14話
指を舐めていたのはほんの数秒だったと思うが、その姿が脳裏に焼き付いて心臓が煩く鳴り続ける。刺激的なその姿に目が離せなく、瞬きも出来なかったように思う。
「あっ、だめー!!」
夢の手を放した実弥は夢の後ろを覗き込み、落ちている物を目にした。
「…これ、俺のかァ?」
「そうだよ。もう!折角、驚かせようと思ったのにっ!」
作りかけの色とりどりの風車の布にはまだ半分ちょっとしかないが実弥の刀の刺繍がされている。
夢は明らかにふて腐れて上目遣いで実弥を睨む。
「悪かったなァ」
短い眉を下げて先ほどの般若顔が想像できない程、優しい困った顔をしながら夢の頭を撫でた。
「もうっ」と膨れる夢に「帰ろうぜ」と言って、持ってきた裁縫道具を籠に入れ、それを実弥が右手に持ち、左手は夢の手を優しく握り家に帰ろうと歩き出す。
「約束事いくつ破ったかわかるかァ?」
「え、一つだよ!」
「違ェ、3つだァ」
「出かける時は実弥くんの許可をとる。だけじゃない?」
「俺に嘘をつかない」
「嘘ついてないよー!隠し事だよ!」
「じゃあ、『俺に隠し事禁止』追加だァ」
「えぇぇぇ!?また追加されちゃうの!?酷いよ〜…悪い事してないのにぃっ!」
「いいから、あと一つはァ?」
「えぇ…おはぎ準備してない事とか?」
「違ェ。おはぎならまだあンだろォ。『俺を避けない』。忘れるようなら、約束事書き出して額縁に入れてやらァ」
「避けてないし、そんなの飾らないでよ!止めてよね!ねっ!?」
「お前次第だな」とにんまり笑う実弥の表情は楽しそうだ。
「というかさ、実弥くんとの約束事は私が小さい時に言うこと聞くように作ったんじゃないの?何時まで続くの?」
「俺と一緒にいる限りずっとだァ」
「じゃあ死ぬまで!?一生じゃん!?」
「…おぅ、一生だァ」
手を放し、その手で夢の頭を乱暴にくしゃくしゃにするように撫で上げた。
「ちょっと、やめて!なんでそんな嬉しそうな顔してるのさっ!」
「お前が可愛すぎるのが悪ィ」
「からかわないで!」
少し顔を赤くして膨れた夢の手をまた繋ごうと手を伸ばせば避けられてしまった。
「…お前ェ、罰として家に帰ったら俺の言うこと聞けよォ」
「えぇ!!」
ふんっと鼻を鳴らして今度こそがっくりしている夢の手を掴んで帰っていった。
もう隠して縫う必要が無くなった夢は鳥小屋の見える縁側で裁縫道具を広げて刺繍を始めた。
それを見て隣でお茶を飲んでいた実弥が湯呑みを持って立ち上がった。
「わっ、ちょ、と」
夢は湯呑みを下げに行くのかと思ったのだが実弥は後ろから包み込むように座ったのだ。
湯呑みは横に置き、両手を夢の腹の前で組む。
「実弥くん、やりづらいんデスガ」
「約束事破りまくった罰だァ」
「もう、失敗しても知らないよ?」と言い、夢も諦めてまた縫い始めた。
実弥も後ろから手元を見つめる。
「いつやってたァ?全然気づかなかったぜェ」
「そりゃ、実弥くんが任務に行ってる時だからね」
その言葉で漸く納得がいった。
それは眠い訳だ。いつもより眠そうだったのは夜、自分の為に一生懸命縫い物をしてくれていたからで体調が悪いわけでも、妊娠したわけでもなかったのか。安心して肩の力が抜けた気がする。
己の分身が暴走したのかと思った時はそれはそれは焦った。
「でも、もうバレちゃったから夜はやらないかな」
「そうしてくれェ。俺の為に頑張ってる姿も見てェし」
「地味な作業だし、見てても退屈じゃない?」
「全っ然、飽きねェ。ずっと見てられる」
できる事なら四六時中お前に引っ付いて見ていたいし、触れていたい。
夢といる時が鬼殺の毎日で心が安らぐ唯一の瞬間。
「見セツケテクレルナァ、実弥」
「…煩ェ。邪魔すんな」
縁側から見える鳥小屋から実弥の烏が言う。
そう言うお前もさっきからスリスリしたり、羽繕いしたりでこちらが見せつけられている気分だ。
ふと、対抗心が湧く。
「実弥くん?」
お腹の前で組んでいた手を解き、左腕で夢の身体を抱き寄せて、空いた右手は耳をふにふに触り始める。
耳をなぞるように触ったり、耳たぶをふにふに掴んだり。
「じっとしてろォ」
「や、耳元で喋らないで」
右耳は指先で、左耳には顔を寄せていく。
「…実弥くん、やめっ、ひぁあ!?」
実弥は頭や耳に鼻を寄せてスンスン匂いを嗅いでいて、なんとなく夢は嫌な予感がしていたが耳を舐められてしまった。
「罰なんだから、甘んじて受けろォ」
「やっ…ん〜、やぁ…あっ」
耳を舐められる度に背中にぞくぞくとするような痺れが走り、初めての感覚に戸惑う。
逃げたくてもあまり身体に力は入らないし、左腕でがっちり押さえられてるので、ただただ耐えるしかない。
耳の中に舌が入って来た時は身体をビクッつかせ、夢は分かっていないが喘ぐ声が実弥を煽る。
ぴちゃぴちゃと聞こえる唾液の水音に夢の下腹部がジンジンして熱くなっている気がしていよいよ身体がおかしい。このままではどうにかなってしまいそうだと焦った。
もう刺繍の手なんてとうに止まっていて、実弥の腕から抜け出すために裁縫道具を横に置いて、ペチペチと腕を叩く。
実弥の舌が耳から離れたので少しホッとするが今度は着物の襟をずらされて首筋にガッと噛みつかれた。
「実、弥、くん、痛いよぉ」
「悪ィ、旨そうでなァ」と言いながら、首筋を舐めている。
「もう、許して」
「今日はこんくらいで許してやるよ」
「あっ」
最後にきつく吸い付き、鬱血痕を残し、夢を解放してやるとふらふらと厠に向かって行った。
「オイ、スケベ柱ァ!場所ヲ考エロヨ!」
「悪ィ、つい止まらなくてなァ」
その顔は全然悪いと思ってる顔には見えなくて満足そうだ。
こうして少しづつ馴らしていくかァ。感度良さそうだと実弥はほくそ笑む。
厠に行った夢は自分の股の違和感に困惑していた。
血でもない少し粘度のある透明な液体が股を濡らして太ももを伝っている。
先ほど実弥に身体を触られている間、ぞくぞくするような痺れる感覚がずっと夢を遅い続けていたのだ。あのまま触り続けられたら自分はどうなっていたのか。
はっ!?もしかして実弥くんが聞いていた股のヌルヌルはこの事なのか!?白くはないが…
だとしたら何かの病気なのか。凄い形相だったけど…
どうしようっ!?
end.
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