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二人でランチを共にした翌日、私は午後の面会時間に会いに来てくれたカカシさんに、家へ置いてもらいたいことを伝えた。
カカシさんは、自分から提案してきたのにもかかわらず、私が受け入れたことに対してすごくびっくりしていて、私は可笑しくなって笑ってしまった。
その日は忙しかったのか、最終検査がどうだったかや体調を確認して、火影様へにすぐ報告すると言って30分くらいで帰っていった。

そしてそんな次の日、つまり今日なのだけれど、カカシさんに連れられてアカデミーへやってきたのだった。
カカシさんと一緒に執務室へ行き、火影様に挨拶をすると、火影様は「元気じゃったか」とまるで私のお爺ちゃんみたいに優しく微笑んでくれた。

「来て早々本題に入るが、本当にいいのか、カナ」
「はい、カカシさんのご好意に甘えさせていただこうかと思いまして」

そう返すと、火影様は「それを聞いてホッとしたよ」とくわえていたパイプをふかした。

「住う所を選定するのになかなか良い物件が無くてな……。もう少しかかってしまいそうなところじゃったから助かるわい」
「ご配慮いただきありがとうございます」

私は深々と頭を下げた。

「それと、カカシよ、お前も変なことするんじゃないぞ」
「しませんて……」

カカシさんは、火影様の冗談に顔を引きつらせる。
火影様はケラケラ笑っていた。
人によっては冗談じゃ済まないことを、こんな風におちゃらけて言われるんだから、きっとカカシさんは厚い信頼を受けているんだろうなぁと思う。

「まぁカナ、カカシはこう見えて結構真面目じゃ、安心せい。念のため、一応暗部の監視も引き続きつける。もしカカシに何かされそうになったら助けを求めればよい」

いじられっぱなしのカカシさんは、「もう、火影様ったら……」とお茶目な火影様に途方に暮れていた。
和やかな謁見が終わり、病院に戻ると、早速明日にも退院する運びとなった。
手続きは夕顔さんの方で全てやってもらえるらしく、私は重ね重ねお礼をすると、早速荷物をまとめて退院に備えた。

忘れ物がないようにしっかり荷造りをするぞ、と意気込んだものの、パジャマ一枚でこちらへきた私の荷物は、30分もしないうちにまとまってしまった。
着て来たパジャマ、入院用のルームウェアが3枚、外出用の服が2枚、それからタオル類、日用品なども。大きめの旅行鞄を二つ本部のお下がりでもらったので、詰め込んでみると、すっかり収まってしまった。
今の私には、他人から与えてもらったこれだけしかない。
いつ帰れるかわからないこの場所で、荷物を増やすのを躊躇っていた。帰ってしまったら無駄になってしまう。

何より、やっぱり元いた世界で私がどうなっているのか気がかりだった。
失踪扱いなのか、それとも実は死んでいて、ここは死後の世界なんじゃないか、なんて変な考えまで浮かんでくる。
もし死んでいたら、一人暮らしだった私はちゃんと見つけてもらえているのだろうか。
友達とご飯に行く約束だってしていたのに、すっぽかしてみんなを傷つけていないかな。職場の愚痴とか、面白かったことや、お互いの恋の話とか、たくさん話すことを用意していたのに。みんなの話、聴きたかったなぁ。
それに、両親に迷惑をかけてないといいなぁ──
大切な人達に、私は生きています、とどうにかして言いたいところだが通信手段もない。
何にもできない歯痒さに、私はキュッと唇を噛んだ。

***

「お世話になりました」

その日の天気も晴れだった。
ついにこの病院を出られる日がやってきた。こちらの世界へ来て、六日目のことだった。
看護師さんや受付の方々に挨拶をし、重たい出入り口のドアを押し開けると、先に荷物を持っていってくれたカカシさんが待っていた。

「お待たせしました。荷物、ありがとうございます」

重たい荷物は男の役目、と旅行鞄を両手にぶら下げたカカシさんは余裕の表情だ。
夕顔さんは今日は休みだという。昨日のうちにお礼の言葉だけは伝えたが、もう一度挨拶したかったなと思う。
彼女も、監視という立場でありながら私のことを色々気にかけてくれていて、本当にいい方だった。
あまりお話しできなかったのが心残りだ。

「いやぁー……すっかり夏だな」

一度通っただけの、見慣れない道をカカシさんと二人で歩く。今日は暑い。おまけに湿度も高く、もわっとしている。
私のとりあえず用意してもらった外出用の服は生地が少し厚く、風を通さないためサウナスーツのようだ。
襟足のところからじとっと汗が吹き出し、首筋に髪の毛が張り付いて痒い。

「ですね……私もう汗が……」
「帰ったらとりあえずシャワーだな……」

本当なら和やかに話でもしながら歩きたかったが、暑くて喋る気も起きない。
私とカカシさんはタオルで汗を拭いながら帰路を急いだ。


「はい、到着ー」

玄関から上がって、はぁーとため息をつくと、カカシさんが真っ先に窓を開けまくり、どこからか扇風機を引っ張り出して換気を始めた。
この世界にクーラーはないのか、と私は若干テンションが下がるものの、扇風機の風が当たるとかなり涼しい。
東京とは違う世界なのだなと肌で実感させられる。

「とりあえず、カナ、お前が先にシャワー浴びてこい……」
「え、でも……」
「いいから、こういうのはレディーファーストだ」

カカシさんは扇風機の前で着ていたベストを脱ぐと、トップスの胸元を摘んで、パタパタと服の中に空気を送り込んでいた。それから扇風機の前を陣取って、涼み始める。
私は待たせる方が迷惑になるなと判断し、「ありがとうございます」と返事をして、鞄の中からすぐに着替えとタオル類を取り出し、浴室へ向かった。


たった半日もいなかったけど、なんだか懐かしいな──そう思いながら服を脱いでいると、あの日の私の歯ブラシがコップに立てられているのを見つけた。
あの日、また戻ってくるかもしれないと思ってとりあえず置いておいたのだけれど、カカシさんが捨てずに残しておいてくれたことに心が暖かくなる。
さて、それより早急にシャワーを浴びないと、と私は急いでべたべたになった服を脱ぎ、風呂場へ駆け込んだ。


シャワーを浴び終え、清潔な服に着替えると、少しだけ体感温度が下がる気がした。
カカシさんは、私がシャワーを浴びている間に、客間へ荷物を運び込んでくれていた。

「昨日掃除もしたし、布団も干してある。まぁ普段使ってない部屋だから殺風景だけど……自由につかってくれ。クローゼットも空だからそこをつかってくれ。あとこれ、家の鍵」

はい、と犬の肉球キーホルダーが付いた鍵を手渡される。
客間はフローリング敷の六畳くらいの部屋で、突き当たりに小窓があり、日当たりはそんなに良くないのかひんやりとしていた。
小さいちゃぶ台のようなテーブルと、新品のような布団が部屋の左隅に畳まれていた。

「ここ、あんまり日が当たらないから少し暗いかもしれないけど」
「いえ、過ごしやすくて快適です。お布団もありがとうございます」
「なんか、改めて見ると独房みたいだな……なんか病院の方が広くてよかったような……」

カカシさんはだんだん自信がなくなって来たのか、弱気なことを言って顔をしかめるので、私は食い気味に「そんなことないです!」と否定する。

「病院で一人ぼっちでいるより、こちらの方が全然素敵です」

そう言うと、カカシさんはちょっと安心したように表情を緩ませ、それならいいんだけど、と小さく息を吐いた。

「まぁ、必要なものを買い足して好きにつかってね……オレもとりあえずシャワー浴びるわ」

カカシさんが浴室へ消えると、私は荷物を広げ、一つ一つクローゼットへしまっていく。
と言ってもスカスカで、あっという間に終わってしまう。
それを見て、私はなんだか虚しくなった。
自分の家も、家族も、友人もいないこの世界で、荷物は唯一自分の存在の証明のような気がしたからだ。
こんなに存在を証明するものがちっぽけになってしまって、つい私そのものが薄れていっているような気がしてしまう。
自分の精神衛生を維持するためにも、少しずつものを増やすべきなのかもしれないと感じた。
それに、退院に伴い、昨日夕顔さんから買い物の際に使っていいカードを支給されたので、これですこし夏服を買いたい。
しかし──どこに服屋があるのかもわからない。
情けないなぁとため息をついた。

しばらくして、浴室の方から扉の開く音がした。カカシさんの足音が近づいてきて、客間の扉からぬっと顔を出す。

「いろいろ終わった?」
「はい、すぐ終わっちゃいました」

私は少し恥じらいながら言うと、カカシさんが部屋全体をぐるっと見回してもう一度私を見た。

「疲れてるかもしれないけど、もう少し涼しくなったら買い物行かない?夕飯の買い物とかもあるし、その服じゃこれから暑くてしんどいだろう」
「え……?!いいんですか?!」
「もちろん」

カカシさんは文字通りニッコリと微笑んで「街を案内してあげるよ」と付け足した。
あぁ、やっぱりこの人についてきてよかったなぁ、としみじみ思うのだった。

日が落ちて、17時を回ると窓から吹き抜ける風がだいぶ涼しくなった。
寝室の方で休んでいたカカシさんが、ドア越しに声を掛けに来る。
客間でのんびり休憩してすっかり元気になった私は、その呼びかけに勢いよく返事をして、二人で家を出た。

街はオレンジ色に包まれ、どことなく懐かしい雰囲気に包まれていた。
少し湿度はあるが、日が落ちかけたことで風が冷たく、少しだけ夏のにおいがする。子供の頃、親に夏祭りに連れて行ってもらった日とよく似ている気がした。

「人が多いから、迷子にならないでね」
「大丈夫ですよ、24歳の大人なんですから」

私たちはそんな冗談を言いながら、賑やかな人波の中を並んで歩いた。


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