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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -
日頃の任務の疲れもあってか、昼過ぎまで寝てしまった何の予定もない休日のこと。
湿度も低く、部屋の窓から吹き抜ける風が爽やかな宵、何もせずに過ごしてしまった時間を巻き返すためにオレンジの灯りが燈り始めた賑やかな街へ繰り出した。
無論、暇つぶしである。
さすがに休日の繁華街は人が多く、特に飲食店などは人で賑わっていた。すでに顔が赤くなって千鳥足の人もいれば、これから飲みに行くのか、道の端で同じ年頃の女の子たちがキャッキャと声をあげながら輪になっていたりと、様々である。
楽しそうな人たちをみて、どことなくむなしさを感じて街の向こうの空を見上げる。
空は、地平線のあたりがまだ燃えるように赤く、上に向かって行くにつれて、濃紺へ変化していた。
中間層のオレンジ色がなんとも感傷的な気分にさせ──「カナー!元気にしてたかァ!」

遠くから聞き覚えのある、野太い声がした。

正面、奥から聞こえた気がして、空から視線を下ろすと、目の前の道の突き当たりに、見慣れた顔が三つ。
──アスマさんに、ガイさん。それから……カカシさんだ。
すでに出来上がっているのか、ガイさんはカカシさんの肩を借りてよろよろと立っていた。アスマさんはガイさんの隣でたばこをふかしている。
そんな三人の姿を認識した瞬間、うわぁと思って踵を返したがもう遅い。

「無視をするなカナ!久しぶりの再会ではないか!」

街中の人が振り返るくらいの大きな声で叫びながら、ガイさんがこちらをめがけて走ってくる。酔っているからか、不安定な足取りが絶妙な狂気を醸し出している。
賑わっていた通りは、突如出現したこの不審人物に警戒し、一瞬の静けさが宿った。
……ちなみに、ガイさんとは昨日任務で一緒になったばかりである。

「ガイ、お前酔ってるんだからあんまり走ると死ぬぞー」

カカシさんが気の抜けたような声をかけながら、アスマさんとこちらへやってくる。
ガイさんはすぐに私の前に到着すると、ふらふらと揺れながらナイスガイなポーズをとる。もう逃げられない。

「こ……こんばんは、ガイさん」
「久しぶりだな!元気が無さそうだが大丈夫か!」
「……いや、昨日あったばかりですけど、」
「カナ、元気にしてたか」
「アスマさんも昨日一緒に仕事しましたよね?!」

ガイさんの後方から遅れてやってきたアスマさんが私のことをからかうように笑う。
カカシさんも一緒だ。

「カカシ、お前ちゃんとガイのこと捕まえとけよ」
「ガイったら急に走り出すから」

すまん、とカカシさんは顔の前で手刀を切ると、ガイさんの左腕をつかんで、自分の肩を貸した。

「こういう天気のいい日は、大きな声を出すと気持ちいな!アッハッハ!」
「……耳元でうるさい」

そんな二人を横目に、アスマさんは口元に笑みを浮かべ、ふかしていたたばこを携帯灰皿へしまう。

「お前これから暇か?」
「暇ですが……」
「よし!男ばっかりでむさ苦しいから付き合え!明日も休みだったろ?」
「えぇ?!私そんなお酒強くないですけど……」
「気にすんな、飯だけ食っててもいいからよ」

酔っているのか、アスマさんまでナイスガイなポーズで言う。
返事に躊躇していると、彼は「な!」と満面の笑みで私の返事を求めてくる。
こうなると、アスマさんには逆らう術がない。
カカシさんに助けを求めようにも、彼はにっこり笑って無言の圧力をかけてくる。間違いない、道連れにする気だ。
観念した私は、小さくため息をついて「はい」とおとなしく三人についていくことにした。
なぜ私がここまでうんざりするのかというと、こういう時のアスマさんは、朝までつきあわされるのを知っているからだ。
しかも、今日から数日間は確か紅さんが任務で里を離れている。
そうなれば、紅さんが大好きなアスマさんは、寂しさしのぎに朝まで飲むに決まっている。

「おまたせいたしました!ご注文お伺いします!」
「じゃー、とりあえず生三つ。と、お前はどうする?」
「私も生で大丈夫です」
「いいよ無理して合わせなくて」
「じゃあ、レモンサワーで……」
「それと枝豆に、キュウリのたたきと塩キャベツで」
「はい、ありがとうございまーす!」

四人で入ったのは、朝まで飲める大衆居酒屋だった。
暖色の電球に照らされた店内は活気に溢れ、騒がしい話し声に包まれている。木製のテーブルと座席に照明が反射し、レトロな雰囲気を醸し出していた。
家を出てきた時のむなしさは、もうすっかり私の中から消えていた。

「ところであの……狭くないですか?」

注文の際に用意されたおしぼりで、手を拭きながら私は訊ねる。
案内された席はボックス席だったのだが、なぜか二名がけの席に先輩たちが三名座り、三対一の構図で席に着いた。
私の左、つまり通路側からカカシさんアスマさんガイさんの並びだ。ガイさんが奥なのは、「店員に絡む可能性があるから」だそうだ。英断である。

「後で隣に誰が座ってもらいたいか選んでもらうからよ」
「──ッ?!」

この先輩はとんでもないことを言う。私は動揺しておしぼりで口元を押さえた。

「お前そういえば、こないだ合コンいったらしいな」

さらにもう一発、アスマさんから言葉のボディーブローが入る。
「へぇ、そういうの行くタイプなんだ」とカカシさんは左手で頬杖をついて、少し驚いたように眉をあげた。
ガイさんはさっき走ったので酔いが回ったのか、少し目をとろんとさせて大人しくなっている。

「あれは私が好き好んで行ったんじゃありません、同期の子に連れられて……!」
「本当かぁ?」

アスマさんがニヤリと笑う。
──実は、本当は違う。人数合わせなんかじゃなかった。
私の痛々しい片想いを見かねて、仲のいい同期が開いてくれた合コンだった。

私はここ半年くらい、ずっとカカシさんへ片想いをしていた。
きっかけは一緒の任務に配置された時、ピンチに陥った私をヒーローみたいに助けてくれた事だった。
敵の一太刀が私の眼前まで迫ったそのとき、クナイで軌道をそらし、横から私をひょいと抱きかかえて救ってくれたのだ。
私には九死に一生の思いだったが、そんなことは大したことがないというような顔で、そのまま私を安全なところまで逃がしてくれたのだった。
今まで何回か一緒に任務をこなしたことはあったし、かっこいい人だなとは思ってはいたが、この件が決定打であっという間に好きになってしまった。
しかし、別にプライベートで仲がいいわけでもなく、誘うきっかけもない。
さすがに当時は、任務が終わって数日経った頃にお礼の食事にでも誘おうとしたが、「気にしないで」と優しく断られてしまった。それ以来、私はすっかり心が折れてしまって、好きだけどなにもできない状態に陥ってしまった。もともと積極的ではない上に、断られてしまったら、もう誘う勇気は出ない。
誘えないなら接点を増やそうと、飲み会にはたくさん顔をだしたが、カカシさんはあまり他の同期達と飲みに行っている様子もなく、他の先輩達との打ち上げで居合わせる事は無かった。だから任務の時に出来るだけ話しかけるくらいのことしか出来なかった。

そんな私を見かねて、「もっと他の男をみるべきだ」と私のために合コンを開いてくれたのだった。
気持ちはわかるけど、学生じゃないんだから片想いなんてやめたら?すてきな人はカカシ先輩だけじゃないよ?──同期はそう言っていた。

「で、いい男は見つかったのか?」

私は首を横に降る。

「食事に誘われて、一回だけ行きましたけど……話がいまいち合わなくてそれっきりです」
「青春だな、カナ!」

急にガイさんが大きな声を出して、私はちょっとびっくりしてしまう。
と、そのタイミングで店員さんが注文していた飲み物とおつまみを運んできて、それぞれの前にジョッキを置いた。
アスマさんは話の流れを止めないように気を遣ってか、ジョッキを持つと、小さく乾杯をした。

「まぁ、他にもたくさん男はいるしな。お前の事を好きになる男はたくさんいると思うよ、オレは」

ちなみに、アスマさんは私のこの片想いのことは知っている。任務中に私の様子をみて気づいた紅さんから聞いたらしかった。

「でも、合コンで恋人探しなんて無理ですよ。だいたいこのご時世、彼女持ちの人だって来てたりするんですから……」

合コンは、確かに素敵な人もいて、楽しいことは楽しかったがやっぱり心のどこかでカカシさんと比べてしまっている自分がいて。
誘われた食事にも行ってはみたものの、やっぱり好きという気持ちにはなれそうになかった。
──それにしても、好きな人の前で合コンに行った話をしてほしくなかったなぁとは思う。アスマさんはいい人だが、こういう乙女心には鈍感だ。
カカシさんはお酒を飲みながらニコニコしていて、静かに私たちの話に耳を傾けている。

「っつても、職場以外だとなかなかねぇか」
「アスマも職場恋愛だしね。ガイは……まぁそういう青春とは縁が無さそうだし」
「余計なことをいうなカカシ!」

ここで「カカシさんはどうなんですか」と聞きたいところだが、言葉がのどの奥に引っ込んで出てこない。
私はジョッキを両手で持ちあげ、静かに口をつけた。

「カカシはどうなんだ?」

アスマさんのその言葉に、私は俄かに硬直する。視線をちらっとアスマさんのほうへやると、枝豆をつまみながら私の様子を気にしているような雰囲気だった。
私はこっそり、心の中で感謝の気持ちを唱えた。

「んー、まぁほら、オレはこう見えてシャイだからな」

カカシさんは、キュウリのたたきをほおばりながら、困ったように眉を八の字に下げ、あははと笑う。

「そういえば、カカシ!オレは先週お前が女と寄り添って歩いているのを見たぞ!テンテンに止められたから声はかけなかったが、お前いつのまに青春してたんだ!ううっ……!」

ガイさんは酔って情緒不安定なのか、急に泣き出す。全く忙しい人だ。
が、しかし、私もこんなことを聞いて心中穏やかではない。表情に出てばれてしまわないように、喉も渇いていないのに再びジョッキに口をつけた。
アスマさんが心配そうに私をちらっと視線をやる。

「あぁ、あれか……、」
「へ、へぇー……お前もようやく女ができたのかよ」
「違う違う、原っぱで気持ちよーく読書してたら、他の里の忍につきまとわれてる子がいてな。そいつらから助けて、送ってあげただけだよ」
「あの距離感はかなりの近さだったぞ!嘘をつくか!」
「ホントだって!だいたいほら、あの時のオレ、本読みながら歩いてただろ?さすがのオレでも好きな子と歩いてるときには本読まないって!」

疑うガイさんに、カカシさんは姿勢を正して反論する。この様子からして、どうも彼の言うことは本当らしい。
ガイさんは眉間に皺を寄せると、目をつむり、腕組みをして目撃した日の事を思い出すような仕草をした。

「……うむ!確かにあの時のカカシはイチャイチャパラダイスを読んでいた!ということは……!」

席からバッ!と立ち上がり、ガイさんがアスマさんをこえてカカシさんに飛びついた。

「カカシぃ!おれは安心したぞォ!」
「やめろガイ!狭いところで暴れるな!苦しい!」

アスマさんが思いっきりガイさんを押し返す。カカシさんはそれを見て、楽しそうに笑っていた。
ガイさんが落ち着くと、「しっかし、さすがのオレもちとびびったな」とアスマさんが肩をすくめて笑った。
そして、ぐびぐびといい音をたててジョッキの中のビールを半分以上飲み干す。

「なに、お前らオレのこと好きなの?さすがに困っちゃうな」
「変なこと言うな馬鹿!」

子供みたいにじゃれ合う三人がおかしくて、私は思わずお腹を抱えて笑ってしまう。
どんな残酷な言葉が待っているのだろうかと、覚悟をきめていたから、すっかり気が抜けてしまった。
そんな私の様子をみて、アスマさんもどことなく笑顔になる。カカシさんもにっこり微笑んでくれた。

「今のはアスマじゃなくて、オレが1点ゲットってとこかな」
「なに?!ポイントとはよくわからんが、勝負かカカシ?!」
「ほーんとすぐ勝負したがるのねお前は……」

はぁ、とため息をついてカカシさんはすみませーん、と店員さんを呼ぶ。気づけばもう全員ジョッキの半分以上を空けている。

「すみません、気づかなくて」

少し頭を下げると、カカシさんは気にしないで、と微笑んだ。いつかのあのときと同じ笑顔だ。
私は胸の奥がきゅっと苦しくなるのを感じた。

「お前全然食ってないけど大丈夫か?夕飯まだなんだろ?遠慮しないで好きなもの頼め」

ジョッキ片手に、アスマさんがメニューを渡してくれた。私はありがとうございます、と受け取ると、パラパラとめくり、食べたいものを探す。

「そしたら、お言葉に甘えてお刺身頼んでもいいですか?あと、焼き鳥も」
「いいねー、刺身。オレも魚好きだよ」
「なんだカカシ、今日は随分優しいな」
「オレは女の子には優しいよ」

ふふふ、と笑ってカカシさんは枝豆に手を伸ばす。

「それと、ずっと思ってたんだけど、こうやって対面で座ってると合コンみたいだよね」
「どっちかって言うと、先輩に囲まれて面接って気分ですけど……」

つられて私も枝豆をいくつか自分の取り皿へのせ、つまむ。

「面接か……よし、今日はこれからカナの模擬合コンでもするか!」
「え?!」

思わず枝豆を吹き出しそうになる。
私が呆気にとられていると、丁度店員がやってきた。アスマさんは涼しい顔でジョッキに残っていたビールをぐいっと空ける。
カカシさんがもう一つあったメニューを開いてすらすらとオーダーを唱える。

「刺身の盛り合わせ一つと、焼き鳥の盛り合わせの大きい方を一つ。それから、生2つと芋焼酎の水割りを1つ。カナは何にする?」
「ぴ、ピーチウーロンで」
「じゃ、とりあえずそれで」
「かしこまりました!それでは繰り返させていただきます──」

店員の復唱が終わり、空いたジョッキを下げてキッチンへ戻っていくと、アスマさんがまた口を開く。

「言っただろ?後で隣に誰が座ってもらいたいか選んでもらうって、」
「普通冗談だと思うじゃないですか!」
「合コンは慣れだ、場数を踏んで今後に活かせば結果につながる。だからカナ、今日は合コンだと思って、オレ達と飲め!」
「いや、だから、合コンは今後行きませんって!」

思わぬアスマさんの宣言にあたふたしていると、すぐに追加のアルコールがテーブルに届けられた。
カカシさんもガイさんも、残っていたお酒を飲み干し、ジョッキを交換する。私も遅れてサワーを飲み干す。
テーブルの上に新しいお酒がそろったところで、カカシさんが「ま、カナに気に入られた男がこのせまーい席を抜けて隣に座れるってことね」と笑った。

「よし!ここは男の勝負だなカカシ!」

改めて乾杯だ!カンパーイ!──立ち上がり、ガイさんが大きな声で乾杯の音頭をとる。
騒がしい店の中でも一際大きな声だったため、周囲の客がじろりとこちらを一瞥した。

「はい、もうそういう空気を乱すの失格だから」
「なにィ?!すまんカナ、今のはノーカウントで頼む!」
「大丈夫ですからとりあえず席に座ってください……」

ここに来る前にあれだけ酔っていた上に、ジョッキ一杯のアルコールが追加されているのだから、ガイさんは今、相当酔っているに違いない。どんどん声が大きくなっている気がする。
「すまんかったな、カナ!」と大きめの声で謝ると、大人しく席に座った。

「じゃ、まず自己紹介からだな。カナ、」
「え?!本当にやるんですか?!」
「ったりめーだろ、ほら、早く」

アスマさんのお酒のペースが上がっている。さっきたばかりのジョッキがもう半分も空けられている。

「えっと……しののめカナです、よろしくお願いします……」
「もっと本気でやれ!」
「そんなぁー!」
「はい!お休みの日はなにしてますか!それと趣味はなんですか!」

ガイさんが横から茶々をいれる。

「もうガイさんまで……」

まだ二杯目だというのに、なんだか頭がクラクラしてきた。気になるカカシさんはというと、さっきからニコニコしながらこちらを見ている。

「休みの日は、散歩したり買い物したり、友達とお茶したりしてます。それから趣味は、映画鑑賞です」
「へー、映画が好きなんだ。どういうのが好きなの?」

ここで久しぶりにカカシさんが口を開く。

「サスペンスとかアクション、それからミステリー系が好きです。最近は、話題のスパイ映画を見ました」
「あれ、面白いよね!映画は見てないけどオレも原作は読んだよ」
「私も原作を読んで、見てみたいなと思って。まさに想像していた通りだったのですごくおすすめです!」
「なんだ、お二人さん。話があうんじゃねーの?」

アスマさんがニヤリと笑う。

「くそォ!ここでまたカカシに先制をとられたぞ?!」
「ふふふ、オレは読書が趣味なんだ。映画もよく見に行くよ」
「でも愛読書はエロ本だけどな」
「イチャイチャパラダイスはエロ本なんかじゃない!もっとこう……奥が深くて人間の根本に──」
「合コンでエロ本を熱弁すんな!もういい次!好きなタイプはどんな男だ?」

意図的なのかわからないが、この人は本当にぎりぎりの所をせめてくる。しかも、この状況を随分と楽しんでいるようだ。口元に余裕の笑みが見える。
このままではカカシさんに私の気持ちがばれてしまうんじゃないかと私は内心ひやひやしてしまう。

「好きなタイプはー、ええっと……」
「男らしいひとか?!」
「優しくて、一緒にいて楽しくて、穏やかな人がいいです」
「……まぁガイはちょっと違いそうだな」
「くそーっ!またカカシに負けたのか!」
「え、いやあの……!」

ガイさんが本気で悔しがり、アスマさんがそれを見てケラケラ笑う。別にガイさんも私のことが好きで悔しい訳ではないだろうに、そんなに勝負事に負けるのが悔しいのだろうか。
カカシさんがいる手前、否定もできないし、肯定してもおかしなことになるため、私はただおろおろするばかりである。

「ま、どうやらこの勝負、オレが優勝大本命ってとこだな!」
「だな。よし、カカシ、カナの隣はお前だ」
「え?!そんな今の話だけで決定されちゃうんですか……?!」
「ふふふ、よろしくね、カナちゃん」

この笑顔、破壊的である。おまけに語尾にはハートマークが見える。
急にカカシさんとの距離が近くなったものだから、嬉しいけれども緊張してしまう。
カカシさんが隣に座れるよう、私は身体を席の壁側へぐいっと寄せた。

「良かったなぁカナ、イケメンが隣になって」
「もう!アスマさん、あんまりからかうのやめてください!」
「カカシはこれでもマスクを取ったら案外いい男だぜ?」
「たしかにカカシは、昔からよくモテていたな!」

言われなくてもかっこいいのは充分にわかっている。アスマさんには感謝しかないが、私の動揺している姿をみてケラケラ笑っているあたりは意地悪だなと思う。
改めて、恥ずかしさを押さえながら隣のカカシさんを見ると、相変わらず破壊的な威力の笑顔のまま、私へ視線を向けている。
心臓が止まりそうだ──

「そりゃあ、カカシさんは里の女性陣からもカッコいいって人気ですから」
「はい、いただきました!カッコいい!」
「やだ、なんか照れちゃう」

この状況で、どう振る舞っていいかわからない私は、気まずくなってジョッキのカクテルを飲み干す。
これまたタイミング良く、先ほど頼んだ料理が運ばれてきて、ついでに全員分飲み物の追加の注文をとった。


そこからそれぞれ3杯ほどジョッキやグラスを空けた頃。アスマさんもカカシさんも、目が据わり始めていた。二人ともそこそこお酒に強いはずであるから、一件目で相当飲んできたようだ。
ガイさんははやくも潰れて、机に伏して夢の世界へ旅立ってしまった。

「まーなんだ、結構いいんじゃねーの、お二人さん」

完全に酔っ払ったアスマさんが、寝ているガイさんの隣でくわえたタバコに火をつけながら言った。

「カカシさんなんてモテモテなんですから、私なんてアウトオブ眼中ですよ」

私はそんな言葉に自惚れないように、必死に抵抗する。実際、食事に誘って一度断られているのだからその通りなのだ。
こんなところではいそうですね、と言ってカカシさんに拒絶をされたらそれこそ心がもたない。

「アウトオブ眼中って……お前いくつだ」
「古くて悪かったですね」

店員が追加のお酒を運んできた。
そのタイミングで私は「ちょっと、」と通路側に座っているカカシさんに声をかけ、お手洗いに席を立たせてもらう。
全く、どうしてこうなってしまったのか──
最初はカカシさんと同じ場にいれることが嬉しかったが、気持ちが伝わってしまうのが怖くて仕方ない。
カカシさんはずっとあの笑顔のままで本心が見えないし、そもそも隠しているだけで彼女がいるかもしれない。カカシさんの謎多き雰囲気からしてその可能性は大いにあり得る。

用を済ませて手を洗い、鏡に映った自分を見ると、酔って真っ赤になっている私がいた。
これが全てお酒のせいなのか、それともカカシさんの隣にいるからなのかは、冷静さを欠いた今、判断はつきそうにない。
そして、こんなことになるならもう少しきちんと化粧をして出てくるんだった、と反省をした。
崩れかけたメイクを少し直すと、一度大きく深呼吸をし、席へと戻る。すると──

「カナ!俺達付き合おう!」
「あの……カカシさーん?それ店員さんです……」

その光景に、私は目を疑った。
なんと、カカシさんが女性の店員さんの両手を握って告白してるではないか。
アスマさんはそれを見て、机を叩いて大笑いしている。
私はすみません、と完全に目の据わったカカシさんを店員さんから引き剥がし、彼を席の壁側へ押しやった。もう一度すみませんでした、と謝ろうと店員さんの顔を見ると、若干嬉しそうな表情を浮かべていた。気持ちはわかる。
その反面、いくら酔っ払って訳のわからなくなったカカシさんでも、店員さんだけいい思いをしてずるいな、と思ってしまった。

「アハハ!カカシももうだめだな」

アスマさんはツボに入ったのか、まだゲラゲラ笑っている。

「もう、いい大人が店員さんに絡まないでください……追い出されちゃいますよ!」
「あれ、カナがもう一人いる」
「カカシさんどうしちゃったんですか本当に……」
「あはは、すまんすまん!」

謝っておきながら、カカシさんはさらにお酒をあおる。これで何杯目なんだろうか。
さっきからカカシさんの顔が赤い。そろそろお酒を止めた方がいいかもしれない。
私は、先程の店員さんとは違う人を呼び、お冷やを四つお願いした。
すると、アスマさんが急に立ち上がる。

「オレもトイレ行ってくる。ついでにタバコが切れそうだからちょっくら外でるわ」

こんなタイミングで二人にされては困る、と私は両手を伸ばしてアスマさんを引き留める。

「え、アスマさんちょっと……?!」
「大丈夫だって、帰りゃしねーよ。二人をちょっとだけ頼んだぞ」
「すぐ帰ってきてくださいね?!」

私の声は虚しく、周りの話し声にかき消される。アスマさんは、後ろ姿でかっこよく右手を軽くあげ、お手洗いのある出入り口の方へ消えていった。
そして──私はカカシさんと二人きりである。
正確にいうと、ガイさんももちろんいるのだが、未だに彼は起きない。それどころがスースーと大きな寝息が聞こえる。
この微妙な間をどうしようかと私は頭をフル回転させる。ただでさえ意識してしまって緊張するというのに、あんなカカシさんを見てしまった後では何を話していいか全くわからない。
騒がしい空間の中で、私たちの席だけ沈黙が流れ、ここだけ時が止まっているような感覚に陥った。
あれだけすぐに来ていた飲み物も、なぜだかこういう時だけ全然運ばれてこない。

「ところでさ、」

沈黙を先に破ったのはカカシさんだった。
私の肩の辺りをちょんちょんとつついて話しかけてきた。
急なボディタッチに驚いて、彼を見ると──

「どうする?俺たち、付き合っちゃう?」

グラスを持って、首を傾げながらヘラヘラと言うカカシさんがいた。
そんなカカシさんと目が合うや否や、爪先から頭の天辺まで一気に酔いが回って、全身から湯気が出そうなほど熱くなるのがわかる。
思考も停止し、クラクラと目眩がする。

「か、カカシさん?!お酒飲みすぎちゃったんですかねー?!すごい冗談だなー!」

ここでやっとお冷やが運ばれてくる。私はテーブルに置かれる側から口をつけ、グラスの三分の一ほどを一気に空けた。

「冗談じゃないさ、いつだってオレは本気だよ!うふふ、」
「うふふ、って!正気取り戻してください!ほらお冷や飲んで!」

私はカカシさんの目の前にお冷やを突き出し、半ば無理矢理に水を飲ませる。
──あぁ、逃げたい。恥ずかしくてこの場から逃げてしまいたい。でもこの、顔を赤くしてヘラヘラしている、いつもは絶対に見られないカカシさんをずっと見ていたい──

「っはー、お冷やも美味しいね。で、答え考えてくれた?アスマが戻る前にこっそり教えてよ。オレ、シャイだからさ」
「早くアスマさん帰ってきてー!」
「ふふふ、アスマが言ってた通り、ほーんとカナってかまいたくなっちゃうね」
「からかってたんですか?!」
「だから、何度も言ってるけど俺は──」

カカシさんが不敵な笑みを浮かべて、言葉を続けようとしたその時、アスマさんが出入り口から戻ってくるではないか。私は思わず席から立ち上がり、アスマさん!と救世主に救いを求めたのだった。

「どうしたカナ、そんな嬉しそうな顔して」
「もうカカシさんが酔っ払って、私どうしたらいいかわかりません!」
「お前セクハラでもしたのか?」
「滅相もない。早かったけど、タバコは買ったのか?」

アスマさんはどかっと席に腰を下ろす。
そしてお尻のポケットから何かを取り出した。

「そういえば、もう一箱ケツのポケットに入れてたの忘れてたわ」

アスマさんのことだ。悪りぃ悪りぃ、と笑っているが、きっと確信犯に違いない。
まぁ、それでも戻ってきてくれたのならいいのだけれど。

「カナ、一つ言っとくが、酔ってる時の男の言葉は信じないほうがいいぞー」
「シャイで酔ってる時にしか本当のことを言えない男もいるけどね」
「あはは、あはははは……」

私はただ乾いた声で笑い、その場をやり過ごす。

「ん……あれ、寝てしまっていたのかオレは……」

さっきのアスマさんが座ったときの振動のせいか、ガイさんが久しぶりに目を覚ました。数時間は寝ていただろう。
ずいぶんと私たちの顔が赤くなっていることに気づいて「ずいぶんと寝てしまったようだな!アッハッハ!」とさっそく大きな声で笑う。全く、寝起きまで元気とは、気高き碧き猛獣の名も伊達じゃない。

「ガイさん、お冷や飲んでください」
「おう、すまん!ぐっすり寝てしまっがおかげでもうスッキリだ!」

ガイさんは、グラスのお冷やを一気に飲み干す。

「さーて、ガイも起きたことだし、仕切り直しといこうや」
「え、まだ飲むんですか?!」
「まだまだこれからだ、今日は朝まで付き合えよ?」

ひぃ、と言う私の小さな悲鳴は、店内の雑音に紛れて消えてゆく。
隣に座っているカカシさんは、さっきの告白なんてまるでなかったみたいにそしらぬ顔をしている。だけど、どことなく照れているような気がして。
──もう一度、勇気を出してもいいのかもしれない。
カカシさんの姿を見て、なんとなく、そんなことを思った。

窓の外は、どっぷりとした濃紺の闇に包まれており、すっかり夜の淵へと向かっていた。

(酔いの淵)

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