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「ちょっとごめん、向こうの書庫の扉、開けてもらってもいいかな」

その日カナは任務もなく待機中、火影の家の廊下をボーッとしながら歩いていると、背後からいい声の男に声をかけられた。しかも、それは聞き覚えのある声だった。

──か、カカシさん?!

そこにいたのは、はたけカカシだった。振り返るなり、カナはハッと息を呑んだ。何故なら、はたけカカシはカナがアカデミーを卒業して初め見た時から憧れに憧れている存在だったからだ。
天才と呼ばれるほどのその強さ、そしてすらっとしたスタイルにあの気怠そうな雰囲気。地毛だとかいうお洒落な銀髪。どこをとったって女ウケがしないわけのない彼に、彼女はたちまち一目惚れしてしまったのだった。

そんな彼に話しかけられるということは、彼女にとって家のすぐ近所で憧れの芸能人や大スターに声をかけられた、くらいの衝撃度だった。……こう言うとあまり凄くないような気がしてしまうが、とにかくカナの中では芸能人や大スターに声をかけられるよりも、もっともっと嬉しいことに違いなかった。

「……えっと、なんかオレの顔についてる?」
「す、すみません!」

つい見惚れていると、困ったようにカカシが尋ねる。
慌ててカナは彼に何をお願いされたかをよく思いだして、書庫の方へと駆けていく。
カカシは両手にとても重そうな書類の山を抱えていた。何をしているのかカナにはよくわからなかったが、どうやら彼女の正面にある書庫へその書類を置きに行きたいと言うことは察した。
急いで重たい書庫の扉を押し開けると、ドアを押さえたままカカシが中へ入るのを待つ。
「ありがとう」と言いながら彼が彼女の目の前を通ると、カナはカカシの放つ香りにうっとりとした。忍者であるから香水も使っていないだろうし、柔軟剤のような匂いでもない。所謂フェロモンというやつだろうか。
カナはいつもよりも近い距離でカカシを拝めることに心が打ち震え、嬉しさのあまり卒倒しそうだった。

「天気もいいから暇つぶしにふらふらしてたら綱手様に捕まっちゃってさ、空き部屋に置き溜めた書類を書庫に移動して欲しいって言われてね。逃げようと思ったんだけど機嫌悪かったみたいだから」

書庫の中央のテーブルへドスン、と音を立てて書類の山を置きながらカカシはぼやく。天才コピー忍者と称される彼も、あの綱手に言われては逆らうことができないのだろう。
カナも似たような経験がつい最近あったなぁと思い出し、「大変ですね……」と心底同情した。

「しかもこういう時に限って台車も貸し出し中ときた。あれがあれば頑張れば二往復くらいで済むんだが……さて、何往復で終わるかな。こんなことで分身使うのもアレだし」

途方に暮れるカカシを見て、カナは勇気を振り絞って「手が空いてるのでお手伝いしましょうか?」と声をかける。
しかし、彼は申し訳なさそうな表情で肩をすくめて見せた。

「いやいや、重いし女の子にはお願い出来ないよ。ありがとう」
「え、でもそれじゃカカシさんは大変なんじゃ……」
「どうせ暇だし、これも修行だと思えば筋トレにもなるしね。気持ちだけで嬉しいよ、ありがとう」

せっかく仲良くなれるチャンスだったかも知れないのに、とカナは萎れる。何か他に出来ることがないかと探してみるが、断られてしまった手前、しつこく食い下がることも出来なかった。仕方なく、「それじゃあ失礼します」とその場を離れることにした。
書庫からしばらく離れたところで一度冷静になると、せっかくだから自己紹介でもしておけばよかった──と自身の迂闊さに肩を落とすのだった。


天気がいいので、外に出てみる。
外は汗ばむほどに晴れていて、湿度は無かったが太陽の光が燦々とふり注ぎ、ジメジメしたカナの心を焼き付けるようだった。日向にいてはあっという間に体力を消耗してしまいそうなので、木陰にベンチを見つけるとすぐに腰掛け、一息ついた。
一目惚れしてからどのくらいの月日が流れただろうか。無論、その間カナはカカシに夢中で、すっかり恋愛から遠ざかってしまっていたから、日を追うごとに恋愛下手になっていくことを自覚していた。

あーあ、このまま彼氏も出来ずにくノ一として生涯を終えるのかな──

そんな風に、片想いにすらなれない片想いを嘆いていると、遠くからガラガラと何かが引かれている音が彼女の耳に飛び込んできた。
何だろうかと音のする方へ視線を向けると、見覚えのある緑の全身タイツおかっぱ頭と、お団子頭の女の子、それから長い髪を後ろでゆったりと束ねた男の子の三つの顔があった。

「カナさんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで浮かない顔して」

ガイ班の三人だった。台車を押していたリーに声をかけられると、カナは誰でもいいからこの陰鬱な気持ちを誰かに話して解消したくなった。

「みんな、久しぶり」

三人は近くまでやってくると、台車を止めてカナに挨拶をする。
この三人は彼女よりもいくつか後輩だったが、以前合同任務で一緒になってからカナに懐いていた。特にテンテンはカナが特に可愛がっている後輩の一人で、一緒にご飯に行ったり、休みの日に遊びに行ったりなんかする程の仲だった。

「元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」

テンテンは心配そうに彼女の顔を覗き込む。

「自分のダメさにがっかりしちゃって。外に出て気分転換してたところなの」
「カナさんはダメなんかじゃありません!ボクはカナさんを優秀な先輩として尊敬しています!」
「……ありがとう、リーくん」

こんな風に励まされては、くだらないことで落ち込んでいる自分が情けなくなって話すのに気が引けてしまう。後輩は自分の忍術や技を磨くために頑張っているというのに、自分はなんでこんなことで悩んでいるんだろう──カナは、再び自身の弱さを責め始める。
先輩として、後輩達にもっと任務で頑張っているところを見せなければいけないにも関わらず、私情でクヨクヨしていては面目が立たない。そう痛感していた。

「オレ達で良ければ話を聞きましょうか?」
「ううん大丈夫、自分の問題だから」

いつもクールなネジでさえそんな優しい言葉をかけると、カナはますます自分がみっともなくなって、きちんと自分の力でこのモヤを取り払うことを決めた。
「手伝います」──そうカカシにもう一度声をかけに行こうと決意したのだった。

「あのさ、その台車ってまだ使ったりするの?」
「あぁ、先程任務で使う用がありまして。もう終わったので返しに来たところです」
「そっか。じゃあそれ、私が借りてもいいかな?」
「もう使わないから返却しておいていただければ大丈夫ですが──」
「ん?あれは……」

急にテンテンが遠くを見てしかめっ面をする。「どうしたの?」と訊ねながらカナは彼女の視線を辿ると、胸の前に書類を抱えたカカシが、先程までいた建物の窓の向こうに歩いているのを見つけた。
テンテンはカナの顔と遠くの彼を交互に見比べると、「ははーん、そういうことですねー先輩!」とニヤリと笑った。
カナはまずいぞ、と神経をピリつかせる。テンテンはカナがカカシに憧れているのを知っていた。
彼女達はしばらくぴったり視線を合わせる。
カナはその間、口元の辺りをひくつかせながら何を言われるか構えていると、ふとテンテンの視線がカナから外れる。あれ?と思いながら見ていると、テンテンは大きく息を吸い込んで、「カカシせんせー!」と元気な声でカカシに呼びかけた。

「テンテンちゃん?!ちょっと……?!」

カナは焦って建物の窓を見ると、声に驚くような顔をしたカカシと目があった気がした。
そして、カカシは「あっ」というような口の動きをした後、急にバランスを崩して窓の向こうからフェードアウトした。

「カカシさん!?」

四人は台車を引きながら急いで建物の中へ入り、彼の元へ駆けつける。
案の定、声にびっくりしてこちらを見た際に、書類の重みでバランスを崩し、書類を手から滑り落としてしまったらしかった。
「いやー、ほんとごめんねぇ」なんて謝るカカシを手伝って、カナ達は散らばった本や書類をみんなで台車に乗せていく。

「キミ、さっきの子じゃない。台車見つけてきてくれたんだね、ありがとう」
「いえ、たまたまで……」

カナが照れながらカカシのそばで書類を集めていると、後ろの方から後輩三人がヒソヒソ話を始める。

「なるほど。そういうことか」
「そう、そういうことなのよ」

ネジはカナの様子から、彼女の落ち込みの理由を察したらしかった。しかし、鈍いリーはなんのことやらと言った様子で首を傾げる。

「そういうこととはどういうことでしょう、テンテン」
「しーっ!とにかく私達はさっさと片付けてここから立ち去るわよ!」

テンテンは、カナとカカシをこの流れで二人きりにしてやろうと企んだ。勿論、親しい先輩の恋のきっかけになる事を願っての事だった。
三人はテキパキと散らばった書類や本を台車の上へ整頓していく。
それが終わると、テンテンは小さくフッと息を吐いて「カナさん、カカシ先生?」と二人に猫撫で声で呼びかけた。

「こっちは終わりました。申し訳ないんですけど、ちょっと私たちこれから急ぐ用があるので、これで失礼しても大丈夫ですか?」
「急いでたのにわざわざ手伝いに来てくれてありがとね」

カカシが三人にお礼を言って、さぁこれでテンテンの思惑通り──そうテンテンもネジも思った時だった。

「テンテン、急ぐ用とはなんのことでしょう?」

事態を理解していないリーが、真面目な顔でテンテンに訊ねた。慌ててネジが「おい、リー!忘れたのか!」とフォローを入れるも、リーは慌てるネジの様子などまるで見えていないかのように切り返す。

「今日は博物館の備品整備の任務が終わったら解散だったと記憶していますが」
「そ、そうなんだけどね、急に用ができたのよ!」
「そうでしたか……しかし、用はあったとしても、今は目の前のカカシ先生が困っています。よくわからない用事は後にして、僕たちも手伝いましょう!」

いい子なのだが。いい子なのだけれど──テンテンとネジは思惑が失敗に終わりがっくりと首を垂れる。
先程まで用があると聞いていたカカシは「え、大丈夫なの?」と戸惑いながら三人をキョロキョロと見つめる。
カナは落ち込む二人の雰囲気から、テンテンとネジが何をしようとしてくれていたのかを感じ取り感謝しつつも、カカシに自分の気持ちがいきなりバレてしまうなんてことがないよう平常心を保っているので精一杯だった。

「大丈夫です!お手伝いします!」
「ありがとう」

台車は二段になっていて、まだ物を載せるのにかなり余裕がある。カカシはこのまま書庫には向かわず、一旦空き部屋に戻って全ての荷物を乗せてから書庫に向かおうと提案した。
手伝いの身のため、四人は素直にその指示に従い、空き部屋へと台車を引っ張っていった。


さて、手分けして空き部屋に残っていた荷物を全て台車に載せると、上段は少しでもバランスを違えれば一気に崩れてしまいそうな程の過積載となった。
これではうかつに床の段差も越えられないと、上段の一部をカナ、リー、テンテンの三人で手分けをして運ぶことにした。
ネジは白眼を使って進行方向に障害がないかを察知しながら台車を先導し、カカシが重い台車をゆっくりと押していく。
カナ達三人は、二人に少し間を開けて、コソコソと話をしながら後をついていく。

「ちょっとリー!話を合わせてよ!せっかくカナさんとカカシ先生を二人きりにしようと思ったのに!」
「あぁ、そう言うことですか!つまりカナさんはカカシ先生に片想いをしていると言うわけですね!」
「……あは、あはははは」

何事にも真っ直ぐなリーは、こういう時もストレートだ。自分の気持ちをオブラートに包もうともせず表現するリーに、カナは乾いた笑いを浮かべた。

「ボクにいい考えがあります!」

リーが自信満々で言い切ると、カナとテンテンには嫌な予感が走った。大抵彼がこういう事を言った後に、いいことが起こった試しがないからだ。
しかし、カナは善意でリーがやってくれていることだと思うと止める事もできず、テンテンは止めようとしたが両手が塞がっているためリーを制することが出来なかった。
その間にリーはぐいぐいカカシに近づいていく。

「カカシ先生!」
「ん?どうした」
「こう言う困った時に手伝ってくれる優しい女性って素敵だと思いませんか!」

その場に一瞬、奇妙な沈黙が流れる。カカシとリー以外は「これはダメなやつだ……」と揃って意気消沈した。
カカシは戸惑いながらも、「え……?あぁ、そうだねぇ」もリーにきちんと応える。

「何突然言ってるのよアイツ!もー!」

テンテンは今にも書類を放り出して、リーをこちらへ連れ戻したくて仕方がなかった。
そんな彼女の気持ちとは裏腹に、リーはカカシへ謎の質問を続ける。

「ところで先生、先生は年下の女性についてどう思いますか!」
「ちょっと、さっきからどうしたのよ」
「ボクはカカシ先生の女性の好みに興味がありまして!」
「リー!なに変なこと言ってるんだお前は!」

黙って様子を見ていたネジも思わず声を上げる。
後ろで見ていたカナは、「もうどうにでもしてくれ」と死んだ魚のような目で彼等を見つめていた。

「んー、年下は可愛くていいんじゃない」
「なるほど、先生は年下派、と!」
「年下派ってほどでもないけどね。年上も好きだし」
「それじゃあ困ります!今日から年下にフォーカスしていきましょう!」
「困りますってどういうこと……?」

困惑するカカシを見て、カナは「ああぁ……もうだめだ……」と虚空を見つめ、半ベソをかきだす。
その姿に、とうとう我慢の限界に達したテンテンが「あー!もう!ちょっと私言ってくる!」とリーのもとへズンズン向かっていった。

「リー!ちょっとカナさんが辛そうにしてるから手伝いに来て!」
「え?ボクはまだカカシ先生の調査が……」
「女の子が困ってるの!いいから早く!」
「重いなら台車に乗せようか?」
「あ、大丈夫でーす」

カカシの気遣いをうまく押さえ込み、リーを後方に引き戻すことに成功すると、テンテンは怒りの形相を浮かべて小声でリーを叱り出した。

「ちょっと、リーったらなんてことしてんのよ!」

しかし、当の本人は全く意に介さず「カナさん!カカシ先生は年下派らしいです!良かったですね!」と小声でカナに耳打ちする。

「いや、リーくん……年上も好きって言ってたよ」
「大丈夫です、今日から年下にフォーカスするように言っておきましたから!」
「このバカ!そんなん意味ないでしょ!」
「あはは、あはははは……」

小声ながらもギャーギャー騒ぎ立てる後方に、カカシは微笑ましそうに目を細める。
彼女達の会話が彼に聞こえているのか聞こえていないのかは、カカシを観察していたネジにも判断がつかなかった。

「なんだか後ろは賑やかだねぇ。キミたち、あの子と仲良いの?」
「カナさんはオレたちより先輩なんですが、前に任務で一緒になってから良くしてもらってまして。テンテンとはかなり仲が良くて、オレたちもたまに修行の相手をしてもらったりしているんです」
「へー、カナって言うのね」
「カカシ先生はカナさんと面識はなかったんですか?」
「あぁ。アカデミーの中で見たことはあるけど、話したのは初めてだ」
「そうですか……」

ネジは複雑な表情を浮かべる。
それであんなにカナは追い詰めていたのかと、合点がいった。それと同時に、なかなか難儀な片想いだなぁと男ながらに思うのだった。



「ありがとう、皆のおかげで早く終わったよ」

台車の書物を書庫へ下ろし、然るべきところへと手分けをしてしまい終えると、不思議とカナの凹んだ気持ちも落ち着いていた。無心で作業をしたからなのか、それともハプニングの連続で落ち込んでいる暇もなかったからなのかは彼女自身にもわからなかったが、その瞳には確かに光が戻っていた。

「カナ、本当にありがとう。君が台車を見つけてきてくれなかったらオレはあと何回何往復してたか……」

そして、自己紹介もしていないのにカカシに名前を呼ばれたことで、彼女の沈んだ気持ちは海の底から空へと突き抜けていくように上がっていった。
あの、声すらうまくかけられないくらい憧れていた彼に、名前を呼ばれた上に感謝までされたら当然だろう。
カナ静かに頬を染め、「いやいやそんな!」と照れを隠しながら謙遜をした。

「それとリー、テンテン、ネジ、君たちも任務終わりのところありがとう。台車はオレが返しておくから。お疲れ様」

「そんな、オレはなにも」
「カカシ先生のお力になれて良かったです!」
「それじゃ、私たちは報告書があるのでこれで失礼しまーす!」
「あぁ」

あっさりと退出していく三人。テンテンは部屋を出る間際、チラっとカナの方を見ると、こっそりウィンクをして彼女にエールを送った。

さぁ、静かな書庫にはカナとカカシの二人きりになった。紙とインクと古い墨のにおいでムワッとした部屋にはなんの甘い空気も流れていない。
もう手伝う事もなさそうだなぁと判断したカナは、これ以上自分にアピールできることはもう無いだろうと「それじゃあ、私もそろそろ……」とその場を去ろうとした。
すると、カカシがカナを呼び止める。
カナは口をキュッと結んで胸に手を当て、高鳴る胸の鼓動をおさえながら彼の次の言葉を待った。

「もし、まだ時間があるなら後ちょっとだけいいかな?」

なんだ、手伝いの続きか──そう安堵して深く息を吐こうとしたのも束の間、彼は再び口を開く。

「お礼に、お茶でもどう?もちろんオレの奢りで」

その言葉に、カナの周りには一気に花が咲いた。
雲の上の存在のような、あの遠い昔に一目惚れした彼に誘ってもらえるなんて。
勿論、お茶程度で恋愛に繋がるとは限らない。いきなりそんなところにまで辿り着くなんて、ドラマみたいなことは起こらないだろう。
それでも、今までただ遠くからカカシを見ているだけだった自分が、彼に近づけるチャンスを得られたこと自体がカナにはなにより嬉しかった。

「はい!喜んで!」

もうカナの表情には一点の曇りもなかった。
頬は赤く染まり、頭の中にはファンファーレが流れ、彼女の瞳の中には恋愛シミュレーションゲームの相手役のようにキラキラとオーラを纏ったカカシがあるのみだった。

廊下の方から心地よい風が吹いた。どうしてだか、それまで重たく篭っていた書庫には、甘い香りが流れて込んでくるのだった。

(片想い未満)
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