▼ オリガミ
 ある日の夕方、定期メンテ明けにスッキリした気持ちでフラッシュマンが何気なく談話室に足を踏み入れた。すると見慣れたオレンジの後ろ姿を見つけて口元が自然と緩む。だが、その周辺の異様さにピタリと表情と足が止まった。
 例え特定が出来なかったとしても談話室に誰かがやって来たという事にすら気づかないそのオレンジは、ローテーブルで一生懸命何かをしていた。その周辺を色とりどりの紙くずがコレでもかというぐらいに散らかり、今もソレを量産し続けている。

「クラッシュ、何やってんだよ……」

 ため息混じりのように呆れた声をかけると、やっと気づいたらしいオレンジ――クラッシュマンが振り向いた。腕は珍しくハンドパーツ。表情に余り変化もないが、フラッシュマンには驚いているのだと理解出来る。

「フラッシュ? もう起きたのか??」
「まぁな」

 定期メンテである事は知っていたらしく、不思議そうにしながら見上げてくる視線。フラッシュマンは、軽く返事をしてから周囲の散らかった紙くずを少しずつ集めて小山を作っていく。すると未だにクラッシュマンが見つめてきている事に気づくと、顔を上げた。

「なんだよ? 定刻通りだろ?」
「……ホントだ。全然気づかなかった」

 今度はフラッシュマンが不思議そうに伝えると、今更気づいたようにクラッシュマンが納得する。改めてシステムへ確認すると時刻がしっかりと過ぎていた。それ程までに真剣にやっていたという事だろうが、フラッシュマンが部屋に入ってきた時の無反応も加えて、少々行き過ぎていると言わざる負えない。

「大丈夫か? お前が定期メンテしたらどうだ?」
「それは問題ない」

 その言葉でクラッシュマンは、一変して少しばかり不機嫌になり、フラッシュマンに背を向けた。それからローテーブルで何かの作業を再開する。聞こえてくるのはカサカサという紙のようなモノが擦れる音と、ビリッという破れた音。その後すぐに新しい紙くずが出てくるので紙を破いているのは確実のようだ。だが、フラッシュマンが集めた紙くずの山とは別の場所へ投げてしまうのだからフラッシュマンも良い気分ではない。

「近くにゴミ箱なり置いてやれよ! 俺が片付けてやったのにそれは無いだろ!!」
「あー……」

 少し大きな声でフラッシュマンが強く出ると、罰が悪そうにクラッシュマンがまた振り向いてゴミ箱へと視線を泳がせる。
 普段あまり使わない談話室のゴミ箱は、既に容量を超えて紙くずが溜まってる状態だった。けれどそれに気がついたフラッシュマンが、呆れながらも紙くずを手早く千切って押し込み、さっさと収めてしまった。それによりローテーブル周辺は、見違えるほど綺麗で元通り近くなる。残っているのは、ローテーブルの上にある綺麗なままの紙と紙媒体で鳥を模した何か。そして、今まさにクラッシュマンによって作られた紙くずぐらいだ。
 それからフラッシュマンがクラッシュマンの隣に座り込み、テーブルに置かれた色とりどりの紙を一枚手に取り、物珍しげに見ながら話し始める。

「それで? 何してんだ?」
「……博士がもう少し制御出来るようになれと言った」

 その少ない言葉からフラッシュマンが予想を立ていく。
 ローテーブルの上には正方形の色とりどりの紙がおいてあり、意外にペラペラとしていて、何かの素材とも言えそうにない。けど見本のように同じ素材の紙で鳥を模したモノが作られている事から、コレがクラッシュマンの目標だと見当がつく。けれどフラッシュマンに少しばかりの悪戯心が芽生えて、あえて話を戻していった。

「だから、なんで紙くず作りまくってんだよ?」
「紙くずじゃない。オリガミだ」

 その単語にフラッシュマンは確信する。ローテーブルに広がる色とりどりの紙は、すべて折り紙であり、鳥を模した何かは、折り紙でも定番の折り方で見本で間違いないと。けれどその見本を見ながら作るクラッシュマンのソレとは天地の差があり、思わず笑いそうになりながらも、更に言葉を続けていった。

「何を作ろうとしてたんだ?」
「つる」

 真面目に伝えるクラッシュマンは、次の折り紙へと手を伸ばし必死に掴もうとしていた。けれどそんな様子などお構いなしに堪えきれなかったフラッシュマンが笑い出す。さすがのクラッシュマンも不愉快そうにフラッシュマンを見た。

「笑うな。折り紙を掴むのも一苦労なんだぞ」
「ある意味天才だな。一つも似通った形がねぇし」

 先ほど片付けたばかりの紙くずは、紙くずと評しただけあってツルには程遠い。ツルと言われたとしても何処が頭だとか判別出来るレベルでもなかった。むしろ何か形を作っていたのかと驚いても仕方ないほどに。
 そんな状態でニヤニヤ笑うフラッシュマンを見たクラッシュマンは、珍しく不機嫌な表情をわかり易く顔に出しながらも手元にある折り紙に視線を落とす。

「上手く出来ないなら天才である必要はない」
「ソウデスネー」

 クラッシュマンは、いつも言葉をそのままの意味で受け取るので、フラッシュマンが意図した内容とはズレていく。けれどフラッシュマンにはわかっている事で、ニヤニヤとした笑みは止まらない。続けて煽るように折り紙を軽く指で掴み、ヒラヒラとクラッシュマンに見せていた。それを見せつけられて更にクラッシュマンが不機嫌になるのは当然だ。

「バカにしてるだろ」
「わかって貰えて嬉しいデスネ〜」

 さすがに理解したクラッシュマンは、手元の折り紙をクシャッと握りつぶし、ゴミ箱へ投げ込んだ。そして、右手を開いては閉じて感覚を確かめる動作を繰り返す。そんな様子を見たフラッシュマンの表情が固まる。

「なぁフラッシュ」

 そこでフラッシュマンは、きっちりと理解した。
 その声が戦闘中に高ぶった時に似ている事、そして、目の前に居るクラッシュマンの表情がまさにそれを表している事を。
 今更ながら一気にフラッシュマンの表情が強張り、引き攣っていく。それと同時に臨戦態勢と同じようなスピードで、この後を予測し警戒しながらも穏便に済む言葉を探し始めていた。

「今殴ってもお前が完全に壊れる事ないよな? ドリルよりマシだろ?」
「言い過ぎた事は、本気で謝るので是非とも止めて頂けませんでしょうか、お兄様」

 今度は態とらしく煽るような言い方ではなく、丁寧な意味での敬称。するとクラッシュマンはピクッと反応し、意外と素直に右手を収めた。その様子にフラッシュマンは、一安心したように緊張していた肩を落としながら大きな溜息をする動作をする。
 クラッシュマンは、まだ少し不満そうだったけれど、煽るような態度ではなかった事が効いたらしく何事もなかったように折り紙を取ろうと手を伸ばす。普段から大人しいので幸いしたが、これが本当の戦闘中であったなら確実に殴られていたかもしれない。フラッシュマンは、密かに反省していた。

「博士は、器用だな」

 先ほどの事があってからポツリと呟いた言葉にフラッシュマンは少しばかり驚く。だが、反省も踏まえて、折り紙を一枚取る事に苦戦するクラッシュマンの代わりに一枚取って渡した。すると今度はクラッシュマンが少し驚いた顔をしながらも素直に受け取り、そのまま折ろうとしてビリッと音を響かせる。

「俺らみたいなロボットを作るくらいだからな」

 ビリッと音がした事に反応して、フラッシュマンは次の一枚を取って渡した。するとまたクラッシュマンは、彼なりの驚いた顔をしたものの少しだけ嬉しそうに受け取り、再びビリッと音を鳴らし表情を暗くする。

「硬い物なら大丈夫なんだけどな……」
「それでも進歩したろ。簡単に落ち込んでんじゃねぇよ」

 本当に最初の頃を思い出せば、E缶ですら持とうとして握りつぶしていた場面を何度も見てきた。それが今では普通に持てるどころか、自分で開けて飲めているので、クラッシュマンにすれば十分進歩したと言って間違いない。
 そんなフラッシュマンの言葉にクラッシュマンは、また驚いたように見上げた。その表情は嬉しさと驚きが混じっていて、珍しい事になっている。

「フラッシュに落ち込むなとか言われると変な感じだ」
「一言多いんだよ! 黙って有り難く受取っとけ!!」

 パシッと照れ隠しのようにクラッシュマンのバイザーを叩くフラッシュマン。それに対してクラッシュマンは、特に抗議する事もない。逆に少しだけ嬉しそうに口元で笑みを作っていた。そして、改めて手元の折り紙を見る。

「フラッシュ、つる作れるのか?」
「作り方さえわかりゃ簡単だろ」

 確認するように首を傾げてクラッシュマンがフラッシュマンを見ると、フラッシュマンは余裕の笑み。するとクラッシュマンは、少し不服そうにしながらフラッシュマンへ鶴の作り方のデータを転送する。それからすぐにフラッシュマンは、頷いて理解し、カサカサと紙の擦れる音とシュッという綺麗な音をさせて完璧な鶴を作り上げていた。その手の動きは、人間と変わりないような滑らかさで、ある意味期待はずれな結果にクラッシュマンがムッとした表情になる。

「フラッシュのクセに生意気だ」
「理不尽すぎるコメントどうも」

 鶴の羽を広げて見本の隣にへと置く。その形は見本に劣らない。むしろ雰囲気がしっかりとしていて、より綺麗に見えなくもない。

「博士と全然変わんないな」
「俺は助手もするから当然だ」

 その言葉にクラッシュマンの雰囲気が暗くなるのを察し、切り替えさせるようとフラッシュマンが一枚の折り紙をクラッシュマンへ差し出す。その差し出された折り紙をクラッシュマンは、眺めるばかりで受け取る様子がない。

「だから落ち込むなって! コツでも教えてやるから!」
「ホントか!」

 途端に表情が明るくなり、そのままの勢いで折り紙を受け取るとクシャッという音を立てて綺麗だった折り紙がシワシワになってしまった。それを見て思わずフラッシュマンが笑いそうになり、誤魔化すように顔に手を当てていると、クラッシュマンも不本意という表情を出して何とかシワを無くそうとしたが、結局はビリッという音がして失敗に終わる。

「次だ! 次! 失敗を気にすんな! このくらいの練習ならいくらでも付き合ってやる!」

 やや早い口調で言われたフラッシュマンの言葉。それに対してクラッシュマンは、一瞬反応出来ずポカンと珍しい間の抜けた表情になる。そこで改めて気恥ずかしくなったらしいフラッシュマンが言葉を加えようとしたのと同時に、それを遮るようにクラッシュマンが真剣な顔で口を開いた。

「定期メンテでおかしくなったのか?」

 真っ直ぐで真面目な表情と声。いつもなら声を荒げる所も指摘された内容に自覚があったため苦笑するしかない。

「らしくねぇのは俺がわかってるから、真顔で言うの止めて貰えませんかね?」

 居たたまれないように言いながらもフラッシュマンが新しく折り紙一枚を手にとってクラッシュマンへと押し付けた。その様子にクラッシュマンは、キョトンとしていたが、最初よりも嬉しそうに折り紙の練習をし始める。




初出 2014.9.16
修正 2021.9.26 光壊


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