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夏になり、すっかり日が伸びた。
遠くの空は淡い水色で、そこへ無数に浮かぶ雲は夕日に照らされ黄金色に輝いている。遠くの山の端の方は茜色に染まり始めていた。
昼間はものすごく暑かったと言うのに、体の表面をさらっていく風はいくらか涼しく感じられる。
そんな夕刻の木ノ葉の里はお祭りムードに包まれていた。

「あれ、もうそんな日ですか」

カカシ先輩と私は里の外に出る長期の任務が終わって、これから夕飯を一緒に食べようと二人並んで彼の家に向かっているところだった。
私は街の隅々に飾り付けられた提灯やきらびやかな飾りを見つめながら呟く。
そんな日、とはこの里の七夕祭のことだ。
毎年この里でも、織姫と彦星の伝説になぞらえた夏祭りが開催される。その祭りが今日だった。
色とりどりの灯りや、シャラシャラと風に揺れる七夕飾りに彩られて、街はいつもよりも一層賑やかだ。道の端では小さな子供たちがキャッキャと声を上げて、吊り下げられた巨大な飾りの裾に手を伸ばしていた。

「去年は雨になっちゃったから中止だったっけ。今年は晴天でよかったな」

先輩は、祭りの空気にはしゃいで私達の横をかけていく子供たちを見て微笑む。

「あれ、先輩お祭りとか好きでしたっけ?」
「まぁ暇ならふらっと行くくらいには。どうだ、せっかくだから見て行かないか?」
「そうしましょう!」

嬉々として返事をすると、彼も目を細める。
自分でかけた術が解けた後の世界はこんなにも平和で優しいものなのか、と私はしみじみと喜びを噛み締めた。

長期任務帰りで、二人とも背中に大きなリュックを背負っていたので預かり所へと荷物を預けに向かった。
貴重品だけ持って身軽になると、私達は宙に浮かぶ大きな飾りの下に潜りながら祭り会場の中心部へと進んでいく。
燃えるような赤、ぱっきりとしたオレンジ、蛍光色のような黄色、目に痛いほどのピンク、ギラギラと輝く金や銀など、本当に色とりどりの飾りが人波の上を埋め尽くし、風が吹くたびにたゆたう。今日は風もそこまで強くないのでどこか優美だ。
中には飾りの上に面白い動きをするカラクリ人形が乗っているものがあったり、ねぶたのようなものがあったりと個性も豊かで、飾りのトンネルをくぐるたびに人々の口から感嘆の声が漏れていた。

「うわぁ、すごい綺麗。昔からこんなでしたっけ?」
「ここ最近だろ。子供の頃はこんなカラクリなんかなかったよ」
「やっぱりそうですよね。今日はたまたまでしたけど、来れて良かったです!」

私は満面の笑みで先輩にそう言うと、マスクをしているからよくはわからないが、彼もどうやら私と同じような表情をしているようだった。

「ま、欲を言えば浴衣姿のカナと来たかったけどね」
「確かに……私も浴衣姿のカカシ先輩と来たかったです」
「オレ?いやぁ、オレは着なくていいよ」
「えー、見たいですよー!」
「そんなに?じゃあ帰ってシャワー浴びたら見せたげる」

カカシ先輩は不意に私の腰に手を回す。
これが未だに慣れなくて、私はいつものように身を硬らせてしまう。
顔は平気なフリをしているが、内心はドキドキしながら彼の歩調に合わせた。

進むと、だんだんと飾りの数が増えて通りもさらに賑やかになってきた。
道の両脇には出店がずらりと肩を並べており、香ばしいソースや油の匂い、それから屋台のバッテリーの排気ガスのむせ返るような匂いが鼻をかすめ、一気に夏祭りらしい空気で胸がいっぱいになる。
私はすっかり童心に帰って、後で何を食べようかとキョロキョロと目移りした。

屋台街を進むにつれ人の数も増え、身動きが取りづらくなる。
先輩は「はぐれないようにね」と私の身体をキュッと抱き寄せると、離れないよう密着しながら人海の中を進んだ。
他人と肩や腕がぶつかりながらもなんとか開けたところに出ると、出店の食べ物を座って食べられるような広場に辿り着いた。どうもここがこの祭りのメイン会場らしい。
どこからともなく祭囃子や太鼓の音が聞こえてきて、周囲の人の楽しそうに笑う声や、はしゃぐ声、屋台のモーターの音などで自分の声が遠く聞こえるほどに賑やかだ。
広場の前には一際大きい飾りと、その少し離れたところにはステージが設置されていて、壇上ではマイクを持ったお姉さんが何やら司会をしている。
私達は遠巻きに見ながら少し人の少ないところへ寄ると、先輩が私の耳元へ顔を寄せた。

「お腹空いてない?たこ焼きとか売ってるよ」

周囲の音がうるさいためか、少し大きめの声でそう尋ねる。
私は喧騒に負けないように、「たこ焼きとかき氷食べたいです!あとチョコバナナ!」と声を張って答える。
煩すぎたのか、先輩は少し顔を歪めると「はいはい」と笑っていた。

しかし、祭りの中心部とあって人も多く落ち着いて食べられるような雰囲気ではない。
私は影分身をすると、いくらかお金を持たせて買い出しに行かせることにした。
カカシ先輩も、別のものを買ってこさせると言って二体くらい影分身を作ると、本体の私達は落ち着いて食べられそうな場所を探した。


「いや〜、なかなかの眺めだな」
「祭り会場からは遠いですけど、ここも悪くないですね」

すっかり日が落ち、あたりが藍色に染まった頃、結局私達がたどり着いたのはアカデミーの敷地内の建物の屋上だった。
祭りのメイン会場は、よくよく歩いてみると火影の家やアカデミーの正面の通りに配置されていることにカカシ先輩が気づいたのだ。
ここから通りを見下ろすと、まっすぐと伸びているカラフルな飾りと灯がまるで天の川のようだ。
風の通りもよく過ごしやすいし、下よりも静かだけれど祭りの雰囲気は感じられるし、何より大きなベンチがあって落ち着いて食べられる。
結局は職場へと戻ってきたことになってしまったので、「これなら荷物預けなくてもよかったね」なんて先輩は小さくぼやいていた。

私達の分身は、それぞれ好きなものを買ってきた。カカシ先輩は冷やしきゅうりと焼きそばと焼きイカを二つ。私は二人分の缶ビール四本とたこ焼きを買ってきた。
それからここに来る途中に、本体の私達も比較的空いているチョコバナナ屋の屋台に並んでチョコバナナをゲットしてきた。
チョコバナナ屋は基本は一本での購入なのだが、ミニゲームで好成績を収めるとその成績に応じておまけが貰えるという店で、「こういうの得意だから」と言って私の代わりにゲームをしてくれた先輩が五本もゲットしたのだった。
先輩は甘いものを食べないし、流石に五本も食べられないので近くにいた子供達に三本お裾分けをしてきた。
少しいいことをした気分になりながら、私達はプシュッといい音をさせて缶ビールをあけ、任務終わりの夕飯にありつく。
お祭りデートにしては色気がないが、居心地はいい。いつもドキドキしてばかりでは気がもたない。このくらいの力の抜けた感じがいいな、となんとなく思った。

たこ焼きを一口食べてみると、タコが大きくて得した気分になった。先輩はキュウリをポリポリかじりながら、しげしげと通りを眺める。
私は誰か知っている二人がこっそりデートなんかしてないかなぁと、通りを歩くカップルを観察した。
先ほどまではあれだけ煩かったのに、ここでは祭囃子や人達の声がBGMのようになっていて不思議な気分だった。
まるで別の世界を眺めているようだった。

「しっかし、織姫と彦星の逢引の日だってのに、みんな楽しそうだねぇ」
「いいじゃないですか、遠距離恋愛の二人が会えてみんなハッピーって感じで」
「こうお祭り騒ぎされちゃ会いづらくない?」
「私は全然──」

言いかけて、ふと想像してみる。
ナルトくんやサクラちゃん達やアスマ先輩、それから後輩くん達に祝福されながら、遠距離恋愛のカカシ先輩と二人で感動の再会……となると、先輩の言うように少々会いづらいような気がする。
久しぶりに会って飛び付きたいのに、周囲の目のせいで飛び付けない。それからデレデレしてるところを他の人に見られたくないから、真面目な顔をしていなきゃいけない。これはどうもやりづらい。

「やっぱりないですね……人前でとか絶対無理です……」
「だろ?ま、オレは全然平気だけど」

私の苦い顔をみて、先輩はケラケラ笑う。
確かに任務以外なら四六時中いつでもどこでもいちゃついてくる先輩であれば、なんの恥ずかしさもないだろう。
私は変に納得しながら缶ビールをあおった。

「そうそう、七月の異名には七夕由来の愛逢月ってのがあるそうだよ」
「へぇ、昔の人もロマンチックなこと考えますね」

私はあと半分になったところでたこ焼きをカカシ先輩に差し出す。すると彼は、マスクを下ろし、口元をぽかんとあけた。
私が食べさせるのを待っているかのようだった。

「……じ、自分で食べてくださいよ」
「誰もいないんだからいいじゃない。たまには優しくしてよ」

「一個だけでいいから」と急かされると、仕方なく私は爪楊枝で刺したたこ焼きを彼の口へ運び入れる。
カカシ先輩はもぐもぐと口を動かしながら、満足そうに顔を綻ばせると、鼻歌を歌ってまた祭りの様子を眺め始めた。
またやられてしまった、と私は缶に残っていたビールをぐいっとあおった。

それにしても、いつか長期の任務で先輩と遠距離恋愛になってしまったら、私はきちんと待っていられるのだろうか。不安で押しつぶされそうにならないだろうか。何より、先輩が他所で他の女性に靡いてしまうのではないか。ふとそんなことを思う。
こんなに素敵なのだから、絶対どこへ行っても女性から声がかからないわけないだろうし、先輩はこう見えて結構好きな女性には積極的だ。
もし、お色気むんむんの先輩好みの美女なんかが現れたら──想像するだけで嫌な気持ちになる。

「……でも、遠距離恋愛って絶対辛いですよね」
「突然どうしたの?」
「一年に一回って、私絶対心折れちゃうなぁって思って」
「オレは結構嫌いじゃないけど」
「えー?私を徒歩五分の距離に住まわせた先輩がですか?」
「やだなぁ、それは防犯上の問題でしょ」
「じゃあ遠距離恋愛のどこが好きなんですか?説明してください」
「別に好きってほどじゃないけど……」

先輩は「うーん」と缶ビールを飲みながら空を見て考える。

「そうだなぁ……無事に自分のもとへ帰って来てくれた喜びと、一年間他の誰にも靡かずに自分のことを想ってくれてたんだな、って思うとグッとくるものがあるな」
「よそ見してなかったかなんてわからないですよ?」
「そんなのは会えばなんとなくわかるよ。ま、オレなんて一年以上片想いしてたんだからそのくらいなんともないしね」
「私に置き換えなくていいですから……」
「いつだったか、ガイに無理やり七夕に連れてこられた時は短冊に恋愛成就って書いたっけなぁ」
「あ!短冊まだ書いてない!」
「帰りに書いて行こうか。今年は何をお願いしようかな」

先輩が二つ目のたこ焼きに手を伸ばす。
私も先輩の方から焼きそばを少しもらい、空腹を満たしていく。
忙しく口と手を動かしていると、急に会場の方から歓声と拍手があがる。何か始まるのだろうか。
じっと見てみるが、人が多すぎて何も見えない。私は一度食べる手を止めてベンチを立ち、屋上の柵にはりついて下をキョロキョロと眺めた。

「なにかやるんですかね?」
「昨年雨だったから、今年は豪華に花火が上がるらしいよ」
「花火?!ここ絶対綺麗に見えるじゃないですか!」

はしゃいで先輩の方を振り返ると、得意げな表情で「ま、オレチョイスだからな!」とピースサインをしていた。
なんとなくシュールで、思わず吹き出しそうになる。見られないように私はすぐにまた会場の方へ顔を向けた。

「二年ぶりかぁ。会えてるといいですね、織姫と彦星」
「今日はほら、あそこにちゃーんと天の川があるでしょ。だからきっと大丈夫だよ」

言われた通り見上げると、遠くの空には無数の星が淡く光りを放ち、川のように形づくっていた。
初めてみる天の川に、思わず息をのむ。とても綺麗だ。
カカシ先輩も席を立って私の右隣までやってくると、「綺麗だな」と呟いていた。

突然、祭りの会場の中心部から囃子と太鼓の音が鳴り響く。すると、向こうの山の方から花火が何発か上がり、空に鮮やかな青と紫の大輪の花を咲かせた。高いところから見ていたので、目の前に迫ってくるようだ。
通りからは観客の大きな歓声が上がる。
ドン、と大きな音を里中に響き渡らせて花火が消えると、お次は流れるように次々と花火が打ち上げられた。

「すごーい!綺麗!」
「今年はカナと来られて良かったよ」

そう言うと、そっとカカシ先輩が私の肩を抱き寄せる。右を見上げると、花火の鮮やかな光が彼の横顔を淡く照らし出していた。

私は、織姫と彦星もきっとこうして花火を二人で見ていたらいいな、とその横顔を眺めながら想った。

(愛逢月)


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