃中のメンバーへ淡々と流れる情報。受け取った者たちから戸惑いや呆れといったデータが流れていく。おそらく原因にも伝わっているだろうが、あえてデータを送る。
『ウェーブ!!』
一斉のデータ送信に対し、その原因が悲鳴を上げて更に離れる速度を上げた。
今回の作戦にはグラビティーマンが遠隔サポートとして参加し、現場にはウェーブマン、ジャイロマン、スターマンの三体が出撃。途中まで順調であったものの、ウェーブマンの独断によりプラン変更を余儀なくされ、複数あった目標のうち一つだけを達成できずに帰還となってしまった。
幸いな事に全体としては成功。それでも残った一つの失敗は、彼らにとって見過ごせない。
「また失敗か!」
「走るのかなり速かったね」
「う、うるさいッ」
作戦終了後、帰還途中である輸送機の貨物室で三体の会話がポツポツ続く。彼らに目立った損傷もなく、煤けたり擦れたりと簡易メンテで済む程度に見受けられる。そんな中でジャイロマンとスターマンは、お互い適度な距離を空けて適当な物資の上に腰掛けていたが、ウェーブマンだけは貨物室の最奥且つ片隅で彼らに背中を向けつつ、その場に座っていた。お互いがいつもの事なので場所については何も言わずに会話が続いていく。
「別に責めてはいないよ? 対策出来るならそれに越した事は無いだろう?」
それは何度も繰り返し提案されてきた。スターマンでなくとも言葉を変えて場所を変えて、誰かが伝えてきた事。でも一向にウェーブマンの行動は、改善されなかった。案の定、今回も彼らが期待する反応はウェーブマンから返ってこない。さすがのスターマンも苦笑の表情を作っていると、近くで聞いていたジャイロマンが少し大きめの排気音を鳴らした。
「無駄だ。今まで何回繰り返している? そもそも起動して初任務からずっとじゃないのか?」
「それもそうだけどね……」
「もうほっといてくれ!!」
最後には決まってウェーブマンの叫びで終わる。いつものように暴れないだけ随分と安定していると判断した二体は、顔を見合わせてから基地へ到着するまで自分なりの時間潰しを始めた。
その頃、彼らの基地に存在する管理棟の一室では、周辺機器の淡い光に照らされ大小様々なモニターに囲まれているグラビティーマンの姿があった。今回の作戦の事後処理も追加され、手元が忙しなく動き、視線も複数のモニターを行き来しながら一箇所に長く定まる事がない。足元には様々な配線が所狭しに周辺機器を繋いでいるため平たく小さな掃除用ロボットが移動し辛そうに動いているし、近くのテーブルにはE缶や紙媒体の資料など色んなものが無造作に置かれ、雑然としていた。
そんな中でモニターの一つに『Flashman』の文字が定型文と共に表示される。それでもグラビティーマンは無反応のまま。しばらくして平然とフラッシュマンが、紙媒体用ファイルを片手に部屋へと顔を出した。
「勝手に入るぞー」
完全な事後報告なのにグラビティーマンが咎める様子もない。フラッシュマンは無反応すぎる部屋主に首を傾げるが、テーブルの上に彼の目的らしき紙媒体を見つけ迷わず手に取る。その際にグラビティーマンが見ているモニターが彼の視界に入った。すると口元に笑みを浮かべ、紙媒体の資料をファイルに全て仕舞い終わると、グラビティーマンの後ろから近づいてモニターを覗き込む。
「まーたウェーブの失敗か?」
「話しかけないで」
明らかに茶々を入れる目的しかないという態度と口調。今の状況と相まってさすがのグラビティーマンも突き放すような言葉を発した。それ以外に振り向く事も表情を動かす事もなかったが、フラッシュマンにとっては想定内。彼は口元に笑みを浮かべたまま身を引いていくが、思い出したように足を止めた。
「今回も失敗なんて情けなくねぇか?」
その言葉と同時にグラビティーマンの手の動きが止まり、パキッと音が鳴る。
フラッシュマンが視線を動かすと、近くのテーブルに置いてあったE缶が手で軽く潰したように歪んでいた。しかも中身が少し飛び出ており、不自然に大小様々な球体を作り出して宙に留まっている。誰の仕業かなんて考えるまでもない。
「お前も兄弟機の事となると反応す――」
ベキッと音が鳴る。
先程のE缶が完全に潰れ、中身の殆どを宙へと浮かばせていた。その様子にフラッシュマンは、ばつが悪そうにファイルを持ったまま両手の平を見せるようにして肩の高さまで上げてから下ろす。対してグラビティーマンは何事もなかったように手元の動きが忙しない。最後までフラッシュマンを見る事も無かったが、彼は長居は無用と気にせず部屋を後にしていった。それとほぼ同時に不自然に浮いていた球体が次々と落下し、テーブルや床を汚していく。
汚れを感知した掃除ロボットが忙しなく動き始めた。
――数日後。
「さて、ウェーブ。今日来てもらった理由は、わかるよね!」
得意げなスターマンが、両腕を広げて舞台に上がったような身振りで言い放つ。彼を含めた四体が居る場所は、基地内に存在する訓練用施設。そこは名称通り訓練を前提として、メンテやリペア後の機能確認、あるいは機体能力拡張のための実験にも使われる。とにかく壁などの材質が衝撃に強く、DWNが少々暴れても耐えうる設計の施設になっていた。
そんな施設のバスケットコートほどある一室で、スターマンが部屋の中央に立ち、その正面にウェーブマンが立たされている。更にウェーブマンの両斜め後方にはチャージマンとジャイロマンが立ち、定位置からジリジリと下がってくるウェーブマンを頻繁に二体で押し返している。
「お、俺は、知らん!!」
「お前の訓練だろうが!」
「グラビティーにも言われたから来たんだろ」
拒否するように下がってくるウェーブマンを力強くジャイロマンが言葉と共に押し返す。続けてチャージマンも再び下がろうとするウェーブマンを軽く押し返した。正面に居たスターマンは、腕を組んで頷いている。
「何度も失敗すると博士にも申し訳が立たないよ!」
「うぅ……」
流石にウェーブマンもその場で項垂れる。返す言葉もないらしい。それに対してジャイロマンは腕を組んで睨みつけ、スターマンは笑っていた。残ったチャージマンは、部屋を見渡してからウェーブマンを見る。
「まァ、安心しろよ。相手に難しいのは居ねぇからな!」
ガツンガツンと音が出るほどウェーブマンの背中を叩く。彼なりの激励の真似だったのかもしれないが、今の状況とウェーブマン相手では逆効果でしかない。一見しても二段階ほど更に頭が沈んだように見えた。
するとチャージマンの言葉が合図だったかのようにウェーブマンの正面、つまりスターマンの後方にある奥の壁の一部が上へスライドする形で開いた。そこから動きが鈍く材質だけは硬そうな旧式のロボットたちが数体出て来て、壁際へ横一列に整列し始める。いよいよ始まる雰囲気を察したウェーブマンが少し前のめりになりながら悲鳴を漏らすと、見越していたチャージマンが後ろから両肩を抑え込んで動きを封じた。
素早い反応にスターマンが両手を軽く叩き、ジャイロマンの排気音が少しだけ大きくなる。
「とにかくアレを練習台にすると良いよ。クリア条件は、この前の作戦と同じさ!」
「うううッ……」
開始時間が来たと宣言するようにウェーブマンの横を通り過ぎながら言葉を伝えて部屋を出ていくスターマン。次にジャイロマンが少し睨みつけながら彼に続き、最後はチャージマンが「がんばれよ」と、ウェーブマンの肩をガツンと叩いてから部屋を後にした。彼らが向かった先は、この部屋のデータ解析を行う隣の小部屋。様々な角度から確認可能なモニターを備えており、解析機材も揃っている。当然ながら博士も利用するため高い安全基準が設けられていた。三体の移動が完了してからしばらくしてやっと画面越しのウェーブマンが、旧式ロボットに視線を合わせるのが見えた。
「ヒッ……!」
旧式ロボットの赤く光るアイレンズがギラリとウェーブマンに注目している。それでも臨戦態勢すら取らせていないのでまったくの無害なままだ。それなのに彼は、ビクリと反応する。
「ち、ち……」
次の瞬間には、とある衝動がウェーブマンを支配した。
数分後、モニターには散々な結果が映る。問題の彼はそのまま部屋の隅に居た。
旧式ロボットたちが横一列に並んでいた壁とは反対にある四隅の一つ、しかも小部屋側からも離れた場所に膝を抱えるようにして座り込み、いつものように背を向けている。
全てを見ていた三体は、歓迎出来ない方の予想と同じ結果に三者三様の顔をしていた。
「全然話にならん! 一つも達成しないとはな!」
「ありゃ無理じゃねぇか? 最初から考えてねぇ動きだぞ?」
「近づいて小突くだけでも良いんだけれど、上手く近づけないみたいだからね」
それぞれの言葉に何一つ嘘はない。
結果が出る前からジャイロマンは、容赦ない言葉をモニター越しに浴びせていたし、チャージマンが珍しく冷静に見てしまうくらいには酷く、スターマンですら言葉を選ぶ。耐えかねたジャイロマンがウェーブマンの居る部屋へと足を向け――
「大丈夫みたいだよ」
不意の言葉にジャイロマンとチャージマンが反応した。彼らがスターマンの視線を追えば、いつの間にか赤い機体が映るモニターがある。その意味を理解すれば完全に勢いが毟り取られていく。
特にジャイロマンは直前までの彼が嘘だったかのように落ち着き、部屋の端末から訓練の後始末のための手配をし始めた。それを見ていたスターマンが笑い、チャージマンも大きめの排気音を鳴らしてから再びモニターを確認する。
「またなの?」
「う……」
赤い機体――グラビティーマンがフラリと現れた。
問題の彼は未だに部屋の四隅の一つに収まり背を向けて座り込んでいる。後ろから声をかけるとビクリと反応し、何かが漏れ聞こえた。そんな言葉にもならない音を聞きながら、グラビティーマンは彼を見ている。
「十分な能力があるはずだけどね」
その言葉にウェーブマンの頭が少しずつ更に下がっていく。漏れ出るような音も止まり、部屋は静かになった。
「上手く出来ないなら……、ソレ、もぎ取る?」
「――ッ、で、出来る! 次、出来るぞ!」
淡々と告げられた言葉にウェーブマンが勢いよく立ち上がって振り向き、やっと言葉を発した。グラビティーマンが見ているのは、ウェーブマンの右腕。これまで散々問題行動の媒体として活躍しすぎたソレは、よく話に上がる。それでもウェーブマンの大事なモノ。
万が一の事態も想定して機体温度を少し上昇させてしまっているウェーブマンに対し、グラビティーマンは何一つ変化もなく彼の右腕を見ていた。
「良い結果出してね」
「わかった!」
しっかりと言葉が聞こえたからなのか、グラビティーマンの視線は、ウェーブマンの右腕から旧型ロボットたちが居た部屋の奥へと移る。その様子を見たウェーブマンは、力が抜けたように座り込んだ。機体温度も落ち着いていき、膝を抱えるようにしてからグラビティーマンの様子を窺うように背中を見つめる。
グラビティーマンの視線の先に広がるのは、モニターにも映っていた散々な結果。そこには旧型のロボットなど存在しない。あえていうなら水浸しの金属。
それでも状況から何があったのか簡単に推測出来ていた。まず一定の距離を保ってロボットのアイカメラを銛で狙い潰し、視界を奪われた事で動けない相手の動力部へ更に銛で狙い潰す。それをロボットの数だけ繰り返し、崩れ落ちたロボットたちを銛で穴だらけにして頭部及びコアを粉砕。終いにウォーターウェーブでの徹底した電気回路潰し。それによりロボットたちは、間違いなく再起不能の鉄クズとなっていた。
「次は殲滅しないようにね」
「わ、わかってる!」
ウェーブマンに課せられたのは、ほぼ無傷での捕獲。
今回も失敗していた。
終
初出 21.2.6
修正 23.1.18