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「#甘々」のBL小説を読む
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「あ、そっか」

朝、カカシの部屋の前で足を止め、私は一人呟いた。
先日、約一か月間の任務が終わった。任務はカカシと一緒で、遅刻癖のあるカカシが絶対に任務に遅れて来ないように、私が毎朝彼の部屋の前でピンポンを鳴らして一緒に出るのを毎日繰り返していた。
任務は晴れて遂行完了となったため、私のお役も御免となったわけだ。
しかし、身体にしみついた習慣というのはそうそうすぐに消えるものでもなく、別の任務に向かうというのに「カカシを起こさなくちゃ」と思ってしまったのだった。
私は、自分の生活の中に溶け込んだカカシがもういなくなってしまったような気がして、ほんのちょっぴり寂しくなった。

カカシとは同期だったけれど、別段仲がいいとかそういう訳でもなく、ただの同期だった。アカデミー時代もお互い「そういえばいたなぁ」くらいの関係で、会えば話すし、別に休みの日だってわざわざ会ったりするような仲でもない、本当にごく普通の。
たまたま部屋がカカシの三つ隣の部屋で、飲み会の帰りなんかは一緒に帰ったりしたこともあったけれど、一度もムードのある雰囲気にはならなかったし、私も別になんの意識もしていなかった。
家が物凄く近くても、そんなに顔も合わせるわけでもなく、仲を深めるなんてこともそうそう見込めない程度の関係性だった。その任務を共にするまでは。

任務のあった一か月間は、今までの私たちの生活のリズムを大きく変えた。毎日嫌でも顔を合わせなくちゃならないし、(別に私は嫌だと思ったことはないけれど)任務の待機中はもう一人のメンバーも交えながらなんとなく話をするし、帰りもなんとなくの流れで一緒に帰る。しょっちゅう夕飯を二人で食べて帰ってくることもあった。
そうしたら、だんだんとカカシが私の生活の一部になってきて、気づいたら彼といることが普通になりつつあった。あった、というだけでもう終わってしまったのだけれど。それがすごく寂しくて、もう同じ時間を過ごせないと思うと胸の奥がキュッと痛んだ。
この気持ちを一言で言うならば、きっと恋だろうと思った。それも、子供の頃にいだいたような純度の高い、素直な気持ち。世間体も欲も、見栄も計算も何もない、ただの好意。一緒にいられたら楽しいのになぁ、私はそういう気持ちでいつの間にかカカシを見つめていた。

馬鹿馬鹿しい。いい歳をして、なんでこんな思春期めいた気持ちになっているんだ。向こうはきっとなんとも思っていないぞ──そんな風に、自分の心の中でそっと膨らみ始めた蕾を気づかなかったことにすると、私はゆっくりと歩き出した。
カカシの部屋の前を通り過ぎて、下へ降りる階段へ差し掛かろうとした時だった。
後ろの方からガラリと窓の開く音がして、「ちょっと、置いてかないでちょうだいよ」と聞き覚えのある声がした。
多分カカシだ、と思って振り返ると、やっぱりカカシが胸の高さよりも上にある部屋の小窓から上半身出してこちらを見ている。
状況が飲み込めず、「え?」ともらすと、何故かカカシも「え?」と目を丸く見開いてキョトンとしていた。
それから、私たちの間にはしばらくの沈黙が流れる。可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきて、お互い驚いた顔をして見つめあっているのがやたらおかしく感じられた。
それで、私はプッと吹き出した後、止められずに大口をあけて笑った。まぁまぁ早い朝だったから、散々笑った後に近所迷惑だったなと後悔する。

「……なーにがそんなにおかしいのかと思ったけど、そういやもう任務終わったんだっけ」

私の笑いが収まりつつある頃、カカシがぼんやりとしたいつもの表情に戻って、窓のサッシに肘をついて頬杖をしながら言った。

「それで、土、日、月の三連休だって喜んでたじゃない」
「あー……そうだったな」

退屈そうに言った。休みが嬉しくないのだろうかと不思議に思う。

「そんなに仕事が好き?」
「そんなわけないでしょうよ。でも、ずっと同じだったリズムが崩れると……ねぇ」
「要は、することなくて暇ってことね」
「ま、そんなとこ」

カカシは半ば呆れた顔で笑うと、ついていた肘を持ち上げ、今度は窓枠にもたれかかるようにして身を乗り出した。

「それにしても、習慣って恐ろしいねぇ。気付いたらなんとなくいつもの時間に目が覚めて、支度して、いつもの足音が聞こえたから玄関前でぼーっと待っちゃうなんて」
「まさか、今まで支度終わってたのに寝坊したフリしてたの?!」
「あ、ばれちゃった?」

彼は誤魔化すように笑い、わざとらしく右手の人差し指でぽりぽりと頬を掻く。今バラしたのは、絶対わざとだ。私は少しムッとして、「なんでわざわざそんな意地悪したのよ」と再度尋ねる。

「いや、意地悪じゃなくてね?朝にその人の声を聞くと、なーんか元気が出る人っているじゃない」

納得のいかない答えに、眉頭をギュッと目の方へ寄せて彼を見る。
カカシはそのまま続ける。

「最初は朝からやたら元気だなぁと思ってたけど、だんだん今日はどうやってオレを部屋から引きずり出そうとするのか面白くなってね」
「は〜、いい性格してるね〜、キミ」

私は大きく息を吐きながら、顔をさらにしかめて言った。カカシはそれでもやっぱりヘラヘラと笑っていて、「そりゃどうも」と首だけ動かして形ばかりの詫びをした。
謝られている方は全然詫びられている気がしない。ちょっぴり腹が立ったので、好きなんて思うんじゃなかった──なんて自分の浅はかさを心の隅で責めながら、無理矢理に笑顔を作った。

「ま、そういうことなら二度寝でも三度寝でもしてください」

じゃあね、と顔の横あたりへ軽く右手を挙げて踵を返そうと重心を右足に預ける。こんなところで油を売っている暇はない。私は任務に行かなければならないのだ。
身体の向きを変えながら、左足を右足の方へ向かって踏み込もうとした時。

「いやいや、ちょっと待ってよ」

カカシが、さらに窓から身を乗り出して私を引き留めた。
どういうわけでこの人は私を引き留めたがっているのだろうか。
考えても全くわからないまま呆然と立ち尽くしていると、「オレも今出るから、ちょっとそこで待っててよ」と彼が窓から引っ込もうとする。

「なんでよ、休みでしょ?」
「オレ、休みの日はお散歩が日課だからさ。途中まで付き合ってよ。どうせお前のことだから、集合時間にはまだだいぶ時間あるんだろ?」 

カカシが網戸を滑らかな動作で閉め、窓の桟へと指先を運ぶ。
私は、彼にこの一ヶ月で行動パターンを把握されていることに驚き、絶句したまま立ち尽くした。

「なによ、任務が終わっちゃったら冷たくなっちゃうの?せっかく距離が縮まったと思ったのに、さみしいねぇ」
「いや、別に冷たくしてるわけじゃ……」
「じゃあ五分。五分で終わらせるから、そこで待ってて」

私の返事を聞くこともせずにピシャリと窓を閉め、カカシが部屋の中へと引っ込んだ。ガラス越しに何やらバタバタと音がきこえるので、任務でもないのにこんな朝早くからよくやるなぁと苦笑いを浮かべた。
そんな表情とは裏腹に、私の心の内は弾んでいた。


「お待たせ」

カカシは、五分も経たないうちに爽やかな表情で玄関から出てきた。服装はいつものユニフォームで、先日までの朝を彷彿とさせた。
「散歩なら私服でいいのに、どうしてユニフォームなの?」と尋ねたら、「私服だと何着るか悩んじゃうじゃない」と珍しく困ったように笑っていた。服装には無頓着なように思っていたから、意外だなぁと思った。頭のてっぺんから爪先まで、今までと何一つ変わらない、任務の朝のカカシの姿だった。
こうして朝、ユニフォーム姿のカカシと彼の部屋の前で向かい合っていると、それが当然の事のように思えてしまう。まるで今までの長い間ずっと、これが日常であったかのような当たり前の顔をして。
しかし、これまでの長年の関係性からして、こうして休みの日に、しかも早朝にわざわざ顔を突き合わせるなんてちょっぴりイレギュラーなはずなのだ。だって、私達はただの同期なのだから。
不思議だなぁと思った。
今まで、どんなに長い間知り合いでも、こんな風に微笑み合うなんてなかったのに、たった数週間で私達を取り巻く空気まで変わってしまうなんて。

「なーに人の顔じろじろ見てニヤついてるんだ?」
「別に?カカシだってなんかニヤニヤしてんじゃない」

カカシは「オレは元々こういう顔だよ」と皮肉めいた口調で言う。それから私の方へ数歩近寄ってほんのりと柔らかく微笑んだかと思うと、パッと表情を変えて口を開いた。

「今日はやたらツンツン冷たいけどさ、そうやってなんだかんだ待っててくれるところを見ると、カナって結構オレのこと好きなんじゃないの〜?」

カカシは、マスク越しにでもはっきりとわかるくらいに小憎らしい顔をして、私を肘で小突く。カカシは鋭いから、きっと私の気持ちには薄々感づいているのだろう。別に気づかれるのはいいのだが、こうして冗談めかして言われてしまうと、好きという気持ちを茶化されてしまったようで、チクリと胸を痛めた。
だから、私は咄嗟に「そうやって休みの日まで私と一緒にいたいなんて、カカシこそ結構私のこと好きなんじゃないの〜?」と肘で小突き返した。
素直に気持ちを認めてしまうことでカカシに拒絶されたり、距離を置かれたりするのが怖かった。私はこの関係をどうしても壊したくなくて、彼からの問いには答えられなかった。
このまま茶化し続けて、この話を全て冗談で終わらせたかった。淡い感情なんて、笑い飛ばして無かったことにしたかった。
けれど、カカシから返ってきた言葉は、耳を疑うものだった。

「そうだね。休みの日もカナに会いたくなっちゃうくらいには好きだねぇ」

そのまま小突いていた側の二の腕を掴まれると、グイッと彼の方へと引き寄せられる。いきなりのことだったから、思い切りバランスを崩して彼の胸に飛び込んでしまう。
一瞬何が起こったのか分からなくて、私は思わず息が止まりそうになる。
目の前が彼の胸板だと気付いた頃には、もう心臓が破裂しそうなほどドキドキしていて、「な、なっ……?!」なんて、ただただ言葉にならない声を発していた。

「こんな朝から全く、何やってんだろうね、オレったら」
「……ほ、本当いきなり何してんのよ?!」

背中へ回された逞しい両腕は、ズルいほどにあたたかくて心地よかった。私は任務前だというのに大層動揺して、さっきまで少し寒いくらいだったのに首筋にじっとりと変な汗をかいてしまう。

「ん?何してるかってそりゃあ……愛の告白?」
「こく……はく……」

その言葉が持つ意味に、頭がクラクラする。まさか、カカシも私のことをそんな風に思っていただなんて。

「え、なに、もしかして引いちゃった?いい大人が告白ってダメ?」
「……ダメなわけないでしょ」

ぶっきらぼうに返した後、私も彼の背中へめいっぱい腕を伸ばして抱きしめ返す。
しばらくの間、腕の中の世界で彼の体温に浸っていると、「よかった」とカカシが喜びを噛みしめるかのような声で呟いた。それから、腕を緩めて、彼は私の二の腕に手を添え直した。
私達は向き合う体制になると、ぴったりと視線を合わせ、微笑みあった。まるでこの世界で一番幸せだと思えるくらいに、幸せな瞬間だった。

こんなに心が満たされる純粋な恋の始まりはいつぶりだろうか。もうずっと忘れていた気持ちに私は自然と頬が緩み、とても心が暖かくなった。
ふと、彼の肩と首の向こうを見上げると、水色の絵具を薄めたようなそこはかとなく透明で均一な秋の空が広がっていた。
こんな日は、少しだけでも彼と一緒にいたいなぁ、と思った。

「ほーんと、今日は絶好のお散歩日和だね。カカシはどこまで行くの?」
「そうだなぁ、今日は……」

微笑み合う私たちに、湿度のない爽やかな風が吹き抜けて行く。

(good morning)
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