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夏に怪談話をする時に、「結局は生身の人間の方が怖い」などとよく言うが、私は目に見えない力が一番恐ろしいと思う。

小さい頃から私は、「縁」という言葉がなぜか得体の知れない強い力を持っていて、とても怖いものに思えた。
一番最初にそれを感じたのは、父が忍を辞めざるを得なくなった時のことだった。

父は、木ノ葉の誇り高き忍だった。任務に対していつも全力投球で、常に仲間を大切にし、里のことを第一に考えている人だった。母は、私を産む前は医療忍者として活躍していて、彼女もそんな父を尊敬していた。
しかし、父はまだ十分に活躍できる年齢で引退を余儀なくされた。
任務の際に深傷を負って足を悪くし、忍として再起不能になってしまったのだ。まだまだこれから、と言うところでの挫折だった。
私はまだ四つくらいの時で、父が落ち込んでいるのを見て、子供心ながらに胸を痛めたのを今でもよく覚えている。常に高い志を抱いて生きていた人だったから、その落胆ぶりに家族は戸惑いを隠せなかった。
ちょうどその頃、弟が少しずつお喋りをするようになったりして、父はますます忍として、そして父親として、家族と里を守っていこうと強く誓っていたその矢先のことだった。

父が忍をやめると、生きていくために知り合いのつてを使って小さな店を開いた。
彼はとても器用な人で、大抵のことは何でもできた。忍術意外で一番得意なことは料理で、だから定食屋を始めたんだと小さな頃に何度か聞かされた覚えがある。

店の名前は「朧月庵(ろうげつあん)」と言って、これは私と弟が生まれたのが朧月の夜だったからそう名付けたと、酔うと何遍も繰り返していた。この店はオレの三人目の子供みたいなものだとも言っていた。

店は開店してすぐに繁盛した。料理が美味しいのはもちろんのことだが、父がやっている店だからと言う単純な理由でだった。仲間を常に大切にする人であったから、人望が厚かったのだろうか。
同僚だった人、上司だった人、それから部下だった人が昼時になるとたくさんやってきては腹を満たし、夜になれば父も一緒になって酒を酌み交わしながら昔話に花を咲かせ、心を満たして帰って行った。

私はまだ幼かったので、父と親しげなおじさんやお兄さん達に、まるで親戚の子供のように可愛がられた。私より小さい弟は尚更だった。
それから、よく父の元同僚の子供も親に連れられて来ることがあった。
大抵年の近い子ばかりで、その子の親に「お友達になってね」と言われると、私と弟はやっぱり親戚のようにその子供達と仲睦まじく遊んだ。

時代は戦時中だと言うのに、戦のない夜は正月や盆のように盛り上がり、店はいつしか改築してひと回り大きな店構えとなった。
最初は忍の客だらけだった店も、昼時の利用客が評判を聞きつけてか、次第に一般の客も増え、常連さんも出来たりと朧月庵はますます繁盛した。
忍としては挫折をしたが、父はとても幸せそうに見えた。
私たち家族は、父とこの店にもたらされた沢山の縁に恵まれて、間違いなく幸せだった。

しかし、縁というものは巡り巡っていくものであって、長く続いていく縁はほんの一握りだった。

今は父と親交のあった忍はほとんどこの店には来ない。知らない若い忍か、一般客ばかりだ。
そして、父ももうこの世にはいない。十数年前の九尾襲来事件で帰らぬ人となってしまったのだ。

その日はたまたま店の常連達と外へ飲みに出ていて、足の悪い父は逃げ遅れて命を落としたらしかった。
その時私は中忍で、弟はアカデミーを卒業して下忍になったばかりだった。
私達は、これを機に忍の道を諦めることにした。家族の誇りだった父の死を目の当たりにして、命を戦場に曝け出すのが急に怖くなったのだ。

中忍になって何人もアカデミーの同期が亡くなった。それでも、戦争だから仕方ない、こういう時代だからしょうがないと泣きたいのを我慢して、歯を食いしばって続けてきたが、ここでその気持ちはプツリと切れてしまった。家族の死はなによりも私と弟の心に影を落とした。
そして、母も父を失った悲しみから、私達子供が忍をやめて一般人として生きる決意を受け入れてくれた。
私達は父のように、里のことを第一に考える余裕なんてもう無かった。
自分たちの命が、大切な人の命が惜しかった。


父の知り合いとの縁があって始めた店は、沢山の縁に恵まれ、その代わりに父はいなくなった。
普通であればこじつけだろうと鼻で笑われるだろう。それは偶然だと。
それでも、その時はこの店さえなければ、この店を始めていなければ、あの夜に外へ飲みにいくこともなく、家で私達と夕飯を食べて、目尻や口元に笑い皺を増やしながら今も幸せに生きていたのかもしれない──つい、そう考えてしまうのだ。

「本当に大丈夫なの?みやびちゃん嫌がってんじゃないの?」
「大丈夫だって、そもそもあいつが一緒にこの店やりたいって言ってんだから。そんなに心配すんなって」
「あんないい子にお嫁に来てもらったんだから、ちゃんと大切にしてあげないと」
「オレはみやびの意思を尊重してんの。それより姉ちゃんも店ばっかり、他人のことばっかりじゃなくて、自分のことも考えろよ。もう何年かしたら三十路だぞ」
「だから、彼氏とはこないだ別れたばっかりだって言ってんでしょ。すぐに次の男なんて見つける気になんてなれないの。傷ついてるの」
「もたもたしてると、どんどん次探すの大変になるぞ。さっさといい男探して母さんに白無垢姿見せてやれよ」

あぁうるさい──私は弟の正論に舌打ちをする。
弟のあきらは、店によく来ていた子のうちの一人の、みやびちゃんという、彼より二つ下の女の子と先日結婚をした。
みやびちゃんは昔から本当にいい子で、可愛らしくて私は大好きだった。三人でよく遊んだこともあった。
私のことを「カナねえちゃん」と慕って、おままごとをしたり、一緒に駄菓子を買いに行ったり、とにかく姉妹のようにくっついて回っていた。
今はお姉さん、だなんてかしこまって呼ばれてしまい、なんとなく寂しさすら感じてしまうくらいだ。

そんな新婚ホヤホヤの二人だったが、母親が先日軽い怪我をして入院した際に、家に戻って店を継ぐと言い出した。
あきらとみやびちゃんはそれまで一般人として会社で働きそれぞれ一人暮らしをしていたが、あきらがプロポーズをしたあたりから彼女は朧月庵を継ぎたいと言い出したのだという。
あきらと私との思い出の店だからずっと守っていきたい、自分の子供が生まれたら同じようにたくさん素敵な思い出を作らせてあげたいとのことだった。
それを聞いて母は大層喜んだ。
息子とかわいいお嫁さんがそばにいてくれて、なおかつ自分の面倒を見てくれながら店を継いでくれるなんて夢のような話だと思っただろう。

父が亡くなってから店を切り盛りしていたのは母と私だったが、流石に母も歳をとり、たまに体調を悪くして店に出られないこともあった。
基本的に私が店に出ればあまり問題はないのだけれど、母は店よりも私の婚期を気にして、最近は私にあまり店を手伝わせたがらなかった。特に、三ヶ月前に数年付き合っていた恋人と別れてからは、その傾向がより強くなっていた。

父が店を始め、たくさんの人との縁に恵まれ、その代償のように父が命を落とし、母が新しい縁を作り、飼っていた犬が老衰で天寿を全うし、弟は素敵な嫁と結婚し、私は恋人と別れ──
このように縁は巡り、まるでタイマーでも設定されているかのように一定の時間が経過すると、突然切れた電線のようにプツリと終わり、また新しい縁を運んでくる。

今度はどちらだろうか。流れで言えば、新しい縁が運ばれてくるはずである。
弟が言うように、誰かいい男が現れるといいなと思いながら、今日も弟と店の開店準備を進める。
みやびちゃんはほぼ毎日、入院している母の面倒を見に行ってくれているからまだ店には立つことはない。
嫁いですぐに義母の面倒を進んで見てくれるなんて、若いのに本当にできた嫁だと、少しだけ自分が惨めな気がした。
私には若さも、恋人も、義母になりそうな人も見当たらない。

時計の針が十一を示す頃、私は黄色い暖簾を店の入り口にかける。建物全体は濃紺のような、くすんだ紺のような色をしているため、この暖簾をかけるとまるで朧月夜のような面構えになった。

私は暖簾をかけるとき、小さな祈りを捧げる。
今日もたくさんの人に来てもらえますように。
父の遺したこの店が、私たちの生活を守ってくれますように。
そして、私の元に、新たな縁を運んでくれますように、と。


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