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「カナ?!」

オレはついに自分がおかしくなったかと思った。
そっと覗き込んだ笠の下では、カナと瓜二つの顔がまっすぐに前を向いていた。
この女性は本当にカナなのか?いや、そんなわけはない、カナがここにいるはずが──
自然と呼吸は早まり、全身は得体の知れない喜びに打ち震えた。それまでもう何日もボーッとしていた頭が急に冴え渡り、オレの周囲を取り巻いていたモヤのようなものが一気に消え去ったように視界が明るくなる。
安堵と困惑と、あまりの喜びで、経験したことのないような感情の荒波に飲み込まれると、オレはいつの間にか思考が追いつくよりも先に彼女の腕へと手を伸ばしていた。

「何をしている!」

オレの前方右──つまりカナらしき女性の後ろにいた他里の忍の怒号にハッとした。彼女へ全て注がれていた意識が自分へ戻ってくる。
気づくと、オレの手はカナに届くことなく、その忍にしっかりと制止されていた。
突然のオレという不審者の登場により列は前進を止め、隊列の視線全てが一斉にオレへ向けられる。そして女もオレを振り返り、佇んだままじっと動かない。ここでようやくオレは状況を理解した。 
きっとこの女はカナじゃない──

「何者だ貴様!」

しかし、ここでただ引き下がっては何の情報を得ることもできない。オレは少々わざとらしく、この女がカナであると思い込んでいる様子を装った。

「突然大変失礼いたしました!オレはこの女性の恋人でして……その、なんでカナをこんな風に……?!」

これで本物のカナであれば、オレの名前を呼んでこちらへ寄ってくるに決まっている──が、しかし、当然女は深く笠をかぶったまま静かにこちらを見ているだけだった。顔は見えない。どうやらオレの読みは当たったようだ。
そこで、あまりの驚きによろけたフリをして体勢を崩すと、ほんの一瞬だけ彼女の表情を盗み見た。確かに笠の影から目が合った。薄暗くてはっきりとは見えなかったが、女の顔はカナによく似ていた。造形だけは。
暗がりからじろりとオレを見つめる二つの眼差しはすっかり冷え切っていて、あの、いつもの春の陽のように温かな彼女の眼差しとはかけ離れているものだった。
やはりこの女はカナじゃない。オレはそう確信した。

「はたけ上忍ですか?」

突として、先導をしていた木ノ葉の忍の一人がオレの名前を呼んだ。

「……はい、」

予想外の出来事にオレは少しばかり身構え、返事をする。

「彼女を火影邸まで護送した後、はたけ上忍も呼ぶよう火影様から指示されています。もしご都合がよろしければ、このまま我々に御同行願いたい」

──火影様がオレを……?
ピリついた空気を感じとると、オレはすっとぼけるのをやめ、表情をキリリと引き締める。
念のため、オレは尋ねた。

「三代目がオレを呼び出される理由は?」

それらしい理由が浮かばなかったのだ。
カナの偽物を連れてきたとして、何がどうなる。
カナにそっくりな女をオレに見せて、どうしたいというのだ。
あまりに働きの悪いオレの傷を癒すため?そんなのは偽物じゃあどうにもならない。偽物でもそっくりさんでも分身でもない、カナ本人じゃなければ、オレの心にぴったりと張り付いた薄い悲しみの膜を剥がし取ることなんて到底出来ないのだ。
それに、三代目はそんなことがわからないような御人ではない。一体何の目的でこの女を連れてきたのだろうか──

「今はまだ、私からはお答え出来ません」

木ノ葉の忍は毅然とした口調で言い切った。

「このカナのそっくりさんの件で、口止めでもされてるのか?」
「お知りになりたいようであれば私共にご同行願いたい」
「それしか言わないのね……ま、いいか。行くよ」
「それでは、はたけ上忍は列の最後尾へついてください」

そう簡単に答えるわけがないか、と小さくため息をつくと、オレはのろのろと列の最後尾へと回った。
最後尾にも後衛に二名の木ノ葉の忍がついていて、オレが寄るなり「彼女には護送の間、触れないようお願いします」と触れられる距離でもないのにわざわざ食い気味で警告をしてきた。
こりゃ随分警戒されちゃったなぁ、と内心一人で気まずくなりながら、その言葉が聞こえなかったフリを決め込んだ。

「それでは再び進みます」

先導の木ノ葉の忍が大きな声で列全体に呼びかけると、再び隊列は前を向いて動き出す。オレはユニフォームのポケットに両手を突っ込んで、どういう経緯で他里の奴らが女を連れてきたのかをずっと想像しながら彼等についていった。


隊列の先導と後衛の木ノ葉の忍四名によって、他里の忍二名、そして女、オレの四名が火影執務室へと連れて行かれた。そのほかの他里の忍は、暗部が見えないところから監視を行う別の一室で待機となった。

女は執務室に入る前、自ら笠を外した。気になってついついじっとその様子を見ていると、思わず息を呑んだ。女はカナそのものだった。
オレの知っているカナよりもすこしだけ目つきがキツそうな印象を受けたが、髪質、輪郭、瞳の形や唇の形まで全て同じ質感と形を持っていた。
しかし、そこまで似ていてもカナではないと思わせる何かがあった。
一体どういうことなんだ──表面では涼しい表情を繕っていたが、頭の中は混乱しきっていて、心臓は胸の中で歪に暴れていた。
忍達は、部屋に入るや否や名乗り、深々と礼をした。女もオレも、その後に続いて挨拶をする。
火影様は、オレを見るなり「早速嗅ぎつかれたか」と言って、笑顔とも呆れとも取れる表情をしていた。
どうもこの様子からして、今日の呼び出しは悪い話では無さそうだ。

「さすがカカシ、鼻が効くな」
「たまたま通りで出会しまして。先導の方について来いと言われたので」
「まぁどのみちお主も呼ぶつもりじゃったから、言い方は良くないが、手間が省けた。いつも突然ですまないな」
「それより、火影様?あのー、これはどういうことで……」

オレは顔いっぱいに笑顔を作り、オレの少し離れた左側に立つ女にチラチラ視線をやりながら至極穏やかに三代目へ問いかける。

「驚いたじゃろ」
「驚くも何も、全く意図がわからないのですが……」
「別にお前のためにカナのそっくりさんを他里から用意したわけではない」
「それは分かっています、だからこそ私には全くわからないのです。この女性が、どうして……」

どうしてこんなに似ているんでしょうか──そう言葉に出そうと思うが、急に喉の奥で彼女の名前が出てこなくなった。もうこの世界にいないことを改めて実感させられそうな気がして、怖かった。

「カカシ、心して聞け」

三代目は急に表情を変えた。
彼を取り巻く空気が途端に張り詰める。オレは真っ直ぐに彼を見つめたまま、次の言葉を待った。胸の奥ではまだ心臓がドクドクと鳴っていた。

「この女性はカナであるが、カナではない。簡単に言えば、もう一人のカナ……つまり、向こうの世界のカナということだ」
「……向こうの世界?!それはどういうことですか!」

心が大きく波立つと共に、大量の血液が一気に体内を駆け巡り、全身が沸騰したようになる。頭の中で冷静に状況を整理しようと試みるが、それにしてはあまりにも気が動転しすぎていた。オレはひたすらに三代目と「向こうの世界のカナ」と言われた女を交互に見ていると、三代目が先導を務めていた男に経緯説明を求めた。
男は「引き渡し内容の確認をさせていただきます」とハキハキとした声で説き始める。
オレは何が始まるのだろうかと、昂りを抑えながらとりあえず耳を傾けた。

「この者は数ヶ月ほど前、他里のはずれで保護されました。保護時は記憶がなく、しばらくは記憶喪失者として保護。その後徐々に記憶が回復したため、一週間ほどかけて事情聴取、その後本人の証言より火の国へ身元調査依頼の願い出がございました。火の国の調査期間は約十日間、その後願い出元の里との情報のすり合わせを行い、保護された者と同名の者が火の国の住民台帳に記載されていることを確認。木ノ葉の里の出自であることを特定しました。その後、引き渡しの申し合わせの後にこちらへ連れて来ていただいた次第です」
「どうじゃ、相違ないか?」

三代目は説明が終わると、他里の忍にそう問いかける。忍は、「相違ございません」と静かに答えた。
説明の内容からしてこの女は今日、身元を引き渡されにこの里に戻ってきたということらしい。
しかし、それが先程の三代目の話とどう繋がるというのだろうか。

「それでは、互いに引き渡し・引き受けを了承したとみなし、儀はこれにて終了とする。そちらの書物を持ち帰ってくれ」
「此度は我が小国の申し出にご協力頂き感謝致します。それでは失礼させていただきます」
「長旅ご苦労だった。お前達、案内がてら里の出口まで送ってやりなさい」
「かしこまりました」

他里の忍は部屋の中に用意された小さな台の上の巻物を手に取り、懐へ大事にしまうと、再び深々とお辞儀をして部屋を出て行った。そして、先導・後衛達も礼をし、退出する。執務室には、三代目とオレと、もう一人のカナだけになった。
部屋の中は途端にぴんと張り詰めた空気が緩み、オレの周りだけが重苦しい。

「どうじゃ、少し落ち着いたか?」
「落ち着くどころではありませんよ」
「そうか?入ってきた時よりはマシになったようじゃが」

朗らかに笑って言った。
それから彼は、もう一人のカナの方を向いて微笑んだ。

「それとカナ。お主の話は、先日かの里の者から渡された引き渡し書の中に書いてあったのじゃが、ワシはお主から直接全容を聞きたいと思って、情報部ではなくまずこちらへ呼んだ。何度も話して面倒かとは思うが、今一度聞かせてはくれぬか?勿論カカシにもな」

そう尋ねると、彼女は「はい」と拍子木を打ったかのよう響く、きっぱりとした声で返事をした。女は、声までカナにそっくりだった。彼女の声が胸に刺さって、浅傷がズキズキと痛んだ。

「はじめまして、火影様、そしてカカシさん。私は向こうの世界のしののめカナです。さっそく結論から申し上げますと、あなたがよくご存知のカナはもともとこちらの世界の住人でした」

驚くあまり声を上げそうになるが、実際は喉が詰まり、掠れたような吐息が漏れるだけだった。まさか、あのカナがこちらの世界の人間だったなんて──オレの心臓は再びドクドクと勢いを増し始め、暑くもないのに額や背中からじんわり汗が滲みだした。自然と呼吸が荒くなり、息を吸う度肩が大きく動くのが自分でもわかった。
目の前のカナは、淡々と話を続ける。

「私ともう一人の私は、違う世界で生きる写し鏡のような存在です。私が向こうの世界、もう一人の私がこちらの世界で元々暮らしていました。私達は、生まれつき不思議な力を持っていました──」

彼女曰く、二人は子供の頃から、時々意識の世界を通じて互いの記憶や意識が交流することがあったそうだ。何の力によってかはわからないが、大抵月がこの世に近づく時によく起こったという。
普段は夜、夢を通じて意識が交わるだけのところ、とある日、何かの拍子にオレの知っているカナが、あちらの世界へ現れたらしい。それはほんの一瞬だったそうだ。
自分の部屋で寝ていて、なんとなく人の気配がして目を覚ますと、全く自分と同じ顔の人間が枕元でじっとこちらを見ていてあまりの恐ろしさに気絶してしまったらしい。
らしい、というのは彼女自身もその時の記憶が抜け落ちており、次に目が覚めたらもうこちらの世界にいたのだという。
どうしてそこにいるのか全くわけもわからず、何故か体験した覚えもない記憶だけが頭の中に流れていたという。常に記憶に違和感があって、自分が自分でないような気がしたとも話していた。

それから日を追うにつれてだんだんと元の世界の記憶が蘇り、もう一人のカナと記憶が交錯していることに気がついたのだと言う。
そして、その記憶を互いの身体に戻すため、彼女はこちらの世界に連れて来られたのだと言った。誰に戻されたのかと問えば、神のような存在だと言う。
にわかに信じがたい話だが、いたって彼女の顔は真面目である上に、カナが前に言っていた夢の話によく似たところがあるから、きっと事実なのだろう。三代目も変な顔をせず静かに耳を傾けていた。

「記憶を互いの身体に戻すには、同じ世界線で相手と対面しなければ戻すことができません。そもそも、運悪くもう一人の自分が一人旅で全く関係のない里にいる時に身体ごと入れ替わったので、自分の記憶が戻った時には絶望を感じました」
「でも、キミは記憶を取り戻したんだろう。そしたらあっちのカナも何もせずとも自然と思い出すんじゃないのか?」

オレはふと湧いた疑問を投げかけた。

「いいえ、それは多分無いでしょう。彼女は私よりもニ回も多く世界線を越えて移動しているので、どんどん元の記憶を思い出しづらくなっているはずです」
「そんな……」
「また何かの拍子に彼女が向こうの世界へ行ってしまうことも危惧して、私は早く探し出そうとしました。しかし、状況を日々理解していくうちに、自分がもう一人の自分がいる場所とはおそらく全く違う場所にいることがわかり、再び絶望しました。仕方なく、私は夢を通じて何度もあの子に帰らないでと伝えました。しかし、二回も世界線を越えた彼女には力がほとんど残っておらず、私が何を言っているのかが全く分からなかったようで……とうとう会えないまま向こうへ行ってしまいました……」

気の強そうだった瞳に、陰りの色が差す。ハリのあった声は弱々しく震え、彼女のやるせない悲しみが伝い漏れていた。
知らない世界にいきなり放り出されて、怖かっただろう。不安だったろう。
分身のオレが見たあちらの世界は、平和でとても穏やかな世界だっただけに、余計に胸が痛む。

「こちらへきて身の危険を感じることもあったじゃろう……何か心配なことや手当てするものはあるか?」
「不安はありましたが、幸いそういった類のことはございません。先程の方々も最初はとても怖かったですが、私がスパイなどでは無いと分かるとよくしてくださいました」
「事実は小説よりなんとやら……ってとこかねぇ。これじゃまるでB級SF映画だ」
「信じられないと思いますが、全て本当なんです!」

彼女の目は真っ直ぐだった。その黒々として潤んだ瞳が、そして彼女の悲痛な思いが、オレの胸を貫くような感覚がして、「……オレは信じるよ」と独り言のように応えた。

「同盟国でない里で保護されたとの話だっただけに、他国からの刺客の可能性も視野に入れて用心しすぎていた……全ては疑いすぎた我々の責任じゃ……すまないことをしたな」
「仕方のないことだとは分かっています。信じて受け入れてくださったこと、感謝しております」

彼女はどんな気持ちでカナを探したのだろう。カナが向こうに行ったと知った時、どれほど深い失意の底に沈んだのだろう。そして、どんな思いでこの里まで歩いて来たのだろう。里の位置関係からしておそらく、十日はかけて歩いてきたはずだ。
誰一人知るもののいない世界にいきなり放り出されて、希望も絶たれ、よくここまで来たものだ。

「我々に出来ることは協力させてもらう。勿論お主を向こうへ帰すところまできっちり面倒を見る」
「申し訳ないですが、お言葉にはとことん甘えさせていただきます。私も、もう一人の私も、元の世界に戻らないと困りますから。それとカカシさん、あなたにも私を向こうへ、そしてもう一人の私をこちらの世界へ返すよう協力していただけますか?」
「あぁ、勿論だ。何なりと」
「恐らくですが、あなたにはもう一人の私を帰して貰ったのと同じ方法で、私と一緒に向こうの世界に行ってもらう事になります」
「でも、そんなことしたら帰って来れないんじゃないのか」
「その辺りは火影様と他の方とお話しますのでお気になさらず」

言葉上は柔らかいが、まるでオレだけ爪弾きにされたようで少しだけ傷つく。彼女は必要以上にオレと話したくないような雰囲気を醸していた。
見た目がまるでカナなだけに、あたかもカナに嫌われたような錯覚を起こし、流石のオレもちょっぴり閉口してしまった。

「すまないがカカシ、ここは引き受けてくれるか。必ずこちらへ戻るように手立ては尽くす。お前が居なくなれば、里の皆も困るからな」
「……えぇ、喜んで」

カナがオレの元へ帰ってくるのなら。そして、もう一人のカナが元の世界に無事に帰れるのなら──
あまりにも大きな希望を含んだ彼女の話に、どことなく夢の中のような心地がした。あれほどカナが帰ってくることを切望していたのに、いざそうなるかもしれないと思うと全く実感が湧かなかった。
それはきっと、既に目の前にカナではないカナの姿があるせいに違いなかった。
オレが見ているこの全てが虚構のような気がして、ただただ呆然ともう一人のカナの姿を見つめていた。
不意に、「カカシさん」と彼女がオレを呼ぶ。
オレは二回瞬きをすると、ぼんやりとしていた頭をしゃっきりとさせて彼女を見た。

「予め言っておきますが、私はもう一人の私とは全くの別人格ですので、絶対に混同しないでください」
「……え?あ、そうだな……」

随分とトゲのある言い方をするのでオレは再び思いがけずショックを受けてしまう。火影様も苦笑いだ。

「……まぁ、思うところは色々あるだろうが、頼んだぞカカシよ。二人にはきっと良き未来が待っておることをワシは確信した。これから来る日に向けて再びの転送の儀の準備を整えていく」
「かしこまりました」
「カナ、来て早々だがこれから情報部での聴取がある。もうしばらくすると別の者が迎えにくるから、その者について行ってくれ」
「はい」
「カカシ、今日は自ら出向いてくれて助かった。もう下がって良いぞ」

いつもの穏やかな声で言う彼に一度頭を深く下げると、ドアの方へ体を向ける。
数歩歩いたところでオレはピタリと足を止め、振り返った。

「……あの、火影様、帰る前に一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

気になっていたことが一つあったのだ。

「なんじゃ」
「つかぬことを伺いますが、彼女はこれからどこで生活を──」

そこまで言いかけた時だった。もう一人のカナが「私はあの子と違って、あなたの家には住みませんからね」とピシャリと言った。その強い語気が、ぐさりと胸に刺さる。
そして、あぁ、本当にこの子はカナじゃないんだ。似ているだけで全くの別人なんだとようやく胸にストンと落ちた気がした。
三代目はそんなオレを見て大きな声で笑い飛ばす。

「ハハハ!さっぱりしたカナもなかなかいいのう!くノ一に向いてそうな性格じゃな」
「結構オレ、さっきから地味ーに傷ついてるんですけど……」
「ま、あっちのカナが優しすぎたんじゃろ。こちらのカナには詫びの意味も込めて近くのホテルを手配してある。その中でも一等の部屋だ。そこへしばらく身を寄せてもらおうかと思っている」
「ありがとうございます」

カナだったら恐れ多いとか言って、せめて普通の部屋にしてもらいそうなもんだなぁと想像しながら和やかな空気が取り巻く二人を眺めた。

「カカシ、今回は心配するでない。準備が整い次第また連絡する。それまでカナに会えるのを楽しみに七班の任務に集中してくれ」
「……承知致しました」
「よろしくお願いしますね、カカシさん」
「あぁ、よろしくね」

苦笑いしたいのを無理やり押さえて、爽やかな笑顔を絞り出す。二人に深々と一礼をすると、静かに執務室を後にした。部屋の外に出た途端、どっと体に疲れが押し寄せる。
自分でも気づかないうちに緊張して歯を食いしばっていたのか、とても顎が疲れていた。それから、足も腕も重しでも付けたかのようにだるかった。
あの気の強いカナに魂を吸い取られたみたいな気分だった。
それでも家に向かう足取りは軽かった。家に帰って、カナの部屋をまた掃除しよう。それから次の休みは布団を干して、風呂場をピカピカに磨いて、日用品に不足がないかを確認して買い足しておこう。
そんなことを考えながら、すっかり涼しくなって空の高くなった午後の通りを歩いた。
カナにまた会える──そう思うと、あの日から今朝までずっとズキズキと痛んでいたオレの心の浅傷は、すっかり綺麗に癒えていた。

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