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「あ、お帰りなさい!」

初日の仕事を難なく終え、帰宅して夕飯の用意をしているとカカシさんが帰ってきた。いつもより少し早い。
玄関まで出向くと、彼のベストが土で汚れていた。

「早かったですね」
「いやー、今日は絶壁の上の薬草詰みなんていう冒険みたいな任務であっさり終わったよ」
「絶壁なのにあっさり終わるんですか……」
「ま、忍者だからね!ナルトが薬草と雑草間違えて二回登る羽目になったけど」

靴を脱ぎながら、彼はからりと笑う。
絶壁に登るなんて、バンジージャンプですらやりたくない私からすれば理解しがたい行為だが、まるで大したことがないような言い方をする彼に度肝を抜かれた。
忍者の任務とは、護衛や暗殺ばかりではないのだなといつも驚かされる。

私はまたキッチンに戻り、夕飯の支度を進める。カカシさんは洗面台の方で何やらガサゴソしながら私に大きな声で話しかけ続けた。

「勤務初日、どーだったのよ」
「お喋りなおばさんがちょっと大変でしたけど、みんないい人そうでした!お仕事もまずはバッチリです!」
「そう、それは良かったじゃない。何よりだよ」
「それと、そういえばナルトくんが来てくれましたよ」
「え」

ピッ、ピッ、と洗濯機を操作する音に混じりながら、彼の驚く声がする。
水をチョロチョロと溜める音がし始めると、いつものマスクつきのタンクトップ姿になった彼がダイニングまでやってきた。

「アイツ、邪魔になるから絶対行くなって言ったのに」
「来てくれて私は嬉しかったですよ」

クスクス笑って言うと、「すっかり懐いちゃったみたいだな」とカカシさんは肩を竦めた。

「あぁいう年頃の男ってのは、大抵年上の優しそうなお姉さんが好きだからな」
「カカシさんもそうだったんですか?」
「うーん、周りにそういうお姉さんがいなかったからなぁ」
「えー?」

本当だよ、と笑いながら言うと、カカシさんはそばまでやってきて、私の手元をのぞく。

「お!ホットプレートがテーブルにあると思ったら、今日は手作り餃子か」
「はい!ニンニクは気にされると思って生姜餃子にしてみました。ビールもキンキンに冷やしてます!」
「いや〜いいねぇ。ちょっと土埃かぶってきちゃったから先にお風呂、いただいてもいいかな」
「もちろんです!まだ少しかかるのでごゆっくりどうぞ」
「よーし、入っちゃおーっと」

くるりと向きを変えて鼻歌を歌いながら、彼は脱衣所へ消えていった。仕事が早く終わったからなのか、随分と機嫌が良さそうだ。


彼が戻ってきたのは、私が棒棒鶏サラダと麻婆豆腐、それから皮に包み終えた生の餃子をテーブルの上に丁度運んでいる時だった。ダイニングに入ってくるなり、冷蔵庫から冷えたグラスと瓶ビールを一本取り出し、いそいそと晩酌の準備を整える。

「カナは飲まないの?」
「私は家では飲まないので」
「ふーん、そうなんだ」

一瞬残念そうな顔をされる。
私は、家飲みには付き合わないと決めていた。
仮にもここは異性の家だ。
いくらカカシさんとあっても、酔って万が一そういう空気になってしまったら……と思い、この家ではお酒を飲まないと心に決めていた。
彼が飲むのは仕方がないが、私は素面でありたい。自分でもよくわらないこだわりがあった。
もちろんカカシさんがそんな人とも思えないし、自意識過剰だとは思うが。

余熱をかけていたホットプレートに餃子を丁寧に並べ、焼き目をつける。皮がこんがり焼けているのを確認できたら少しだけ水を注いで蓋をし、後は待つだけになると、彼はビール、私は麦茶で乾杯をした。
こうやって二人で食事をするのも日常となってきた。
カカシさんがマスクをしていない姿もだいぶ見慣れた。それでもやっぱり、長く目を合わせると恥ずかしくなってしまうけれど。
料理がお口にあったのか、彼は「うまいね」と言って棒棒鶏と麻婆豆腐を行ったり来たりして、ビールをぐいぐいあおっていた。
好意を寄せる男性に、自分の作った料理を美味しそうに食べてもらえるのがこんなに嬉しいなんて。
向こうの世界でも彼氏に手料理を振る舞ったことはあったが、ここまで嬉しかったことはない。
叶わぬ恋というシチュエーションがそうさせているのか。

瓶ビールがすぐに空になったので、私は席を立って新しい瓶と取り替え、お酌をする。カカシさんのそばに立つと、湯上りのいい匂いがした。

「はい、どうぞ」
「悪いねぇ。もう今日はこの一本飲んだらやめとくよ」
「お酒は強いんですか?」
「ま、そこそこかな。なーんか、こうしてお酌されるとオレもすっかりおっさんになっちゃった気分だねぇ」
「そんなことないですよ。まだまだお兄さんじゃないですか」
「えー、まだいけるかなぁ」
「いけますいけます!それに、カカシさん男前ですから」
「男前ねぇ……」

泡を溢さないようにコップの淵まで並々と注ぎ終えると、そっと瓶をテーブルに置いて席に戻る。さぁそろそろ餃子も焼き上がった頃じゃないかと蓋に手を伸ばそうとしたその時。
正面のカカシさんに見つめられているのに気付いた。
手の甲を頬に押し当てて頬杖をつきながら、意味ありげな視線で私をじっと見つめている。目つきはとろんとしていて、黒子のある口元も妙に色っぽい。
すっかり釘付けになってしまって、伸ばしかけた手をそのまま止めて目を奪われていると、彼は急に笑顔になって、「なーんちゃって、」と戯けてみせた。

「どう?いけるかなぁ?」
「もう、びっくりしちゃったじゃないですか……」
「ちょっとそれ、どういう意味なの」

あれが明るいところじゃなくて、薄暗い場所で、しかももっと近い距離でやられてしまったら──想像すると、下腹のあたりが熱くなる。こんな状況で欲情的な気持ちになってしまう自分に嫌気がさす。
不純な気持ちは早く忘れてしまおうと、私はホットプレートの蓋を開けて、「焼けましたよー!」と邪念を打ち消すように元気よく声をあげた。

「ねぇ、ちょっと、オレの話聞いてる?!」
「カカシさんは何個食べますか?」
「え?!あー……とりあえず8個で」
「おかわりもありますからね!」

強制的に話を終了させて、それから私はいつもよりも元気に振る舞った。
そして、また変な気持ちにならないように、食事に集中する。
食べ終える頃にはすっかりカカシさんもさっきのことなど忘れているようで、今日のナルトくんのドジ話を楽しそうに話していた。



「そうだ!カカシさん、プレゼントがあります!」

食後、ふと思い出した。今日、自来也さんから本を貰ったんだった──私は自分の部屋に本を取りに行くと、背中に隠すようにして彼の前に戻り、「なんだと思いますか?」とクイズを投げかける。
彼は眉間にシワを寄せて、腕組みをしながら考え始めた。

「え……?兵糧丸とか?」
「違います!」
「んー……なんか凄そうなクナイとか?」
「それも違います!」

んー、と考え込んでしまったところで「はい!」と彼の目の前に本を差し出す。

「──ッ?!これは?!」

想像していたよりも随分といい反応に、私は得意げになる。

「未発売の最新刊!イチャイチャパラダイスの秘密です!」
「どこでこれを?!」
「作家の自来也先生から直々にいただきまして!」
「自来也様に?!」
「はい!以前書店で話しかけられたことがあったんですが、今日もアカデミーの敷地内でたまたまお会いしまして。その際いだきました」

珍しく目も口もぽかんと開けたままの間抜けな表情のカカシさんに、思わず吹き出しそうになる。

「あの方も忍者だって知らなくてびっくりしちゃいました」
「自来也様は、伝説の三忍と称される超一流の忍だ……」
「え……」
「いやー、でかしたぞカナ!お前には幸運の神様でもついてるのかもしれないな」

カカシさんは目をキラキラと輝かせ、両手で本を受け取ると、大切そうに表紙を眺めていた。
またカカシさんの喜ぶことが出来てよかったなぁ、と私は彼のそのうっとりとした表情をしみじみと眺める。

「後片付けも私がやっておくので、今日はどうぞ本を読んでください」
「え、いいの?!」
「もちろんです!」

そう返すと、彼はとびきりの笑顔で「本当にありがとう!」と私の右手を取ってガッチリと握手をした後、鼻歌を歌いながら部屋に入っていった。

あんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだ。よっぽどのファンなのだろう。
ふと、他にはどんなことで喜んでくれるのだろうか──そんなことを考える。
今までの会話を思い出してみたけれど、そういえばカカシさんのことなんて、好きな食べ物や好きな本くらいしか知らないかもしれない。
つい、もっとカカシさんのことを知りたいなぁなどと考えてしまう自分がいた。
それと、あの目。
彼にあんな誘うような目で見つめられて、愛される女性が心のそこから羨ましいと思った。

いずれにせよ、好きになっても傷つくだけだから──
私は両頬をパシッと手で挟んで邪念をはたき落とすように気合を入れると、流しに重なった食器を洗おうとキッチンへ立った。


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