31話
「待たせてもらえないだろうか」
「あの、失礼ですがどちら様でしょうか」
「俺は水柱、冨岡義勇だ」
「柱の方でしたか、失礼しました。すみませんが、実弥くんからお知り合いではない方を屋敷に上げてはならないと言われてまして…」
「俺は不死川の知り合い、もとい、友人だから大丈夫だ」
「……そうですね!失礼しました。どうぞ、お上がり下さい」
「失礼する」
烏を連れて、腰に刀。そして、隊服を着ていることから鬼殺隊の人だとは思っていたが柱だったのか、それなら実弥くんと同じだし、友人だと言うのも納得。
大人しそうな方だけど、派手な羽織が印象的な方だ。
夢は義勇を居間へ案内して、お茶を出す。
ぐぅ〜
「あの、宜しければ何かの食べますか?」
義勇の腹が鳴ったのがハッキリ分かった。
「いいのか?」
「はい、簡単な物で良ければ」
「出来れば、鮭大根が食べたい」
「鮭?大根ですか?」
義勇に「ブリ大根じゃなくてですか?」と聞けば、「ブリじゃない。鮭だ」と言われたので「鮭ですね、鮭!わかりした。少しお待ち下さい」と居間に義勇を一人残して、夢は初めての鮭大根を作り始めた。
「ブリじゃないのか、鮭なのか…」
どこか腑に落ちない夢はぶつぶつ言いながら、調度鮭の切り身があったので、大根とついでに人参も入れてぐつぐつ煮込む。
これでいいのだろうか、ブリ大根を作る時のように同じく作ってみたのだが、実は鮭大根はブリ大根とは違う味付けだったりしないだろうか。
不安なまま、数十分待たせてしまったが鮭大根が出来た。ご飯を茶碗によそい、出来た鮭大根、お味噌汁に朝食の残りをお盆に乗せ、一人長らく放置してしまった義勇の元へ行く。
「すみません、お待たせしました」
「構わない。こちらこそすまない」
「お口に合うといいのですが…」
義勇の前にご飯を差し出すと、嬉しそうな表情に変わる。来てからずっと、義勇の表情の変わらないので、この人は何を考えているのか全然分からないと思っていたが、嬉しそうな表情が見れてホッとした。
手を合わせて「いただきます」と言った義勇は早速、鮭から食べ始め、そのまま暫く無言で食べていく。
無言は少し気まずいが、美味しそうに食べてくれているので夢も黙る。
「ごちそうさま、美味しかった」
「あ、良かったです。初めて作ったもので、どうかなぁと思ってたので…」えへへと夢が微笑むと、連れて義勇も微笑む。
「…おはぎを持ってきた」
「あ!ありがとうございます。実弥くんも喜びます」
そして、会話が止まってしまった。
「あの、何とお呼びしたら宜しいですか?」
「義勇で構わない」
「分かりました、義勇さんとお呼びしますね。私の事は夢と呼んで下さい」
「分かった」
また気まずい無言の時間が少し流れ、このまま気まずい時間を過ごすのは耐えられない!と思った夢は、義勇に庭に来てくれないかと声をかける。
夢の誘われるがままに庭に着いて来た義勇。
「からす…」
「義勇さん、足下見てて下さいね」
鳥小屋の前で声を潜めて話す夢にこくりと頷く。
ニコニコと何処か自慢げな夢は鳥小屋の前に小さく切った果物を置くと、夢の烏はそれを啄む。
「見えました?ほらほらほら!」
「…卵か?」
「そうなんです!今日見つけたんですよ」
それから義勇の口数も増え、2人で結構沢山話をした。
この烏はどうしてここにいるのか、不死川は毎日おはぎを食べているのかと義勇が聞いてみたり、夢は今年の夏祭りには義勇も警備するのかと。
「今年の夏祭りは柱全員が参加だから、俺もいる」
「じゃあ、きっと会いますね!今年は実弥くんが夏祭りに連れてってくれるって約束してくれたんです」
「そうか。優しいな、不死川は」
「でも、警備のお仕事があるから、あまり私は一緒にいられないのかな」
「…その時は、俺が不死川の分まで働こう」
「嬉しいけど、それは義勇さんに申し訳ないです」
「じゃあ、また鮭大根作ってくれればいい」
「私で良ければ!」
ふふふと笑う2人の間に流れる穏やかな雰囲気。知らない人が見れば恋仲かしらと勘違いを起こしそうだ。
最初は無表情に無言の義勇に困惑した夢だが、話していけば意外にも話しやすい。
実弥はなかなか帰って来ず、義勇はもうそろそろ任務に向かわなくてはいけないらしく、結局実弥には会わずに風柱邸を後にした。
「あ、実弥くんおかえり」
「ただいま」
「あ、あのね、ん、…むぅ…ぷはっ」
義勇が帰ってから、縁側でちくちくと縫い物をしていた夢は、集中し過ぎて実弥が帰って来た事に気づくのが遅れた。
義勇の事を伝えようとしたら、口を口で塞がれてしまい、息継ぎが出来なくて苦しむ。
そうだ、まず帰ったらするんだった。
「鼻で呼吸しろ」
「あ、うん、あのね…」と話し出す夢の横に座った、実弥は片手を夢の腰に回し、まだ足りないとばかりにまた唇を啄み始める。
「はぅ…、ちょ…ま、」
夢の制止の声を無視して、唇を舐めたり、吸い付いたり。時折、舌が咥内にきては舌先で軽く舐められ、あの舌を吸われて身体に力が入らなくなるような強烈な口付けではないにしろ、上手く息ができない。
暫く夢を堪能した実弥は、唇端から流れた涎をぺろりと舐めあげて離れた。
自分の口に着いた涎を手でぬぐう実弥。
その目は少し細めて夢を見つめ、色っぽくてドキッとし、本能的に夢は、いつか実弥くんに食べられてしまいそうだと思う。
「獣みたいだぁ、もう」
「わかってんじゃねェか」
「あっ、耳は、ダメっ」
「お前見てるとなァ…食べたくなる」
実弥の雰囲気から、このままでは不味いと判断し「実弥くん待って待って」と本格的に制止をかける。
一旦、動きを止めて不服そうに見つめてくる実弥に夢は「あのね!」と話す。
「お友達来てたよ!」
「友達だァ?」
「うん、義勇さんって方」
「ア"ァ!?冨岡だァ?友達じゃねェし、何のようだァ」
あ、そういえば何のようだったのか言われなかった。
「友達じゃないの!?そういえば…聞いてないや。さっき任務に行かなきゃって出てったけど」
「出てったって、家に上げたんじゃねェだろうなァ」
途端に実弥の目付きが鋭くなり、不味いと思った夢は少し黙る。
横から「ア"ァ?」と詰め寄るその迫力は流石、柱と言うべきか…知らない人が見たら間違いなくカタギの人間ではない思われるだろう。
「うぅ、だって友達だって言うから…」
「知らない奴は家に上げるなって言ってるよなァ」
「だってまさか友達じゃないとは、柱だって言うし」
尻窄みになってごにょごにょ言っている夢に、実弥の額には順調に青筋が浮かぶ。
「お前が知らない奴は知らない奴だァ」
そのまま詰め寄り、実弥は夢を押し倒し、両手を床に縫い付ける。
「さ、実弥、さま?お、お許しを…」
「お前には危機感が足りねェ。こうされたらどうするつもりだァ」
end.
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