×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
私達は夜の街にあった。
広い日本の心臓部であるこの街はたくさんの高層ビルが立ち並び、上方の赤い航空障害灯が呼吸をするようにゆっくりと点滅している。
人達は皆、それぞれの目的があるように早足で通り過ぎていく。誰も他人に興味がないような顔をしている。ここではカカシさんへの視線はいくらかマシだった。

巨大な迷路のような地下の構内から出て歩道をしばらく行くと、信号待ちをする。少し細い道路を流れていく車達の向こうのビルの壁面には、チカチカとやかましくビジョン広告が流れていた。道のあちらこちらに所狭しと人が散りばめられていて、空気が薄く、濁っている気がした。空は黒、というよりとても暗い灰色のような色をしていた。
信号待ちの間、カカシさんは街全体を呆然と見つめていた。それから「ここは身を隠すのに良さそうだ」と冗談っぽく笑っていた。
信号が青に変わる。人がバラバラに、しかしゆっくりとそれまでと同じ間隔を保ったままぞろぞろと動き出し、ビルとビルの合間の通りへと吸い込まれていく。
通りは、道のど真ん中に街路樹が等間隔に植えられており、ゆったりと進む人の波を分断していた。両脇にはガチャガチャとうるさい色の服屋や質屋、ゲームセンターや靴屋、電気屋などいろんな店がずらりと立ち並び、カカシさんは「向こうの大通りを思い出すよ」と所感を述べた。

通りをさらに進み、幹線道路の前に出る。
巨大な河川ほどもある道幅いっぱいに、ビュンビュン車が抜けていく。ヘッドランプが眩しい。
よくぶつからないなぁと感心していると、カカシさんも「よくぶつからないね」と感心したように言った。
思わず私はふふっと笑みをもらす。

「あれ、オレったら何かおかしいこと言った?」
「いいえ、私も丁度今、全く同じことを考えていたので」
「テレパシーかな」

テレパシーといえば、と信号を待ちながら話題を変える。

「向こうのカカシさんの様子とかって、わかるんですか?」
「いいや、わからない。それは本体のオレも一緒だ。分身のオレが消えて、向こうのオレの身体に戻ったときに初めて本体がこのオレの経験を取り込むんだ」
「ふーん、そういうことなんですね」

信号が青へと変わった。
人々が互いのリズムで対岸へと進んでいく。進んでも進んでもなかなかたどり着かなくて、信号が変わってしまわないかヒヤヒヤした。

「ま、今頃向こうのオレは病院にでも寝かせられて、悲しみに浸る間もなくチャクラの管理でもされてるだろうよ」
「え……」
「おっと、感傷的にはなっちゃいけないよ。カナの目の前にはちゃんとオレがいるんだから。この数日間はオレが分身ってことは忘れてちょうだい」

そう言って私を諭すカカシさんの方が私よりずっと寂しそうだった。

それからは、目が痛くなるほどに蛍光色のネオンサインでギラギラと装飾された繁華街を案内した。案内すると言っても、店に詳しいわけでもなく、ただふらついて妖しい雰囲気を楽しむだけだったが。
ちっとも綺麗じゃない気がしていまいちムードにかけた。それでも、カカシさんは繁華街特有の面白い名前の店の看板を見つけると、淡々と音読して楽しそうに白いTシャツの肩を揺らしていた。
そんな彼の様子を見て、私も心が和んだ。

身を隠すのにいいと言っていたカカシさんは、確かにこの街によく馴染んでいた。ここにはカカシさんのような派手な髪色をした男性はたくさんいる。時折、スカウトを名乗る怪しげな男が近づいてきては彼に声をかけ、名刺を渡して去っていった。私が隣にいると言うのにひどいなぁと思った。
自分でも、どうしてここを彼に案内しようと思ったのかはよくわからなかった。もっと夜景が綺麗なところもあっただろうにと思う。
多分、一番大きい街とか夜の街といえば、とかそう言うただの連想ゲームで連れてきてしまったのだろう。彼が楽しめるかなんて、あんまり考えられていなかった。ようやく自分の頭がきちんと働いていないことを自覚して、私は急に恥ずかしくなった。
もっと恋人らしいことをしなくては──

「今更ですけど、カカシさんってどういうところでデートしたい派なんですか……?」
「どうしたの急に」
「いや、なんか私……今日一日、こっちの世界を知らない外国人だとしたらってテーマで案内しちゃって、なんかカカシさんがどこへ連れてったら喜ぶとかあんまり考えられてなかったなって、なんか凹んできちゃいまして……」

すると、カカシさんが私を見てクスクス笑う。

「オレはカナと一緒ならどこだって楽しいよ」
「えぇ?本当ですか?」
「本当本当。それに、自分が普段行かなさそうなところほど、誰かと一緒に行くと新たな発見もあるしね」
「うーん……」
「今日連れてって貰ったところはかなり見所があって楽しかったよ。酒場も楽しかったし。カナの行きたいところに行けば、必ずオレは楽しいから」
「うー……」
「あれ、悩んじゃった」

私は胸の前で腕を組んで考える。
私が行きたいところ──この辺でカップルらしいところ──そして、スマートフォンで簡単なキーワードを入れて検索を始める。

「……カカシさん、ここを抜けたら夜景を見に行きましょう!」

目ぼしいものを見つけると、私は笑顔で彼に言った。

「これもある意味夜景だけど」
「こういうのはネオン街って言うんです。夜景はもっとロマンチックなんです!」
「オレはこう言う所にも男と女のロマンを感じるけどねぇ」
「もう気持ちしっとりしたところがあるのでそちらに行きましょう。少し歩きますけど」
「了解」

そのあとはまた私の連想ゲームで、都庁の展望室で夜景を眺めに行った。
夜景は想像以上に綺麗だった。無機質な建物達の窓から規則的な間隔で漏れ出す光と、その足元を滑るように流れる車のライトがおりなす光の川がとても美しかった。
「こりゃ見事だ」とカカシさんもガラス前に立ってその光景に目を奪われていたので、私は少しホッとした。
展望スペースにはカップルがたくさんいて、柱の影でキスしたり抱き合ったりしていた。
それを見たカカシさんは「じゃあオレ達も」なんてニヤニヤしながら私の腰を抱き寄せ、少しでも動いたら唇がくっつきそうなくらい密着して夜景を眺めた。
キスはしなかった。私達はそういう場所でキスするほど若くはなかった。くっついていたのも、この空気の中まじめにしているのが逆に気恥ずかしかったからだった。カカシさんは決してそんなことは言わなかったが、チラとみた横顔が恥ずかしそうにしていたからなんとなくわかった。
恋人らしいことをして、私は胸の真ん中のあたりで喜びと恥ずかしさがぐるぐると渦を巻いているのを感じた。


家に帰ると、まだ九時だった。帰る途中、小腹が空いて軽く店で食べて帰ると途端に充実した疲れが押し寄せてきて、家でゆっくり寛ぐには眠た過ぎた。
帰ってすぐに家の風呂に浸かって身体を癒すと、私達は狭い私のベッドでさっさと眠りについた。まるで、二人でベッドに身体が沈んでいくようだった。
私はいつものように彼の腕に包まれてとても安心した。彼は少々寝づらそうにしていたが、疲れからか私よりも先に寝息が聞こえていた。
外の月明かりがカーテンから透けて、彼の目元や鼻筋に陰影をつける。彫刻のようだ。
普段あまり見ることのなかった彼の寝顔に、私はすっかり見入ってしまう。
なんて綺麗なんだろう──そう思いながら、暗い部屋の中で私もゆっくりと夜の底へ沈んでいった。

ぐっすり眠った翌朝は、私の方が早く目が覚めた。
まだ彼が静かに寝息を立てていたので、壁側に眠らされている私は自分の身体をまずゆっくりと起こし、静かに足元の方からベッドを出た。
歯を磨きながら昨日着たカカシさんの服を洗濯機へ放り込み、回す準備だけする。歯を磨き終えると、朝食の準備をした。私の家に何も食べるものがなかったので、昨日帰りにスーパーへ寄って買ってきたのだ。

「おはようのキスくらいしてくれると思って待ってたんだけどな」

フライパンを手に取ろうとした瞬間、急に右の耳元で低い声がしたので私は「うわぁ?!」と妙な声をあげて振り返った。心臓が口から飛び出てしまいそうなほど驚いた。

「ひどいなぁ、一人でベッド出ちゃうなんて」

カカシさんは全体的にぼんやりとした表情の中、眉根を寄せ、唇を尖らせいじけた表情をして見せる。
普段はクールな彼だったが、寝起きの顔のせいでどこか子供っぽく見えて可愛らしく思えた。

「す、すみません……洗濯物を回していなかったことに気づきまして……。今日も出かけるために早くやらなきゃと思って……っていうかいつから起きてたんですか……」

彼のいい声のせいでずっとぞわぞわとしびれるような感覚を味わいながら私は言った。

「カナがちょっと起きる前かな」
「なんだ、起きてたんですね……気づかなくてごめんなさい」

私が謝ると、カカシさんは「寂しかったんだから」と言って私を抱きしめ、「おはよう」を告げた。
いつもとはちょっぴり違う彼に、「おはようございます」と戸惑いながらも抱きしめ返すと、本物のカカシさんのことを想った。
今彼はどこで何をしているんだろう。そもそも向こうは今、朝なのだろうか。泣いていないかな?いや、クールな彼だからそんなことはないか──なんて。

「朝ごはんはオレが準備するから支度しておいで。おめかし大変でしょ」

抱きしめたまま、カカシさんはのんびりとした声で言った。どうも気を使ってくれているらしかった。

「えぇ、でも……」
「そのくらいさせてよ。今のオレったらお金もないし、ヒモみたいな存在なんだから」

彼はこちらの世界の人間じゃない故、向こうでの私の逆パターンで今は私が全てを負担している。私が向こうでそうだったように、彼もどこか気が引けるのだろう。その気持ちがなんとなくわかった私は、「ヒモ」と言う自虐的な表現に少し笑うと、「それじゃあお願いしますね」と明るく彼にお願いをした。


洗濯機を回しながら支度をして、彼の用意してくれた朝ごはんを食べて、洗濯物を浴室乾燥機へ干して二人で玄関の外へ出る。
空は群青で、清々しいほどに晴れていた。まさにお出かけ日和でカカシさんはあまりの天気の良さにあくびを一つ。
つられて私もあくびをすると、なんだかとてものどかだった。そんな私達に与えられた時間は今日を含めてあと二日。実感なんてもちろんない。
朗らかな空気のまま電車を乗り継いで一時間ほど揺られると、そこへついた。

「こりゃまた凄い。誰のお城かな?」
「プリンセスのお城です」
「どんなプリンセスか見てみたいね」

こちらの世界では、国内一位二位を争う有名なテーマパークへやってきた。
カカシさんは園内にしばらく入った正面の巨大な洋風の城に口をあんぐりとあけていた。
昨日のカカシさんの「カナの行きたいところに行けばどこでも楽しいよ」という言葉を鵜呑みにして、私は自分の来たいところへやってきたのだった。
大人のデートとしては少し子供っぽいような気もしたが、そんなのはもうどうでもよかった。私は私なりに彼との一生の思い出を作りたかった。
私達は他のカップルに紛れて本当にはしゃいだ。
ポップでカラフルな世界観にカカシさんは最初戸惑っていたようだったが、目の前に人気のキャラクターがやってくると、その愛らしい動きに急にテンションが上がって一緒に写真を撮りたいなんて言っていた。
その流れで他の人がつけていたカチューシャを見ると興味を示したので、スーベニアショップでカップルのキャラクターのカチューシャを買って、半ば無理やりつけさせた。
「オレがつけておかしくないかなぁ」なんて気にしていたが、「かわいいですよ!」と言ったら珍しく恥ずかしそうに目を伏せていた。
たくさん乗り物に乗って、二人で写真を撮って、食べ歩きをして。身体は疲れ切っても、心が幸せで満ち足りると謎の高揚感に支配され、どんどん足は動いた。
しかし、遅めの昼ごはんを食べに一度座ってしまうともうダメで、二人揃ってレストランで食後にうとうととした。


「なんか暗いけど、大丈夫なのこれ」
「宇宙をイメージした暗闇の中を走るんですよ」
「え、ぶつからないの?」
「ぶつかりませんよ、アトラクションなんで」
「そもそもぶつからないようになってるってこと?」
「まぁ簡単に言うとそんな感じですね」

室内形のジェットコースターの始発地点で、私達は乗り込みながらそんな会話をする。係の女性が安全バーの点検を始め、私達は静かに発車を待つ。
ふと、昨日見た幹線道路の車達のことを思い出した。

「うわぁ、なんかどこかに飛ばされそう」

発車され、助走段階のところでカカシさんが隣で呟いた。
ジェットコースターは上へ向かって昇っていて、その先にはぽっかりと暗い穴が空いている。確かにワープでもしそうだなと思った。
しかしジェットコースターはレールの上をぐるぐると走るだけで、きっとどこへも行けない。昨日あれだけスピードを出していた車だって、どんなにスピードを出したって映画みたいに過去には行けっこない。あの向こうの世界での夏の景色は、もう二度と見ることが出来ない。
私達は一度違うレールの上に乗ってしまったら、一生ぶつかり合うことはないのだ。ずっと、永遠に。

「飛ばされないよう、しっかり捕まっててください……うわぁっ?!」

穴を越えると、一気にコースターごとガクンと身体が下に落ちた。それからまたすぐに上昇に入る。あまりにも急な動きに自然と口から悲鳴が漏れ出す。
そんな余裕のない私の隣では、彼の楽しそうな笑い声が聞こえていた。


夜はパレードを見た。
二人とも途中からくたびれてしまったので、早めによく見える場所を陣取った。地面に直接腰を下ろすと、日中の熱で温められたコンクリートが生暖かい。
あたりが薄暗くなって、予定時刻になるとパレード開始の放送が流れる。その後すぐにどこからか重低音が流れはじめ、電子音と軽快な音楽が園内を包み込む。その間私はワクワクしていた。カカシさんを見ると、口元が少し緩んでいたからきっと同じ気持ちだったと思う。
あちこちから同じリズムで手拍子が起こると、色とりどりの煌めきの粒を纏ったキャラクターや兵隊が遠くからゆっくりとやってきた。
夢のような時間だった。みんな笑っていて、負の感情というものが一切存在しない。目の前までやってくると、まるで幻のようだなと思った。
ふと隣を見ると、手拍子をしたり、キャラクターに手を振ったりと子供みたいにはしゃいだ顔のカカシさんがいた。私はとてもとても嬉しかった。
パレードは音楽に合わせて互いに間隔を保ったまま一つの道筋を緩やかに進んでいく。幸せの魔法にかけられているようだった。
笑顔で手を振るキャラクター、妖しげに光の花の上で踊る妖精、カラフルな船体の海賊船、爆音を鳴らしながら進んでいく魔人、そして城の中を模した光の舞台で仲睦まじく踊る王子様とお姫様達。
火影様に王子様と姫なんて言われたのを思い出して、幸せそうな彼女達の姿に私は泣きそうになった。もう、心がバラバラにちぎれてしまいそうだった。
自分はどうしてこうはなれないんだろう。こんな幸せにはなれなくてもいいから、せめて彼のそばにいられればよかったのに──そう思いながら、時々歪みかけた視界をゆっくりと閉じて気持ちを落ち着かせた。


「楽しかったね。本当に楽しかった」
「年甲斐もなくワクワクしちゃいました」

パレードが終わって、人が散り散りになってゆく。
子供連れの親子達や子供同士できているグループは皆揃って入り口のスーベニアショップの方へ進んで行き、一気に園内は落ち着いた雰囲気になる。
ゆっくりと地面から立ち上がってお尻の埃を互いに払うと、閑散とした園内で私達はゆっくり手を繋いで歩いた。
私は知っている。とびきり楽しいことがあったあとは、必ず虚しくなって、心がすっと冷えていくのを。
まさに私はいまその状態だった。
いい夢を見て眠っている時に、急に頭から氷水をぶっかけられたような気分だった。もう、何も考えられなかった。
遠くの水上ジェットコースターが落ちた。もうすっかり夜だというのに、キャーと楽しそうな悲鳴が聞こえきて、元気だなぁとしみじみ思った。
私達は確かにまだ夢の中にいるのに、私一人だけが楽しいパレードの列から弾き飛ばされて現実にワープしているようだった。カカシさんはにこにことしていて、パレードの余韻に浸っているようだった。
彼はまだ、確かに夢の中にいた。

「パレードが終わるとずいぶん空くんだね」
「そうなんです、待ち時間が五分とかで乗れるのもあるんですよ。もしまだ体力残ってたら空いてるやつ少しだけ乗って行きません?」
「うん、そうしようか」

パレードを待つ間に座って体力が回復したので近場のアトラクションを二、三、サッと乗った。
ただ、最後にそれで締めくくるのも微妙だったので、何か乗っていないもので終わりにしようと園内マップを広げて相談する。

「あと乗ってないのは……」

ふと顔を上げると、遠くの運河を模した川に蒸気船が浮かんでいるのが見えた。ゆったりとしたその姿は、疲れが染み込んだ身体にはなんとも優雅で魅力的に映ったので、私は咄嗟に「あ!あの船乗ってないです」と口をついて出た。普段なら乗りそうもないアトラクションだった。

「綺麗だね。じゃあそれにしようか」

カカシさんは優しいので、私の提案にすぐに同意してくれた。本当に私のしたいようにさせてくれていた。

蒸気船の発着ゲートでしばらく待つ。人は疎らで、私達はほとんど先頭のグループだった。案内されて乗り込むと、園内の方を向いた座席に座ることができた。
こんな時間に蒸気船に乗るなんてのはカップルくらいしかおらず、船内はとてもいい雰囲気だった。私達も互いの肩にもたれながら、ゆったりとした船旅を楽しんだ。
春の夜の涼しい風に当たって、美しくライトアップされた園内をぼんやり眺める。身体に染み込んでいた疲れと、哀しみが吹かれるたびまろやかになっていく気がした。このまま全てどこかへ運んで行って欲しいとさえ思った。
ふと空を見上げると、暗い灰色で塗りつぶされていて星は一つも見えない。なんとなくホッとした。これで星まで綺麗だったら、私はここから帰れなくなってしまうような気がした。

「綺麗だね。こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ、ほんと」
「……もう明日は身体が疲れ切って動けない気がします」
「あぁ、そうだね。明日は家でゆっくりしよう、二人っきりで」

ずっとこの船の上でカカシさんと肩を寄せ合っていたかった。明日はもう、楽しい場所へはどこにも行けないような気がした。
この作られた夢の世界で、ぐるぐると運河の上を果てしなく漂っていたかった。
それでも終わりは必ずやってくる。
蒸気船は十五分くらいで元の場所に帰ってきてしまった。
私は泣きそうになりながら、ゆっくりとした足取りで船を降りた。とにかく名残惜しかった。帰りたいとぐずる子供の気持ちがよくわかる気がした。
そのあとは、出口に向かう途中お城を背景に写真を撮った。スマートフォンで撮ったのを確認すると、二人ともすっかり疲れ切った顔をしていたが、その口元には幸せが溢れていた。私はまだこんなに幸せそうな顔を出来たのかと内心驚いた。
そして──

「あ、花火?」

ドーン、と言う破裂音と共に花火が上がる。
カカシさんに言われて灰色の空を見上げると、二発目の花火が上がった。向こうでみた花火よりは控えめだったが、花火には変わりなく、とても綺麗だった。

「まさかこんなところでも見られるなんてな。カナと二回目が見られて嬉しいよ」
「ふふ、折角だから見て帰りましょ」

その場に立ったまま、二人で空を見上げる。胸の奥に重たい振動が響く。そのうちそっとカカシさんの腕が肩に伸び、寄せられ、私は頭を彼の肩に預けた。
もうすぐ夢が終わってしまう。彼ともう一生会えなくなる──彼にもたれながらそう考えると、私は再び泣きそうになった。


back