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どうしよう。これは、やっぱり謝った方がいいのだろうか──私は先週末、わたあめに化けて以降そんなことばかりを考えていた。

先輩に寝ぼけてキスされた後、私はしばらくしてまた犬の姿に化けて何事もなかったかのように振る舞った。
先輩は次に目が覚めると、変な夢を見たとぼやくだけで、はっきりと私の事を疑ったり、夢の内容を私に話すことはしなかった。何か追及されたらすぐにでもボロが出そうだったから私は少しホッとしていた。
けれども、あんなことをされた上で全く何事も無かったように振る舞うのは難しい。私のぎこちなさは日に日に増していった。
先輩と任務を共にすればキスされたのを思い出して顔が熱くなるし、顔を見て話せない。話しかけることすら、なんだかしづらくなってしまった。
そうなると先輩も少しずつ不審がり、「熱でもあるのか」「具合でも悪いのか」と事あるごとに心配してくるようになり、私はどんどん追い詰められていく。

「先輩、ちょっとお話いいですか」

決心をしてそう切り出したのは、先週の週末から四日後のことだった。任務終わり、帰る方向が同じだからと一緒に帰ってきて、先輩の家の目の前まで来たところでようやく覚悟ができた。
先輩は明日から数日、私とは別の任務に出るとの話だったので、話すのなら今日しかないと思ってのことだった。怒られても明日から数日いなければ、帰ってくる頃にはほとぼりが冷めるだろうとずるい考えもあった。

「先輩に謝らなければいけないことがあります」
「なに、急に。オレの部屋の合鍵でも勝手に作ったか?」
「いえ、そういった事ではなくて……」

こんな人通りの多いところでは言いづらい内容であると伝えると、先輩はため息をついて「上がるか」と、家へ招き入れてくれた。
先日と同じようにダイニングテーブルに案内され、冷たい麦茶を出される。
私はすぐにそれに手をつけると、緊張でカラカラに渇いた喉を潤し、気持ちを落ち着けた。
グラスから手を離すとやっぱり手がびしょびしょになっていたが、これが自分の手汗なのかグラスの水滴なのかは最早わからなかった。
先輩が「で、なに?」と四名がけのテーブルを挟み、私の正面に座ると、私は両手とも拳を握りしめて太腿の上に置いてからゆっくりと話し始める。

「聞いたら怒ると思うんですが……実は、わたあめは……私の変化の姿なんです」

先輩は何も言わず、この前と同じように右手で頬杖をついて、私をまっすぐ見ている。表情はずっと同じままだ。
どんどん怖くなってきて、私はそのまま話し続ける。

「なんでそんなことをしたかと言うとですね、……先輩が仔忍犬と楽しそうに遊んでいるのを見て、私もあんな風に、優しい先輩にかまってもらいたいな〜って思いまして……それなら一回仔犬に化けてみたらどうだろうと考えまして……だんだん楽しくなってしまい、ついずるずると……」

先輩は微動だにしない。
その瞳を見つめ返しても、何の表情も読み取れない。今の先輩を表現するならば「無」だ。
私の話を聞いてくれているのかすら怪しい。

「本当に、今まで騙していてすみませんでした」

それでも私は謝る。
もう隠しているのも辛いし、これ以上嘘をつき続けて先輩を傷つけたくない。
自分勝手なのはわかっていたが、最早私にはこうすることしかできない。深く深く反省した。

「本当にごめんなさい……このままずっと騙すつもりはなかったんです。失礼なことしてごめんなさい。これからは後輩としていつも通り接していただけたら嬉しいですが、難しい場合には……」
「ばーか」

先輩が私の声にかぶせるようにして、にわかに口を開いた。私は思わず声を失い、先輩に釘付けになると、部屋の中に一瞬の静寂が訪れる。
それから先輩は、目を三日月のようにニッコリさせて「知ってたよ」と言い放った。
私は、何を言われているのか解らず、頭の中が真っ白になり、ぼうっと先輩を見つめる。

「オレが気付いてないと思った?何回か微妙にカマかけたけど、分からなかったかな」

騙されたフリしてたんだよ、と語尾にハートをつけると、彼は満足げな表情で椅子に深く座り直した。
私は先輩の余裕すら感じられる態度を見て、ようやく事態を把握する。首からじわじわと熱が広がり、どんどん全身を包み込んでいく。
しまいには冷や汗が額の生え際から滲み出てきて、今すぐここから消えてしまいたくなった。

「お前、最初にメモ置いていったろ。あのメモを見てる時にすでに怪しいなとは思ってたんだが、お前の影分身が迎えに来たのを見て確信したよ」
「そ、そんな……」
「オレも随分と見くびられたもんだねぇ」

カカシ先輩はそう言うと、自分の麦茶に口をつけた。

「……すみませんでした」

自分が先輩を騙していると思って楽しんでいたが、逆に手のひらで踊らされてるのは私だったんだ。
私は自分の浅はかさを心の底から恥じた。
同じ騙すにしても、すぐに見抜かれてしまう仔犬の変化より、生身のまま色仕掛けでくる方がこの場合は何枚も上手だろう。
私の体は恥ずかしさからどんどん縮こまり、仕舞いには俯いたまま先輩の顔を見れなくなってしまった。

私が化けているのに気付いていたということは、あの昼寝の時に寝ぼけたのも演技だったということなのだろうか。それと、あの意味深なセリフも。
だとしたら、私はずっと先輩の演技に浮かれていたただのバカだ。
私のことを褒めていたのも、私がいないのを少し寂しそうにしていたのも全部、本当じゃなかったんだ──そう考えたら、今度は急に悲しくなって、胸のあたりがずっしり重くなった。
最初に悪いことをしたのは私なのだから、私が傷つくのは当然だ。仕方ない。

「先輩は本当に凄いですね……私を騙すのにあそこまで本気で来るなんて、」
「カナがあんまり嬉しそうな顔するもんだから、ちょっとサービスしすぎたかな」

先輩は前傾姿勢でテーブルの上に腕を組み、私の表情を覗き込むように首を右に傾けた。
私は少しだけ顔をあげるが、視線はまだ合わせられない。
すると、「落ち込んでるところ悪いんだけどさ」と、先輩が私に訊ねる。

「イマイチわかんないのがさ、カナはどういうつもりなの?」

何を聞きたいのか主旨がいまいち分からなかったが、おそらく化けた理由の説明が分かりづらかったのだろうと判断して、私はもう一度噛み砕いて説明をし直した。
しかし、先輩は「そこじゃなくてさぁ」と眉を顰める。

「んー……なんて言ったらいいのかな。要は、カナはオレを振り回したかったの?」
「何のことでしょうか……?」
「前にオレに『かまわないで』って言ったの、 覚えてないの?」

何のことかさっぱり分からずポカンとしていると、「忘れるか普通?」と先輩は呆れながら頭を垂れる。
忘れるも何も、何を忘れているのかすら分からない私はただただ戸惑うばかりだ。

「いつだか二人で飲みに行ったことあるじゃない。あの帰りのこと覚えてないの?」
「え……?」
「自分で自分に術をかけるとか言ってなんかしてたけど……本当だったってわけね」

先輩はそう言うと椅子から立ち上がり、私の左隣の椅子へ移った。それから、私の方へ身体を向けるようにして腰掛け、左手で印の構えをする。

「ちょっと触るよ」

優しく声をかけてから、私の背中にそっと右腕を伸ばした。
じわりと先輩のチャクラが流れ込んできて、身体の中にゾワっと電流のようなものが走ったその瞬間──

「解!」

先輩の手が離れると、ふっと視界のもやが晴れたような気分になった。どうやら私は何かの術を自分にかけていたらしい。
先輩を見ると、「なんか思い出した?」と言って期待しているような顔をしていた。

「……いや、特には」
 
しかし、何も思い出せない。
なぜ自分がこんな術を自分にかけたのかすらもわからない。
私は一体どんな術を──

「どうして私は、自分に術なんか……」
「本当に思い出せないの?」
「今のところは……」

私がそう応えると、カカシ先輩は苦い顔をする。胸の前で腕組みをして、「うーん」としばらく考えるようなそぶりを見せると、「じゃあま、教えてあげよう」と決心したように口を開いた。

「ある日、オレはカナちゃんに誘われて二人で飲みに行きました。カカシ先輩は、かわいい後輩に誘われて上機嫌です。
絶対嫌われないように、カナちゃんのご機嫌をとりながら飲みました。
しかし、酒癖の悪いカナちゃんはあっという間に酔い潰れてしまいます。
優しいカカシ先輩は見かねて、お家まで送ってあげることにしました。
家に無事送り届け、カカシ先輩は満足げに帰ろうとしたその時!カナちゃんは、そのまま酔った勢いでオレに……」
「……あ、」

なんだコレは──だんだん脳の奥で、記憶を覆っていた黒い壁のようなものがボロボロ崩れて、鮮明な映像が流れ込んでくる。
そこに見えてくるのは、肩を借りて歩いた時に見えたカカシ先輩の優しい横顔。
酔い潰れて迷惑をかけているのに、一つも嫌な顔をしないで、「飲むの、止めてあげられなくてごめんね」なんて謝っている。
それなのに私はヘラヘラ酔っ払って、「先輩カッコいいですねー」なんてふざけ倒していた。先輩がかまってくれるのが嬉しくて仕方なかったんだ。
アパートの階段で転倒したら危ないと、彼はそのまま私の部屋の前まで送ってくれたが、部屋に入ろうとした途端、玄関のたたきで私が急に「帰らないで」だの「もう一件飲みましょう」なんて駄々をこね始めた。
夜遅かったので、とりあえず先輩も玄関の中まで入って、「今日は随分わがままだなぁ、どうしたんだ」と諭すように私をはがした。
すると私は──

「先輩のことがずっと好きだったんです、って言われたんだよね」
「……思い出したく無い事をたった今鮮明に思い出してしまいました」

そして、先輩はそのあと私にキスをしてくれたんだったっけ。しかもおでこじゃないやつ。
酒臭かっただろうに、よくしてくれたなぁと今になっては思う。

「そしたら次の日、『昨日のことは全部忘れてください、私どうかしてました。これからは私にかまったりしないで、一後輩として線を引いてご指導お願いします。私は術で記憶を封印します』とか言って、目の前でいきなり印を結び始めたんだ」
「そうでしたね……」
「まさかあれが、本当に自分の記憶を封印する術だとは思わなかったよ」

全て思い出した。私はあまりの自分の失態に耐えかねて、記憶を封印したのだった。
大好きな先輩に、酔ってあんなことをしたのが許せなかった。好きな人に醜態を晒したことがどうしても受け入れられなかったのだ。
それから、もう二度と先輩にこんな気持ちを抱かないように、先輩を好きにならないようにするセルフマインドコントロールができる術をかけた。
それで先輩が異常に冷たく見えたり、怒っているように思い込むようになっていたのだろう。
アスマさんの言うフィルターはその通りだった。

「オレ、結構傷ついたんだからね」
「ごめんなさい……」
「宣言どおり本当に何もなかったみたいに接されてショックだったよ。キスまでしたのにって」
「カカシ先輩ともあろう人がキスでそんな、」
「オレだって、どれだけ酔っても気のない女の子とはキスしないよ」

その言葉に、私は彼から斜め下に視線を逸らす。
つまり、先輩は私を──そう考えていいのだろうか。耳の端が熱くなり、頭の中がパニックになる。
「オレはこう見えて純愛派なの」と補足する声は、少し照れているようだった。

「こないだも冷たいとかわけわかんないこと言ってるから適当に話し合わせといたけど、変だなーと思ったんだよ。まさか封印してたなんてね」
「もうあの時は、一番やってはいけないことをやってしまったと思って……とにかく消えたくて記憶を消したんです……」
「大袈裟だな、カナは」

困ったように笑いながら言うと、先輩は「ねぇ、カナ」と私を呼ぶ。
逸らした視線を元に戻して先輩を見ると、彼は「おいで」と両腕を広げた。
つい恥ずかしさに躊躇していると、「ほら、おいでって」と先輩自ら身体を寄せ、私を腕の中へ収める。この感じ、懐かしいなぁ──そんな充足感に包まれると、私はそっと彼の背中に両手を回した。

「術をかけたところで、オレへの気持ちは変わらないくらい大好きだってわかって良かったよ」
「そんな、好きだなんて私……?!」
「じゃあなんで昼寝の時キスされて喜んでたの?」
「それは……!」

まだなんとなく素直になれなくて、反論しようと先輩の顔を見上げると、目が合った。
その瞬間から、周りはしんと静まりかえり、まるで世界に二人だけみたいになる。彼はあの、私の大好きな優しい眼差しをしていた。
まるで夢のような気分だった。

しばらくその瞳にうっとりと見惚れていると、そっと右頬に彼の手が添えられ、柔らかい唇を落とされる。まるで魔法を解くために王子様にキスされてているお姫様のような気分だった。
しばらくそうした後一度離れると、その後は何度も何度もお互いの気持ちを確かめ合うように短く唇を重ねた。

わたあめの姿で最初におでこにキスされた時と同じように、全身が熱くなり、胸が高鳴る。
大人っぽくドキドキを顔に出さないようにしているのに、これでは全てがバレてしまいそうだ。バレてしまったら、先輩はきっと「かわいい」なんて言ってくれるのかな。
息が苦しくなるくらい何度もキスをし、やっと離れると、先輩は名残惜しそうに「ずっとオレのそばにいてね」と言って私の頭を優しく撫でてくれた。
私は小さく、「はい」と言って、背中に回した手の力をキュッと強めた。


こうして私の犬に化ける生活は終わり、今まで通りの平穏な日常に戻ることとなった。
私は晴れて、大好きだった先輩と恋人になり、任務の時以外は堂々と街を二人で歩けるようになったのですが、ひとつ問題が。

「先輩、ちょっといくらなんでもみんなの前でこれは……」
「いいじゃない、付き合ってるんだから」

そう、先輩が任務時間外であれば、所構わずいちゃついてくるようになってしまったのだ。
休憩室でお昼を食べれば、すぐ先輩がアーンしたがるし、なんなら腰に手を回したままずっと離れない。
私は周りのくノ一の刺さるような視線を感じながら、なんとか先輩を引き剥がそうと苦戦する。

「おめーら、職場でいちゃついてんじゃねーよ」

呆れ顔でアスマさんがやってきた。良いところに来たと助けを求めるが、他人の色恋沙汰になんて興味のないアスマさんは、呆れ顔で私達の前に座る。

「職場でまぁ堂々と……」
「やっと長い片想いが実ったんだから、これくらいはしゃいだって罰は当たらないでしょ。ねーカナ?」
「長い片想いって、また変な冗談やめてくださいよ」

顔を近づけてくる先輩に、私はぐいっと顔を押し返す。

「確かオレがカナと初対面の時か?カカシとカナの三人で任務に出たあの時にはもう多分好きだったろ」
「うーん、それは恥ずかしいから言えないかな」
「で、カナはいつから好きだったんだよ、カカシのこと」
「それまだオレも聞いてない!いついつ〜?」

淡々と冷やかすアスマさんと、ニッコリ笑顔のカカシ先輩に挟まれて、私は居心地の悪さを感じると、「ちょっとお手洗い行ってきます!」とその場を逃げ出した。

休憩室から出てすぐの廊下の窓には、くっきりとした青空が広がり、強い日差しが差し込んでいる。あまりの眩しさに一瞬目が眩んでしまう。
浮かぶ雲は、すっかり夏の気配を感じさせていた。
今しがた飛び出てきたドアの向こうからは、「カナー、恥ずかしがらないで早く帰ってきてね」とのんびりとした先輩の声が響いてくる。

それを聞いて私は、今年の夏は去年よりも楽しくなると良いなぁ、と密かに微笑むのだった。


(おしまい)


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