冬の森の中で周囲を警戒しながら休憩している一団が居た。
その一団の指揮を担当するのは、フラッシュ。彼を中心にして他のジョータイプたちが周囲警戒し、戦闘以外でのサポート用ロボットがフラッシュの側に付き添う形で立っていた。
当のフラッシュは、タブレットを片手に木にもたれ掛かるようにして立っていた。
「ん? クラッシュは、どうした?」
タブレットで確認していたフラッシュが、不意に静か過ぎる周囲に気づいて顔を上げて視線を動かす。近くに居たロボットは、気まずそうにある方向を示し、そのとおりにフラッシュが視線を動かすと、独特の足音ともに木々の影からチラチラと見えるオレンジ――クラッシュが居た。
それもただ居るだけではなく、木々を器用に避けながらグルグルと同じところを回りドーナツ状に足跡を作る事に徹している。
一瞬、バグッたのかと思ったフラッシュだが、クラッシュについていたサポートロボットたちがそのドーナツ状の足音の手前でオロオロと右往左往している様子に深い溜息が出る。
同時に今もグルグル回る兄機の元へと足を踏み出した。
「うちの壊し屋様は、なーにやっていらっしゃるんですかねぇ〜?」
他のジョータイプたちにはその場で待機と警戒を命じ、聞こえるように態とらしい言葉を言いながら右往左往しているジョーたちの所まで行くフラッシュ。その目の前では、綺麗なドーナツ型に踏み固められた雪道が出来ていた。
森なので周辺は木々に囲まれているにも関わらず、それらを器用に避けて、しっかりと円を作っているだから普段の不器用さは何処へ行ったのやら。
そんな中で、フラッシュの声に気づいたらしいクラッシュが、フラッシュ側から一番遠い反対側で立ち止まり、木々の影から顔を覗かせた。
「なんだ? フラッシュもやりたいのか?」
特に悪びれる様子もなく、平然と言い放つクラッシュ。
その様子にフラッシュの表情が一変し、周囲に居た元々クラッシュのサポートを担当するはずのロボットたちが改めてソワソワし始めた。
「俺が雪遊びするか! 百歩譲ったとしても無ぇよ!」
「100歩以上は、歩き固めたぞ!」
声を荒げて言い返すが、ほとんどは雪に吸い込まれるようで響き渡らない。けれどクラッシュには十分だったらしく、自分の主張のためギュッギュッと特殊な足音を鳴らして歩いてみせた事で、フラッシュの言葉を余り理解してないように見える。
それには怒りを露わにしていたフラッシュの表情に呆れと諦めが混じり始めた。慣れているパターンであっても、反応せざる負えないらしい。
「そうじゃねぇからコッチ帰ってこい! 休息待機とはいえ任務途中だろうが!」
「雪、楽しいぞ? 音が不思議だ」
まるで意味がないやり取り。
クラッシュは、フラッシュに聞こえるようにとその場で足踏みして鳴らしていたが、フラッシュにすれば話を通じてない事を決定づけられたようで頭を抱えていた。
周囲に居た部下ロボットたちは、気遣うような視線を送るが、実際に声をかける事もなく2機を見守る事に徹している。
そして、フラッシュが周囲にも聞こえ、見えるように大きく肩を落として俯き深い溜め息をした。改めて顔を上げた時、その顔は、既に怒りが完全に消滅していて、代わりに呆れ前回の表情になっていた。
「俺の話聞こえてマスカー、早く戻ってきて下サーイ」
「……まだ時間あるんだろ?」
普段から嫌味のように態とらしく敬語を使うフラッシュの姿は、よくある。だからなのかクラッシュも特に驚いた様子がないが、従う様子もない。
何故そうまでして反抗するのかと問いたくなるのを抑え込み、フラッシュは勢いにまかせて強く言葉を発する。
「いいから戻ってこい!!」
「意味がわからないな……」
そこでやっとクラッシュが不服そうにしながらも足を踏み出した。そこまでは上々。やっと変な遊びを止めさせる事が出来たのだからフラッシュも一安心だ。
そして、クラッシュがフラッシュの言葉通りに少しでも早くとドーナツ状の足跡をなぞるように回り込んで帰るのではなく、直線距離を移動とするのも当然の流れだ。クラッシュでなくとも普通にする事だ。そこまでは良し。
ただ一つ問題だったのは、クラッシュが足を踏み出した先が一切足跡のない新雪のようなきれいな場所であり、深さがわからない場所であった事。
フラッシュが一瞬で「もしも」に気づいて制止の言葉を投げようとしたが遅かった。クラッシュは、綺麗にスッポリと下半身を雪の中へと埋めてしまった。
フラッシュは、しばし項垂れて両手で顔を覆って何かに耐えていたが、切り替えるように顔を上げると同じ間違いをしないようにクラッシュが歩き固めたドーナツ状の小道を利用としてクラッシュの近くへと移動した。
「……マジで何やってんだ」
「驚いた。積もっているもんだな」
雪の中にすっぽりとハマッてしまった本人は、器用に後ろ側にやってきたフラッシュを振り向きながら一切気にした様子もなく喋る。むしろ感動を覚えているような雰囲気さえあった。
けれど対応していたフラッシュは、既に呆れを通り越して残念なものを見る視線を送っている。
「周囲をみりゃわかるだろうが。テメェが沈んでなかった場所は偶々だろ」
「なるほどな」
今更ながら周囲の木々を確認すると明らかに雪がない季節に比べて目線が違うのだ。それは、クラッシュが埋まっている分の高さにも比例する。
それから少しずつ周囲が慌ただしくなる。
何故ならクラッシュは、今現在周囲にいるロボットの中で1番重量があると言っても良い。そんな機体が雪に埋もれたとあれば、対応を間違うと二次災害の危険も否めない。
「どうやって引き抜くか……」
「簡単だろ」
「あッ!」
周囲の部下たちは、何かスコップの代わりになるものはないかと動き始め、フラッシュもそれが妥当な所かと判断し始めた時、クラッシュがフラッシュに背を向けたまま迷うことなく両手を上げた。
クラッシュの両手は、もちろんドリルだ。そして、その動作が何を意味するかもフラッシュには理解出来た。だからこそ言葉を更に発しようとしたのにドリルの回転音にかき消され、更には突然の地吹雪よりも激しい雪の舞い上がりに視界も奪われて蹌踉めく。
ドリルの音が収まると視界が段々と晴れていき、微かに雪が舞う程度。
いつの間にか余分な雪周囲の雪をドリルで吹き飛ばし、固くなった小道へと戻ってくるクラッシュの姿があった。
「凄かったな」
「少しは考えろ! ドリルだって雪専用装備じゃねぇんだぞ!?」
いつもの事ながらクラッシュが気にしたようがない。
周囲は、クラッシュのドリルによって雪をかぶってしまい、白っぽくなっていた。それらをクラッシュがジッと眺めていたが「笑ってんなアホ!」とフラッシュが小突いた事でやっと周囲がクラッシュが笑っていた事に気づく。
とりあえず、雪から抜け出せた事で事態は収束と判断し、大体の部下ロボットたちは、安心していたようだが、彼ら2機をサポートする事に慣れているロボットたちは、未だに警戒している。変な慣れ方をしてしまったようだ。
「ドリルを見せてみろ。隙間に雪入り込んでんじゃねぇだろうな?」
「大丈夫だ。俺は、そこまでわからないヤツじゃない」
そこから小さな攻防戦が続く。
フラッシュは、今後の任務を考えて万が一はあってはならないと、念のためにドリルを確認させろと、手を伸ばすが、クラッシュはそれを拒否するように避ける。
機体の重量があるとはいえ近接ではクラッシュが優勢だ。それから諦めないフラッシュに対抗するようにクラッシュがドリルを回転させて付着していた雪などを飛ばした事でフラッシュが渋々折れて小さな攻防戦が終了する。
「仕事増やすなよ」
「これから気をつければ良い……ッ」
フラッシュが元の待機場所に戻るように足を踏み出そうとし、それに気づいてクラッシュも踏み出すが、途中でクラッシュの言葉が途切れる。
気づけばクラッシュは、また下半身を雪に沈ませた姿を披露していた。どうやら先程の攻防戦により足を踏み出しも問題ない場所を失念していたらしい。
呆れを何もかも通り過ぎ、もはや言葉も出ないという間が抜けた顔でフラッシュがクラッシュを見てから、ゆっくりと近くまでいき、安全な足場で屈み込む。
「……クラッシュ、鶏の記憶力って知ってるか?」
まるで自然と他愛もない話題で話しかけるような雰囲気だった。
けれどさすがにクラッシュもそういう反応を返してきたフラッシュの思っている事を理解したらしく、珍しく動揺の表情を見せていた。
「待て。俺は、悪くない」
「何が悪くないだ! この鶏頭!!」
フルフルと首を横に振って否定するが、これほど説得力がない状況もない。
フラッシュは、言葉とともにクラッシュのメットに軽く手刀を当ててから、周囲の部下たちにスコップの代わりになるものを当ててから改めて探させた。必要最低限で移動してきてしまった事に密かに舌打ちする。
そんな状況でもやっぱりクラッシュは、クラッシュであるらしい。
「せめて鳩と言え!」
「うるせぇ! 掘り出すまで黙ってろ! その後ドリルの確認だ!」
意味不明な主張をした事で2度目の手刀を頂くクラッシュ。
その後も言い合いは続いたが、最初の事もあってクラッシュがドリルを使って暴れることはなかった。
終
初出 2017.2.25 光壊
2/5
prev next