▼ 泡にはならない
:波重力+モブロボ


 青く広い海。そこに一隻の船が持ちうる能力を限界まで使い弾丸のように突き抜けていく。その後方には、その船を狙う一隻の船。
 数が同じだとしても、逃げる船と追う船では立場的優位どころか装備からして歴然としている。逃げる船は、資金しだいの一般的な船でしかなく、追う船は明らかに最低限の武装が施され、国が管理する組織の所有するような船だった。
 先程から追う船より停船命令が引っ切り無しに届いているが、それを素直に受け入れるわけに行かないのが逃げている船だ。
 このまま行けば、威嚇射撃で収まらない状況になると予想される。

「まだこの海域を抜けないのか!」
「到着予測時間600秒」

 逃げる船のブリッジには、航行に関する事を専門のロボットたち五体が居て、データ処理と船舶操作で忙しない。それらに対し、今回の船長にあたるDWNのウェーブマンが仕切りに言葉を投げつけ、各ロボットから返ってくる言葉も強く発せられる。感情が篭っているはずがない言葉なのに焦りが伝わるような状況だった。
 そして、そんな状況の中に居て、未だ動揺一つもなく存在するもう一体のロボットがいた。

「追い出されるのは癪だけど、どうみてもあっちの装備の方が上だね」

 不意にポツリと呟かれた言葉は、ブリッジ内によく通る。操舵関係を担当しているロボットたちは特別反応を返していないが、ウェーブマンだけは違った。
 明らかに大袈裟過ぎる程ビクッと反応し、隣に居る自身の兄機、グラビティーマンを少々怯えた様子で見る。

「す、スマン、グラビティー。まさか、その、偽装が……ッ」
「仕方ないよ。いつもならバレてないはずだったから」

 言葉を詰まらせ、グラビティーマンの様子を伺いながら話すウェーブマンは、他のロボットに対して大きな声を発していた姿とは似ても似つかない。
 ウェーブマンの言う偽装とは、この船の事だ。下手に武装しても目立つ事は必至なので、一般的な船を装い航行していたが、何が切欠か何処かの巡視船に声をかけられてしまった。そして、現在へと至る。
 当然、DWN所属の船が臨検を素直に受け入れるはずがなかった。

「威嚇射撃です!」
「構わず行って」

 警告音と共にブリッジ内にも威嚇射撃の音が届いていた。威嚇なので被弾こそしないが、そのまま航行すれば次の段階が見えてくる。だからこそ5体のうち1体のロボットが、グラビティーマンへと振り向いた。

「このまま当船の回避プログラムだけでは、被弾する恐れが……」

 残念ながらその通りだった。
 基本的な操舵プログラムだけなら一般レベルではないが、他の装備は追っている船に比べたら丸裸当然だ。まさかDWN所属の船がそんな状態で航行する訳がないと思わせるため、裏をかいたのが仇となり、状況を更に悪化させている。
 そして、刻一刻と過ぎる残り時間に脅しをかけるように威嚇射撃の音が響き渡る。ウェーブマンは、先程と違って状況に苛立ちを見せていたが、グラビティーマンは、淡々としていた。

「だったら僕に全て渡してくれる?」
「グラビティー!?」

 その言葉に驚いたのはウェーブマンだけだった。
 伝えたグラビティーマンも伝えられた操舵のロボットも互いに無表情だ。けれどウェーブマンが驚くだけの意味がある。
 DWN所属の各船には、操舵するロボットが数体セットで乗船しているが、それらは船の管理プログラムをマザーとする部品の1つ、手足でしかない。
 そして今現在、処理能力と動力の限界ギリギリを出し切っている状態だ。それ以上は、安全装置が働いているため不可能であり、逆に言えば安全装置を取り除けたならば可能という事になる。更に安全装置は、マザーたる管理プログラムが生きている間は続いていく。つまり、そういう事になる。

「問題ありません。当船は、貴方がたを無事に送り届ける事が使命です。汚名返上のためにも使い捨ててくださって構いません。貴方がたが無事であるならば、我々の使命は達成されます。どうぞ、ご存分にお使い下さい」

 淡々とした言葉の後に全ての権限が次々とマザーからグラビティーマンへと委譲されていく。元々命令権やマザーを経由するして操舵する権限はあったが、全てを直接操作する権限は無かった。
 グラビティーマンは、更新されていく情報の波を捉えながら並行してプログラムの書き換えを行っていく。そのため一時的に操舵に関する事柄の同調が絶たれ、マニュアルに切り替わったりしていたが、問題なくグラビティーマンは対処した。

「じゃあ、今までご苦労様」

 その一言と同時に各ロボットたちの動きがビクッと反応して止まる。そして、一呼吸置いた後で再起動し、今までとは違う機敏な動きで船の操舵へと当たる。一部のロボットから焦げ臭い匂いが漂ってきたが、グラビティーは構うこと無く自身の実力を持って船の限界を超えた処理をこなしていく。

「ぐ、グラビティー、大丈夫なのか?」

 それまで一切言葉を発してなかったウェーブマンが、不安げにグラビティーマンを見た。けれどグラビティーマンは、ウェーブマンに対し一瞥もくれずに真っ直ぐ進路方向を見据えたまま機体すら微動だにしない。
 そんな中、追う側の船がいよいよ威嚇射撃を終了し、実力行使で停船させる段階へと移った。比較的内部にあるブリッジだからこそ未だ安全だが、船の側面などが穴だらけになっているに違いない。
 更に追い打ちをかけるように、後ろの船から厄介な装備を準備する様子と、追撃用のロボット数体が海へと投下されるのが後方を映す望遠のカメラモニターから見受けられた。

「振り切るまでは保たせるから、小さいヤツ処理して来て」
「わ、わかった!!」

 慌ててウェーブマンがブリッジを出て行く。その際にロボットの1体がショートして崩れ落ちるように倒れたが、既に些細な事として反応を返すものは居ない。
 全てのモニターがグラビティーの処理能力と連動し、最小限の被害を目標にして最大の機能をもって航行していく。
 そしてまた1体が力尽きたように倒れていく。一部のモニターが警告を発し続けているが、それを受け入れる余裕もない。その間にウェーブマンが船体を盾にしながら器用に海へと飛び込んだ。その表情に一切の怯えも怒りもない。

「……うるさいなぁ」

 意味もない呟きをするのは気まぐれか、もしかしたら冷静を保つためかもしれない。
 単なる射撃が余り効果無いとなれば、最後の手段。それは、小型ミサイルだ。まさか追う側の船がそこまで武装しているとは思わなかったが、モニターが次々と警告を発していく。
 モニターから見える予想では、単発であると考えられる事。グラビティーマンは、初めて表情を歪めた。追尾されてしまっては、回避の意味がない。しかも相手は、小型といえどミサイル。1発でも当たれば航行不能になるのは容易い。

「グラビティーホールド」

 小型ミサイルの方向を予想し、能力の射程と船への影響ギリギリを狙って高出力の重力空間を限定的に作り出し、直撃の回避に専念する。
 船の操舵処理、攻撃範囲の予測、重力の操作、全てが積み重なってグラビティーマンに伸し掛かる。全ては一瞬だったが、その一瞬を作る事が大仕事だ。
 けれどグラビティーマンの判断が功を奏して、直撃を免れた船は、爆風を受けながらも航行に異常をきたしていない。そして、2体のロボットが煙を上げて倒れ込んだ。残るは、バチバチと音をさせながらも動き続ける1体のみ。

『グラビティー! 大丈夫か!?』
「平気だよ。でも次は……」

 その会話を遮るように先程と同様の警告がモニターいっぱいに表示される。そして、グラビティーマン自身にも機体内部からの警告とエラー報告が悲鳴のように鳴り響いていた。
 各機能への過度な負荷によるオーバーヒートへの警告だ。要の重力制御が他へ処理能力を取られたまま中途半端に高出力を引き出したため、不安定になりつつあった。そのまま再使用すれば、暴走しかねない。

 発射される小型ミサイル。
 対処のしようがない状況。

 鳴り止まない警告、警告、警告。
 
『ウェーブ!!』

 全ての処理を中断し、一瞬だけ開いた処理の穴を縫うように特殊コードを載せて叫ぶ。その直後、承諾というウェーブからの反応と共に船の一部が爆発した。
 それは、逃げる船にとって致命的であり、航行不能どころか傾き沈没するほどの威力。
 運悪くブリッジにも被害が及び、傾き押し寄せる海水にグラビティーマンが簡単に飲み込まれ、海中へと押し出された。

 白い空気の泡がたくさん溢れ、上へと昇っていく。それに逆らうように船体の一部などが沈んで海の青に飲み込まれていく。
 グラビティーマンも例外なく仰向けのまま海へと吸い込まれていく。

「(……どうしよう。全然、機体が言うことを聞かない……)」

 海中に投げ出された事により警告とエラー報告の量が跳ね上がる。海の上を移動するのだから最低限の防水はしてあるが、水圧に対して簡単に対処出来るはずもなかった。それでも他の陸戦専用DWNよりは頑丈かもしれないが、それだけだ。水中戦用の足元にも及ばない。
 出来る限り最後まで情報を得ようとグラビティーマンは、海面を見上げているが、段々と遠ざかるのがよくわかった。偶に何かが爆発し、何かが高速で移動しているようだが、エラーばかりでほとんど定まっていない。
 わかる事は、自身の船は沈没寸前であり、追う船が健在である事。

『グ…ビテ……ー!』
「(青いな……)」

 雑音に混じって何かが聞こえていたが、グラビティーマンがソレだと判断する事は無かった。ただボンヤリと海面を見つめていた。周囲は暗くなっていくばかり。けれど、何かが周囲の沈む速度よりも速くやって来ているのが複数見えた。

『グラビティー!!』
「(……ウェーブ君)」

 少しずつ乱れていくグラビティーマンのアイカメラが真っ先に捉えたのが、追撃してくるロボットを処理するために向かったウェーブマンだった。



 海へと沈んでいくグラビティーマンの機体を片手で支えるように抱き込み、それ以上沈んでいくのを阻止する。けれどグラビティーマンが、ウェーブマンに反応を返す動きが見られない。

『グラビティー! しっかりしろ! 貴様ら邪魔するな!!』

 必死でウェーブマンが呼びかけるが、グラビティーマンは、ただボンヤリとしたまま動く様子がない。それに追い打ちをかけるように未だに処理しきれてなかった追撃ロボットが襲いかかるが、ウェーブマンが伝わらないとわかっていても激昂したように叫ぶ。
 そして、空いている片手にある銛を使って、グラビティーマンを抱え庇いながら1機ずつ破壊していった。
 その破壊する荒々しさと守る姿勢は、普段の彼からは想像もつかない。

 全てのロボットを破壊し、今度は沈没している船から遠ざかるように泳ぎながら深度を徐々にあげていく。相手に気づかれないように潜行する事も配慮しなければいけないが、グラビティーマンのためには、いち早く海中から引き上げなければならない。
 そんな事実のぶつかり合いに苛立ちが募る中、通信に雑音が紛れ込み、ウェーブマンは驚いてグラビティーマンを覗き見る。

『……ウェーブ君?』
『グラビティー! 良かった! 邪魔な船は、スクリューにモノを絡ませてやった! もう追手のロボットも居ない! 安心しろ!』

 それまでの焦りや苛立ちの反動か、生き生きと嬉しそうにウェーブが言葉を捲し立てる。自分で出来そうな事は、全てやったから誉めて欲しいと言わんばかりの勢いだ。そこには、船上で不安げにしていた姿は、一切見つからない。
 するとやや動作は遅れているが、グラビティーマンは、ウェーブマンを確かに見ていた。

『……ウェーブ君、カッコ良いね』
『…………え?』

 ふわりと一瞬だけ笑みを見せたように見えたグラビティーマンが通信で呟いた言葉にウェーブマンの思考が許容範囲を超えたように一瞬だけ停止する。それでも海中を移動する事を続けていた事はさすがだった。

 その後、救助に来た船により無事帰還出来た2体だったが、ウェーブマンが水中での出来事を確認するようにグラビティーマンへ話したところ「何のこと?」と一蹴されて落ち込むまであと少し。




初出 2018.2.13 波重力


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