戦場となった都市部を黒い影が敵味方関係なく視界を欺き、音も最小限にしてビルの屋上を次々と渡りながら駆け抜けていく。
普段ならば現状報告や指示など色々な通信が飛び交う戦場だが、敵の妨害による不安定さと盗聴の危険性により、あまり意味を成していない状態が続いていた。だからといって放置している訳でもなく、今も不安定さや危険性を解消するべく作業を続けている仲間が居る。
そして、周囲に広がる敵機数が少なくなって来たのを感じ取り、ビルの屋上から低い建物の屋上へと移動し、更に同じ高さの建物の屋上を次々と渡って目的の場所を目指す。ある程度、目的の場所へと近くなると、周囲に敵機が居ない事を注意深く確認してから建物の屋上から飛び降り、地面に着地する動作もなくそのまま建物の影の中へ溶け込んだ。
都市内にあるビルのフロアの1つ、巧妙に偽装されたDWNの仮拠点が構えられていた。
ビルの出入り口こそ警戒するロボットの姿は、見受けられないものの、偽装されているフロア前まで行けば、DWNの特徴を削ぎ落とした凡用な警備ロボットに扮するジョータイプロボットが出入り口ドアの左右に立ち、警備という体で警戒している。
そして、フロア内には、最低限のメンテ器具や補給物資などが集められており、フロアのもっとも奥にある簡易の敷居で遮られた空間にニードルとマグネット、スネークの姿があった。
彼らの周囲には機材が集中し、特にスネークが配線だらけの中心となって忙しなくキーを叩き込み、敵の妨害工作の中和に当っていた。
ニードルとマグネットは、そんなスネークの様子を少し気にかけながら、自身の機体の最終チェックをしている。
そこへ突然、黒い何かが天井からポトリと落ちた気がした。
咄嗟の事でも瞬時にニードルとマグネットが攻撃体制になったが、その何かの正体が確認出来た事ですぐに通常の対応へと戻った。
「只今帰還したでござる!」
「おかえり、シャドー」
床に着地するように現れたのは、シャドー。
仮拠点の外では殺伐としているだろうに相変わらず明るいシャドーの登場の仕方にマグネットは、笑いながら出迎え、ニードルも呆れては居るが他に悪い感情は向けていない。
残ったスネークは、挨拶どころではないらしく、相変わらず処理に追われて見向きもしなかった。けれどその場に居る誰もが理由をわかっているので、反応が無い事について気にする様子もない。
「首尾はどうだ?」
「コチラの予想通りに恙無く」
ニードルがシャドーへ話しかけると、シャドーは自信たっぷりに言い放つ。それを見てからニードルがマグネットへと視線を移すと心得たようにマグネットが軽く頷いて周囲の部下たちへと出撃準備の指示を出していく。
再びニードルがシャドーへと視線を戻すと、頻りに周囲を見回し、帰還した時とは全然違う焦った表情を見せるシャドーがいた。
「どうした?」
「タップ殿は、どちらに?」
そこでやっとその場に居たシャドー以外の者たちが足りないものに気づく。シャドーが普段と変わりない様子で帰ってきたからこそ自然と除外していた事。それは、シャドーと同じように外へ出ていたはずの者が未だに帰還していない事についての心配。仮拠点内が一気にザワつく。
他に指示を出していたマグネットも気づいてシャドーを振り向くと、そのまますぐに今も忙しなく手を動かすスネークに視線を移す。
「スネーク!」
「うるせぇ! 今やってる!」
急かす様子に名前を呼んだとしても、元から忙しなく仕事をし続けてる状況で即座に解決できるはずもなく、機材やキーを叩く音が若干荒々しくなった程度。その様子から周囲が焦ったとしても無駄だという事が伺える。
マグネットが改めてシャドーに話しかけようと視線を戻した時、同時にシャドーの姿形がブレた。それに気づいたとしても止める暇もなくシャドーは自分の影へと溶け込むように消えてしまった。
「とりあえず待機って言いたかったのに!」
「まぁ待つ訳ねぇよな」
マグネットの言葉も虚しく受け取るはずだった相手の姿は、無い。シャドーによる素早く且つ周囲を気にかけない自由な行動を目の当たりにして、ニードルは、深くため息を漏らす動作をしてから仕切り直しとばかりに拠点に居る者たちに再び指示を出す。
スネークの作業は、そのままにし、マグネットとニードルは、本来の作戦通り戦況に止めを刺すべく動き始める。
仮拠点内が更に忙しくなる中、シャドーだけは帰還ルートを巻き戻すかのように素早く駆け抜けていた。
ビルの屋上を渡り歩く際にも最小限の跳躍で滞空時間も削ぎ落としていく。その様子は、焦りや苛立ちが見え隠れし、見慣れていない者が偶然目撃できたとしても解りやすい状態だった。
周囲には、チラホラと敵機が見えたりもするが、特別障害となるほどの能力を持つ敵機が見受けられず、加えて激しく戦闘をしている場所も見当たらない。
それは、既に手遅れか又は上手に隠れているか、運良く入れ違いか。シャドーは、出来るだけ最悪では無い事を願いながら偶に適当なビルの屋上に立ち周囲を見回した。それは、自分も身の危険に晒しかねない行為だったが、今のシャドーには些末な事でしかない。
そして、何度か別々の場所で周囲を見回す事を繰り返した後、やっとビルの影に隠れる明るい色を見つけた。それはシャドーとは違い、時間帯に関係なく周囲に溶け込むには難しい明るいオレンジ。
そこまでわかると、シャドーは他へ見向きもせず一直線に向かっていった。
「タップ殿!!」
少し叫んだ所で届くはずのない距離であってもはやる気持ちを抑えきれずに名前を叫ぶ。案の定、タップの様子に変化は見られず、ビルとビルの間の奥まった路地で、隠れるように壁へ背を預けたままボンヤリと少し俯いて立っているだけだ。
いくら周辺に脅威となる敵機が少ないとはいえ、作戦中の様子にしては少しばかり違和感を覚えるタップの態度。シャドーは、迷わず自分の影へと溶け込み、タップがいる路地の出入り口の影から音もなく黒い何かが重力に逆らうように飛び出し形作るとシャドーとなる。
それからやっとタップの顔がよく見えるまで近づいたと一安心して、更にタップを確認しようとシャドーが視線を向けると、路地の奥には遠くから見た時と同じように壁に背を預けたままのタップが居た。
けれど、その手には敵機に向けるはずの独楽の形をした武器。一瞬、近くに敵機が現れたのかとシャドーが身構えたが、そんな反応もない。そうこうしている内にタップは、迷わずシャドーの居る方向へと独楽を投げた。
それは、予想通りに空中で分裂し1つが3つとなって襲い掛かってくる。
「何をなさるか! タップ殿!」
慌てて言葉を口にしながらも、ある程度方向修正をしながら追尾してくる独楽を全て回避しきるシャドー。目標を外れていった独楽たちは、壁や地面へと激突して小規模の爆発を起こす。そんな中でチラリと見たタップの様子は、意外にも驚いた顔をしていた。
「あ、シャドーか!」
今更すぎる呑気な声に対しシャドーは、呆れる事を通り越しタップと同じように驚いた顔をした。
決して見間違える距離でも無ければ、通信妨害を受けているとはいえ、認識出来ない距離でもない。
とりあえずシャドーは、少し警戒しながらゆっくりとタップへ歩み寄っていく。すると最初とは違って何かする様子もなく、ただタップは壁に背を預けたままシャドーが歩いてくる方向を見ているだけだった。
「タップ殿を心配に思い馳せ参じたというのに余りではござらぬか?」
「悪い、ホントごめん。少し認識関係が鈍くなってて、とりあえず近づいてきたロボットに投げとけばいいかなって……」
少し不満を表したようにシャドーが言葉をかければ、すぐにタップが申し訳なさそうに答えると「シャドーやマグ兄たちなら避けたり相殺できるだろうし」と付け加えて気まずそうにしていた。
その言葉でやっとシャドーは、タップが帰還してなかった理由と状態を理解し、心配で高ぶっていた何かが鎮まっていき、やっと呆れたように軽く溜息をした。
「つまり、内部への負荷で満足に動けぬのでござるな?」
「……ごめん、回りすぎた」
素直に謝るタップは、先程から壁に背を預けたまま極力動こうとしない。それは移動だけでなく姿勢維持にも及んでいるらしく、シャドーが居る方向は見ているものの、それ以上は最初から変わらない姿勢を維持しているので違和感しかなかった。
「通信妨害を受けてるゆえ、代わりに動きまわらなければならない戦場で何をされておるのだ?」
「え、マジで怒ってる?」
「いかにも」
シャドーの声は、珍しく冷静な怒りを感じさせ、タップは、少し怯んだように動揺を見せた。けれどシャドーは、変わらずに肯定し、タップを更に動揺させる。
色々と言いたい事もあるようだが、シャドーの雰囲気に圧されてしまったのか、タップらしくもなく黙り込み、そして罰が悪そうに少しシャドーが居る方向から視線を逸らしながらボソボソと呟いた。
「……俺だって、別に戦いたくて動いてた訳じゃ」
「よもやタップ殿の足で逃げきれぬ相手が現れたとでも?」
「う……、本当にゴメン」
真っ直ぐにしかも普段のシャドーとは違う真剣な物言いに対し、タップは全面的に降参したらしく、落ち込むように視線を伏せながら謝罪を述べた。それを見たシャドーは、タップが本当に反省しているのを感じ取り、少しだけ表情を緩めて普段どおりを意識しながらタップへと更に近づく。
「他に目立った異常がござらぬか? バランサーは異常無いので?」
「……バランサーも少し調子悪い。内部に負荷がかかって、機体制御し難いけど機体そのものは正常……だと思う」
目の前に立つとシャドーは、下から上へとタップの機体に外的異常が見られないか確認していく。普段なら拒否する視線の動き方だったが、今回はタップが悪いと自覚している分、大人しくシャドーの様子を見てながら受け答えしていた。
「確かにフットパーツなどの傷も少ないようでござるな」
「そんなにベタベタ触るなよ!」
見た目だけでは物足りなかったのか他意があるのか、シャドーが当然のようにタップの機体を触りだした事で、さすがのタップも焦ったように手で払いのけようとする。
けれど内部メカの不調により、バランスを取りづらい状態で急な動作は、すぐにバランスを崩す結果となり、シャドーに向かって前のめりに倒れ掛かる。そこで尽かさずシャドーが肩を貸す用に支えに入って倒れ込む事は回避された。
「あ、ありがとシャドー」
「拙者もやりすぎたでござるよ。触り心地も相変わらずで安心したでござる!」
「こんな時に変な事言うな!!」
素直に礼を言ったタップだったが、シャドーの直前までの真剣さを吹き飛ばすような満足げな笑みにタップの何かが弾け飛び、顔の表面や機体温度が少し上昇した。そして、ついつい普段のようにシャドーを押しのけようとして、また転びそうになり、シャドーも心得たとばかりに抱き込むように支えた。
更にタップが自分が悪いとはいえ、抱き込まれた事に対して反論しようとシャドーを見ると、少し寂しげな表情を見つけて言葉が詰まる。
「破壊されていたらと思うと、つい確かめたくなるのは仕方ない事でござろう?」
「……悪かったよ。次からは気をつけるし、無事だったんだから今じゃなくて良いだろ」
普段のように明るく適当な様子ではなく、少しでも真剣にしかも淋しげに言われては、タップも下手に言葉を返せない。だからこそ抱きしめられている事も忘れて素直に答えた。
そこまでは良かった。
「確かに承ったでござる!!」
「は?」
起伏が激しいとは、ある意味シャドーにも当てはまるかもしれない。
出会ってからの表情から二転三転と変化して、現在は、すっかり普段通りのシャドーだった。直前までの表情とは、別ロボットである。
だからこそタップは、反応が遅れた。
「まさかタップ殿からのお誘いとは帰還したら赤飯でござるな! 今日はなんと素晴らしき日かな!!」
「何勘違いしてんだ! 違ぇよクソ忍者!!」
タップにすれば、帰還してメンテすれば異常も全てわかるから大丈夫という体だったらしいが、そんな解釈をシャドーが素直にするはずもない。返ってきたのは、シャドー自身に都合の良い解釈。
それに引きづられるようにタップもいつものように言葉で強く返すが、さすがにもう暴れる事もなくシャドーの腕の中に収まったまま喚く。すると近づく足音が聞こえ、シャドーとタップの表情が戦闘時のモノへと切り替わった。
「話は後でござるな」
「おい、ちょっ、まさか!」
戦うよりも逃げた方が早いと判断したシャドーは、抱きしめていたタップを当然のように横抱きにして抱え込み、そのまま駆け出すと雑居ビルなどの手すりやベランダの出っ張りなどを足場代わりとして軽々と屋上へと到達する。
「やっぱりこうなるのかよ!」
「何か問題が?」
口では色々と反抗しているが、タップがシャドーの腕の中で暴れる様子はない。そして、シャドーもまたそれが当然のようにタップの言葉を不思議そうに聞いていた。
次々とビルの屋上を渡っていく中、下の方では騒がしくなっているが、2機に攻撃が当たるような事は無かった。それよりも既に眼中に無いように移動しながら会話が続いていく。
「恥ずかしいだろ、こんな持ち方……」
「肩に担いでも良かったが、これ以上内部や機体にも負担を掛けられぬでござろう?」
居た堪れないという表情で最後の抵抗を見せたが、シャドーの言葉は、やっぱり正論だった。しかも今でさえ、横抱きの状態であっても極力振動を与えないようにシャドーが気を配って駆け抜けているのが身をもって理解出来ているタップは、次の言葉がなかなか出てこない。
唯一、わかる事は、このまま帰還した際の周囲の反応のみ。
「俺は寝る! 落ちて再起動してた事にしてくれ!」
「承知した」
タップの言葉は、既に色々と諦めたかのようなものだったが、シャドーは、嬉しそうに笑みを作り、横抱きしながらもまるで抱きしめるかのように擦り寄らせる。普段ならば、その時点でタップが抵抗しそうなものでも、今回の事でやっぱり思うこともあるらしく、シャドーに抵抗する事もなく、寝る事だけに集中していた。
結局、シャドーが余りにベタベタとするので寝られず、寝たふりをして帰還する事になっていたりする。
終
初出 2014.9.16
修正 2017.7.9 影独楽
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