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お化け騒動の日以降、何故か身の回りでよくカカシさんを見るようになった。
定食屋へ行けば後から偶然にも入ってきたり、休憩室で同期とお喋りしていれば隅の方の席で本を読んでいたり、ある時は街で正面からすれ違う事もあった。気づくと視界にカカシさんがフレームインしているのだった。

チラチラこちらを気にしているような時もあれば、全く気づいてなさそうな時もあり、わざとなのか、はたまたそうでないのか判断がつきかねる。
あの不思議な気配も相変わらず続いていたので、極力私は一人にならないよう誰かのそばにいるようにしていた。

しかしとある日。同期が急に上司に呼ばれ、休憩室で一人持ってきた昼食を食べていた時のことだった。
カカシさんが周囲にいないことも、怪しい気配もないかどうかもよく確認して休憩室に入ったにも関わらず、何故か気づいたら正面に座っていたのだ。

「久しぶり」

カカシさんは女の子みたいに両手で頬杖をつき、目を三日月のようにさせて私に話しかけた。
音もなく目の前に現れたので、驚きのあまり私はむせ返る。

「また驚かしちゃった?ごめんね」
「……だ、大丈夫です」
「カナったらいつもお友達といるから話しかけづらくてね。やっと一人になったーと思って」
「やっぱりずっとつけてたの、カカシさんだったんですか?!」

呼吸を整えながら尋ねると、表情を一つも変えずに彼はすっとぼける。きっと図星に違いない。

「もしかして、オレのこと避けてた?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「近くを通っても話しかけてくれないし、目が合っても気づかないフリしてたでしょ」
「それは、同期がいたので……」
「少しはカナと仲良くなれたと思ってたんだけどな、」
「あの日はお酒が入ってたから普通に話せましたけど、普段は恐れ多すぎます……」
「別に階級も同じだし、職場も同じだし、そんなかしこまらなくても。それにほら、オレってこういうゆるーい感じだし?」

首を傾げて聞く姿は反則だ。
マスクをしていても、あの日見た素顔の彼と目の前の彼が脳内合成され、私の心が撃ち落とされそうになる。
タイプだから素直にしっぽを振ってお近づきになりたい気持ちと、タイプだからと言ってイチャイチャシリーズのファンを偽るのは嫌だと言う気持ちを秤にかけるが、ひたすら心の中でゆらゆらと揺れて定まらない。
いっそのこと本当のことを言ってしまおうか。

「それ、自分で作ったの?」

頭の中で考え事を始め、動きがすっかり止まってしまった私に彼が話しかける。
話の前後を全く意識していなかったので、聞き返すのも失礼かと思い視線の先を追うと、辿り着いたのは私の弁当箱だった。

「ち、茶色いお弁当なんで見ないでください!」

すっかり彼の毒牙にかかって乙女モードに入ってしまった私は慌てて弁当箱を隠すが、「生姜焼きに、蓮根のきんぴら、卵焼き」なんて中身を言い当てられてしまい顔が熱くなる。

「プチトマトも入れてましたから!」
「あはは、そうなんだ。ちゃんと自分で作るなんて家庭的なんだね」

私の小さな見栄に、可笑しくなったのか彼は珍しく声を出して笑う。
反比例して私はどんどん恥ずかしさが増し、食欲が無くなっていった。

「ね、もしよかったら今週末ご飯でもどう?」
「へ……」

それまで三日月目だったカカシさんは、急に雰囲気を変え、私にしか聞こえないくらいの声でそう誘った。
恐れていたことが起きてしまった。これで行くと言ったら、当日私は永遠とイチャイチャシリーズのファンを偽り続けなくてはならなくなる。
先日は映画を見た後だったからなんとなく会話が成立したが、関連作品の話をされたら確実についていけなくなるだろう。

「あ、いや……その」
「嫌?」
「嫌ではなくてですね……」
「彼氏が嫌がる?」
「彼氏はいないんですけど、なんというか……その……」

断るか、行って嘘をつき続けるか、行ってしまって本当の事をいうか──私は頭の中でこの三択をルーレットにかける。
目の前のカカシさんは、私の様子を伺うためか、真っ直ぐに私の目を見て視線を外さない。そんな熱い視線で見つめられたら私は──

「……カナ?」

ふと、横から聞き慣れた声がした。
声の方を見ると、先ほど上司の元へ行った同期が立ち尽くしていた。用が済んで戻ってきたらしい。
彼女は手に持っていた昼食が入っているであろう袋を力なく落とすと、私とカカシさんを交互に見やった。

「まさか、カカシさんとカナってそういう関係だったの?!」
「……はい?」

突然のことで何を言っているのかわからず聞き返すが、彼女はそれどころではなさそうで、口を両手で覆って絶句している。
カカシさんはそんな彼女を見て、微笑むだけで黙ったままだ。
私は頭が追いついていかず、何も言葉が出てこない。

「……カナ、今まで気づかなくてごめんね、」
「え、何か勘違いを……」
「邪魔してごめん!二人でランチデート続けて!」

同期はそう言うと、落とした袋を拾ってどこかへ走り去ってしまった。
彼女のあまりにも頓珍漢な勘違いに呆気にとられていると、カカシさんが「で、どう?」と話を戻してきた。
そうだった、ご飯に行くか行かないかの返事をするところだったと思い出す。
彼の表情は変わらず笑顔だ。

「行……きます」

詰まりながらそう答えると、カカシさんは満足そうな表情で椅子に座り直した。頬杖をやめて、机の上で腕組みをする。

「よかった、いろいろ話したいことがあってさ。それじゃあ金曜の19時くらいに門のところで待ってるから」
「はい……」
「じゃ、オレは午後の任務があるから行くね」

約束を取り付けるためだけにわざわざここへ来たのか。
彼はあっさりそう言うと、席を立って休憩室を後にした。
姿が見えなくなると、どっと疲れが出てきて、胃がキリキリと痛んでくる。

私が食事の誘いを了承したのは、決して彼にお近づきになるためではない。本当のことを言おうと思ったからだった。
同期にも変な勘違いをされてしまったことで、乙女モードだった私の目は覚め、きちんと勘違いして適当に話を合わせていたことを伝えようと決心したのだった。
言い方を考えれば、それほど傷つけることだってないだろう。

それにしても、憂鬱だ──まるで、玉砕覚悟で振られに告白しに行くような気持ちだ。
同期には後できちんと誤解を解いておこうと、食べかけの弁当箱の包みを閉じるのだった。


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