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- ナノ -
ずっと夏は苦手だった。
蒸し暑くて息苦しくて、外では立っているのさえつらい。任務以外では出来るだけ家の中でじっとしていたい。この季節が来るたびにそう思っていた。
一方カナはといえば夏が大好きで、常にその燦々と降り注ぐ陽の光の下で活動したがるタチだった。
一度「暑いの辛くないの?」と尋ねてみたら、その暑さと強すぎる日差しの中に身を置くと生きている実感がして気持ちが良いのだという。
よく理解できないなぁと思いながらも、恋人の言うことなので否定はせず「ふーん」と聞き流した。

その日は白飛びしたようにとても明るい昼下がりで、空の色が透き通ったように淡い水色をしていた。
お互い久しぶりに休みが重なって、カナが旅行に行こうと前日に思いついた旅だった。
暑い日が続いていたので、言われた時に外に出るのはなぁと思ったが、あまりにもうきうきした表情で言うので断ることが出来なくなってしまったのだった。
オレが彼女の提案に首を縦に振ると、カナはすぐに電話ボックスへすっ飛んでいって、宿を予約をしに行った。
それから夜には必要最低限の荷物を鞄に詰め込み、わくわくとはやる気持ちを抑えて眠ったのだと思う。彼女は一生懸命早く寝ようとしていた。
そして、翌朝。早起きは苦手なくせに、オレより早くに起きて支度を始めていた。洗面台で鼻歌を歌いながら髪を整える姿を見て、どれだけ楽しみにしていたのかを想像するとオレも嬉しくなった。
オレ達は笑顔で駅まで向かった。道中は少しでも動けば額や首筋から汗がダラダラとこぼれ落ちてくるほどに暑かったが、それでも笑顔だった。あまりの暑さにおかしくなったかと思うくらいに。

モワモワとした熱気に包まれたホームから乗った列車は、ボックス席タイプの座席だった。
平日のため乗客もまばらでとても空いていたので、オレ達は進行方向に横並びになって座った。
車内はとても静かで、外で一生を懸けて鳴く蝉達の声と、ガタン、ゴトン、と小気味良いリズムでレールのつなぎ目を車輪が通り過ぎていく音だけで満ちている。のんびりとした空気が漂っていて、心地よく身体が揺れると少しだけ眠たい。
窓からは夏の金色の光が時折差し込み、景色がよく見えるようにと窓側へ座らせた彼女の肌を照らすと白くまばゆく反射していた。

自分達の住んでいるところからだんだん遠ざかっていくと、大きな建物や住宅の数が少なくなっていく。やがて視界が開けて緑が増え、とうとうあたり一面は真っ直ぐな緑の葉を生やし揃えた田んぼや、豊かに作物の実った畑になる。
途中の田んぼには案山子があちらこちらに立っていて、カナは「カカシがたくさんいる」とケラケラ笑っていた。
列車はどんどん進んでいく。

「わぁ、すごい!」

突然、カナがびっくりしたような声を上げた。
なんだろうと思って彼女の視線の先を追うと、向日葵畑があった。
ちょうど列車が真横へつくと、窓の外はまるで太陽の楽園のようだった。見渡す限り黄色い世界で、大きな向日葵の花が一斉に空を向いている。

「綺麗だね」

オレは思わず目を奪われて言った。

「うん!もうこの夏はこれ見れただけで十分!」

それは、特に意味なく言ったのだろうけれど、どことなくオレが夏が苦手なせいで彼女に気を使わせてしまっているような気がしてしまって。
オレが夏が好きだったら、彼女と同じように太陽の下ではしゃぎ回れるタイプの人間だったなら、きっと彼女は今すぐこの向日葵畑を歩き回って、身体の隅々まで夏を堪能したいはずだろう──そう思った。

「そう?オレはもう少し夏らしいことしたいけどなぁ」

それで、そんな事を言った。彼女にはいつでもとびきりの笑顔でいて欲しかった。
自分でも驚いたが、カナはもっと驚いていた。
両眉を上げて、丸い目をさらに丸くして窓の外からオレへ視線を移すと、「うそ」と呟いてしばらくまじまじとオレを見つめていた。

「嘘なんてつかないよ」

オレはそんな彼女が可笑しくてクスクス笑った。
そしてカナは、オレの言ったことが冗談じゃないと分かると途端に笑顔になって「ねぇカカシ、ちょっと寄り道して向日葵畑、行っちゃおっか!」と言った。
キラキラとした無邪気な彼女の笑顔と、その向こうに見える一面の黄色がとても眩しくて、オレは思わず目を細める。

「名案。次の駅で降りちゃおっか」

いい悪戯を思いついたような顔をして、オレ達は笑い合った。

しばらくして、名も知らぬ駅に着く。
押しボタンを押してドアを開き、灼熱のホームへと足を踏み入れると、身体中を一気に熱気が包み込んだ。日差しも強く、肌をじりじりと焦がしていく。
それでも心は軽やかで、まるで夏に浮かされているようだった。
この時、生まれて初めて彼女の夏が好きな理由をなんとなくわかる気がした。

「いやぁ、暑いねー!」

つばの大きな麦わら帽子をかぶって、オレの横でそう笑う彼女はまるで向日葵のようで、あまりの眩しさに一瞬だけギュッと目瞑る。すかさずカナが「あ!さてはその顔、降りなきゃ良かったって顔だな?」と困ったように微笑み、肩をすくめた。

「いいや、あまりにも向日葵が綺麗だったもんだから」

素直に理由を言うのが照れ臭くて、そう誤魔化した。
ホームから今来た線路の向こうを見ると、先ほどの向日葵畑が柔らかい風に少しだけ揺れていた。それを見て、彼女はまた満足そうに口角にゆるいカーブを描く。
オレはその横顔に、この先の夏もこうして彼女と過ごしていたいなぁと思うのだった。

(夏と向日葵)

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