8話
次の日、天元は朝ご飯をしっかり頂いてから漸く帰って行った。
帰る時に夢の頭を撫でる天元の手をはねのけ、今度俺の屋敷にも遊びに来いなんていうもんだから夢に代わって勝手に実弥が断った。
「宇髄さんもまた遊びに来て下さい」なんて夢が言うから実弥は間髪入れず、「いや、もう来ンな」と言うが天元はそんなのは気にせず「今度は仲良く一緒に寝ような?」と女を落とす時に使うような笑顔を向けたもんだから、実弥の顔には青筋が浮き凄い勢いで蹴りを繰り出すが笑顔でかわされ「じゃあなー!」と言い逃げられてしまった。
天元が去った後、夢の顔を見てホッとした。 もし、今振り返った時にときめいた表情をしていたらと一瞬嫌な事を考えてしまったのだ。惚れられでもしたらとんでもない!
不安からかアイツが宇髄さんのお嫁さんになりたい!なんて言う姿を妄想しちまったじゃねぇかァ。
朝から苛立ち凶悪な顔をして部屋に戻ると実弥は筆をとり、『他の男と一緒に寝てはいけない』と勢いのある字で約束事を追加し、また文机にバンッと広げてから、鍛練に励んだ。
本当は『宇髄と接触禁止』の約束事も追加したかったが止めておいた。
いつもの鍛練を高速で済まし、やっと、やっと!いつもの時間が帰ってきた。
早い所、烏を躾てやるんだ。1分1秒でも早く夢の身に何かあったらすぐ把握できるためにも。
そんな早さで鍛練をするやつはいるのだろうかという速さで終わらせ、実弥は鳥小屋に向かう。
「もう鍛練終わったの?」
「あァ、烏の様子見に行くからお前も来い」
「うん!」
エサを持って鳥小屋に行くと実弥の烏もいて羽繕いをしていた。
少しエサを置いてやると嘴でつついて食べてくれる。
実弥が人差し指で嘴の横を撫でてやると烏も気持ち良さそうに目を瞑って大人しく撫でさせている。
「よーし、夢って言ってみろ」
え、そんな烏って誰でも人間の言葉を話せるの?
「カァァ」
そうだよね、無理だよ無理があるよ実弥くん!と心の中で思うも真剣に烏と向き合う実弥に夢も黙って見つめた。
「実弥はどうだ?」
「実弥ダ、サ・ネ・ミ」
「…サァァ」
「おォ!?惜しいなァ」
凄い!烏が実弥くんの名前を呼ぼうとしている。
確かに今"サ"を発音したのだ。
実弥も優しい表情をしているし、実弥の烏も寄り添って「サ・ネ・ミ」とお手本を見せていて微笑ましい。もう2羽と実弥は打ち解けているみたいで自分にも懐いてほしいなと夢は思うのと自分の名前を呼ばせようとしている実弥も可愛い思った。
暫く実弥達の特訓が続き休憩にしようと夢はおはぎと抹茶に果物を運んできた。
鳥小屋に果物を置いて自分達は縁側で烏達を見ながらおはぎを食べる。
「ねぇ、実弥くん。あのこ達、凄い仲良いよね」
「…あァ」
「なんか恋人同士みたい」
「……あァ」
実弥としては複雑な気持ちであった。
自分で招いた事態だが、あの感じはただ世話を焼くというよりは本当に恋人同士に見えるのだ。
自分よりも先に良い思いしやがって。
もしかして、己の烏はたまたま見つけた襲われてる烏を助けたのではなくて、好みの烏だったから助けたのではないだろうか。
これをきっかけに夢も色恋に興味をしめすようになったりしないかなぁなんて考える。
手を出さないと自分で決めてしまったが俺だって夢にもっと深く触れたい。
昨日の天元の話は実弥にだいぶ影響を与えていた。
「夢、膝枕してくれねェか?」
「いいよ、いつもご苦労様です」
暖かい陽射しの当たる縁側で膝枕をしてもらう。なんだかやっと夢を独占できたような気がする。
いつだったか膝枕は仲の良い夫婦がするものだと聞いた事がある。意識してくンねぇかなって思ったがそういった話は夢はてんで疎いんだった。それも俺のせいか、なんて考えているうちに俺の髪を鋤くように撫でる手が気持ちよくて穏やかに眠りについていた。
涎が私の顎を伝っている感覚にハッとして目が覚めた。
私も寝てた!
涎を手の甲で拭おうとした時。
ヤバッ!?と思った時には遅かった。
ポタッと垂れてしまった。
「んっ」
私が垂らした涎が実弥くんの口元に落ちてしまい。それにより実弥くんが起きてしまった!
「ご、ごめんっ!!実弥くん涎落とし…」
謝りながら焦って実弥くんに落としてしまった涎を拭こうと手を近づけると腕を掴まれてしまい、口元に落ちた私の涎を…舐め……た。
「甘ェ」
「なっ!?えっ!!涎だよっ!!」
「あァ?それがなんだってェ?」
「なんで舐めるの!汚ないよ!」
自分の顔なんて見なくてもわかる。顔も耳も首も真っ赤なはず。
「お前のなんだから汚なくねェ」
「な、何言って…」
何言ってるの、と言おうとした時、実弥くんが私の首に手を回してぐんっと引っ張るから顔がぶつかると思って目を瞑った。
ぬるりと顎から私の口端に伝う感触。
びっくりして目を見開くと獲物を狙うような強い目をした実弥くんと視線がぶつかる。
「やっぱり甘ェ」
強い視線から目を反らせなくて私の中で数秒時が止まった気がした。
こんな目で私を見てくる実弥くんなんて知らない。見たことない。
「いっ」
「い?」
「いつもの実弥くんじゃないーっ!!」
私の膝の上に乗っかる頭を気にせず立ち上がり、ゴンッと床に頭をぶつけて痛ェと言う声が聞こえたが今は実弥くんの顔を見れそうになくて急いで自室に駆け込んで座り込んだ。
「な、なにあれ」
まだ動揺が治まらず、心臓がばくばくと音をたてているのがわかる。
十何年一緒にいるかわからないがあんな目の実弥くんみたことない。
end.
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