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- ナノ -
「いやぁ、もう今年も終わりだなんて。あっという間だったなぁ」
「本当ですね、一気に駆け抜けた感じがします」

食料品店をいくつか回っておせちやお雑煮の食材を揃えたあと、最後にお蕎麦屋さんへ寄って予約していた年越しそばを受け取った。
帰り道、他愛もない会話をしながら二人で薄暗くなった師走の冷たい夕方をのんびりと歩く。
私たちの頭上には、空を半分以上覆い隠すように一番高いところから藍色の緞帳が降りていた。闇に濃く塗りつぶされた地平線と建物達の間が、濃ゆい橙色に輝いている。そこから緩やかに右上へ視線を上げると、少し欠けた透き通った色の月がいつのまにか姿を現していた。
なんてことのない、ありふれた冬の夕方。

今日は大晦日だった。
いつのまにそんな月日が経ったのかと数日前に驚き、仕事も休みに入ったので、カカシさんのいない間に大掃除を済ませて清々しい気持ちで今日を迎えた。
ただの一年の終わりと決められている本当はなんでもない一日なのに、私の心はここ最近で一番弾んでいた。誰かと一緒に過ごす年末なんて、どれほど久しいだろう。
こうして歩いているだけで世界が煌めいてとても華やかに映る。まるでお祭りみたいだ。

「今日は帰ったらゆっくりおせちの下準備と、それから年越し蕎麦でも食べてのんびりしよっかねぇ」
「初詣は行かないんですか?」
「うーん、夜は寒いし混むし、毎年次の日の朝派かな。お雑煮食べたあと、腹ごなしに散歩がてら」
「それもいいですね」
「オレは夜でもいいから、なまえが好きな時に行こう」

カカシさんが柔らかく微笑んで言った。彼は相変わらずいつも優しい。
その優しさに包まれていると、私も同じように優しい気持ちを彼へ返してあげたいと常々思う。

「明日の朝、お雑煮を食べた後に行きましょう!」
「よかった。じゃあ、今日はお蕎麦を食べたらこたつであったまりながらみかんでも食べて、のんびりしようか」
「はい!」

鼻先はツンとするし、頬も冷えて突っ張る感じがする。それに、冷たい空気のせいで肺の中まで凍ってしまいそうだけれど、すごく今、幸せだ。
贅沢な暮らしでも、刺激的な毎日でもない、ありふれた日常が私にはとても大切だ。大好きな人のそばに居る、ただそれだけでもう、どんな美味しいものを食べるより、どんな素敵なプレゼントを貰うよりもたまらく幸せで、例えようもなく嬉しいことなのだ。


家に帰ると買ったものを一旦キッチンのそばに置いて、洗面所へ戻り、手を洗う。もう外は完全に藍色に飲み込まれていたので、暗い廊下を通って居間に出る。部屋の灯を付ける前にカーテンを閉めに窓辺に立った。
何気なく、窓の外を見た。月が、外で見た時よりもわずかに高い位置へ上っていた。あたりが暗くなったからか、先程よりも存在感を増してくっきりとしていた。まばゆすぎて、月の周りにうっすらの虹色の光の輪も見える。
それから月よりもっと上の方へ、チラチラと星が瞬き始めていた。

「なまえ、どうかした?」

動きを止めて見入っていた私に、遅れて薄暗い居間へやってきたカカシさんが呼びかける。先程手を洗った後、部屋着に着替えると言っていた。
振り返ると、彼はリラックスした雰囲気ではなく、眉を八の字にして様子を伺うように私を見ていた。
よくあることだ。私に少しでも不穏な様子を感じ取ると、彼はしばしば心配げな表情を浮かべていた。
まだきちんと二人で暮らし始めて間もないから、仕方がないのだろう。あんな事があったのだ。もし私が逆の立場だったら、またどこかへ行ってしまわないか不安で堪らないだろう。
私は彼の憂いを取り除こうと、顔いっぱいに笑顔を作り「空が綺麗だったので」と明るく返事をした。

「そうだったの」

安堵の息と共に、緊張感のあった彼の眉間がゆるむ。
ゆったりとした足取りで私の右へやってくると、レース地の薄いカーテンを右手でのけて、窓の向こうを覗くように少しだけ顔を上へ向けた。そのまま数秒じぃっと眺めると、彼は「本当だ」と独り言のように呟いた。

「いつもよりも、今日は月が明るいね」
「一年の終わりですからはりきってるんじゃないですかね。まぁ、月も照らされる側ですけど」
「そうかもねぇ」

私の戯れ言に、カカシさんはこちらを見て目を細める。彼の眼差しからは、愛情が滲み出てくるようだった。こんなのは自惚だと言われてしまうかもしれないが、本当に愛おしそうな瞳をしていた。私は心の中でこの幸福を噛みしめた。

月は、スポットライトのように彼を青白く照らしていた。そして、おそらく私のことも。
私達はちゃんとこうして同じ空間で、同じ時を刻んでいる。それが、なんとなく当たり前のようで、とてつもない奇跡のように思えた。
私達は物凄い偶然を何度も繰り返してきっと今、こうなった。
後一部屋隣だったら、カカシさんが任務に出ている日にここへきていたら、カカシさんが向こうの世界で私を見つけてくれていなかったら──考えれば考えるほど信じられない事がたくさんあった。

「この一年の終わりを、ちゃんとなまえと過ごせてよかったよ」

カカシさんが満ち足りた表情で言った。

「私もです。まだ気が早いですが、来年もよろしくお願いしますね」
「勿論。こちらこそよろしく」

夜が深まれば、どこからか除夜の鐘がゴーン、ゴーンと聞こえてくる。きっとあの月が沈む頃には新しい一年が始まる。そして、私たちの新たなる日々がそこから続いていくのだ。

「あ!買ってきたもの、冷蔵庫にしまわないと!忘れてました」

今日のこの先を想像してふと思い出し、私はカーテンを半分閉めてからキッチンへと急転換する。
キッチンへ入る前に部屋の灯をつけると、一気に明るく清潔な、いつもの光景が目の前に広がる。温かな空間。私の幸せの象徴。

「そうだ、重箱も出しておかないと」
「カカシさん、食材をしまい終わるまで一旦そちらの捜索をお願いしてもいいですか?」
「あぁ。いやぁ、どこにしまったかなぁ……すぐに出てくるといいんだけど……」
「しまった場所がわからないなんて、カカシさんにしては珍しいですね」
「参ったなぁ、見つからなかったらどうしよう」
「ふふ、なかったらその時はその時です」

珍しく弱った声の彼に、可笑しさをこらえながら励ます。私の目線は買い物袋に集中したまま、頭の中で困った顔の彼を想像した。愛おしくて、胸がキュッとなる。
思わず彼を抱きしめたい衝動に駆られながらも、そんな大胆なことなんてまだ出来ない私は、袋から冷蔵品の品物を見つけて取り出すと、お正月の歌を鼻歌で歌いながら冷蔵庫を開いた。



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