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「まぁー、後輩は後輩としか見れないとか言ってたくせにバッチリおめかししちゃって」
「いつも通りです!」

週末、私は久しぶりにわたあめに変化することとなった。
正直、今日は先輩に会うのも、後輩に会うのも気分が乗らなかった。
両方とも断ってしまおうかと思うほどに。
決して後輩のことが嫌なわけではないが、あぁやって根回しされたり、他の人からバラされたりすると、何か今日も仕組まれているような気がして途端に億劫になる。
それでも、先輩はいつもの買い出しをやめてでも後輩と昼間にご飯へ行けと言うのだから、顔を立てるべきだろうと渋々家を出てきた。
それに、わたあめを預けている口実に、後輩とのご飯も切り上げることができる。

もちろん、後輩に会いに行くのは私の分身だ。チャクラが持つように昨日はたっぷり食べ、たっぷり睡眠をとって英気を養った。
そして、わたあめに化けても困らないよう出がけにご飯もたくさん食べてきた。準備は万端だ。

「それじゃあ、夕方には戻りますから」
「もっとゆっくりしていいのに」
「先輩に迷惑かけられませんよ」

それではよろしくお願いします、と分身はわたあめの姿の私をカカシ先輩に手渡すと、お辞儀をして後輩の元へ向かった。
先輩は、今日も私を遠くまで見送るのかなと思いきや、私が階段の方へ歩き出した瞬間にドアをガチャリとしめ、鍵までかけていた。
この前の手を振るカカシ先輩は、やっぱり幻だったのだろうか。あまりの違いっぷりに顔が引きつる。

「よしよし、わたあめ。よく来たな〜」

先輩は私の額を人差し指で撫でると、猫撫で声でそう言った。
久しぶりの先輩の腕の中は、やっぱりとっても幸せだった。思わず甘えた鳴き声がでる。
来るまでは憂鬱だったが、来てしまえば天国。私はバレる心配なんて忘れて、心ゆくまで先輩に甘えることにした。

「今日はな、お前が来るから色々楽しいものを準備したんだよ」

ほら、とリビングへ連れて行かれると、犬用の噛むおもちゃやぬいぐるみ、ボールなどが用意されていた。少し離れたところにはお水、とふかし芋のおやつ、それからペットシートなども用意されていた。
ここまでわたあめに入れ込んでいるのを見ると、変化で騙しているのがなんとなく申し訳なくなってくる。

それでも今日はわたあめになりきらなければならないので、私はおもちゃに興味を示すフリをして、腕から下ろしてもらい、すぐに元気いっぱいに遊んだ。
時折そばに座っている先輩をチラッと見ると、本当に嬉しそうにわたあめの私を見つめていた。
見つめられているだけじゃつまらないと、私は先輩の足元にトテトテ駆け寄り、抱っこをせがんだり、お腹を見せて甘えたりもした。
その度に彼は、クスクス笑って存分にかまってくれるのだった。

「わたあめ、おいで」

しばらく遊んでいると、そう先輩に呼ばれた。
私はこう呼ぶときの先輩の優しい声と、眼差しと、両手をこちらに向かって伸ばすその仕草が大好きだった。
何回も言って欲しくて、気づかないフリをしたり、途中でおもちゃに気を取られるフリをして何度も言ってもらえるように仕向けた。

「ほら、わたあめ、おいで。こっちに来てよ」

三回くらいそれを繰り返すと、私は素直に彼の腕の中へ飛び込む。すっぽり抱きしめられて、とても落ち着く。

「わたあめ、お前お風呂好きだったろ?今日は犬用の入浴剤を買ったんだ」

犬用の入浴剤を買って来るとは、相当なわたあめへの肩の入れようだ。また少し、胸のどこかが痛んだ。
そのまま風呂場へ連れて行かれると、この前のように足元からお湯をゆっくりとかけられ、シャンプーで優しく洗われる。
そして一度泡を流すと、入浴剤を溶かした湯桶の中へそっと入れられた。

「これ、匂いしてるのかねぇ」

締め切った風呂場の中、先輩はマスクを外して首を傾げる。
嗅覚の鋭い犬用なので、人間にはマイルドに感じるらしいが、私には花のようなとてもいい匂いを感じることができる。体がポカポカと温まり、いい気持ちだ。
人間の姿の時の私は、日替わりで入浴剤を楽しむくらいお風呂好きであるから、こうやって犬の姿でもお風呂へ入れるのは少し得をした気分だ。
思わずうっとりと目を細める。

「ほんと、わたあめはお風呂好きだね」

私はたまには反応するかと小さくワン、と返事をした。

「お、今日はオレの話を聞いてくれるのか?」

またワン!と返事をするが、本来であれば人間の言葉なんて細かくは理解できないはずので、私は目を細めてリラックスし、まるで話を聞いていないかのような体勢をとる。
すると、先輩は私の顔をマッサージしながら語りかけてきた。

「お前のご主人様にさ、ちょっとちょっかいかけすぎちゃったみたいでさ。カナ、なんか怒ってた?」

寂しそうにそう言う先輩に、私は知らんぷりを決め込む。何が言いたいのだろうか。
もう少し話してくれることを期待してマッサージに身を任せ、さらに身体から力を抜き、静かに耳だけを彼の方へ向ける。

「顔を見たくても休みの日は最近朝から出かけてばっかりだし、後輩にはアプローチされてるし。最初は先輩先輩、って来てくれてたのにね。オレはどこで間違ったんだろーね、ほんと」

意味深な発言に、反応していいのか分からず身動きが取れない。先輩の発言は、言葉通りに解釈して良いものなのだろうか。
「顔を見たくても」とかいう、先輩の口から出るなんて想像もつかない言葉から始まって後悔で終わっているなんて、これはもしかして、いやまさか──

「好きだよ……わたあめの、そののほほんとした顔」

思わぬフェイントにピクリと反応しそうになる。
なんとなくまた先輩にバレているような気がしてきて、全身に力がって息が詰まりそうになった。
だんだんと足が痺れてきたので体勢を変えたいが、ここで動いたら私がただの変化だということがバレてしまいそうで動けない。
どうしようかと一人考えあぐねていると、不意に彼が湯桶の中へ手を入れて湯の温度を確認する。

「あら、すっかりぬるくなっちゃったね。もっかい新しいお湯に浸かって上がろうか」

そう言うと、私の体を桶から取り出し、湯を張り替え、また優しく私をお湯の中へ戻した。

この後も一人で気まずくなりながらもお風呂を終え、身体をドライヤーで乾かしてもらうと、すっかり疲れきってしまった。少しのぼせたのと、気疲れもあるだろう。
しかし、時計を見るとまだ14時だ。このまま夕方まで持つか不安になる。
フルパワーで遊ぶのは危険すぎるなと、あっちへ行ったりこっちへ行ったりトテトテ歩いて悩んでいると、先輩がそっと私を抱き上げ、寝室へ連れて行った。
何をされるのだろうとじっと彼を見上げると、ずいぶんと眠そうだ。
そっとベッドに下ろされると、先輩自身もベッドに入り、横になる。

「もっとたくさん遊んであげたかったんだけど、眠くなっちゃって。わたあめも一緒にお昼寝しよう」

おいで、と言うと、先輩は掛け布団を持ち上げ、中へ誘った。私は躊躇した。
寝たら変化が解けてしまうかもしれないからだ。
それに、先輩の顔の近くで添い寝をするなんて、想像しただけで頭がクラクラする。
ベッドの上から逃げようと走り回るが、この小さな身体では飛び降りるなんて到底できない。

「ほら、わたあめ。おいでって」

挙げ句の果てには、先輩の手が伸びてきて、無理矢理布団の中へ入れられてしまった。
先輩の顔のすぐそばで、上半身だけ掛け布団から出して伏せの体勢になると、先輩はそっと頭を撫でてくれた。

「本当にかわいいな、お前は」

布団からする先輩の匂いに包まれ、温かい手のひらで何度も撫でられると、ゆっくり私の意識は眠りの淵に落ちて行った。


次に目を開くと、目の前にはスースーと寝息を立てているカカシ先輩がいた。
そして、サイズ感や距離感が目を閉じる前とは異なっていることに気づく。
寝ている間に変化が解けてしまっていたのだ。
分身はどうなのだろうと一瞬不安になったが、後輩の情報が一切入ってきていないので、あちらは無事なのだろう。少しだけ安心して、聞こえないようにため息をついた。

それにしても、先輩にはバレていないのだろうか。
私は壁側に寝ており、左肩を下にした状態で横になっているのだが、先輩の手が私の左手を握るようにして重なっていた。少し手のひらが汗をかいているから、しばらくこの体勢で私達は寝ていたのだろう。
本当なら大喜びしたいところだが、これでは印を結べず、犬の姿に戻れない。
先輩を起こさないように、細心の注意を払いながら左手を抜こうとするが、割としっかり握られているためなかなか動かすことができなかった。
ああもうどうしようと半ベソをかきながら10分くらいかけて、やっとの思いで先輩の手から解放されると、私の左手はびっしょり汗をかいていた。
布団で拭くことも出来ないので、そのまま印を組もうと両手を合わせる。
すると一瞬、「ん……」と先輩が動いた。
動揺して、手を布団の中へ下げて様子を伺うと、なんと少しだけまぶたが開いているではないか。
まずい、先輩が起きてしまった。一巻の終わりだ。
そう思って私はギュッと目を瞑る。
すると──

「あれぇ、わたあめがカナに見える……」

寝ぼけているのか、そんなことを言い始めたのだ。
本当にわかっていないのだろうかと、私も薄目を開けて彼を見ると、殆ど開いていない目を擦ってむにゃむにゃ言っている。寝ぼけているのは確からしい。
そんな先輩は独り言のように寝言を続ける。

「わたあめ……ちいさくて、あいくるしくて、いっしょうけんめい……カナも……」

それから少し寝息が聞こえた後、また目が開いて「おいで」と言うと、彼の両腕が伸びてくるではないか。
私はもう、心臓がどうにかなってしまいそうだった。ひたすら彼を起こさないよう身を硬直させ、されるがままになる。
そのまま大人しく抱きしめられると、彼はふふふと笑って「かわいいなぁ、カナ」とおでこにキスをした。
目の前が急にグラグラ歪んで、意識が飛びそうになる。それにどんどん体温も上がっていく。
先輩はそんな私のことなんてつゆ知らず。キスして五秒後には夢の中に行ってしまったみたいで、静かな寝息だけが寝室に響いていた。

私は目の前いっぱいの綺麗な寝顔をまじまじと見つめながら、先程の出来事を何度も何度も思い出す。
あまりの多幸感に、ふわふわと身体が浮くような感覚に包まれた。

しかしそんな中、私には一つ気になることがあった。
先輩は確かに最後、わたあめではなくて私の名前を呼んでいた。
寝ぼけて間違えたと考えても説明はつくが、まさか、本当はずっと気づいていたのかだろうか。それにしてはもう最初の変化から時間が経っている。それに、かまをかけてくる様子もない。
きっと寝ぼけていただけだろう。いや、でも──私は永遠に出口のない思案を始めてしまい、頭の中がすっかり先輩でいっぱいになった。
五分ぐらいぐるぐる考えたところで、きっとこうして考えたところで何の解決にもならないと静かに呼吸を整え、自分を落ち着かせる。

どうやっても叶うはずのなかった、理想の現実がここにある。
それを少しずつ実感すると、自分本来の姿で好きな人の腕の中にいられることが何より幸せに思われ、「もう少しだけ、このままでもいいかな」と先程の余韻に浸りながら、カカシ先輩の寝顔を眺めるのだった。

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