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「……やっぱり、ここにいた」

窓際に配置された木製のベンチに腰掛け、のんびりと本を読んでいたら、顔を歪めたカナがガチャリと扉を押し開けやってきた。
その顔を見るや否や、思わず本から顔をあげ、彼女の表情をまじまじと見つめる。

「どうした、そんな顔して」

本当は心配でたまらない気持ちを抑えつつ、声は平然を装う。
カナは何も言わずに扉を閉めてオレの目の前へやってくると、そのまま立ち尽くした。

「ここ」は上忍待機所にある、オレとカナしか知らない秘密の場所だ。
ほとんどの上忍が忙しいためか出ずっぱりで、待機所なんてのは大して利用する機会もない。大半は入ってすぐの一番広いラウンジか、上忍のみ入室が許される資料庫だったり、忍具庫だったりと、特定の部屋しか入ることがなかった。
その特定の部屋を結ぶ廊下を辿ってずっと奥の方へ進み、通路など何もないように見える隠し扉を二つほど通り抜けて見つけた、なんともロマンあふれる場所がこの部屋だった。
珍しく暇で暇で仕方ないある春の日に、カナと二人でフラフラと館内を歩き回り、偶然発見したのだった。

そこは四畳半くらいのスペースしかなくて、使われなくなったのか、満遍なく薄灰色の埃を被ったベンチだけがポツリと置いてあった。それから、入り口から見て正面に小さな2枚建ての引き違い窓がはめ込まれていた。ベンチに腰掛けると、丁度目線の位置に窓がくる高さだ。それ以外は何もない。
最初はこの部屋も至る所に埃が積もっていたが、カナがどこからともなく掃除用具を持ってきてせっせと掃除していたおかげで、だんだんと過ごしやすくなっていった。
良くわからない色になっていたベンチも、気づいたら木材本来の色味を取り戻していたり、きちんと床の埃がはかれていたりと、随分と清潔になって、部屋全体もとても明るく見違えた。
埃まみれの隠し部屋は、いつのまにか快適な二人だけの秘密基地になっていた。オレ達の間では、任務と任務の合間や、ちょっとだけサボりたくて姿を眩ましたい時なんかに来るのが次第に習慣化していった。

カナは突っ立ったまま黙ってオレを見下ろす。

「なに」

読んでいた本をパタリと閉じて、自分の横へ置いた。
そして怒りにも悲しみにも見える彼女の表情を、太ももに肘をつき、前のめりになって覗き込んだ。こんな顔もかわいらしいな、なんて思いながら。
すると、カナがようやく唇を開いた。

「……ぐ……さめて」

かすかに聞こえたものの、何を言っているかわからない。
「ん?」と聞き返すと、カナはポロポロと涙をこぼし始める。すぐに両手で顔を覆うと、その場にしゃがみこんでしまった。
先程の言葉は、「慰めて」と言っていたのか。
余程嫌なことでもあったのだろう。はてさて、こういう場合はどうしたら良いものかと泣き続ける彼女に、自然と右手が伸びる。
髪をそっと撫で下ろす。3回くらい撫でたところで、ついでに左手が伸びて、そのまま抱きしめるようにカナの前にしゃがみ込んだ。

「よーしよし、何があったかお兄さんに話してごらん」

オレとカナはただの同期だ。こんな大胆なことしていいのかなぁなんてぼんやり考えながら、あまり変な空気にならないようにちょっとだけ戯けてみせる。きっと、ずっと距離を縮めるタイミングを見失っていたオレにとってはこの上ないチャンスだ。
弱ってる時に優しくされると好きになっちゃう、なんて世間ではよく言うけれど、本当だろうか。むしろ弱ってる姿を見せられてキュンとなんかしちゃっている自分が恥ずかしくてたまらなくなる。

「……あの……さ、さっき……」

カナはオレの顔の横でしゃくりあげ、必死に声を絞りだす。そんな声も、震える肩も、愛しくてたまらない。
彼女の話に「うんうん」と耳を傾けながら、恋人同士になれたのなら、彼女を慰めることなんて二十四時間いつでも構わないなぁ、なんておめでたい妄想を頭に浮かべた。

「そうか、そりゃ酷いな。でもま、最悪の事態にならなくて良かったじゃないの」
「そう……なん……だけど、」
「わかってても自分の中で消化しきれないんだろ。あるある」

宥めるように、再び彼女の髪を撫で下ろしながら言った。

「そういう時は気の済むまで一旦感情に流されきればいい。一人きりが辛いなら、オレがいくらでも付き合ってやるよ」
「……ありがと、カカシ」
「ま、高く着くけどね!」

性格上、こんなふうにおちゃらけてカッコつけられない自分に情けなくなるが、今はそれでいいと思った。
こうして少しずつステップを踏んでカナの特別になれるのなら、昇格の可能性があるのなら、未満だって以下だって悪くない。

「えー、そんなぁ」

オレの冗談に、カナはやっと少しだけ声が明るくなる。オレは心の中にポッと明かりが灯った。好きな女の子にはなるべく笑顔でいて欲しいものだ。
それからカナの表情が見たいなぁと、抱きしめていた両手の力を緩め、彼女の身体から離れた。カナの顔が見えるくらいに。
彼女は泣き腫らした赤い目で、少しだけ口元を緩ませてオレを見ていた。その潤んだ瞳と、守りたくなるような雰囲気がまるでうさぎのように可愛らしくて、胸の奥がキュッとなった。
今すぐにでも抱きしめて、口付けてしまいたい。この手で守ってやりたい。
酒の席だったら間違いなくチューしちゃってたな。でも今は我慢我慢──オレはちょっとだけ悶々としながら、それを打ち消すように笑顔で返した。

「任務以外の時間だったらどこまでも付き合うさ。いやぁ、謝礼は何がいいかなぁ」

カナは「もう」と呆れながらも、顔を綻ばせていた。
この笑顔を失わないよう、オレはその場で立ち上がり、再び静かにベンチへ腰を下ろす。カナの視線は、名残惜しそうにオレの足元を追っていたのは気のせいか。

とにかく今はこのままが丁度いい。今はもう少し、この片想いのような、そうでもないような曖昧な空気感に浸っていたかった。

背後の窓から、初夏の少しだけ湿り気を帯びた濃い緑の匂いが吹き込んでくる。それはオレの後頭部からゆっくりと頬を撫で、彼女の髪を柔らかく揺らした。
「もう夏だな」オレはぽつりと呟く。この場所を見つけてもう一つの季節が過ぎ去ろうとしている。オレは夏の魔法を上手く使いこなせるだろうか、と朧げに浮かべた。
けれど、目の前カナが「ワクワクするよね」なんてさっきの泣きそうな顔なんてなかったみたいに言うもんだから、夏なんて好きでもないけど「あぁ、楽しみだな」と笑った。

(秘密基地にて)


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