奥様どこへ?前編
ゴーッ
勢い良く立ち上がり、ワークチェアが後ろに下がった。
スマホを持ったまま、ブチキレた顔の数学教師。いや、教師がしていい顔ではない。
そして、この絵面は数ヶ月前にも見たと近くにいる者達は思う。
「おいおい、また脱走でもしたのか?」
「…かもしれねェ…帰」
「帰るなよ」
「………」
ここにいる教師達は嫁の事となるとネジが外れて可笑しくなってしまうものばかり。自分達が裏で何と呼ばれているのか知らないようだ。
数ヶ月前に数学教師、不死川はGPSアプリで嫁が近所のスーパーではない方向に徒歩ではないスピードで移動している事に焦り、嫁が脱走したから帰ると言って午後の授業を放棄して帰ったことがあったのだが、その時と同じ様子だ。
「落ち着け不死川、スーパーかもしれないだろ」
「方向が違ェ」
昼食を食べながらGPSアプリを開き、嫁が家にいる事を確認するのとLINEが来ていないかを確認するのが不死川の昼食のルーティン。
先ほどまで家に居た嫁が動きだし、不死川の予想外の方向へと歩き出したのだ。
「今回、俺は何もしてねぇが、様子可笑しかったりしたのかよ?」
「特に気づきはしなかったが…」
前回の不死川嫁脱走事件は、今、不死川を帰宅させまいと説得している美術教師宇随が、ふざけて不倫恋愛体験アプリを勝手に不死川のスマホにインストールした事により、誤解が生じ嫁脱走に繋がったのだが、今回宇随は特に何もしていないと言う。
不死川の鬼気迫る表情を見て心配はしているのだろう、体育教師冨岡、社会科教師煉獄も2人の様子を見ている。
煉獄は不死川を見ながらも昼食を食べる手は止めずに、リスのように頬をパンパンにして、もっもっ、と効果音が聞こえてきそうな感じで食べ進めていく。そして3つ目のお弁当に手を付けた。
「もう少し様子を見て見ようぜ」
まぁまぁ座れよとワークチェアに押し戻し、不死川のスマホを宇随も覗き込む。
「止まったな」
歩いていたと思われる嫁が止まったのを見て、すかさず電話をかけ始めた。宇随が後ろで聞き耳を立てている。
「もしもしィ、今何してる」
「あ、お疲れ様。今?バス待ってるところだよ」
「何処行くんだァ」
「駅前のスーパーに行くの!ね〜?」
ね〜?は息子に話かけたのだろう。随分楽しそうな声に嘘は無さそうと感じ、不死川も宇随もホッとした。
「そうか…気をつけてなァ」
「丁度バス来たから切るね」
はァ〜〜、一安心したのか不死川も宇随も大きなため息を漏らす。
「やっぱりスーパーじゃねーか」
「いつものスーパーではねェ」
宇随も自分の席に戻り、浅く腰掛けてスマホを開く。
「あ?俺の妻と言うか細君と言うか奥さんも出歩いてる」
「…ふぉへぇほぉへ」
「ウマイっ!」
「何言ってるかわかんねェ、ウマイbotはもう分かったし、宇随もGPSで嫁追跡してるんじゃねーかよ!」
「ひろゆきか!とは突っ込んでくれないの」
GPS追跡はやり過ぎとか言ってたくせに自分もやってるんじゃねーかなどとぶつぶ呟く不死川は、ネットでひろゆきの口癖は見て知っていたがどうでも良すぎてスルー。またGPSで妻の動向を眺めている。
「寂しっ…あーでも、俺の妻と言うか細君と言うか可愛い奥さんもどっこ向かってっかわかんねぇ」
「ふぉへぇほぉへ」
「ひろゆきはもういいだろォ」
「いや、冨岡のがもういい。本気で何言ってるかわかんねぇし」
「ウマイっ!!」
「分かったから、ウマイの分かったからぁぁぁあ!!」
宇随の叫びに最恐と恐れられている公民担当の悲鳴嶼先生に、少し強めに注意されてしまい、嫁好き過ぎカルテットはやっと大人しくした。
つかの間の昼休みも終わり、午後の授業が始まったのだがスマホが気になって仕方がない不死川は普通に授業すると、黒板に書く事が多く、なかなかスマホを覗けない。脱走ではないにしろ、いつもと違うところに行く妻がやはり気になる。生徒には予告なしで悪いがテストをしよう。そうしよう。急なテストで申し訳ないという思いが頭を一瞬過ったが、いや、いつテストをされるか分からないという緊張感を持たせるにはいいかもしれない。そう、プラスに考え、教室に入り、テストをすると答えるとやはりブーイングが返ってきたが教室を一睨みすると静まり返った。
テスト用紙を配り開始させると、生徒達は頭を抱えながら問題を解き始めた。
不死川はノートパソコンを開き、USBケーブルでスマホを充電。GPSでリアルタイムで嫁の動きを確認。確かに駅前でうろちょろしているようだ。ふん、本当に嘘ではないな。
生徒とスマホを時折眺めながらパソコンで仕事を進める。
暫くするとパソコン→スマホ→生徒、忙しく目を動かせている不死川の目に宇随からのメッセージがスマホにポップアップ表示されているのが見えたが、また『俺の妻と言うか細…』の文章が見えたので即座にスライドして消してやった。しつけェ。その後もちらほらメッセージを送ってくる宇随に苛々し、後で文句を言ってやろうと思っていると次のメッセージに『駅』と言う文字が見え、反応して思わずメッセージをタップしてしまった。
『俺の妻と言うか細君と言うか美人な奥さん東キメツ駅にいるみたいなんだけど、不死川んとこは?』
『おーい!無視してるだろ!分かってるんだからな!』
『もしかしてさ、これ一緒にいんのかな?』
『ちょ、ねぇ?実弥くん?寂しい』
『駅のどの辺にいるのっ!かなっ!?』
寂しいじゃねーよ、コイツ本当に授業してンのか?と思ったが、一旦それはどうでもいいので置いといて夢と宇随のとこの嫁が一緒にいるかと言うことが気になった。
別に友達と駄弁るぐらい問題はない。ないが、何か…何かあるのではないかと感じるものがある。
『うちのも東キメツ駅にいる』
『やっぱりな!一緒にいそうじゃね?』
『聞いてないのかよ』
『返事が帰って来ない〜』
なんだよ、使えない奴だ。なんて思いながら、宇随の嫁も東キメツ駅にいるらしいが一緒にいるのか?と聞いても俺にも返事は来ないし、既読も付かない。ふざけンな、元々集中出来ていなかった仕事がより、と言うか仕事どころでは無くなった。
授業が終わり、速攻で電話をするも出ない。何やってンだよアイツ。これはお仕置きものだが第二子を妊娠中だからできない。産後覚えとけよ。ぐちゃぐちゃのぎったんぎったんのめちゃくちゃの…
「おい、不死川!GPS見せろ!」
「おいっ!何勝手に!」
ムカつくことに、身長も腕の長さも宇随の方が勝っている為に俺の手から奪われたスマホを取り返せない。
「あー確定だわ」
「あ゛ァ?何が、つか返せ」
俺のスマホを奪った宇随が自分のスマホと見比べた後に、これを見ろと二つのスマホの画面を見せて来た。
先ほどまで動かなかった夢のGPSが移動していて、宇随のスマホを覗くと同じ地図で同じ動きをしているのが分かる。
「一緒だろうな」
「…だなァ」
一先ずは安心したろ?そう言う宇随の言葉を否定はしないが、電話に出ない返信来ない状況は変わらない為に落ち着かない。
「何をしている!次の授業に遅れるぞ!」
「そうだな、不死川行こうぜ。嫁達は一緒に買い物とかしてんだろ、そっとしといてやろーぜ」
「君達の嫁は大丈夫だ!後で分かる!それでは俺も授業に向かうとしよう!」
「はぁ?」
「あァ?」
「おい!煉獄!どーゆー意味だよ!おぉぉぉぉいっ!」
end.
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