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- ナノ -
もうすぐそこまでクリスマスが迫っているというのに、今年、カカシは何も言ってこなかった。
毎年十一月も後半になって、街がクリスマスムードに包まれ始めると、あのいつもの人の善さそうな笑顔で「今年は何か欲しいもの、ある?」と彼に決まって尋ねられる。それに私は、「特にないかなぁ」と必ずはぐらかす。
大人になってから、欲しいものはほとんど自分で手に入れられるようになり、歳を重ねるにつれてプレゼントというものに大して興味が無くなってしまった。モノ自体よりも、贈り主の感情そのものに価値を見出すようになって、それこそ極端な話、クリスマスにはカカシがそばにいてくれるだけでいい──そんな風に思っていた。
今年は例年通りのやりとりもなく、少し前に「今年は必ず二十四日の夜に行くから」と一言言われたきりだった。

毎年、クリスマスの日にカカシは隣にいない。約束をしても、直前に急な任務で連日里を出ることになってしまったり、任務が長引いてしまい、二十五の夜から二十六にギリギリ日付が変わる頃に、ボロ雑巾のような姿で私の家へ駆けつけてくるかのどちらかだった。
だからなのかは本人は明言しないが、プレゼントは間違いなく私がご機嫌になるよう確実に欲しいものを贈られ、前もってクリスマスのディナーに連れて行ってくれたりするなど、私が寂しい思いをしないよう誠心誠意フォローをしてくれていた。
それはそれはとても嬉しかったけれど、私はやっぱりクリスマス当日を共に過ごすカップルを見ると無性に羨ましくて、寂しくて、哀しかった。

きちんとフォローしてくれているのだから、普通何の文句もないと思うだろう。しかし、冷たい夜の中で互いの温もりを求めて手を繋ぎ、甘く視線を絡めながら肩を寄せて歩くカップルが嫌でも視界に入るこんな日に、一人で何の約束もなくとぼとぼ歩いている自分がどことなく惨めな感じがして辛かった。
こんなにも私を想って行動してくれているのに、それでも満たされない自分に心がもくもくと煙っていった。
友達にこのもやもやとした気持ちを打ち明けると、「それはカカシさんと付き合ってる以上、仕方ないよ」と当然のように窘められた。しょうがないのはわかっている──でも、心は冬の空と同じくどんよりと曇っていた。

そしてそのまま当日を迎えた私は、念のため用意した食事と、前もって渡せなかったプレゼントをテーブルに準備し、それらの前にあるベージュのソファへ膝を抱えて深く座り込んだ。
本当に来るのかなぁ──私の胸は不安と期待とが入り混じって、とても複雑な色をしていた。
カカシと約束したのは、十八時だ。しかし、部屋の壁にかけられている時計を見ると、もう十九時を回ろうとしている。

「デジャブ……」

呟いて、顔を膝に埋めた。それから、きゅっと身体を縮こめて小さくなる。もう気持ちはギリギリのところにまで来ていた。
このパターンは、一度覚えがあった。こうやって来るかな、来ないかな、と待っているうちに気付いたら日付が変わってしまっていた事がある。あの時は自分の愚かさと、冷たくなった食事を前にしてもの悲しくなったものだ。
別にカカシが悪いんじゃない。カカシは本当に来てくれるつもりだったのに、任務が長引いてしまってどうにもならなかった。同じ上忍であればそういう状況が多分にあることはよく知っている。
そして、彼が物凄く頑張って私の元へ駆けつけようとしてくれたのも、当時よく分かっていた。
その時、彼は二十六日の深夜零時二十三分に、半分よろけながら私の家まで駆けてきた。
そんな彼を見ているから、私は彼とクリスマス当日に会えなかったとしても、何も言えない。寂しいだなんて口が裂けても彼には伝えられないのだ。

たかがクリスマス、されどクリスマス。恋人たちの聖なる夜なら、私だってカカシにそばにいて欲しい。木ノ葉の忍だから会えないなんて、そんなのはおかしい筈だ。木ノ葉の忍だって、恋人同士で過ごしているカップルはきっと私が想像する以上にいるのだろうから。

しばらくじっと丸まり、嫌なことばかりを頭の中でぐるぐる浮かべ、悲しい気持ちを味わい尽くすと、大きくため息をついた。まるで、背中に重たい頭陀袋でものしかかっているかのように身体が重たい。もう、こんな気持ちなら別れてしまった方がいいのかなぁ──そんな風に、視界が歪みかけたその時だった。
玄関のチャイムが軽やかに鳴った。
私はバッと顔を上げ、ソファから飛び降り、ドタドタと足音を立てて玄関まで駆けていく。
玄関の前まで来ると、急に心臓がバクバクと暴れ出して、急にドアを開けるのを躊躇してしまった。いや、待て、本当にカカシなのか?──そんな疑う気持ちまで生まれてくる。
用心して、静かに靴を履き、ドアスコープから向こうを覗く。そこには、胸の辺りに手を当てて深呼吸しているカカシが立っていた。
本当にクリスマス当日にカカシが来るなんて、夢でも見ているのかと私は一度ドアから離れ、深く息を吸い込む。そしてゆっくり息を吐きながら、キンと冷たい扉に手をついてもう一度ドアスコープを覗き込んだ。
すると、やっぱりカカシが立っていて、今度は手櫛で髪の毛を整えているようだった。
なんだかこれは本物のカカシじゃないんじゃないかと思いながらも、玄関一帯の冷気ですっかり冷たくなった右手で解錠し、キンキンに冷えたドアノブを下ろしてゆっくり扉を押し開けた。

「……遅刻してどうもすみませんでした」

互いの顔が見えるなり、カカシは深く頭を下げて謝罪する。
あまりに深刻そうな声で謝るので、私はどう返したらいいか考えあぐねてしまう。
こんな彼にふざけて返すのもどうかと思ったので、迷った挙句「怒ってないから、顔あげてよ」と彼の二の腕のあたりへ手を伸ばした。

「……本当に怒ってなぁい?」

カカシはチラッと頭を上げ、私の顔を覗き込むようにして言った。

「うん、怒ってないから。それより寒いでしょ、中入って」

ポンポン、と腕の辺りを優しく触れて招き入れると、「本当、ごめんねぇ」と申し訳なさそうに眉を下げながらたたきへとあがった。

「ちょっと早いくらいに家を出てきたんだけどね、ガイに見つかって呼び止められちゃってさぁ……」
「ううん、来てくれただけで嬉しいよ」
「あ、もしかしてオレが今日も来ないって思ってたでしょ」

靴を脱ぎながら、冗談っぽくカカシが言う。

「来れないかもしれないなぁ、とはちょっと思ってたかな」

先に靴を脱ぎ終え、廊下に上がった私は表情筋がぎこちなく頬を引き上げるのがわかった。

「やだなぁ、休めるって言ったじゃないの。オレったら、そんなに信用ない?」
「そんなこと無いけど……」

上手い言葉が見つからない。
彼が来ないだろうと諦めていたことは事実だ。そういうものだと思って、少しでも心に傷がつかないようにしていた。そう簡単にフォローする言葉なんて浮かんでこない。
カカシは「ま、そうだよねぇ。毎年毎年間に合ってなかったもんなぁ」とバツが悪そうに右手を頭の後ろへ回す。

「でも、今年は違うよ」

廊下に数歩上がったところで右手を不意に下ろし、彼はお尻のほうにあるズボンのポッケへと手をやる。
それから少し腕に力を入れて、中に入っていたものを引っ張り出すと、左の手のひらの上に乗せて私の目の前へ差し出した。

「はい、クリスマスプレゼント」

それは、深いネイビーで上質な感じのするヴェルヴェット地の小箱だった。彼の幅の広い掌にちょこんとおさまっていて、とても可愛らしい。

「……これ、」

私は両手で口元を覆い、その箱に何が入っているかを想像した。
多分、この箱にはいわゆる彼の“気持ち”が入っているに違いない。
しかし、こんな唐突にそれを出してくるなんて、夢でも見ているんじゃなかろうかと信じきれず、私は固まったままそれを凝視する。見れば見るほど現実には思えなかった。見つめすぎた挙句、ほとんど呼吸を止めていたのか突如息苦しくなってしまった。
静かに鼻から息を吸い込み、そのタイミングで箱からカカシへと視線を移すと、彼とバッチリ目が合う。カカシは息をフッと漏らして顔を綻ばせると、箱に右手を添え、丁寧な動作で蓋を開いた。

「一緒になろう、カナ」

そこには、華やかな一粒のダイヤがセッティングされたソリティアリングがキラキラと輝きを放っていた。
私はあまりの驚きに、まだ手を口に当てたまま、体中の時が止まってしまった。今度こそ心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらいのドキドキを全身で感じていると、カカシが「いい反応だなぁ」とクスクス笑う。

「もう、想像以上だね」
「そ、想像以上って、いきなり出されたらびっくりするに決まってるじゃない!」
「えぇ?もしかして嫌だった?」
「そ、そんなわけ……!」
「じゃあOKしてくれるってこと?オレのプロポーズ」

私は真っ白になった頭を落ち着かせるため、廊下の寒さのせいで冷え切ってしまった両手で両頬を包み込んだ。それでも全く頭は冷えてくれない。
カカシはといえば全く余裕の色で、慌てふためく私を見て笑いを堪えるような表情すらしている。
私は少し彼が憎らしくなった。一世一代のセリフなはずなのに、どうしてそんなにいつも通りなのか不思議で仕方なかった。

「さ、左手。出して」

カカシは左手の人差し指と親指で丁寧に指輪を取り出し、ケースを右のポケットへ一旦しまう。それから、下の方から掬い上げるような優美な動作で右手を差し出し、私の左手を優しく捕まえた。
いつも通りに見えていたけれど、彼の指先はすごく冷たくて、しっとりとしていた。きっとここまで物凄く緊張しながらやってきたのだろう。
そう思うとふっと気持ちが解れて、口角とほっぺた、それから下瞼が順に持ち上がるのがわかった。
彼の手に柔らかく握られたままゆっくりと左手の指を伸ばすと、薬指へそっと指輪を通してくれた。その間、私たちを取り巻く空気はしんと張り詰めていて、カカシの衣服が擦れる音が微かに聞こえるだけだった。

いつの間にサイズを確認したのだろうか。きちんと指にはめられると、全く違和感のないつけ心地だった。地金の太さも、ダイヤの大きさも、私の手にとても良く似合っていた。カット面から放たれる無数の煌めきは、手を傾けるだけでチラチラと様々な色で輝きを放ち、とても美しかった。
それをうっとりと見つめながら、私はようやくここでプロポーズされたことへの喜びと高揚感が胸へとじわりじわりとこみ上げてきて、緩みっぱなしの顔のまま指輪と彼を交互に見つめた。
きっと今、私はとんでもないにやけづらなのだろう。カカシもニヤニヤしながら私の表情を窺っているようだった。

「どう?」

カカシは手を離し、身体の後ろで両腕を組んで尋ねる。

「……大変気に入りました……ありがとう、ございます」
「何よその反応」
「……だって、本当に、信じられないくらい……嬉しくて」

私の声は後半、震えていた。目の淵から涙が熱く迫り上がってくるのがわかって、こぼれ落ちないようにするのに必死だった。嬉しい時に泣きたくなんてない──そう思ったからだった。
私は震える唇をキュッと結んで口角を上げると、自分の中でとびきり可愛いと思える表情をして見せた。
それから「こんな私ですが、よろしくお願いします」と言って、お辞儀をした。

「よかった。本当は、夕飯を食べた後のくつろいでる時に……と思ってたんだけど、カナの顔を見たらもう渡したくなっちゃってねぇ」

カカシは私の言葉に、ほっと安堵の息を漏らした。
それに伴い、先程より一段と明るい表情になって、肩の位置も僅かに下がった気がした。

「緊張とかしなかったの?」
「したさそりゃ」
「え?全然余裕そうじゃない」
「ま、緊張しすぎて黙ってられないから先に言いたかった、ってのはあるかな」

「言えてやっと気持ちが落ち着いた」、そう言って彼は照れ臭そうに笑った。

「全然気づかなかった」
「オレにしては珍しく、隠し事をするのがキツくてねぇ。家に来るたびバレないかヒヤヒヤしたよ」

どのくらい私に隠していたのかはわからないが、この日のために前もって準備していてくれたことが、私にはたまらなく嬉しかった。
どんなに忙しくても、私は彼の心の中にきちんと存在しているのがわかって、好きな人にきちんと大切に想ってもらえている自分が少しだけ誇らしくなった。



「乾杯」

私達はクリスマスらしい甘いムードのままリビングへ移動し、二人きりの夜の始まりを祝った。
暖かい室内に、シャンパングラスをキン、と楽しげに交わす音が響き渡る。グラスの中を規則正しく登っていくきめ細やかな泡は、室内の照明にキラキラと反射してとても綺麗で、いつまでも見ていられそうだった。
隣ではカカシが機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら、私が用意したカナッペをつまんでは金色の液体を唇へと流し込む。私はそれを見つめ、私の望んでいたクリスマスそのものだなぁと身体の隅々まで満たされていった。

「楽しそうね」
「そりゃあねぇ」

見つめあって「ふふ」と微笑み合うと、アルコールで艶やかに潤った唇を互いに軽く押し当てる。すぐに離れると、これまでにない幸せな気持ちで心がシュワシュワと甘く満ち足りていって、何をしていても頬が緩むのがわかった。

「ねぇ、カカシ」
「ん?」
「……これからもよろしくね」
「もちろん」

目が無くなるくらいにニッコリと微笑んでカカシは言う。その表情に、私もぐいっと頬が持ち上がって、顔がくしゃくしゃになった。

静かな部屋には、あたたかな笑い声が充満していて、幸せと呼ぶには言葉の方が不足しているような気がする程だった。

私達は二人だけで、聖なる夜を泳いでゆく。

(Merry Merry Xmas)
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