▼ パーツ交換 その1
:双子と磁石と独楽


 空が薄暗く、森に雨が降っている。
 時折遠くの空から威嚇する雷鳴。雨脚は強くなっていくばかり。
 そんな中、無骨な兵器やロボットが何かを探して彷徨う。雨で泥濘む地面すら気にする事なく、目的達成のため只管に動き続ける。

「油断しましたね」

 雨の音に掻き消されそうな声でポツリと呟いたのはジェミニだった。そして、それに反応したのはマグネット。彼らは、土と岩で出来た薄暗い小さな洞穴の中。広さはそれなりに余裕があっても、天井を見れば彼らが立ってギリギリの高さしかなく、たまにポタポタと雨漏りのように土臭い水が滴る。
 そんな中、アイカメラだけが光を灯していた。

「すまない。処理しきれなかった……」
「貴方のせいではありません。コチラも手加減したつもりは無かったですから」

 任務の完了により帰還途中での襲撃。天候と場所に恵まれず、危うく満身創痍一歩手前。出入り口には、その辺にあった倒木などで隠しているが、近付かれて覗き込まれたら見つかる程度でしかない。
 先程からジェミニが出入り口の右側の内壁に手を添え片膝を付き姿勢を低くしながら周辺を警戒していた。声を発する時は、外に出来るだけ漏れないよう自分より左奥にいるマグネットの方を見て発している。そこであえて通信を使わないのは、襲撃者に傍受されないかという不安要素からだ。ついでにマグネットの方は、機体の状況から仕方なしに腰を落とし、足を伸ばしながら座っている。
 当然ながら襲撃直後に応援要請もしたが、妨害されているのか未だに反応がない。
 各々が反省点をポツポツと零しつつ、洞穴の一番奥にいる仲間へと視線を移す。そこには、アイカメラの光すら灯っていないタップが洞穴の壁に寄り掛かるようにして置かれている。機体に直接的な損傷は見受けられないが、煤けたり泥跳ねで汚れ、特に足元は泥濘みで暴れたのがよくわかる程にドロドロに汚れていた。

「タップが頑張ってくれなかったら、これだけで済まなかったな」
「本当にそうですね。感謝したいですが……」

 二体の雰囲気は、現在の空に似ている。
 森の中という悪路と視界を遮る木々に加えて、雷雨という悪天候が重なった事で音が混じり合い、地面は泥濘む。戦闘を行う場所としては最悪の条件。今でこそ身を隠すために雷雨にも助けられているが、襲撃から身を隠すまでは厄介なものでしかない。
 そんな状況の中で、タップが内部メカへの負荷限界ギリギリまでタップスピンを使用し、二体の盾に徹した事で今に辿り着けた。悪路を極めた場所での行動は、普段よりも更に負荷が強い事は明白。だからこそジェミニとマグネットは、純粋にタップへの感謝と心配しかない。
 結果としてジェミニは、左足に軽微の不具合。マグネットは、左腕に不具合を起こし、右脇腹に被弾していたが右足内部との断線だけで済んでいる。他に二体それぞれ大小様々なヒビ割れや焦げ、傷などがあったとしても悪天候の襲撃を走り抜けたにしては軽い損傷だ。けれど問題のタップは、内部メカの安全装置が働きシステムダウン中であり、再起動を試みている動作音もしているが、未だ起動には至ってない。

「動作音がやや大きくて機体温度も高めだけど適正値内。内部メカの不調で再起動に時間かかってるしかないか」
「それでも早めの帰還に越した事は無いですね」

 何度確認してもタップの様子は、変わらない。今の状態が安定しているように見えて負荷が掛かり続けている可能性も捨てきれない。かといって視覚情報と微かに発せられる音から読み解くのが二体の限界だった。
 しかも現状でやれる事が限られている。時間が経つほどに不利になるだろう事も二体揃って理解していた。会話している間にも刻々と限界が迫っている。だからこそ出てくる言葉があるのかもしれない。

「……俺が囮になる」
「え?」

 不意の言葉にジェミニですら間の抜けた声が出たらしい。
 改めてジェミニがマグネットへと視線を合わせると、タップを見ている姿がある。それから伺える事は、先程までとは違って憂いがない。むしろ戦闘開始直前に見せる強い意志や冷静な判断から来る落ち着きだ。
 ジェミニが戸惑いながらも何か言葉を返す前にマグネットが続けて言葉を伝えていく。

「ジェミニより俺の方が被弾してるが動けない訳じゃない。それに早めに帰還するなら元の機動力からしてジェミニの方が速いだろ?」
「それはそうですが……」

 否定できる要素が何も無かったからこその戸惑い。
 元の性能差からしてジェミニの左足に不具合が出ていたとしてもマグネットよりは速く走れるし、跳躍力も申し分ないだろう。更には、タップを運ぶ事にしてもジェミニならばマグネットほど磁力という不都合がない。それでも今の状況で囮になる事がどういう事なのか理解出来ないはずもなく、ジェミニは、更に困惑していた。
 マグネットの左足は問題ないが、右足が内部で断線していて無傷だろうと動かせない事実は、想像よりも厳しい。
 不具合程度ならまだ動けるかもしれないが、内部で断線しているなら引き摺る事になる。そんな状態で出ていけば、囮よりも的になりかねない。

「今度は俺の番って事で、タップを頼むよ」

 ジェミニは、すぐに了承も拒否もしなかった。ただ納得していないという表情のみ。それでもマグネットにとっては十分であり、決定事項として譲る気が無いらしい。そんな様子を見たジェミニが、仕方なく提案へ応えようとした時、突然ノイズが走る。

『今……どこに、居る……』

 酷くノイズが混じった通信だが、それは間違いなく不機嫌なスネークの通信だった。やっときた通信に対して、慌ててマグネットが応対した。現在位置や機体状況を出来るだけ手短に簡潔に。スネークからは、現状がどうなっていて、妨害がどれだけ酷いかなどが伝えられた。
 その傍らで聞いていたジェミニは、直前の事もあってしばらく拍子抜けた反応をしていたものの、何かに気づくと表情を切り替えた。
 通信に集中しているマグネットの左足を見て考え込み、スネークからの「一時間持たせろ」という最後の言葉でジェミニが珍しく口角を上げた。

「足をください」
「は?」

 直前まで通信していたせいか、今度はマグネットの反応が遅れた。それでもジェミニは関係ないという態度で、もう一度繰り返す。

「だから貴方の足をください」

 まるでE缶でも取ってほしいと言った時のように軽い。しかもジェミニは、視線をマグネットの左足に合わせたままだ。
 既に囮として決定事項だった雰囲気を覆されたマグネットが慌て始めるが、幸いな事に状況が通信一つですっかり逆転している。話の内容に変化が無いにも関わらず、ジェミニやマグネットの表情に今の空のような色は無い。

「俺が行くって言ったよね!?」
「一時間、囮として耐える自信があるんですか?」

 その言葉にマグネットの返答が途切れた。自覚があるらしい。
 始まりは、何時まで続くともわからない囮と言う名の捨て身半分。けれど現在は、時間制限が付いた。一時間という限られた時間であれば、捨て身になる必要は無い。そして、より安定して一時間を耐える事を想定するなら、マグネットよりジェミニだ。機体を持ち帰れるならそれに越した事は無い。

「いや、でも……」
『私が足を寄越せと言っているだろ!』

 お互い譲らずに終わりを見失いかけた会話に、突然三体目が現れた。驚いてマグネットが声の方向へ振り向くと、座るマグネットの右隣にホロが自信たっぷりの笑みを浮かべて立っていた。すっかり視線をホロへと取られたマグネット。それを見たジェミニは、その隙を逃さないようにマグネットの左膝を素早くガッチリと掴む。
 更に重ねられた突然の強行に驚いたマグネットがジェミニに視線を戻そうと反応したなら、今度は質量を持たせたホロがヘッドロックをマグネットへと仕掛け、ついでに右腕も巻き込んで掴むという荒業を披露した。何一つ無駄がない華麗なチームワークである。

「いや、ちょっとまて!?」
「左足なら内部は無傷でしょう? 貴方よりも私が囮役として丁度良いんですよ」
『さすが私! まさにその通りだ!』

 マグネットは、最初こそ抵抗をしようとしたが、土台無理な話。右足は、そもそも断線しているので一切動かず、左腕には不具合を抱えていて上手く動かせない。追い打ちとばかりにホロが首と右腕すらガッチリと捕まえているので完ぺきに無効化されていた。
 最早、囮への仕返しかもしれない。先程までの雰囲気は、見事に吹き飛んだ。ホロは、楽しそうに慌てるマグネットを拘束し、ジェミニは問答無用だと言わんばかりに左足のパージ作業へと取り掛かる。少しだけ騒がしくなった中、静かにタップのアイカメラが点滅していた。

「わかるけど納得は出来ないからな!?」

 色々あったものの悪天候の下で悪路を極めた森の中を逃げ回るという事は簡単ではない。今でも耐えきれる保証が無い事に変わりは無い。けれどジェミニは、作業の手を休めず、ついにはマグネットの左足をパージさせて見せた。そして、自身のパージ作業へと移る。
 その段階でマグネットに対するホロの拘束も解かれた。

「大事な事を忘れてませんか?」
「え?」

 淡々と作業をしながらも会話は続く。ジェミニ自身のパーツは、マグネットより簡単にパージ出来るためすぐに終わり、今度はマグネットのパーツを実際に取り付けて内部調整に入っていた。耐久値や平均出力などが微妙に違うため、出来る範囲でジェミニのパーツと出力が均等になるよう調整していく。
 ジェミニの言葉にマグネットがわからない様子で居ると、サラリと言い放たれた。

「方向音痴の貴方が自力で帰還出来るんですか? 一時間後に迷子の捜索なんて笑えませんよ?」
「!!」

 それは、痛恨の一撃にも似た言葉。
 最初の捨て身ならまだしも、今は自力でココへと戻ってくる必要がある。状況が切迫していて忘れられていたが、耐えられるかどうか以前の大問題だった。
 その一言を聞いてからのマグネットは、急に大人しくなっていく。会話を聞いていたホロも驚くぐらいに落ち込み始め、そろそろ必要がなさそうな雰囲気を察してか苦笑しながら消えてしまった。
 そうしている間にもジェミニのパーツ交換が完了し、立ち上がって足踏みなどを繰り返す。フットパーツのステータスを確認すれば、何も問題ない事が見て取れる。

「ん? あれ? どこ?」

 更に突然聞こえた声に驚いた二体が視線を向けると、アイカメラをしっかり点灯させて二体を見るタップの姿があった。
 タップ自身は、未だに状況がわかってないらしく最初はキョトンとしていたが、すぐにマグネットの無くなった左足とジェミニの左足の間でアイカメラが忙しなく動き始める。
 その動きにマグネットは、居た堪れない微妙な表情をし、ジェミニは自信たっぷりに体をタップへと向けた。

「再起動出来たようですが、機体状況は、どうなりました?」
「あ、機体制御の不具合で首から下の動作制御を一時停止したら起きれた感じだね」

 話を振られたタップの言った内容は、二体が想像していた通りだ。そして、動作制御を一時停止しているというだけあって、首から上はアイカメラや口が動いているが、首から下は、一切動いていない。
 それはタップ自身もかなり抵抗のある選択をした結果らしく、表情は浮かない。

「では、寂しくないようコレを持っててください」
「へ?」

 そう言いながらジェミニは、交換した事で用済みとなった自身のフットパーツをタップへと押し付けた。しかもぬいぐるみを両腕で大事そうに抱きしめる姿勢を取らせる。首から下が動かないタップは、されるがままだった。

「なんで!?」

 タップがジェミニの行動に意味がわからなすぎて混乱したような声を出すが、渡した本人は満足そうにするだけで答える気配もない。マグネットに助け舟を求めるように視線を動かしたとしても、マグネットは落ち込んでいたのが嘘のように笑いをこらえている有様で言葉がすぐに返ってきそうにない。

「それでは、時間稼ぎに暴れてきますので、大人しくしててくださいね」

 一方的に宣言すると、周囲に誰もいない事を確認してジェミニが飛び出していく。そして、出入り口が更に倒木や自然物などで覆い隠され、暗い洞穴に二対のアイカメラの光だけが残った。

「……結局は、方向音痴が決めてかー」

 何とか笑いを堪えきったマグネットがしみじみと呟いていたが、大部分は納得しているようで、最初よりかは落ち込んでいない。今は、一時間待つしか無いのだと切り替えも出来たようだ。
 そんな中、マグネットたちのやり取りの大半を知らないタップは、いつもの調子で口を開く。

「元気出せよ。俺なんて足持たされて意味わからないから」
「それは、笑うから勘弁してくれ」

 さすがに堪えきれなかったのか、マグネットの声が震えた。それに対してタップは、不満よりも悪戯を思いついた笑みを浮かべる。

「もっと可愛いテディベアよこせー!」

 ついにマグネットが吹き出し、タップは満足そうに笑う。
 一時間後、無事耐え抜いたジェミニと到着したスネークがやってきたが、洞穴の中にある理由わからない状態を見たスネークは、呆れかえっていた。

初出 2022.9.5 他ログ
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