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「#寸止め」のBL小説を読む
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- ナノ -
とある夏休みの一日。うだるような暑さの日だった。
帰宅部の私は、夏休みはついつい暇を持て余してしまう。
まだ高校一年生だから予備校にも通っていないし、こんな生活だからか夏休みの宿題もやる気なんて到底起きない。それでもまぁ予備校の夏季講習くらいは少しだけ行くんだけれども、大学進学を見据えてガツガツ勉強するなんて気にもならないし、遊ぼうにも友達はみんな揃って部活に熱中していて夕方まで捕まりやしない。
そんな具合で私はほぼ毎日、昼時は涼しい家の中でゴロゴロしながら無駄な時間を過ごしていた。

今日は家族もみーんな仕事や用事で出払っていて、一人暇な私は母親から家事を頼まれていた。と言うより、「暇なんだからそれくらいやりなさい」と怖い顔で押しつけられてしまった。
めんどくさいなぁと思いながらも仕方なく朝起きると、粗方身支度を整えてから、洗濯カゴの中のものをポンポン放り込んで洗濯機を回す。
洗濯が終わるまで時間があるので、その足でリビングに行き、テレビをつける。そして、いつもと同じチャンネルにすると、夏休みの習慣になりつつある朝のニュースバラエティを見ながら適当に朝食をとる。
番組の内容がつまらなくなったら切り上げ、後片付けをし、それすら終わるとリビングのソファに座って洗濯が終わるのをぼーっと待つ。この間、テレビを見るだけで、それ以外は何もしない。夏休みは贅沢だなぁとしみじみ思う。

洗濯物は夕方まで外に干しておくと夏場は砂埃のせいで埃臭くなるので、午前中に干して早く取り込むと決めている。洗濯終了のブザーが鳴ると、すぐさま腰をあげて、柔軟剤の良い匂いのする洗濯物をカゴへ詰め込んだ。洗濯物は水分を含んでいるせいで、カゴはずっしりと重たくなった。
その重たいカゴを両手で一生懸命持ち上げながら家の階段を上り、二階のベランダへと干しにいく。
一度カゴを床に置いて、ベランダに出る窓をガラリと開けた。着すぎて色あせた謎のキャラクターのTシャツに、中学時代のジャージというだらしない部屋着姿のままで、ベランダ用のサンダルに右足から引っ掛ける。外に置きっ放しなので、サンダルに触れた足の裏がいきなり熱い。
両足とも足を入れ終えると、地面からの照り返しのせいもあって、足元からだんだんと重たい熱気が全身を包み込み、一気に身体がだるくなった。
それから、蝉の声がとてもうるさかった。近くの街路樹に相当数止まっているようで、まるでサラウンドスピーカーから彼らの一夏の叫びが大音量で流れているように臨場感に溢れていた。
いざ干し始めると、すぐにのぼせそうなほど身体が暑くなり、一人で顔をしかめた。いきなりサウナに飛び込んだのかと思うくらいだ。
めんどくさいなぁ、室内干しにしちゃおうかなぁ、なんて考えながら険しい表情で洗濯物を干していると、ほとんど干し終えたところで、家の正面の通りにキラリと光るものを見つけた。

「あ……」

カカシくんだった。夏の真っ直ぐな日差しに、彼の綺麗な銀髪がキラキラと反射していたのだった。
カカシくんは私のクラスメイトで、それはもうモテモテの男の子だった。最低でも学年の三分の一の女子は彼のことをいいなと思っているんじゃなかろうか。
クールだけど、話してみると案外優しかったりするギャップがたまらないと評判で、正反対のタイプの男子にはめっぽうライバル視されていた。特にオビトとか、ガイとか、オビトとかオビトとか。
本人はそれにうんざりしているようだったが、女の子にはそんな態度を一ミリも見せないあたりも人気たる所以だった。

もれなく私も彼にほんのりとした好意を寄せていた。
きっかけは、まぁ見た目がカッコいいというのもあるけれど、一学期の席替えで、通路を挟んで隣になったことだった。
例えば、うっかり宿題を忘れてあたふたしていたらこっそりと彼のノートを見せてくれたり、教科書を忘れて他のクラスの友達に借りに行こうとしていたら、それに気づいて彼から声をかけて見せてくれたりと、なにかにつけて彼との接点が増えたのだった。
その他にも、放課後に図書委員の力仕事で困っていたら、たまたま通りかかったカカシくんが全く関係ないのに手伝ってくれたりと、教室の外でも彼から声をかけてくれるようになっていった。
それは別に、特別私に好意があるとかそういうことではなく、「誰に対してもこういう風に優しくすることが普通にできる男の子なんだな」という自然な空気感だった。媚びない優しさがとても心地よくて、私はいつの間にか彼の事が気になるようになっていた。

カカシくんを見るのはもう二週間ぶりくらいか。今日は私服姿で、何故だか学校の鞄を肩にひっかけて歩いている。
メッセージアプリで二人ともクラスのグループには入っているから、連絡先を知らないこともないのだけれど、休みの日に遊んだりする程の仲でもなければ、気軽に連絡を取り合うなんて間柄でもない。随分久しぶりな気がした。

彼はとても暑そうに顔を歪めて歩いていた。線が細くて男の子にしては肌が白いため、余計に辛そうだった。
カカシくんは歩きながら時々、ハンカチで丁寧に汗を拭っていて、その動きがなんとも品のいい感じがしてやっぱり他の男子とは違うなぁ、カッコいいなぁと思った。
次に干すタオルを持ったまま手を止め、そんな風に彼をぼーっと眺めていると、突然強い熱風が吹いた。
そして、私の両手に摘まれていたタオルはひらひらと飛んでいってしまった。

「あ!やだ……!」

思わず声を上げると、ちょうど家の前あたりにいたカカシくんがこちらを向いた。勿論、目が合ってしまう。
その瞬間、私はタオルが飛んで行ったことよりも、こんなだらしのない格好を彼に見られてしまったことを猛烈に恥じた。どうして久しぶりに片思いの相手に会えたというのに、こんな恥ずかしい格好で……もっと日頃から可愛い部屋着を着るんだった──そう激しく自分のだらしなさを後悔した。
恥ずかしさからその場で固まっていると、タオルがうちの塀の上に落ちたのを見つけた。その中途半端な落ち方に、どうせならカカシくんのところまで飛んでいってくれれば良かったのにと恨めしくなる。

「しののめさん?」

カカシくんが、先ほどまで歪めていた顔をすこし柔らかくして私を呼んだ。

「あ……カカシくん!久しぶり!なんかごめんね?!」

私はいたたまれない気持ちを抑えて返事をすると、なぜだか謝ってしまう。「タオルを突然落としてごめん」なのか、「このひどい格好を晒してごめん」なのかについては、パニックに陥っている私にはもうどちらでもよかった。

「ごめんねって、オレ何も迷惑かけられてないけど……それよりこれ、しののめさんが落としたの?」

カカシくんは塀に引っかかっているタオルに視線をやっていった。

「そう、さっきの風でうっかり落としちゃって!今取りに行くからそのまま置いといて!」

カゴに残っていた靴下とハンカチをささっと干しながら言って、洗濯カゴを持って家の中に入ると、窓も閉めないで一目散に一階へ降りた。それから慌てて靴をつっかけ、玄関から飛び出る。
家の門の前には、先程落としたタオルを手に持ってカカシくんがぽつんと立っていた。

「えっ?!タオル取ってくれたの?!ありがとう!」

驚いて変な風に声が上ずると、カカシくんは半笑いのような顔で「親の手伝い?」とタオルを私に差し出した。その額と首のあたりはうっすらと汗ばんでいた。
私は門越しに受け取りながら、自分がひどい格好なのを急に思い出し、また猛烈に恥ずかしくなって「うん、今日みんな仕事とか用事でいなくって」と小さく返事をした。

「この時間に家にいるって、しののめさんって帰宅部だっけ?」
「そうなの……この時間は家族も出掛けてれば友達もみんな部活で、家で一人暇してて」
「だよねぇ。オレも友達、みーんな部活」

肩をすくめ、退屈そうに言った。

「あれ、カカシくんも帰宅部?」
「うん、バイトとか家のことしなきゃなんないし」

そういえば彼のお家はお母さんがいなかったことを思い出す。
普段からカカシくんはしっかりしていて、他の人よりいろんなことに気がつくから、きっと昔から家でも苦労をしてきたんだろうなぁと思う。
そんなところをあまり見せないところも、同い年なのにすごいなぁと尊敬してしまった。
微妙な空気になりそうだったので、私は話題を変える。

「今日はこれからどこか行くの?」
「家だと集中出来ないから、夏休みの宿題を図書館にやりに行こうと思って。しののめさんはもう夏休みの宿題終わった?」
「うっ……終わってません……っていうか全然やってません……」

苦い顔をして言うと、珍しくカカシくんが表情を崩して笑った。

「あはは、しののめさんってしっかりしてそうに見えて、意外とそういうとこあるよね」
「えぇ、そうかなぁ……っていうか私、そもそも全然しっかりはしてないけど……」
「それと、いつも思うけどちょっと面白いよね」
「お、おもしろい……?それって褒めてる……?」
「褒めてる褒めてる」

面白いってのはもしかしてこの服のせいかなぁなんて思いながらも、ニコニコ笑うレアなカカシくんが見られたので嬉しくなってしまう。
優しいけれどいつも飄々としていてあまり表情がないイメージだったから、普段と雰囲気が違ってなんだかドキドキした。私服のせいもあるのかもしれない。
カカシくんってこんな表情するんだ、ますますかっこいいなぁ──私はどんどん彼の笑顔に心が掴まれていく気がした。

「そうだ、しののめさんも暇なら図書館で一緒に宿題しようよ」

彼はとびきりの笑顔で言った。
私は思いも寄らない彼のお誘いに、息を呑んだ。手に持っていたタオルはうっかり落としそうになる。

「い、いいの……?」
「一人だとどうしてもサボっちゃったり、途中でもういいやってつい諦めちゃうからさ。それに、しののめさんが隣にいたら、なんとなく頑張れる気がして」
「え?!」
「しののめさんよりは宿題進んでるからもうちょっと頑張ろー、って」
「ええっ、そっち?!カカシくん酷くない?!」
「あはは、冗談だって。帰宅部同士、仲良くしようよ」
「わかりづらい冗談やめてよ……もう、」
「で、どう?」

そういう彼の瞳は、はっきりと期待を込めた眼差しだった。
これはカカシくん、ちょっとくらいは私のこと好きなんじゃないかって単純な私は思ってしまう。まぁモテモテでナチュラルに優しい彼だからそれは無いだろうけれど……。
それでも、仲良くしたいと思って貰えているということだけでもう、私には充分すぎるくらいに嬉しかった。

「……行く!行きたい!今急いで支度するから待ってて!あ、外じゃ暑いから上がってください!今冷たいお茶も持ってくるから!」

私は満面の笑みでそう言うと、門を開けて彼を玄関へと案内した。

「え、いいの?親御さんがいない間に勝手にあがっちゃって」

彼は戸惑いながらも私の後に続いて、ゆっくりと玄関の前までやってくる。

「バレないって!それになんか言われたら適当に誤魔化しとくし大丈夫!さ、さ、どうぞどうぞ」
「ふふ、じゃあちょっとだけ。お邪魔します」

だるかった体は急に軽くなって、全てが跳ねるように軽やかに動く。
私は彼を玄関先にあげると、受け取ったタオルをポイと洗濯機に放り込み、急いで台所に向かう。
家の中で一番可愛いコップに冷凍庫から出した氷をたくさん入れ、冷蔵庫の中でキンキンに冷やしてある麦茶を並々と注ぎ入れた。
それをお盆に乗せると、服を摘んでパタパタと仰ぎながら玄関先に座って待っているカカシくんの元へ、こぼさない程度の早足で運ぶ。
私の身体はとても熱かった。外の暑さでのぼせたのか、それともカカシくんとこんなことになってのぼせたのか、頭が真っ白で何にもわからなかった。顔はだらしなくにやけて、ほっぺたと首がもの凄く火照って、胸がひたすらにドキドキした。

「じゃあ、いまから急いで準備してきます!」
「ゆっくりでいいって。あと、上の部屋の窓、多分開けっぱなしだったから、鍵とかきちんと見てきた方がいいと思うよ」
「オッケー!ありがとう!」
「もう、本当にわかってるの?」

カカシくんは呆れたように笑って、少しだけ汗をかいた麦茶のコップに口をつける。冷たい麦茶の中にぷかぷかと浮かぶ氷が揺れて、カランと涼しい音がした。
お茶を飲みながら楽しそうに笑う彼を見て、暇な夏休みも悪くないなぁ、そんな気がした。

(帰宅部の夏も捨てたもんじゃない)


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