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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
「いやー、すまんすまん。オレ、所々一昨日の記憶がなくてね。なんか変なことしてなかった?」

アスマさんたちに捕まって、日付が変わる頃まで付き合わされた2日後。
青空の下、私たちは里をでて緑豊かな遊歩道を二人で並んで歩いていた。
というのも、今日は超レアもレア、カカシさんとペアでの任務なのである。

私は中忍で、基本的にアスマさんの下についているため、アスマさんと比べると別の上忍と任務を共にすることが少ない。また、私の忍術タイプもアスマさんと相性がいいため、よくペアからフォーマンセルの中に組み込まれるのだ。
ガイさんは週に一回程度、カカシさんは元暗部だけあって私とは領域の異なる任務がよくあてがわれているため、数ヶ月に一回、一緒になるかどうかだ。
その稀なチャンスが、この至極微妙なタイミングで降ってきたことになる。
なるべく自然に接しないと──
お酒の席とはいえ、好きな人に『付き合っちゃおっか』なんて語尾にハートマークをつけて言われれたなら、意識してしまうのは当然のことだ。
変に意識して仕事に身が入らず、任務失敗を招いてしまっては困る。私は背負っていたリュックを気合いを入れ直すように背負い直した。

「私がお手洗いから戻ってきたら、店員さんの手を握って告白してましたよ」
「いやー、どうもすいませんね」

私はなるべく、いつもと同じ振る舞いを心がける。

今日の任務は、一般人に扮し、隣国へ状況調査に赴く任務だ。一応はBランク任務であるが、忍だとバレないようにしなければならないため、私服姿で少々お気楽モードである。
プライベートに謎の多いカカシさんの私服は、可もなく不可もない黒をベースとした普段着だったが、見慣れないため気恥ずかしくなってしまう。これではまるでデートだ。
何もこの任務にカカシさんをつけなくても、と思ったが、アスマさんは受け持ちの十班の任務で不在な上、ガイさんでは目立つし、女性ペアでは何かあったら危険だし──、といろんな消去法でカカシさんが候補に残り、彼自身が進んで受けたのだと聞いた。
というのも、この任務が楽な部類であるからだ。

この調査任務は、基本的に隣国の様子に変化がないかを確認をし、報告するのみなので、何か異変がなければ行って帰って来るだけの単純業務だ。
正直、日帰りでお出かけするのとあまり変わらない。
こんな動揺している時に、命を削るような任務に当たらなくて良かったとなとは思う。

「カカシさんがあんなに酒乱だと思いませんでしたよ」

あはは、と誤魔化すようにカカシさんが笑う。
全く気楽な人である。

「ま、今日はこーんないい天気だし、任務も調査報告だし、お話ししながら楽しくいこうよ、ね?」
「はぁ……」

本当にこの穏やかな人が、戦場では別人のように強いのだから、人間とはわからないものである。

それにしても今日は本当にいい天気だ。
鳥のさえずる声が賑やかで、木々の間を通り抜ける風も爽やかである。木陰でのんびりうたたねでもしたい気分だ。
隣国までは、見通しがよく自然の豊かな遊歩道をただひたすらに通っていくのだが、今日はこの天気の良さから観光に来ている人も多く、本当に任務のことを忘れてしまいそうだ。

「今日は人が多いですねー」
「本当、このままふらっと遊びにでも行きたいね」
「この任務も、遊びに出てるようなもんですけどね」
「お!それはつまり、カナは今日、デート気分で来たってことかな?」

カカシさんがからかうように言うと、自分の表情筋がみるみるうちに固まっていくのがわかる。
おまけに、彼を意識しないように細心の注意を払っていただけに、不意打ちをされると何も言葉が出ない。

「え?!いや、それは……!」
「ほーんと、かまうと面白い」

そう言ってカカシさんがクスクス笑うと、私は首すじから耳にかけて熱が帯びていくのがはっきりとわかった。
抑えていた胸の鼓動も心なしか強くなってきているような気がする。かまってもらえるのは嬉しいが、これじゃあ心臓がいくつあっても持ちそうにない。

「そういえば、」

会話を途切れさせることなくカカシさんが私に話しかける。

「途中うっかり寝ちゃっててさ、気づいたらアスマもいなかったんだけど、何かされてない?」
「アスマさんに何かされるとかあり得ませんよ。流石に朝までは可愛そうだし、危ないからってアスマさんが送ってくれたんです」

あの日は0時を回った頃、ガイさんだけでなくカカシさんも潰れてしまったため、見かねたアスマさんが、二人が寝ている間に家まで送ってくれたのだった。
普段からも、任務で遅くなったり打ち上げで遅くなったりすることがあると、面倒見のいいアスマさんは紅さんと一緒に送ってくれることが多く、割と当たり前のようになっていた。

「送り狼になったりしない?」
「アスマさんに『紅と並ぶとマスコットキャラみたいだな』って毎回言われるんで絶対に大丈夫です」

カカシさんがブッ!と吹き出す。

「私はアスマさんのタイプとは正反対ですからね、そこはかなり自負してます」
「全然誇らしく思うとこじゃないよね、それ」

おかしくなって、互いに笑い合う。
なんだか一気に緊張がほぐれてきて、笑い合った後、私はふぅ、と深呼吸をした。
今日一日、カカシさんと二人きりで上手く過ごせるか不安でしかたなかったが、すっかり肩の荷が降りた気がした。

なんて楽しいんだろう──このままずっとこの時が続いてくれればいいのに。
憧れの人と、あたたかい陽の光の下で二人きり。最高な時間である。
休みだというのに急遽任務を言い渡された昨日は、胃が痛くなるほど悩んだが、案ずるより産むが易し、とはよく言ったものだ。
すっかりリラックスし始めた私は、大きなあくびが一つ。

「それにしても──」

俄かに、カカシさんが難しい顔をする。

「話戻すけど、あの時たしかにカナに『付き合おう』って言ったはずなんだけど。酔っ払って見間違えたか?」

思いがけない言葉に、私は歩みを止める。

「は……、」
「その後もちゃんとカナに言ってなかった?オレ」
「いや……まぁ、」
「アスマが来る前に教えてーって何回か言ったような気がするんだけど」

カカシさんもピタッと止まる。イヤに神妙な面持ちだ。
つられて私も眉をひそめるが、動揺しているのがバレてはいけない。覚えてるんですか、と言いたいのをグッと堪えて私はまた歩き始めた。
ゆっくりと右斜め後方へ、カカシさんが遠ざかっていく。

「そうだ、あの時……!だんだん思い出してきたぞ!」

随分とわざとらしい口調だ。また私をからかいに来ているに違いない──そう踏んだ私は、歩みをとめることなく進んでいく。こういう時は聞こえないふりに限る。
どうしたんですか?置いていきますよ、カカシさん──振り返らず声をかけた。

それから20秒くらい黙々と歩いて、彼がこちらへ来る気配がないので後ろを振り返ってみると、カカシさんがいない。
突然のことに動揺を隠しきれず、キョロキョロと辺りを見渡すが、見当たらない。
まさか、今までのは影分身で、任務から逃げたのだろうか。いくら面倒くさがりのカカシさんでもそんなはずは──

「カカシさん?!どこいっちゃったんですか?!」

そう大きな声を上げた瞬間、ここだけど──そう耳元で聞き慣れた声がした。
私はわぁ?!、と驚いてバランスを崩す。すると、崩れた側からスッと抱きかかえられたではないか。

「──?!」
「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃったかな」
「きゅ、急に術使わないでください!」

やっぱりからかわれたらしい──が、それよりも、私は現在の状況に気が動転する。
しっかりと包み込んでくれている逞しい腕や、筋肉質な胸板の感触、そして今までにないくらいに近くにある顔。
彼がマスクをしているから辛うじて抑えられているが、心音が大きくなり、彼にまで伝わってしまってしまいそうだ。
あまりの緊張に、呼吸すらできない。

「そんなにびっくりした?」
「び、びっくりなんてもんじゃないです!」
「ほんと、良いリアクション」

彼はそう満足げに微笑むと、私を抱きかかえたまま、こないだの件、良い返事もらえそうかな?──と、耳元で囁いた。
私はさらに爪先から頭のてっぺんまで熱くなり、目の前がクラクラするようだった。
こんなのずるい──
彼から顔を背けるようにして三回ほど鼻で深呼吸をすると、喉から絞った声で「にんむちゅうですよ……」と精一杯の抵抗をする。

周りの人たちからも、真昼間から怪しげなことをしている私たちへ好奇の眼差しが注がれている。
今すぐここから逃げ出したい。恥ずかしい。恥ずかしすぎる──
そんな私の抵抗も虚しく、カカシさんは表情一つ崩さない。

「任務中でも誰も分かりゃしないよ。答えてくれたら離してやる」
「……だってあれは、酔った冗談じゃ、」
「言ったでしょ?オレはいつでも本気だって」

その言葉で、また目眩がする。

「もしかして、記憶無くしたっていうのは嘘なんじゃ……」
「どうだろうねー」

まだあの日の酒に酔っているのだろうか。いやそんなはずはない。
まんまと策士にはめられた私は、恥ずかしさと、なによりも悪魔的な彼の微笑みにすっかり毒されてしまい、蚊の鳴くような声でで「おねがいします」と降伏宣言を告げた。

(三日酔い)


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