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- ナノ -
静かで朝日の心地いい朝。昨晩窓を開けて寝てしまったのだろうか。遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。すごく爽やかで気持ちのいい朝だ。
今日はきっと天気もいいのだろう。外で遊んでいる子供の声も聞こえる。
うとうとと微睡んでいると、涼しい風が頬を撫で、少し肌寒さを感じた。
寝ている間に、掛け布団から出てしまったのだろうか――そう思い、目を瞑ったまま、手探りで掛け布団を探した。瞬間、手のひらに温かいものが触れる。
一体何だろうか。わたしはペットは飼っていない。自分の身体かと思うが、触れられている感触は無い。これは──

「んん……、」

私は何が起きたのかわからなかった。男の声がすぐ側で聞こえる。
頭の中が真っ白になりながらも、ばっ!と勢いよく上体だけ起こすと、そこには見知らぬ男が横たわっていた。

「……ッ?!」

思わず声にならない声をあげる。
状況がよく分からない。というかこの男は一体誰なのか。いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。それとも昨日、これから連休だからと浮かれた私は泥酔でもして、この男と一夜を過ごしてしまったのだろうか。
焦って服を確認するが、私の服は乱れていない。いつも着ている、パステルカラーのボーダーがお気に入りの、ふわふわパジャマの姿のままだ。ショートパンツタイプだから、若干の怪しさはあるが。
パニックになって過呼吸になりそうなのを、荒く深呼吸をして押さえつつ、キョロキョロ辺りを見回す。すると、恐ろしいことに気づいた。
――私の部屋じゃない!?
今さっきまで横になっていたこの布団は、なんとも言えない渋い緑色に手裏剣のような柄で、私の部屋の布団とは全く違う。私の布団はピンクの花柄だ。
ということは、私は昨晩自分の部屋で寝たつもりが、他人の部屋で寝てしまったことになる。
しかし、私が身につけているのはいつものパジャマだ。頭の中が余計に混乱する。

そもそもここはどこなのか、家の近くなのだろうか──窓の外を見ると、

「う、そ……」

とても現代とは思えない世界が広がっていた。

配管が剥き出しになっているような古びた家屋、いくつもの大きな樹々。住宅地なのは間違いないだろうが、一つ一つに少し違和感がある。
夢なんじゃないか、そう思って思い切り自分の頬を叩いてみる。が、むなしくペチンという音が部屋に響き、ただ痛いだけだった。
全ての情報量が多すぎて、私はまた頭の中がぐちゃぐちゃになる。
どうしてしまったのか。ここはどこなのか。家に帰りたい。どうしたらいいのかわからない──

「う、うぅ……」

突然涙がボロボロ溢れてくる。息も苦しくなってきて、どんどん嗚咽がもれる。
私はこの年にしてありえないほどの大きな声で泣きじゃくった。
手の甲でぬぐってもぬぐっても、涙は止まらない。

そうこうしているうちに、寝ていた男が目を覚ましたようだった。
男は銀髪で、家の中だというのにマスクをつけていた。黒いタンクトップのようなぴったりとした服で、ずいぶんとチャラそうな見た目である。
最初男は、寝ぼけた顔をして私を見ていたが、泣いていることを認識するや否や、ハッとした顔をして、男自身の衣服の乱れがないかを確認し、ベッドから飛び降りた。ずいぶん焦っているようだった。一瞬、私から見て右の目が赤く光ったような気がするが、気のせいだろうか。

その間も私はずっと涙がとまらず、男に声をかけることすら出来なかった。

「え?!え?!」

男も私に負けず劣らず混乱しているようである。

「え?!あの、ちょっと……?!もしかして、オレはあなたに何か……!えぇと、とりあえず落ち着いてください!」

おろおろする男は、とにかく私を落ち着かせようと、タオルを持ってきた。

「これ使ってください」

まだ声を出そうとすると嗚咽にしかならない私は、ありがとうの意思表示としてこくこくうなずく。すでに顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
白いフカフカのタオルを汚してしまって申し訳ないなと思いつつ、顔を埋める。

そうやってタオルに顔を埋めたままひとしきり泣くと、だんだんと呼吸も整い、タオルから目だけを出して男を見る。

「よかった、落ち着きましたか?」

男はちょっと待っててください、と言うと部屋を出て行った。
別の部屋があるのだろうか、向こうから物音がする。
少しも経たないうちに戻ってくると、氷嚢と、未開封のお茶の缶をお盆に乗せて持ってきてくれた。それから箱に入ったティッシュも。

「これで目を冷やしてください。それから、喉も乾いただろうから、お茶をどうぞ。開けてないやつだから安心して。ティッシュも使ってください」

はい、と優しく諭すように一式が乗ったお盆をベッドの上へ置いてくれた。

「話せるようになったらでいいので……大変無責任かとは思いますが、オレとあなたとの間に昨晩何があったのか……教えてもらえませんか?」

覚えていなくて、本当にすみません――男はそう謝ると、ベッドの向かいにある机の椅子へ腰掛けた。
私は一度タオルを置いて、ティッシュで思いっきり鼻をかむ。それから、用意してくれたお茶の缶をあけ、勢いよく喉へ流し込んだ。
随分長いこと泣いていたから、喉がからからだった。
こうして一つ一つ自分を整えていくと、だんだん気分が落ち着いてきた。
熱を帯びたまぶたに氷嚢をあてると、心地よく、すっかり声が出せるようになった。

「……すみません、見苦しいものをお見せしてしまって……このまま話してもいいですか……」
「どうぞ」

男の声色は優しいままだ。

「……あの、何が起こったのかは、私もわからなくて……、昨晩自分の部屋で寝ていて……、起きたらここにいたんです」

私は、ゆっくりと息を吐きながら話し始める。

「多分、あなたとは、なにも変なことは、ないと思います……私も昨日、寝た通りのままなので……」
「それはよかった。てっきり酔った勢いか、なにかあったのかと」

男はほっとしたような声で言った。私は続ける。

「……でも、私、ここがどこか、わからないんです……ここは、東京なんでしょうか……」

そう告げると、男は「え」と言ったきり黙ってしまった。
様子がおかしいと思い、氷嚢を外して男を見ると、困った顔をしている。

「ええっと、君はトウキョウ……ってとこから来たの?」
「はい……、」

私が当然のように返事をすると、男はボリボリ頭をかいて、眉間にシワを寄せた。

「うーんと……ちなみにここはトウキョウではなくて、火の国の『木ノ葉隠れの里』っていうんだけど……わかる?」
「……」

私は絶望した。そんな場所は、生まれて二十四年間全く聞いたことがない。
火の国?里?どこかのテーマパークなのだろうか。まさか別の世界なんてあるわけない。
私は少しの可能性を信じて、こう質問した。

「……あの、ここは……日本、ではあるんですよね?」

頼むからうんと言ってくれ、そう願ったが、男は何も答えない。
立ち上がって机の横の本棚から一冊の本を取り出し、パラパラとページをめくり、あるページを私へ開いて見せた。

「……残念ながら、この世界に『ニホン』なんて国はない」

私は一度引いた目の周りの熱が、再びブワッと溢れてくるのが分かり、とっさに置いていたタオルを手に取って再び顔を埋めた。
二度と帰れないかもしれない──そんな最悪のシナリオが頭をよぎった。

「まぁ、パニックにもなるよな……大丈夫だから落ち着いて」

男はそう優しく声をかけると、私の隣までやってきて、ポンポンと背中をさすってくれた。
全く24歳にもなって何をしているんだろう、私は。

「す、みません……ありがとうっ、ございま、す……!」

背中を丸め、嗚咽をこらえながら、私は謝ることしかできなかった。


どれくらいそうしていたか。男が無言で背中をさすり続けてくれていた事もあり、すっかり気持ちが落ち着いた私は、大きく深呼吸をした。
子供のように激しく泣いて、泣き疲れてしまったのもあるのだろう。
私は一度鼻をすすると、ゆっくりタオルを顔から外し彼を見た。

「もう大丈夫そうだね」

相変わらず優しい調子でそう尋ねると、男はまた机の椅子へ戻り、腰掛けた。
私もまた、瞼に氷嚢をつける。

「深く考えないで聞いてほしいんだけど、」

男が問いかけるように口を開く。

「断片的にキミの話を聞いてみてなんだけど、もしかしてキミは別の世界から来たのかもしれない。オレはそう思ってる」
「……はい、」
「で、結論から言うと、もしそうならキミを元の世界に返すことに協力したい。だから、ちょっと付いてきてもらいたい所がある」

私はその言葉に氷嚢を下ろし、「ありがとうございます……お願いします……」と座ったまま頭を下げた。

「それと、オレの名前ははたけカカシ。この世界では忍という仕事についている。自己紹介が遅くなって悪かったな」
「シノビ……」
「忍者だよ、忍者。ニホンには忍者はいないのか?」

忍者──空想の中の存在だと思っていた私は、本当に存在するのかと耳を疑った。
確かにこの男の布団は手裏剣柄だ。それにこの男、家の中だというのに忍者っぽいマスクをしている。けれど、そういう服装を好んだマニアなのではないかと信じきれない。

「ま、いいか。キミの名前は?」
「しののめカナです……」
「カナね。いくつ?」
「……24です、」
「オレより三つ下かー。若く見えるね、いい意味で。ハタチくらいかと思ったから、まさか、若すぎる子に酒の勢いで何かしたんじゃないかと本気で焦ったよ……」

彼はほっと胸をなで下ろしながら言った。

「いい年して本当にすみませんでした……」
「泣くのも無理ない。それより、お腹空いてない?本部に行ったらいろいろ聞かれて、しばらくなにも食べられないかと思うから、朝ごはん食べた方がいいと思うけど」
「それが私、お金とかもたぶん持ってなくて……」

こんなパジャマ姿一丁だ。スマホも財布も、パジャマとこの身以外、自分のものは一切持ち合わせていない。

「いいよいいよ、気にしなくて。シャワー浴びたら用意するからちょっと待ってて。あ、キミも洗面台使っていいいから。確か歯ブラシも旅行のアメニティの余りがあったはずだし……」

カカシさんは急に饒舌になると、椅子から立ち上がり、「こっちこっち」と手招きをした。そして部屋のドアをあける。
廊下に出て、部屋の案内をしてくれるらしい。私はゆっくりベッドから降りると、とぼとぼと彼の後を追う。

「あっちが玄関、入ってすぐ横のドアが客間。開けてもいいけど何もないよ。で、この斜め向かいの扉がトイレ。その隣が洗面台と浴室、それから向こうがキッチンダイニング」
「わかりました、」
「トイレは自由に使ってくれ。それと洗面台はオレがシャワーを浴びてない時に使ってくれると助かる。オレの部屋の風呂のドア、丸見えだからさ」
「……え、」
「なんか、いかがわしいだろ?」

カカシさんは眉尻を下げて口元に手をやり、いたずらに笑った。
つられて私も少し口元が緩む。

「あ、いまちょっと笑ったね。よかった」

じゃあとりあえずシャワー浴びてくるから、部屋でのんびりしててよ──カカシさんはそういうと、浴室の方へ入っていった。

私は立っているついでにトイレを借りて用を済ませ、元いた部屋へ戻る。
カカシさんは一人暮らしなのだろうか。どこもかしこもずいぶん綺麗にしている。
トイレだって、男性の一人暮らしとは思えないほどきれいに掃除されていて、いい匂いの芳香剤まで置かれていた。この部屋だって、余計なゴミ一つ落ちていない。
失礼とは思いながら、改めてぐるりと部屋を見渡した。
すると、いくつか目に止まるものがあった。
ベッドの頭側、備え付けの棚に写真立てが二つ並んでいる。両方とも大人一人と子供三人の同じ構図だ。家族には見えない。
カカシさんが子供たち三人と写っている写真と――カカシさんの子供時代だろうか。仏頂面で写っている。かわいいな、と思った。
この写真を見るからに、本当に忍は存在するのだ、と不思議な感覚に陥った。

それにしても、ここはいったいどこなのだろう。『火の国』『木ノ葉の里』とは言っていたが想像もつかない。ぼんやり外を眺めて、私は未知の世界に思いを馳せる。
話は通じるし、文化もほとんど同じだが、パソコンやスマホなどはどうやら無さそうだ。
けれど、ここから見える家の外観などは、少しの違和感を残してはいるものの、ほぼ私がいた世界に近いようにも思える。

「わっかんないなぁ〜……」

窓にもたれかかるようにして、大きくため息をついた。


何もすることがないのでしばらくカカシさんのベッドへ浅く腰かけ、ぼーっと外を眺めていると、「おーい」と廊下側から声がした。
ガチャリ、とドアが開いて、「お待たせ」と少し髪が濡れたままのカカシさんが顔を覗かせる。

「終わりました。タオルとか出しといたから、どうぞ使って」
「何から何まですみません……」
「じゃ、俺はご飯用意するから」

カカシさんが部屋の前からいなくなると、私は腰を上げて、洗面台へ向かう。

バスルームはとても広く、一人暮らしの家とは思えない作りだった。
洗面台は白い大理石調の天板で、大きな鏡の横にある備付けの棚は鼈甲のような重厚な焦げ茶色の、これまた大理石調の戸棚だ。スペースも広々としている。
言っていた通り、風呂の扉はガラス扉で、今は曇っていて見えないが、浴室の中が透けている。ラグジュアリーな雰囲気だ。
もしかして、カカシさんは結構なお金持ちなのかもしれない──こんな状況でそんなことを考える余裕が出てきていた。

ふと、鏡にうつった自分が視界に入る。
目は赤く腫れていて、鼻の頭も赤くなっていた。唇は泣いたせいでカサカサである。
こんな顔、見ず知らずの男の人に見られて恥ずかしいなぁ、化粧もしていないし──ため息をつく。
洗面台にはタオルと、袋に入った歯ブラシセット、それからヘアゴムと前髪を留めるヘアクリップ、試供品の化粧水などが用意されていた。
ヘアゴムや化粧品まで用意してくれるなんて、どこまでも気の利く人だ。彼女のものなのだろうか。
私の髪の毛がついて残ってしまったら怒られてしまうだろうから慎重に扱おう、そう考えながら蛇口のレバーをあげた。



歯を磨き、顔を洗って化粧水などで肌を整えると、どこからかいい匂いがした。
噌汁と魚の焼けるいい匂いだ。
さっと髪の毛を水と手櫛で整えて、洗面台を片付けてからキッチンへ向かうと、手際よくカカシさんが調理をしているところだった。

「あ、そろそろできるから座ってて」
「手伝います」
「いいよいいよ、そんな品数ないし」

促されるまま、部屋の真ん中にあるテーブルに座る。全く何もできない24歳。肩身が狭い。
しばらく彼の後ろ姿を眺めていると、五分くらいして、茄子のお味噌汁、ご飯、焼き魚、そして小鉢のバランスの良い朝食が運ばれてきた。

「はい、おまちどうさま」
「す、すごいです!こんな美味しそうな朝ごはん……!」
「本当に?そりゃよかった」

いい匂いに、一気にお腹が空いてくる。
カカシさんと一緒にいただきますをすると、まず味噌汁のお椀に口をつけた。
出汁の香りがきいていて、とても美味しい。

「……美味しいです!」
「そりゃよかった」

カカシさんもこれにはニッコリ顔である。──と、ここで私は一瞬目を見張る。
カカシさんがマスクを下げていたのだ。
それまでとの印象の違いに、私はつい目が離せなくなる。
きれいな鼻筋に、整った唇、そして私から見て右下にある口元のほくろが色っぽい。
どこをとっても綺麗な顔である。

「ん?どうかした?」

お椀を持ったまま思わず見惚れてしまい、カカシさんが首を傾げる。
自分が何をしていたのか認識すると、私は猛烈に恥ずかしくなってきて、「め、めちゃくちゃ美味しくてつい!」とだけ言って、そのあとは無心で食事に集中した。
カカシさんは、そんな私の姿を微笑ましそうに見ていた……ような気がする。


朝食を取り終え、ごちそうさまをすると、食器を流しに出して私はまた歯を磨きに洗面台へ向かう。
片付けようとしたが、それもしなくていいからと強く言われてしまったのだった。
カカシさんはもしかすると潔癖なのかもしれない、いやそんな人には見えないが……いろいろなことがありすぎて、だんだん判断力が落ちて何もかもわからなくなってくる。
マスクの下の素顔がカッコよかったな、とぼんやり頭の中で彼の笑顔を反芻しながら歯を磨く。
それが終わると、途端に手持ち無沙汰になり、私はまたカカシさんの寝室へ戻ってぼーっと外を眺めた。

しばらくして、片付けを終えたカカシさんが戻ってきた。

「もうオレも着替えたらでられそうなんだけど、大丈夫?」
「はい」

私が返事をすると、カカシさんはサッと部屋から出て行って、額から彼の左目にかけて鉢巻のようなものを巻き、防弾チョッキのようなものを羽織った姿で戻ってきた。
先ほど写真に写っていた服装と同じものだ。

「よし、いくか!……と、言いたいところなんだけど、」

カカシさんは手に何か持っている。

「あのさ?ちょーっと言いにくいんだけど」

そして、なんとも言いづらそうな顔をして私の前へやってきた。

「……その、ふわふわで露出の多い服で外を出歩くのはちとまずいかもしれないから、これを羽織ってもらえないかな」

そう言われて私は、自分の服を上から下に向かって順に視線を落とす。
上は長袖だが、下はかなり短めのショートパンツタイプ。しかも少し裾口はゆるい。脚の殆どが露出している。

「……す、すみません?!」

私はトップスの裾をぐいっとしたに下ろして、脚を隠すようなポーズをとる。
今までこんな無防備な姿を、この人の前で晒していたかと思うと顔から火が出そうだった。

「ま、オレは全然いいんだけどね!」

はい、と言ってカカシさんが持っていたものを広げた。
白地で下の方に赤いラインが二本入っているポンチョのような上着だ。

「雨の日に任務に出る時の服だからちょっと暑いかもしれないけど、我慢してくれ」
「わかりました」

私はすぐにそれを羽織る。

「よし、これでオッケーね」

カカシさんの後について、玄関まで向かう。
ここでようやく気付くが、外に行くと言っても、私は靴がないのにどうするのだろう。まさか裸足で歩けと言われるのか。それともカカシさんの靴を借りていくのだろうか。
カカシさんが靴を履いている後ろ姿を眺めながら、他に靴があるか目で探すが、そんなものは見当たらない。

「あの、カカシさん。今からどこに行くんですか?あと、私、靴もなくて──」

そう言った瞬間、カカシさんがこちらを振り返る。それと同時に、私の体がふわりと浮いた。
何が起きたのかわからず、フリーズしていると視界の端にカカシさんの肩が見える。そして目線の上には、カカシさんの顎のあたりが見える。

「これしかないかなーって。おんぶだと上着の隙間から脚が見えちゃうでしょ?」

そう、お姫様抱っこの形である。状況を認識した瞬間、私の心臓がバクバクと騒音を立て始める。
恥ずかしさから、本能的に身体に力が入るが、彼の腕の中にすっぽり包まれて身動きが取れない。
もう何がなんだか――朝と同じように頭の中が真っ白になって、首から上がカッと熱くなるのがわかった。密着したこの状態では、ドキドキしているのがカカシさんにバレてしまいそうだ。
本当、なんで今私はすっぴんでこんなことをしているのだろうか――私は自分の運のなさを恨んだ。

「じゃ、行くか!」

彼が笑顔で私に同意を求める。
私にはその笑顔がまぶしくて、消え入りそうな位小さな声で、はい、とだけ応えるのだった。



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