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「なんだか、どこもかしこもオレの想像を超えてて、凄いしか言葉が出ないな。頭悪くなっちゃったかな、オレ」
「いやぁ、私もですよ……」

東京スカイタワーにのぼるのは、私も初めてだった。
近くに住んでいると案外こういうランドマークには来ないものだ。
様々な店が立ち並ぶ商業施設を通り抜けて、空に向かってこれでもかと言うくらい真っ直ぐに伸びた塔から下界を見下ろすと、カカシさんの言うように不思議と「凄い」という言葉の他には浮かぶものがなかった。
人が黒いゴマの粒のようにしか見えない。そして、辺りを埋め尽くすようにびっしりと植え込まれたビルや、道を走り抜ける車は全てミニチュアのようだった。
そこへ鉄塔が、大きくて細長いシルエットのままくっきりと濃い影を落としているのを見ると、そこだけぽっかりと穴があいていて、まるで別の世界へと繋がっている入り口があるかのように思えた。
私は一生懸命、街を指差しながらどこに何があるのかをカカシさんに説明していく。彼は深く頷きながら、拙い私の説明を誠実に聞いてくれていた。

説明しながら、この世界にいるのに、どこかここの世界じゃない場所から地上を眺めているような奇妙な感覚に包まれていた。
外国人が多くいたのもあるのだろう。ここから見下ろす景色のどこかで私は生活しているなんて、まるで嘘みたいな気がした。
私達は、団体で来ていた年配客のツアーガイドの解説に時折ひっそりと耳を傾けると、ガラスの向こうの広大な模型のような世界をぼーっと眺めながら「へー」なんてこっそり相槌をうっていた。

塔を降りると、急に現実世界に戻ってきた気がした。こちらの世界へ戻ってきて、街中で帰ってきたことをようやく実感した時と同じ心地だった。
私達は次に下町へと向かった。少し歩きそうだったので、再び商業施設を通り抜けて駅に向かい、電車に乗って移動をした。
下町の駅を出た先は、懐かしい空気に包まれていた。
ここには友人達と二度程しか来たことがなかったが、どうしてだかある種の郷愁の念のようなものが胸の辺りを優しく包んでいた。
カカシさんも「なんだか懐かしい感じがするな」と向こうの世界と重ね合わせているようだった。
私達は駅からぞろぞろと続く人波に身を任せながら、有名なお寺を目指す。

正面向こうに門が見えた。有名な巨大な赤い提灯が下げてある門だ。その周りには何人も記念撮影をしている人達がいて、渋滞を起こしていた。

「みんなかまぼこ板みたいなやつで写真撮ってるね。なんなの、あれ?」
「あぁ、スマートフォンです。私も持ってますよ」
「へぇ、こんなので写真が撮れるの?」

歩きながら彼にロックを解除したスマートフォンを手渡すと、彼はしげしげと眺めていた。そして、恐る恐る画面に触れ、そのあとすぐに何をしたらいいかわからないといったように私を見つめる。

「ここを押すと電話がかけられたり、メールが送れたりするんです。それからインターネットに繋げば色々調べ物ができるんですよ」

私は彼の手の中にある画面を覗き込みながら実演してみせる。

「なんかよくわからないけど、とにかく便利なものなんだね。こんなに小さくて電話ができるのはいいなぁ」
「任務に使えそうですもんね」
「それに画面に触っただけでなんでもできるなんて、信じられないよ」
「私も初めてこれが出た時、そう思いましたよ」
「なんかほんと、価値観変わっちゃうね」

そんなことを話していると、門の前にたどり着いた。
私達も例に漏れず、道の脇へずれて門を背景に写真を撮った。
しかし、予想外の問題が発生する。カカシさんとの身長差があってうまく画面におさまらないのだ。
いろんな角度や方向を試してみるが、カカシさんが屈んでも門との距離の問題でどうやってもうまく写らない。
どうしようかと困っていると、斜め前方にいた見ず知らずのカップルが「撮りましょうか」と声をかけてくれた。
お言葉話に甘えて、スマートフォンを渡して何枚か撮ってもらうと、とても上手に写してくれていた。画面の中の私達は、どこからどう見ても普通のカップルにしか見えなくて、私はそれが嬉しかった。

すると、今度はそのカップルも「私達も撮ってもらえますか?」と言って、彼氏のほうがカカシさんへとスマートフォンを手渡してしまう。使ったことのない彼は手に持った瞬間一瞬固まるが、彼の左から画面を覗くフリをして指示を出すと、きちんとカップルを撮ることが出来ていた。

「これだけで撮れるの?」
「そうですよ。私達がしてもらったように、もう何枚か撮ってあげてください」
「了解。あ、今度は縦に撮りますねー」

流石だなぁと思った。
本当にカカシさんは器用だ。この世界でもそれは変わらなくて、写真は全てとてもよく撮れていた。
「確認してもらってもいいですか?」なんて人当たりのいい笑顔で彼氏にスマートフォンを返すのまで当然のようにして見せて、私はすっかり感心してしまう。
互いにお礼を言ってカップルから離れると、カカシさんは「意外とそれ、簡単だね」と楽しそうに言っていた。


門を潜ると、色彩豊かな仲見世通が寺へと向かって真っ直ぐに伸びている。
店の軒先には小ぶりの赤い提灯と、緑の瓢箪のような提灯が交互に下げられており、お祭りのような賑々しさがあった。
通りはとても活気に溢れていた。あまりにも人が多く、歩けば体のどこかしらが人とぶつかってしまうくらいの密度で、繋いでいた手すらも切り離されてしまいそうだった。

「カナ、これもお祭りじゃないの?」
「これも日常ですね……人気観光地ですから」
「オレ達みたいなのがいっぱいってことか。まぁ確かに、この賑やかさはオレも好きだな」

そっとカカシさんが左手をほどく。そして、私の肩へと腕を回した。私がどこかへ流されて行かないように、後ろを支えつつ、横からの衝撃からしっかり守ってくれているようだった。

「ここじゃあ手を繋ぐより、この方が安全かな」
「は、はい……」

突然の密着に、私はどぎまぎしながら返事をする。

「なに、彼女を守るのは彼氏の大事な役目でしょうよ。歩くの、ゆっくりでいいからね」
「ありがとう、ございます……」

腕の中から見上げてお礼を言うと、素顔のカカシさんが優しく目を細めていて。私はいつになく胸の奥が弾むのがわかった。
緊張してグッと喉の奥が閉じて、胸がドキドキして言葉につまるこの感覚。例えるならば片想いしている好きな人と偶然出会ってしまった時のような、初々しい感情が私の中で湧き起こっていた。
付き合って、普通の恋人がするような事は一通り済ませたというのにどうしてだろう。不思議だった。

「……それにしても、やっぱりどこに行っても目立っちゃう見たいね、オレ」

その困ったような声で、なんとなく理由が分かった気がした。
向こうで見慣れたマスク姿のカカシさんの姿ではないことと、彼が分身であることが大きな要因だろう。
姿形は全く同じでも、ほんの一瞬だけいつもの彼ではないような、カカシさんと瓜二つの双子の兄弟のような気がしてならなかった。

「そりゃあカカシさんはとっても素敵ですから」
「褒められ慣れてないから照れちゃうなぁ」

周囲に視線をやると、電車の時のようにすれ違う女性の何人かはカカシさんをチラチラと見ているようだった。
ふと、もしあの世界で私が別の形でカカシさんと出会っていたら、私は彼と恋に落ちていたのだろうかと疑問に思う。きっと私は彼のことを好きになってしまうだろうけれど、彼に好かれる自信はあまりなかった。
たまたま彼の家に飛ばされて、一緒に過ごせた時間が長かったからこそ好きになってもらえたような気がしていた。他の女性と同じように出会っていたら、きっと私なんて埋もれていただろう。そんなこと考えた。

「それに、カナが向こうにいた時と雰囲気が違うからなんだかドキドキしちゃうよ」
「え?!」

突然の彼の言葉に、私は胸がドクンと脈打つ。

「きっとこの世界で知り合ってたら、オレはすぐにカナに惚れちゃってたかもしれないなぁ」

心が見透かされているのかと思うくらいのタイミングでのその言葉に、私はなにも返せなかった。
大きな声を出して飛び上がりたいほど嬉しいのに、ただただ照れることしか出来ず、体の内側からこみ上げてくる幸せな気持ちと過剰な喜びを抑えこんで、私はきっと変な顔で笑った。
愛おしそうに私を見つめるカカシさんの瞳の奥は、暖かい気がした。


人が多く、長い仲見世通りをようやく抜けると、先ほどよりは小ぶりの大きな提灯を三つ下げた大きな門に出た。ここをさらに行くと目指す有名なお寺がある。
私達は門を潜り、手水舎で手を清め、途中にある常香炉のもくもくとした煙の塊を浴びながら参拝をした。
お願いをする内容はただ一つ。いつだかに流れ星に願ったお願いと同じ内容をお願いしておいた。
彼も同じようなタイミングでお願いをし終えていたから、きっとまた同じ願いだといいなと思った。

「あそこ、凄い人が集まってるね。なんだろう」

参拝の列からそれて本堂の脇の方で一度立ち止まると、カカシさんが何かの小屋の前にある人集りを見ながらいった。小屋の上部に掲げられている看板を見ると「みくじ」と書いてある。

「おみくじみたいですね」
「あぁ、こっちにもあるのか」
「カカシさん、ちょっと並びますけどやりませんか?」

私が「どっちがいいおみくじを引けるか勝負しましょう!」と子供みたいなことを言うと、彼は「ふふ、いいね」と穏やかな声で受けてくれた。

「ここのおみくじは、凶がたくさん出るって有名なんですよ」
「えっ、そうなの?それなのに、皆こんなに並んでるの?」
「凶が本当に出るのかとか、それ以外のを引き当てたいって思う人が多いみたいですよ」
「ほー、わからないでもないな。ま、凶が出てもあんまり落ち込む必要はないのね」

私達は再び手を繋いでおみくじの列まで並びに行く。案外回転が速く、すぐに自分達の番になった。
黒に近い重厚感のある焦げ茶色の突き出たカウンターの上には、鼈甲飴のような艶のある木製の棚と、ずっしりと重たそうな銀色のおみくじ箱が配置されている。棚には番号が一つずつ書いてある引き出しが沢山ついていた。
私はお金を所定の投入口へ百円入れ、おみくじ棒の入った金属製の箱を一生懸命シャカシャカと鳴らして一本棒を取り出す。
手に持っていたものを全て元に戻し、棒に書かれた番号と同じ引き出しを引くと、内容を見ないように手で覆い隠しながら薄紙を取り出した。横を見ると、カカシさんも同じようにしているところだった。
私達は互いに目配せをすると、人の少ない場所へと移動した。
そして二人で向き合い、わくわくした顔でカカシさんが「いくよ」と合図をすると「いっせーのーせ!」と声を重ねて同時におみくじを開いた。

「ええっ?!」

私はその結果に、驚きすぎて小さく悲鳴を上げた。
おみくじが、カカシさんも私も大吉だったからだ。

「こんなことありえます?!」
「凄いじゃないの」

あまりのことに、私達は驚きと喜びが入り混じったような表情になる。
隣では学生くらいの年齢の男の子たちが「全部凶じゃねーか!」と大きな声で楽しそうに笑っていたので、噂は嘘では無いようだった。

「噂は本当みたいだけど、オレたちは祝福されてるみたいだね」
「こんなことってあるんですね……」

それから私達は、落ち着いておみくじの内容を確認した。
大吉だから当然全ていいことしか書いておらず、本当に鵜呑みにしていいのか戸惑ってしまう。
願望は、全て望んでいる通りになる。結婚・恋愛は全て良いでしょう、とのことで、この通りになってくれたらなぁと何遍もおみくじの内容を読み返した。

「おみくじを結べるところってどこかな」

不意にカカシさんがおみくじを細長く折り畳みながら訊ねた。

「え?返しちゃうんですか?」
「……うん、分身じゃあ何かを持ち帰る事はできないからね」

気まずそうに言った。まるで、この幸せな空気を壊したくないといった雰囲気だった。ものすごく気を使っているのが伝わってきて、私は「私が記念に預かります」と笑顔で彼の手からおみくじを抜き取った。

「これで大吉二人分、独り占めです!」

場の空気が濁らないように、アホみたいなことを言って笑って見せた。何を言っているんだろうと自分でも思った。
けれど、その時は衝動的に戯けることしか思い浮かばなかった。彼の悲しそうな表情を、まだ見たくないと思った。

「あはは、そりゃいいね!」

カカシさんはきちんと楽しそうに笑ってくれていた。


小腹が空いたので、寺の境内を出ると遅いお昼を食べることにした。
店を探してウロウロしていると、近くに昔ながらの赤提灯をいくつも下げた居酒屋がずらっと軒を連ねる、なんとも風情のある通りを見つけた。
居酒屋と言っても、道に面した小さな店の前に、簡易テーブルと丸椅子をずらりと並べた開放的な店だ。縁日の屋台のような雰囲気すらあった。
まだ夕方にもなっていないというのに、客はすでに出来上がっていて、あちこちで楽しそうな声が聞こえて来る。
皆酔って声が大きいからか、通りの活気と賑やかさに拍車をかけ、さらにあちこちでゲラゲラと馬鹿笑いする声や機嫌よく店員を呼ぶ声が飛び交い、辺り一帯が人の声で埋め尽くされていた。
まだ素面の私たちも、それを見ていてとても楽しくなった。
カカシさんが「いいなぁ」と言うので、私は「飲んでいきましょうよ」と彼の手を引いた。
すると、彼は驚いたような顔をして「いいの?」と返す。

「こう言うところ、憧れてたんですけどなかなか来るチャンスなくて。今日は天気もいいし、外でビールなんて最高じゃないですか」
「カナはわかるヤツだねぇ」

ニンマリと嬉しそうに言った。
私達はとりあえず目に留まったお店に入ると、生を二つ頼み、昼だというのに牛すじや卵焼き、それから冷奴に串揚げなどいかにもなおつまみ頼んで空腹を埋めていった。料理はどれもどこか懐かしくて、温かい味がした。

「はいお待ち!いや〜しかし、兄ちゃん凄い男前だねぇ!」
「え?あっ、ありがとうございます」

お店の人はとても気さくで、一見さんの私達にも明るく話しかけてくれた。

「すんごいシュッとしててねぇ!まさか芸能人かい?」
「いやいや、そんな。一般人ですよ」
「髪もなんかこう……ギラギラしてバッときまっててねぇ。な、おっちゃん達もそう思うだろ?」

店主のおじさんが、私達の隣のテーブルで飲んでいたおじさん達に話を振る。こう言う距離の近い居酒屋でよくある光景だ。
一番私達側に座っていたおじさんは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出すと、「ほんとほんと!びっくりしちゃったよ!お姉さんも可愛いし、もう羨ましくて仕方ない!」と真っ赤な顔で力強く言っていた。
これには私もどう反応していいか困惑してしまう。

「いやいやそんな、可愛いだなんて……」
「それにその男前の兄ちゃん、誰かに似てるな〜と思ったら、オレの若い頃にそっくりなんだよ!……なーんつって!」

おじさんがそう言ってあはは!と笑うと、隣のテーブルからドッと笑いが沸き起こる。
正面のカカシさんを見ると、彼も楽しそうに声を出して笑っていた。
私は、こういうところでデートできることがとても嬉しかった。
なんでもない場所で、こうしてカカシさんと過ごしていると、私達がまるでずっとこの世界にいて、普通に出会って、普通に付き合っているカップルに思えて、それが何よりの幸せだった。
この幸せな時に終わりがあるだなんて、嘘であって欲しいとずっと思っていた。


そのあとも、何軒か店を変えて飲み歩いた。
過ごしやすい気候のせいでお酒がどんどん進み、お腹がいっぱいになる頃には酔いもすっかり回っていた。
流石にいつの日だかのようにベロンベロンにはならなかったが、少し酒の臭いがキツいような気がしたので、酔い覚ましに夕方の川沿いを肩を寄せ合って歩いた。
すっかり日が空の端のほうに落ち、きれいな赤い夕焼け空が広がっている。川の対岸には、先程登った東京スカイタワーが地上からのライトに照らされて夕闇に浮かびあがり、その存在をさらに主張していた。
しばらく歩くと、川沿いの遊歩道に公園があったので、自販機で水を買ってベンチに座って一休みをした。
公園には誰もいなかった。こんな場所にこんな時間で遊ぶ子供は当然おらず、隅っこの方に鳩が数匹いるくらいだった。
園内はとても静かで、目線より高い位置にある高速道路を走り抜ける車の音と、遠くの電車が線路を走る音があたりを包んでいるだけだった。

「カナの住んでる世界はとーっても広くて、文明の発達が凄まじいんだね。なんだか、自分のいた世界がちっぽけに感じるよ」

上の方が少し紺色に染まり始めた空を見上げながら、カカシさんがぽつりと呟いた。どこか寂しそうな声だった。
私はそれを取り払うように、強い語気で返す。

「そんなことはありません!私は向こうの世界も凄いと思います。忍者なんてこっちの世界じゃ、超人とかエスパーなんてもてはやされて大儲けできちゃいますよ!」

なんて頭の悪い話し方だろうと思った。
私は気を使うとうまく話せないのだなとこの時痛感した。どうもわざとらしくなってしまうのだ。意識しすぎているが故に。

「そうなの?でも、こんなに文明が発達してたら忍術なんて出番ないかもしれないし……向こうもそのうち、忍者なんていなくなるのかねぇ」
「こっちはこっち、あっちはあっちです!」

私は断言した。

「カカシさんは木ノ葉の里の皆にとって、とってもとっても大切な存在なんですから、そんな弱気にならないでください!それにあの火影様やナルトくん達だって誇りに思ってますよ、カカシさんのこと」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃない」

カカシさんは私を見て、顔を綻ばせた。笑顔になろうと思って笑った顔ではなくて、本当に、内側からの感情で自然と笑みが溢れたようだった。
思わず私も笑顔になる。

「オレ、カナのそういうところ、とーっても好きよ」

そう言って彼は、いきなり私に口付けをした。
分身の彼とのキスは、本物のカカシさんと何にも変わりがなくて、目を閉じてキスに応じると私は自分がどこの世界いるのかわからなくなった。自分のアルコールのにおいがどうしても気になって、唇を開くことはしなかった。
それと同時に、私が酔って眠っている時にキスをしたとかいうカカシさんの姿を目蓋の裏に思い浮かべた。その時、カカシさんはどういう気持ちで、どういうつもりでキスをしてくれたんだろうか、と。
きっと今と同じような気持ちでキスをしてくれていたらいいなぁと思っていると、静かに彼の唇が離れる。彼は、とても甘く幸福に満ち足りた表情をしていた。

「疲れちゃった?大丈夫?」
「いえ、全然です!まだ遊んでたいくらいです」
「そっか。それじゃもう少し休んだら、またどこか行こうか。夜まで時間があるしね」
「そしたら少し電車に乗りますけど、ここで一番大きな街にいきましょうか」
「よろしくお願いします」

見つめ合い、いつものように穏やかに微笑み合う。
薄紫色に染まり、地面に伸びた私達の影が闇に溶け始めた公園には、少しだけ夏の始まる香りがするぬるい風が吹き抜けていく。


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