おいぬ様 肆 〜前編〜
「よぉ」
以前より、行動範囲が狭まった夢は神社の境内で日向ぼっこをしていたが、今、目の前の人物に驚いて、神社の境内から転げ落ちそうになった。
おっと、危ねぇ。軽々と大きな手が子犬の夢の身体をむんずと捕まえる。いきなり目の前に現れた見たこともない大男。それはあまりに突然で、ポカポカ陽気にうつらうつらしていた頭では理解が追い付かず、ただただ硬直する。
「お前か?」
な、なんなんだろう。
そして、落っこちそうになった夢を助けただけかと思ったが、放してくれない。放すどころか顔の近くに持ってきて匂いを嗅がれた。
「間違いねぇ、プンプンするぜぇ」
…臭いと言うことだろうか。
少なからず落ち込んだけれど、それより目の前の大男が何をするか分からなくて、恐ろしさから自然に尻尾は下がり、足の間で縮こまっている。こちらは怯えているのに反して大男は妖しく笑う。
「不死川はどこだ?」
「…クゥ〜ン」
どうしたらいいのでしょう。
今、私は謎の大男さんの懐に入れられ、逃げようとしてみたけど、やはりそれは許してもらえないようで、大人しくしていろと言われた。犬型だと言葉を発する事が出来ない。
そのうち不死川帰って来るだろう。と呟いた大男さんの身体が浮き上がり、ばさっばさっと大きな鳥が羽ばたくような音を立て、近くの高めの木に移動した。
驚いた。大男さんの着物の懐から顔を出しているので後ろは見えないが、この大男さんの背中には翼が生えているんではないだろうか。やはりと言うべきか、普通の人間ではなかったか。そして、こんな高い所に連れてこられたら、懐から飛び出すことは出来ない。そんな事したら、骨が折れるに決まっている。いや、最悪死んじゃうかもしれない…
私、人質なのかな…また、実弥さんに迷惑を掛けてしまうなぁ。
クゥ〜ンと不安が鳴き声として発すると、大男さんはどうせ不死川の事だから、すっ飛んで帰ってくるさ。それまで仲良く待ってようぜ。なんて言いながら頭をよしよしと撫でられた。悪い人ではなさそうだけれども…
貴方はどちら様なのでしょうか?
大男さんに顎の下を撫でられ、迂闊にも気持ちよくなってしまっていた、その時。
突然響き渡る咆哮。
「お、早速」
途端に木々を破壊する威力の爆風が突き抜ける。
反射的に目を瞑り、次に目を開けた時には空に浮かんでた。
「よぉ!不死川。遊びに来てやったぜ!」
「キャン!」
実弥さんだ。実弥さんが戻って来た。
物凄い剣幕で唸っている。
「テメェ!殺されてーのかァ!夢を返せェ!」
「わかったから、そんな怒んなって」
怖すぎる実弥さんに怯える様子のない大男さんが溜め息をつくと、ばさっばさっと大きな羽音が止まり…急降下した。
「キァァァァアンッ!?」
急降下で内臓がブワッと浮き上がるような感覚で気持ち悪くなり、怖すぎて大男さんの懐で粗相をするところだった。
ぐったりしていると懐から出され、走って来た実弥さんが私の身体を優しく口で咥え、大男さんから離れた。
私を咥えた実弥さんが走りだし、あまりの早さに驚いく。そして首が、首がぐらんぐらん揺れて、頭が…
どうやら寝室に連れて来てくれたようで布団の上に優しく下ろされる。
人の姿になって話したい事はあるが、消耗した身体では人型になる気力が湧かない。実弥さんがそのまま休んでろと言ってくれたので、お言葉に甘えてそのまま目蓋を閉じた。
いい匂いつられて自然に目が開く。
何が起きたんだったかな、あ、そうだ。いきなり派手な着物の大男が現れて…!?
「実弥さん!?」
起き上がり、実弥さんを探そうと寝室の戸を引くと…
「わっ」
「やっと起きたか!」
先ほどの大男が居間で1人で酒盛りをしていた。
こ、これは、どういう事なのだろうか?
どうしたら良いのか分からず、とりあえず大男さんに会釈だけしてみると、台所から来たであろう割烹着姿の実弥さんが、菜箸片手に現れる。
「夢、大丈夫か?」
「あ、実弥さん。はい、またご心配をおかけしました。ところで、こちらの方は…」
「あぁ、コイツは、クソ天狗だァ」
「大天狗、宇随天元様だ」
実弥さんと大男改め、大天狗の宇随さんの言葉が被る。天狗!?天狗って本当にいるんだ。
「おいおい、クソとはなんだクソとは。俺は天狗の中でも頂点に立つ大天狗だぜ」
「頂点!」
「夢、気にするな大したことねェ」
「あぁ?俺様の凄さを説明してやるぜ、その間に不死川は飯の準備してくれ、早く一緒に飲もうぜ。折角の祝いだ」
「…チッ、たく」
祝い?
変な事言われたり、されたら直ぐに呼べ。そういって、実弥さんは台所に戻って行かれる。
実弥さんは夕飯の準備をしてくれているようで、私も手伝いたいと思ったけど、お客様を放っておくのも良くない気がして宇随さんのお酌をする事にした。
「人の姿見て安心したぜ、狼の姿を見た時は子犬だったから不死川のやつ、子供に手ぇ出したのかと思ったぜ」
「ははは、早く大人の狼の姿になるといいのですが」
「匂い嗅いだら不死川の匂いがプンプンしたから分かったが、それじゃなきゃ気づかなかったな。まぁ、あと、1、2年したらもう大人の狼になれんだろ」
宇随さんは、結構話しやすい方でいろんなお話をしてくれた。
実弥さんと宇随さんは古くからの友人らしい。
昔、悪い妖怪や鬼を一緒に退治してたとか。
宇随さんは天候を操れるらしく、自身がお祭り好きな事もあって、お祭りがあると知れば出向いて開催地を晴れにするんだそうだ。祭りの神様らしい。確かに私が暮らしていた町のお祭りで雨が降った記憶はない。つまり、宇随さんが晴れにしてくれていたということ。
そして…
「ま、俺の話はこんぐらいにして、お前ら新婚さんはどうよ」
「へ?私たちですか?」
「おーよ!新婚生活上手くいってるか?俺は嫁が三人いるからな、助言してやれるぜ」
「三人!?」
「おう、美人な天狗の嫁が三人いるぜ!いつか、遊びに会いに来いよ、歓迎する。で、何かねぇんか?」
「何か…」
実弥さんは、何でも出来るし優しいし、困っていることがあるとすれば行動範囲が狭くなっていく事だけど、それは私を心配しての事だし…特に不満はない。寧ろ、実弥さんに私が何かしてあげれる事はないだろうか。
「あの、実弥さんが喜ぶことは何でしょうか?おはぎ以外で」
「おはぎ以外な(笑)そりゃ、アレだろ夜の営み」
「よ、夜の営み、で、すか?」
「分からねぇこたーねぇーだろ?」
勿論、宇随さんが言っている事が分からない訳ではない。けれど、恥ずかしい話題にどう反応したらいいのか。
「お前さん、自分から誘ったことはあるか?」
「私から!?…ないです」
「だろうな。男ってのはやっぱり、助平な事が好きなわけ。口淫はやったことあるか?」
「こう…いん、ですか?」
「そ、舐めるの。不死川のあれを」
「え、え、え、そんな事するんですか」
「男はすげー気持ちいいんだぜ?それに、好きな女にやってもらいたいもんよ」
「ど、どう、やったらいいですか…?」
「簡単には言うと口で咥えて、頭を動かす。口に入らない竿部分は手で握って上下にしごく」
「私に…出来ますかね…」
「出来るさ!舐めてくれるだけでも嬉しいもんだ」
「そ、そうなんですか」
実弥さんのあれ、と言うのはきっと男性の部分のあれの事だろう。宇随様の手の動きが生々しくて、恥ずかしさから顔を覆う。
「ま、頑張ってみろ」
「…はい」
それから、実弥さんがご飯が出来たと言うので料理を運ぶのを手伝いに台所へ行くと、顔が赤い、何の話をしていた。そう言い、目を細められながら怪しまれてしまう。
助平な事を教えてもらいました。なんて当然言えず、言い淀んでいると宇随さんが私たちを呼ぶ声に吊られて、実弥さんの視線から逃れ、お料理を運ぶために台所から脱出。後ろで舌打ちする声が聞こえたけれども今は…気づかぬふりをした。
「さっすが〜独り身長いだけあって…睨むなよ」
確かに実弥さんの作ったご飯は美味しいし、今目の前に用意された豪華な料理もとてもとても素晴らしい。ただ、私が準備していれば宇随さんに冗談は言われなかっただろうから、そこは申し訳ないないと思う。
「早速頂こうぜ。俺様が持ってきた『ふぐ』食ってみてくれ!派手に上手いぜ!」
「ふぐ食べた事ないです。実弥さんはありますか?」
「ねェな」
「ふぐはな、長門国では『ふく』って呼んで、福を呼ぶ縁起物とされてんだ。新婚のお前らには持って来いだろ?」
「あ、ありがとうございます!」
お前が食いたかっただけだろう。と、憎まれ口を叩きながらも実弥さんも嬉しそう顔をしていて、二人で頂きます。手を合わせて、ふくに箸を伸ばした。
end.
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