勢い良く波を突っ切るように船が移動する。
周辺が特別荒れている訳でもないが、スピードを出し過ぎているらしく穏やかには行かない。船内のモニター前では船の持ち主であるパイレーツが苛立ちを見せていた。
「何処のどいつだ! 俺の獲物に手を出してる野郎は!」
モニターにはやや遠くの前方で繰り広げられる船同士のやりとりが映しだされていた。大きな貨物船の近くには明らかに一般的ではない大小の船が数隻ある。
パイレーツが受け持つ海賊船のように装備が徹底しているタイプのものだ。
『Dr.ワイリーの配下の者達と思われます』
「DWNだとすれば、あのペンギンかチビ助か!」
部下たちの報告にパイレーツはギリッと歯を噛み締めた。どちらにしてもいい思い出はひとつもない。しかも最初から獲物を横取りされたという事実に不機嫌さは最悪を突き抜けそうだった。
「テメェらはDWNの船を沈めとけ! 俺は本来の目的通り、あの船に行く!」
それだけ指示すると部下たちは慣れたように動き始めた。目的の船に近づけばDWNの船も警戒して迎撃する動きを見せていた。それを見計らってパイレーツは、一足早く海へ飛び込み、海中から目的の船に近づいて特別なワイヤーで船上へと登り切る。
「……船上にいやがるって事はペンギン野郎しかねぇな。丁度いい」
甲板は既に制圧された後で適度に戦闘能力のあるロボットしか残されていなかった。それらを軽く処理してから船内へと目指す。今も甲板に鈍い爆発のような音が響くので暴れている最中のようだった。
「オラ! 退け! 諦めが悪ィな!」
未だに戦闘中なため、中に入れば忽ち両者からの攻撃を受ける。それでもパイレーツにしてみれば然程問題もない戦力であり、簡単に蹴散らし、ただ一つの機体を探し歩いていた。
意識して騒がしい方へと進んでみるが、なかなか見つけられず、気づけば周囲が最初よりも大分静かになっていた。
「ここか……?」
そしてDWN側のロボットたちが明らかに過剰反応して行く手をなんとしてでも阻止しようとした通路を進む。
突きあたりの部屋前へと辿り着く頃には更に静かになっていたが、予想外にもドアが壊された形跡もなく無傷で存在している事に、パイレーツは少しばかり驚いていた。
そして、開くはずもないと思っていたドアは、簡単にパイレーツの動きに反応して開いた。一瞬、罠かと考えたとしても好都合と飛び込むように部屋へと侵入する。
「このペンギン野郎が! 人様の獲物横取りしてんじゃねぇぞ!」
「は?」
「ぁあ?」
問題の部屋は、貨物船にしては不自然なほど機材の整ったラボのようになっていた。
しかも、その奥ににあるコンピューターの前には、パイレーツが予想してなかった赤い機体のロボットが居て、こちらに気づくなり警戒する様子もなく振り向くだけ。
すぐに攻撃してくる様子もなかったが、パイレーツには正体が理解出来たのでツカツカと不機嫌丸出しの歩き方で右手で狙いを定めながら目の前まで歩み寄る。
「なんでテメェがココに居やがる!」
「……誰?」
敵が現れたというよりは、うるさい誰かがやってきて迷惑という不快そうな表情をして一言呟く。それはパイレーツの予想外の言葉であり、呆気にとられ思考停止しそうになり、慌てて熱り立たせるように声を上げた。
「KGNのパイレーツマンだ! 覚えとけ!」
「あぁ、ウェーブ君の友だち? こんにちは?」
「そんなに死にてぇかテメェは!」
強く伝えたはずだったが、それがグラビティーにそのまま重要な事として伝わるはずもなく、興味無いどころか、相手するのも面倒だと言わんばかりの適当さで見繕った言葉を放つ。
それは発言した本人の知らぬ内に挑発としても効果を発揮し、パイレーツが本格的に武器の生成を始め、さすがにグラビティーも反応して身構えるが、それを邪魔するように2機の後方にあるドア付近が一気に喧しくなった。
「今だ! 構わず撃て撃て!」
「チッ」
「うるさいな……」
パイレーツがこの部屋に来る途中、警戒にあたっていたDWNのロボットたちを排除したため、元々居た貨物船の警備ロボットたちが勢いづいて突入してくる姿があった。
当然2機は、そちらを優先し、パイレーツがリモートマインを投げつけて最初に爆破を起こし勢いを殺していく。
その間にグラビティーは、周囲をキョロキョロと眺めた後で近くに放置してあった小型の機材に目をつけ、グラビティーホールドを発動し、ドア付近にいるロボットたちに叩きつけた。
重力そのものと向きを調整されただけでも威力は十分に凶悪となっていた。
「なんだコラ! 横から邪魔すんな!」
「君もうるさい」
パイレーツは、もう少し暴れる事が出来ると踏んでいたにもかかわらず、拍子抜けするほど簡単に警備ロボットたちが片付いてしまった。それには不満が募るばかりで、八つ当たりにグラビティーを怒鳴りつけると、次の瞬間には天井に落下していた。
何かに突き上げられたのではなく、自然と落下してから天井に押さえつけられている状況に不満も忘れて狼狽したようだったが、すぐに元凶の疑いのあるグラビティーを睨みつけた。
「ふざけんな! 何のトリックだ! この野郎!」
最初よりも騒ぎ立てているはずなのに、グラビティーは気にした様子もなく何かのデータチップを回収して、通信を始めていた。
その余裕めいた動作すらパイレーツにとっては気に食わない事ばかり。そして、何かを思いついて密かにニヤリと笑う。
「ウェーブ君? 回収終わったよ。それで、ちょッ」
機体が重く天井に押さえつけられる中でも全然動けないわけではなかった。それに気づいたと同時に全力に近い出力でリモートマインをグラビティーへ投げ飛ばす。それは機雷であり、短距離ならばパイレーツが自由に起爆できる。
そんなモノが視界に入ってきたグラビティーは、さすがに驚いた顔をして部屋の隅へ飛び退きながら爆風で少し壁に叩きつけられる。
「危ないなぁ……」
「悠長に通信なんかしてんじゃねぇぞ! ペンギン野郎が居なくともやる事は変わらないからな!」
グラビティーが壁に叩きつけられた事でグラビティーホールドが解除され、パイレーツは不慣れながらも綺麗に着地すると壁際にいるグラビティーに狙いを定めた。
グラビティーは、少し顔を歪めていたが、すぐにいつも通りの表情に戻る。
「そんなにウェーブ君に会いたいなら、すぐ会えるよ」
「は?」
その言葉の直後、再度その部屋に2機のやり取りを中断させるように海水が波を作って邪魔なモノを押し流すように入ってきた。当然、部屋の中の足元が水浸しになり、グラビティーはフワリと浮かび上がる。
「大丈夫か! グラビティー!」
続いて入ってきたのは間違いなくパイレーツが最初に予想していたロボットだった。
パイレーツに目もくれずに駆けてきた勢いのまま、グラビティーの下へと駆け寄る。まさか海水らしきモノと一緒にやって来るとは思ってなかったパイレーツは、少しだけ反応が遅れていた。
「……これからって時に、邪魔が好きな奴らだなテメェらは!」
やっと声を上げれば、今更気づいたらしいウェーブが驚いて身構えながら振り返り、グラビティーは面倒臭いという顔で既に戦う気はないらしくゆっくりと出入り口のドアの方へと流れていく。
ウェーブもグラビティーの行動を理解しているのか、パイレーツから守るためグラビティーを隠すように立ち位置を変えてく。
「海賊! やっぱり貴様か! グラビティーに手出しさせん!」
「うっせぇ! とにかく盗んだもん返せ! 全部俺んだ!」
「黙れ海賊!」
「こっちの台詞だペンギン!」
パイレーツがリモートマインを数個投げつけるとウェーブがウォータウェーブで持ち上げて天井へと運ぶ。するとそのまま爆発して水しぶきと同時に爆風が襲い、天井に大穴が開いて上の階の天井が丸見えになる。
「程々に遊んだら帰って来てね、ウェーブ君」
「任せておけ!」
「何が任せろだ!」
先ほどよりも急いだ様子でグラビティーは部屋を後にし、それが気に入らなかったパイレーツがリモートマインを繰り出すも、やはりウェーブが阻止して天井が無くなっていき、吹き抜けのようになっていく。
部屋を少し離れても争いの音は震動になって聞こえていた。グラビティーは適当な出入り口を見つけてそこから外に出る。
「あれがパイレーツ君の船かー……」
潮風の中、貨物船から見渡せる位置でグラビティーの乗ってきた船とパイレーツの船が砲撃などを駆使して戦闘中なのが見えた。
「こっちにも喧嘩売ってるなら、仕方ないよね」
そう言うグラビティーの口元は笑っていて、パイレーツの船を見ていた。
終
初出 2013.6.2
修正 2018.1.19
重力話