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「その時ジュンコは言った。『あぁ、私、あなたを見失いそう』……って、カカシさんはこれのどこらへんに感動してるんだろ……」

部屋のベッドに寝転びながら、読んでいた本をパタンと閉じる。
帰ってきてとりあえずイチャイチャバイオレンスの原作を読み始めたものの、面白いことは面白いが、ハマるかと言ったら微妙な線だ。
まだまだ青い私にはこの男女の情欲に関しては理解し難いものを感じてしまう。
一通り読んでみると、確かに映画は原作とほぼ同等のハイクオリティ作品だったことがよくわかる。カカシさんが泣くわけだ。

お話自体は純愛メインで、確かにただのエロ小説ではないことはよくわかる。男性の作者だから、私にはやはりこういう感性は理解しづらいのだろうか。
読んだところで、私の悩みの解決策には繋がらなさそうだなぁと、腹の底から深くため息をついた。

こうなると私に残された道はただ一つ。
はっきりと勘違いだったことを週末の食事の際に伝えることだけだ。
しかし、これをどう切り出すかがまた大きな問題である。
勘違いしていました、と言えばもう気まずくなることは火を見るより明らかではあるが、少しでも彼に嫌われないように、がっかりさせないように伝える方法はないものか──


「今日はオレがご馳走するから、好きなもの頼んでいいよ」
「いやいや、ご馳走なんてそんな、」
「オレが誘ったんだから、そのくらいカッコつけさせてよ」
「はぁ……」

結局何も策が浮かばないまま当日になってしまった。
初めて出会った時は私も余裕の態度だったのに、今では完全に緊張しきってしまって、まるで思春期の頃の初デートを思い出すようなカチコチ具合だ。

連れてこられたのは小洒落た和モダンを基調とした、隠れ家居酒屋だった。間接照明の灯で店内は暖かみのあるオレンジ色に染まっている。
通された席は個室で、調度品も高級感がありなんともデートにふさわしい雰囲気だ。
いつもなら男性にこういったお店に連れてきてもらうととても嬉しいのだが、今日はプレッシャーに感じてしまう。

ここはカカシさん行きつけのお店らしく、静かにメニューを眺めるしかできない私をすっかりリードしてくれて、ニコニコと向かいの席に座って微笑んでいる。
かっこいいなぁ、とぼんやりマスク越しの笑顔を眺めるが、今日はトキメキだとかドキドキだとかは感じる余裕がなかった。

とりあえず二人ともまずはビールを頼むと、私の好みをさり気なく聞いておつまみや食事を適当に何品か頼んでくれた。
カカシさんはそのあとも色々とこれが美味しいよだとか、これも多分好きだと思うよなんて話しかけてくれていたが、全く頭に入ってこない。
私はただひたすらに早くお酒を入れてこの緊張をほぐしたいと、心からビールの到着を願うばかりだった。

「なんか緊張してる?」

異変に気付いたカカシさんが、注文の際に用意されたおしぼりで手を拭きながら私の顔を覗き込む。

「えぇ、まぁ少し……」
「大丈夫だよ、いきなり口説いたりしないから」
「いやぁ、流石にそれは」

思考が停止しかけているため、うっかり彼の冗談に対して真顔で返してしまう。正気を取り戻して彼を見ると、カカシさんが驚いたように目を丸くしていた。
とんでもないことをしてしまったと私は両手を胸の前で振って、すぐに謝る。

「ごめんなさい!ちょっと緊張しすぎて頭の中だけ別の世界に行ってしまって……」
「オレ、もしかして嫌われてる?」
「いやいや、違うんです!本当にごめんなさい!」

なんとか取り繕うと、私もおしぼりで手を拭いて冷静さを取り戻そうとした。
カカシさんは「悩み事?」と優しい表情でテーブルの上で軽く腕を組み、前のめりの体勢になる。

「まぁ、そんな感じです……」
「素面じゃ話しづらいだろうから、もう少し酒が入ってから聞くよ」
「ありがとうございます、」

カカシさんは本当にいい人だ。他の忍に信頼され、優秀だともてはやされるのもよく分かる。
仕事は出来ていつもテキパキとしていて、かといってキツくないこの柔らかい雰囲気。そして見た目もいい。文句のつけどころがまるで無い。
こんな人に、嘘をついて接し続けていくなんて、私には出来ない──私はどんどん心が苦しくなるのがわかった。

ようやくビールが運ばれてくると、私とカカシさんはカチンとグラスをあわせて乾杯をした。それから私は、気合を入れるために半分ほど一気にゴクゴクと飲み干す。

「映画館にいた時もそうだけど、いい飲みっぷりだね。お酒好き?」
「それなりにですね。やっぱり見られちゃってました?」
「グッズを買おうと売店を見てたら、オレと同じユニフォームを着た奴がドリンクカウンターのところにいるのに気付いてね。ビール片手にイカした女だなーと思って見てたら、まさか空席挟んで隣の席だなんて」
「あぁ、あの時ですね。私も売店にいるカカシさんを見て、まさかイチャイチャバイオレンスを見に来るわけがないだろうと思ってたんでびっくりしちゃいました」
「レイトショーで女一人、ビールとホットドッグで映画観賞って、カッコよすぎだろ」
「もう、恥ずかしいんであんまり弄らないでくださいよ」
「あはは、ごめんごめん」

私はグラスに口をつける。ジョッキでないからどうしても思いっきり飲むことができない。
緊張から喉が渇き、空腹のままビールが胃にどんどん流し込まれる。けれど、この状況では全然酔えそうもなかった。
カカシさんは楽しそうに話を続ける。

「あの時、カナのことは全然知らなかったから、今までどこにいたんだろうって思ってアカデミーの敷地内でよく探すようにしたら、案外近くで見かけてびっくりしたよ」
「本当ですか?私はあんまり見かけなかったような……」
「オレがいても気づかないフリしてる時もあったでしょ」
「それは同期といる手前、なんで知り合ったとか聞かれたら答えるの恥ずかしいじゃないですか」
「イチャイチャバイオレンスを見に行ったら偶然知り合いました、って?」
「……はい」
「ま、確かにR指定映画だからな」

まずい──話題がイチャイチャバイオレンスの話題に寄ってきている。
焦って私はグラスのビールを飲み干す。
すると、すかさずカカシさんが「次何頼む?」とメニューを広げてくれた。
いつもならここはまたビールといきたいところだが、このままだと当分酔えそうにないので、カカシさんにオススメされた日本酒をお願いする。
「いける口だねぇ」とカカシさんも喜んで、何種類か頼んでくれた。

そこから一旦イチャイチャシリーズの話からは離れ、私たちは他愛もない話で盛り上がった。
カカシさんが最近受け持ちを始めた下忍の面白くてかわいらしい話や、彼の同期というガイさんの強烈な子供時代の話、私は悩み事相談と称して任務の愚痴などを肴に酒を飲み進める。
前回飲んだ時よりも互いに踏みこんだ話をしたりもして、その度に私たちは驚いたり笑ったり、とても楽しい時間を過ごした。

二人で徳利を六本ほどあける頃には、カカシさんはまだほろ酔い程度だったが、私はいい具合に酔いが回って緊張も幾分かマシになっていた。

「あれ、これも空か。カナはそろそろお酒じゃないのにする?」
「私はまだお酒でも大丈夫ですよ」
「んー、でも顔赤いね。一回お茶挟んどこうか。冷たいのでいい?」
「じゃあお願いします」

彼は店員を呼んでお茶を二つ頼む。彼も私に合わせてお酒を中断してくれるようだった。
私は酔いに任せて楽しく過ごす反面、内心焦りを感じていた。
イチャイチャシリーズから話題が変わった後から、切り出し方がわからず肝心なことを言えないままずるずるきてしまったからだ。
盛り上がっている途中にぶっこむのもおかしいし、あまり冒頭で言ってしまっても後半が気まずくなるだけだとずっと言い出せなかったのだった。
頼んだお茶がくると、私は焦りを落ち着かせるためにすぐに口をつけ、それから少し黙ってカカシさんの様子を伺う。

「今日はまた話せて嬉しかったよ。この前も楽しかったけど、今日はもっと楽しかったよ」

お酒を切り上げて、落ち着きに入ったのか、カカシさんがしみじみと言った。
もうここしかない──私はこの流れで言ってしまおうと、覚悟を決めにかかる。

「本当に、あの日は楽しかったです。映画もとても素晴らしかったですし、そのあとカカシさんと飲めたのもすごく嬉しかったです」
「どうしたの、急になんか過去を懐かしむみたいな感じになっちゃって」

急に雰囲気を変えて私が言うものだから、カカシさんは驚いたように尋ねた。それから、一旦姿勢を正して座り直して、私をまっすぐに見る。

「実は……ずっと言いたかったけど言えなかったことがあるんです」
「え、ちょっと待って、何?本当に急にどうしたの?」

オロオロする彼に、私は思い切って続ける。

「単刀直入に申し上げますと、私、勘違いしてたんですよ」
「勘違い?」
「俳優の源作と、作品の原作を勘違いしてまして……」
「俳優のゲンサク……?ああ、イチャイチャバイオレンスの主演の子?」
「はい。私、実はそのゲンサク目的で映画を見に行ってまして、本の方の原作はこの前書店で偶然会った時に買ったばかりでして……」
「へー、そうだったの。あの男の子、歌も出してて最近人気らしいねぇ。ライブとかいくの?」

カカシさんは、別に驚くでもなく、ショックがるわけでもなく、普通に会話を続ける。
私は今まで何十回と想像してきた彼の反応との違いに、頭が混乱してしまい、「驚かないんですか?あ、あれ……?」と、しどろもどろになる。
しかし彼は表情一つ変えず、「まぁ、多少は驚いたけど」とあっさりとした反応だった。

「多少……ということは予想してたってことですか?」
「実はイチャイチャシリーズ自体のファンじゃなさそうな気はしてたんだよね」
「……え」
「映画オリジナルのシーンの話でやたら盛り上がってたからさ。もしかして、主演の子のファンで見にきてたのかなって思ってはいたんだ」

やっぱりね、と言った様子でカカシさんは笑顔になる。
私はてっきり、同志でないことにショックを受けてしまうのではないかと思っていたが、考え過ぎだったようだ。
肩の荷が降りて、急に酔いが覚めてくる。

「てっきり原作ファンの同志だと思ってストー……じゃないや、周囲を嗅ぎ回ってるのかと思いました」
「あ、今ストーカーって言おうとしたでしょ」

酷いなぁ、とカカシさんが笑う。緊張がすっかり解けきった私も、つられてケラケラ笑った。
こんなに気持ちが軽いのは久しぶりだった。

「まぁイチャイチャシリーズの話ができたのが嬉しかったのは事実だけど、それとは別にカナとまた話がしたかったんだ。飲んでからなーんか気になっちゃってさ、」

開放感に浸るのも束の間、彼の「気になって」という言葉に、私の神経がまた彼に集中した。どういう意味合いで言っているのかはわからないが、これはもしかして──と淡い期待が胸の中で踊る。
けれども私は、そんなことがバレては恥ずかしいと何も言葉を返さなかった。
彼は続ける。

「オレ普段はあんまりそういうの信じないタチなんだけど、自分の大好きな作品の上映初日のレイトショーっていうピンポイントの場で、同じ職場の女の子が隣の席に座ってるなんて、運命的だって思っちゃったわけよ」

「運命」という言葉に私はどきりとして、つい「……え?」と反応してしまう。
すると彼は、今までよりもさらに笑顔になって私を見つめた。

「ま、要は一目惚れってとこかな!」

その言葉に、私の時が一瞬止まる。
こんな、平々凡々な私に一目惚れなどあり得るのだろうか。容姿も平凡、仕事も上忍として平凡な出来で、これといって秀でたところない私に、一目惚れなんて。
ましてや彼とは本当に偶然のきっかけで飲んだだけの関係だ。
私は耳を疑った。

「……えぇ?!」
「あ、ごめんごめん。そりゃ一回飲んだだけで好きとか言われても困るよねぇ」

フォローする様に付け足した彼の言葉が、私にさらに追い討ちをかける。
好きと言った。確かに彼は好きと言っていた。
これは告白と捉えていいのだろうかとまた頭の中が混乱する。告白にしてはあまりにも雰囲気が軽いような。
私は突然の事に動揺するばかりで、うまく言葉が出てこない。
すると彼がまた、先ほどのとびきりの笑顔になる。

「もう一回チャンスをくれない?」
「チャンス、ですか?」
「そ。予定はカナに合わせるからさ、オレと休みの日に一日デートしてよ」

これは──私の先程の淡い期待は、勘違いではなかったようだった。
彼に好意を示されていることが確信に変わった瞬間、顔がぽっとのぼせてくる。
みぞおちのあたりから嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてきて、つい口元が緩むのを抑えようと変な顔になるのが自分でもわかった。

「あれ、やっぱり嫌?」

カカシさんは不安げな表情だ。
私は焦ってそれを否定する。

「いやいやそんな!」
「じゃあ、デートしてくれる?」

彼はなぜか急にマスクを外すと、余裕の表情でお茶のグラスに口をつける。きっと、その端正な造りの顔面を武器に、私を落としにかかっているのだろう。
現に、私の目からはハートマークが溢れ落ちそうだった。
私は彼の策略に降伏して、自分の気持ちに素直になる事に決めた。

「……お願いします」
「よかった。いつ空いてる?オレはね、カナがデートしてくれるなら明日でも明後日でもいつでもいいよ」
「任務はサボらずにちゃんと行ってくださいよ!」
「まぁそこら辺は影分身とかでうまくやるから」

私とカカシさんはそう冗談を言ってふざけると、顔を見合わせて微笑み合う。
カカシさんは余裕の口ぶりだったが、視線には恥じらいが感じられた。私はそれに照れ臭さを感じ、思わず彼から手元へ視線を逸らす。

まさかこんな形でカカシさんと接近するなんて予想もしていなかったけれど、急展開の連続でまるで映画みたいだなぁと思う。
まぁ理想のシチュエーションではないが、こんなに素敵なカカシさんに口説かれているなんて、夢でも見ているようだ。

「デートして、カカシさんの気が変わらないといいんですが……」
「それって、オレのことを少しはいいなって思ってるってこと?」
「え?!そ、それは……!」
「ふふふ、デート張り切っちゃおーっと」

カカシさんはテーブルに両手で頬杖をつくと、優しく私に微笑みかけた。
私もやっとの思いで彼の瞳を見つめて微笑み返すと、店内の雑音がすっかり消えたように聞こえなくなって、まるで二人だけの世界のように感じられた。

「私も楽しみにしてます」

偶然から始まった出会いは、今こうして運命の恋に変わろうとしていた。
運命なんかじゃない、と決め付けていた過去の自分が突如ラブストーリーの主人公へと変身していく。
この先、私たちがどうなるかなんてまだわからないけれど、映画のストーリーに擬えるならばきっとハッピーエンドが待っているに違いない。

不意に、どこかの個室からカチッと物を落とすような音が聞こえてくる。それが頭の中でクラッパーボードの音と重なり、運命の恋がここから始まるような気がした。

(おしまい)


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