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「#エロ」のBL小説を読む
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目が覚めると、しんと静まり返った闇の中だった。
窓から外の灯りが漏れ出して、少しだけ目が見える。まだぼんやりとする視界の中、壁にかけてある時計へ目を凝らすと、深夜1時を回っていた。うっかり食後、寝てしまったようだ。
机に伏せて寝ていたからか、なんとなく顔の周りが痛い。久しぶりにやっちまったな、と上体を起こして両手で顔を擦ると、肩から何かするりと滑り落ちた。
なんだろうと振り返って自分の背中と背もたれの間を見ると、バスタオルが落ちていた。
カナがかけてくれたのだろうか。
ちょっとした優しさに、思わずオレは口元が緩む。

昨日、疲れて家に帰ってカナが出迎えてくれた時、殆ど記憶にすら無い母さんの姿と重なって見えた。もちろんカナが母さんに似ているとかそういうわけでは無い。
遠い昔に憧れた、自分を優しく迎え入れてくれる母という存在のイメージに、とても似通っていた。
自分よりも年下の女の子にそんなイメージを重ね合わせるなんて、自分でもちゃんちゃらおかしいなと笑ってしまうが、とにかくその時はそう思えたのだった。
オレは落ちたバスタオルを手に取ると、そのまま流しへ水を飲みに椅子を立った。
すっかりキッチン周りは片付いていて、オレの黒いシンプルなマグカップと、カナの赤い花柄のマグカップが水切りカゴに並んでいた。
自分のを手に取ると、蛇口から水をたっぷり注ぎ、目を覚まさせるかのように全て飲み干す。
カナのマグカップは、入院の際に夕顔に買ってきてもらったものだという。女らしいチョイスだ。かわいいのを買ってきてくれたとカナは気に入って使っている。
自分だけが生活していたスペースに、明らかに自分のもので無いものが入り込んでくると、その異質さに存在感は強くなるものだ。
このマグカップだけじゃ無い、カナの存在は一緒に住み始めて日を追うごとに、明らかにオレの心の中で大きくなっていた。

今まで、自分が幸せになるなんて許されないと思っていた。
自分のせいで仲間を死なせてしまったこと、そしてこの手で仲間やたくさんの敵を殺めてしまったことから、のうのうとオレだけが生き伸びて、幸せの中で死んでいくなんて有り得ないとすら思っていた。
だから、その償いとは言わないが、常に里や仲間の幸せだけを願い、オレの使命を果たすことや、守れなかった仲間たちに対してこれからは何ができるかだけを考えて生きてきた。
恋人や家族を持つだなんて、とんでもないと思っていた。

しかし昨日、夕食を食べながらそんな自分が揺らいでいることに気付いた。
こんな自分へ幸せを与えてくれるカナに、今までにない感情が芽生えていることに気付いてしまったのだ。

勿論最初は可哀想と思う気持ちから優しくしていただけだった。この世界で孤独な彼女と、孤独だった昔の自分を重ねてのことだった。
しかし、彼女は慈しみを与えられたら、与え返すような心を持ち、結果的にはオレ自身までもが救われていた。
自分を責め、償いだけを考えてきたところに突然、小さな幸せという雑音が入り込めば、たちまちオレの心は乱れる。すっかり幸せや心地良さを求めたくなってしまった。

歯を磨いてバスタオルを棚に戻し、自室に戻ると、オレの心はカナでいっぱいになった。こんな形で出会わなければ、と心の底から悔やんだ。
もし、彼女がこの世界の人間だったら、オレはすぐにでも彼女に踏み込んだだろう。ずっとここにいてくれるなら、フラれる覚悟で想いを告げただろう。
しかし、彼女は帰らなければいけない場所がある。きっと、好きになることさえ許されないということなのだろう。
これは、自分を戒め続けられなかった罰に違いない、そう思った。

もしかすると、向こうの世界にはカナの恋人がいるかもしれない。わざわざ聞いたことはないが、充分にあり得る。
それに、たった知り合って1ヶ月程度の男に好意を示されても困るだけだろう。自分の気持ちを押しつけて、迷惑をかけたりするようなことはしたくなかった。
しかもオレは住む場所を貸している身。
誰かの手を借りなければ生活が難しい状況の彼女につけ込んで、ものにしたと思われるのは絶対に避けたかった。
どうすることも出来ない感情を抱えていることが苦しくて、けれども解決する方法も浮かばなくて、そっと目を詰むってやり過ごした。


気付いたらまた眠りに落ちていて、目が覚めると窓の外はすっかり光に溢れていた。
カナはすでに起きていて、朝ごはんを作っていた。目玉焼きと、ベーコンを焼いただけだったが、こういう素朴な朝食も彼女が作ってくれるなら悪く無いと思いながら完食した。
それからオレは、カナに散歩と言って、オビトとリンの所へ花を手向にいき、しばらく自分を戒め直した。
あの時のことを忘れようとしているんじゃないんだ、抜け駆けして幸せになりたいわけじゃないんだ、今こうして目の前に現れた大切な存在を守りたいだけなんだ、と。そう何度も自分に言い聞かせた。


「休みの日に呼び出してすまんかったな」

カナとこうやって火影様のところへ来るのは何度目だろうか。
今では呼び出されるたびに、帰る方法が『見つかってしまったのか』とどきりとする。
ふとカナを見ると、いつもと変わらず真面目な表情をして火影様を熱心に見つめている。
やっぱり早く元の世界に帰りたいのだろうか、いや、そうにきまっている──両親や友人、それから大切な人がたくさんいるのなら、そちらに戻りたいと思うのは当然のことだ。
そして、そうなることが彼女にとっては一番幸せなのだろう。
オレはそれがわかっているのに、彼女の幸せを願っているのに、心のどこかで帰らないで欲しいと思うようになっていた。

「今日呼んだのはな、カナ、お主に仕事を紹介しようと思うて呼んだんじゃ」
「仕事ですか?!」
「お主がこちらへきた原因は徐々に分かりつつある。しかしまだ確信が持てない。もう少し時間がかかりそうじゃ。お主も経済的に少し自立しないとカカシの家で肩身が狭いだろうと思うてな、午前10時から16時までの短時間ではあるが、この本部の入館受付の事務をお願いしようと思う」

仕事の話か、とオレは少々ホッとして、真剣な表情のカナを横目でぼんやりと眺める。

「この世界のことをわからない私でも務まりますでしょうか……」
「なに、むしろ短調でつまらんと言われてしまうかもしれん。里の秘密には触れず、我々のそばに置いておける唯一の業務じゃ。給料も出る。もしカナが受けても良いというなら三日後から勤務が可能じゃ」
「是非やらせてください!」

少々食い気味で言った。

「わかった、それではこれが労働契約書一式じゃ。とりあえず持ち帰ってそれらを記入し、明々後日の10時、またここへきてくれ」

カナの希望に満ち溢れた顔は、仕事をもらったからなのか、先に言っていた、こちらへきた原因がわかってきたからなのかはオレには判断がつかなかった。
彼女の笑顔に胸がチクリと痛む気がした。


執務室を出ると、カナはほくほく顔で封筒を胸に抱えて歩く。
微笑ましいその様子に「そんなに嬉しいかねぇ」とついもらすと、「これでお金を借りているという罪悪感から解放されます!」とわくわくしながら封筒の中を覗き始めた。

「こら、そういうのは家に帰ってから見ないと無くすぞ」
「大丈夫ですよ、取り出しませんから。あ、服装自由だ」
「労働賃金よりその他規定が気になるのね」
「こんな身なんで文句は言えませんが、やっぱり女の子ですからね」

女の子、か──
カナはもともと女の子らしいとは思うが、街の中を歩く同年代の女と比べれば、随分質素な格好をしている。
お洒落だってしたいだろうに、きっとあの性格だ、遠慮して必要最低限のものしか購入していないはずだ。
忍者は服装が大体決まっているし、男だからそこまで考えたことも無かったが、外で色んな人と一緒に働くとなれば少しは自分を飾りたいと思うのは当然だろう。
どうせ今日は暇だ。「それなら帰りに服屋に寄るか?」とオレは訊ねる。

「あれ……今の、『女の子って年でもないだろ』ってツッコむところだったんですけど」
「カナは大人の女性というより、女の子って感じだからね」
「あー!カカシさん酷い!」

最近のカナは、俺にだいぶ心を開いてくれたのかよく笑う。それどころか、コロコロと表情が変わって見ていて飽きない。まるで万華鏡のようだ。
どの表情もキラキラしていて、冗談まじりにむくれるその顔ですら愛らしい。

今オレが彼女にしてやれることは、彼女の生活を支えることやそばにいて寂しい思いをさせないこと。
それから──何ができるだろう。
彼女が服を試着している間、試着室の前にある椅子に店の外の方を向いて座り、こっそりイチャイチャパラダイスを読みながらふと思う。
本の中や街の中にヒントがないか、暇をつぶしながらぼんやり考えた。
何気なく、歩いていた一人の女が目に留まった。その女はゆらゆらと揺れる大きな紅い花のピアスをしていて、白い肌によく映えていた。
──そういえば、カナもピアスの穴が開いていたような。
別の服を取りに一度試着室から出てきたカナの耳に注目すると、確かに穴が開いている。
不自然ではあるが、「そういえば、カナってピアス開けてるのになんでしてないの」と思いついたままに尋ねる。
カナはよく気づきましたね、と驚きながらも「こちらに来る前の夜、寝る前に外しちゃってたのでつけるものがなくて」と耳たぶを触りながら眉をハの字に下げた。

「買えばいいじゃない」
「服ならまだしも、自分のお金でもないのに装飾品は買えませんよ」

オレの予想は当たっていた。やっぱり彼女は遠慮して必要最低限のものだけしか揃えていなかったようだ。
「ま、それもそうだな」とさらりと返すと、カナが試着室へ入ったタイミングで影分身を使い、自分と交代させた。
本体のオレは少し離れた装飾品店へ向かう。カナにピアスを買おうと思ったのだ。
付き合ってもいないのにアクセサリーをプレゼントするなんて、と引かれるかもしれない。
でもまぁ、オレは口がうまいからなんとでも誤魔化せるだろう。なぜかそんな根拠のない自信があった。

装飾品店ではたくさんのピアスや髪飾りが店先に並んでいた。どれもキラキラと輝いていて、女物なんて興味のないオレにはどれを選んでいいのか一瞬でわからなくなる。
カナの好きそうなものを選ぼうと、端から順番に視線を落として行くと、派手さはないがコロンとした形の赤い椿のピアスが目を引いた。
カナの使っているマグカップは花柄だった。それに、玄関に立てかけられていた彼女が買ってきたであろう新しい傘も、椿の絵が入っていた。
カナがつけたところを想像してみると、よく似合いそうな気がする──そう確信すると、店員を呼んでプレゼント用に包装してもらった。値段はまぁ、そこそこだった。

小さな包みをズボンのポケットにしまい、カナのいる服屋に戻ると、ようやく彼女が会計しているところだった。
分身のオレは店の外に立っていたので、解いて自分に戻す。

「随分お待たせしてしまってすみません」
「いいよ別に、どうせ暇だし」

オレがそう言うのと同時に、どこからかグーと腹のなる音がした。
出所はカナの腹だったようで、「試着してたらお腹空いちゃいました」と照れながら服の入った紙袋でお腹を隠す。

「あはは、昼時だもんねぇ。何か食べて帰るか」

カナは嬉しそうに頷く。

「何か食べたいものある?」
「んー……ラーメンの気分です!」
「はいはい、ラーメンね。美味しいところがあるからそこにしようか」

ラーメンと言えば、一楽だ。
服屋とは同じ通りにあるので、そのまましばらくまっすぐ歩いて店に入った。
よく行く店だと言ったら、おすすめのラーメンにすると言うので二人揃って味噌チャーシューを頼む。
テウチさんが「珍しいね、彼女かい?」などとカナに話しかけていたが、カナは顔を真っ赤にして否定していた。

出てくるのを待っている間、オレはポケットから先程買ったピアスの包みを取り出す。

「そういえばこれ、よかったら使ってよ。就職祝いってことで」

家で渡すとさすがに恥ずかしい気がして、ここで渡してしまおうと思った。ラーメン屋ならキザになりすぎない。
カナは「いいんですか?」と少々戸惑ったように受け取り、開けていいのか確認する。オレは「あぁ」と一言返事をした。
中身を見たときのカナの反応がものすごく気になるが、それを悟られないようにオレはお冷やに口をつけ、わざと彼女から視線を外す。珍しくドキドキしていた。

「わぁ……!かわいいです!」

隣から明るい声が聞こえると心底ほっとして、ものすごく喜びたいのを抑えて「よかった」とだけ微笑んだ。
カナは目をキラキラさせて、ピアスを眺めている。今まで見たことがないくらい嬉しそうに見えて、思わずその表情に魅入ってしまう。
彼女は顔の周りに花を咲かせながらピアスを手にとり耳に着けると、オレにピアスがよく見えるように横を向いて、「こんなにかわいいの、似合いますかね」と照れ臭そうにオレに尋ねた。

「あぁ、とっても似合うよ」

ピアスは、本当によく似合った。
頬を赤く染めた愛らしい横顔と、丸い花の形がよくマッチしている。
明らかに自分の顔がだらしなくなるのがわかって、マスクをしていてよかったと思った。

「はい!味噌チャーシューお待ち!お嬢ちゃんには一枚チャーシューサービスだよ!」

ちょうどラーメンも出てきた。
珍しくキザなことをして、オレもだんだん恥ずかしさがふつふつと湧き出てきたので、「食べよっか」と彼女の意識をピアスからラーメンへ誘導した。
カナは「本当にありがとうございます!」と満面の笑みで言うと、丁寧に空の包みをしまってからいただきますをした。
オレも一緒にいただきますをして、スープを口に運ぶ。
プレゼントも喜んでもらえて、ラーメンも美味い。最高の一日だな──そう心の中で幸せを噛み締めていた、その時だった。

「あー!先生!?」
「……ナルト?!」

カナの後方から大きな声がして振り返ると、ナルトが暖簾から顔を出し、目を丸くしていた。
後からニヤついたサクラと、すかした表情のサスケがひょっこり顔をだす。
カナは何が起きたのか分からず、ぽかんと麺を啜ったまま固まっていた。

あぁ、これはめんどくさいことになったなぁと、オレは腹の底からため息をつくと、こいつらがうるさくなる前にラーメンを食べてしまおうと無言で麺を啜った。


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