季節は春。
火の国では寒い冬が終わって満開の桜の花が咲き乱れ、世間は新生活をスタートさせたり、花見に浮かれたりと騒がしくなっていた。
ここ、木ノ葉の里でも新しく中忍や上忍となった者たちが真新しいベストやユニフォームに袖を通し、誇らしげに火影邸やアカデミーへ出入りしている。
オレもにも同じような時代があったが、あんなにキラキラはしていなかったなぁ、眩しいなぁと年寄りじみたことを考えながら眺めていた。
そんなとある麗かな春の日のこと。
オレがアカデミーの敷地内のベンチでのんびりと読書をしていると、ガイが思いつめた様子でオレの所へやってきた。
それが全ての始まりだった。
「なぁカカシよ、頼みごとがあるんだが……」
「なんだ?」
オレは本に視線を落としたまま返事をする。
ガイは少し間隔をあけて隣に座ると、一呼吸置いて話し始めた。
「オレの後輩がな、今回上忍に昇格したんだ」
「へぇ、それは良かったじゃない」
「くノ一なんだが、戦闘のセンスもある切れ者で、体術もなかなかなんだが、性質変化がうまく使えなくてな」
「んー、それは自分で頑張ってもらうしかないんじゃない?」
「そうなんだが……」
随分勿体ぶるなぁと本から視線をあげ、ガイを見やると、とてつもなく熱い視線でガイがオレを見ている。いつもとは少々違う雰囲気だ。
さすがのオレも何事かと思って本を閉じ、身構える。すると──
「カカシ!お前にそいつの修行についてもらいたい!」
「え……」
なんだ、そんなことかと俺は首を垂れると深く息を吐いた。
てっきりその後輩が反逆や罪でも犯したのかと思って構えていたため、拍子抜けしてしまう。
「そんなの、オレじゃなくてもガイが教えてあげればいいじゃない。しかも上忍でしょ?」
「オレもそうは思ったんだが、新しい下忍の受け持ちが決まってしまって、なかなか時間を割いてやれんのだ。それに、そいつはお前と同じ雷の性質を持つタイプでなぁ」
「えぇ〜?ちょっと待ってよ、」
「オレが永遠のライバルと認めたお前のところで修行に励めば、きっとあいつは里一番のくノ一になれるとオレは確信しているんだ!」
ガイは座りながらオレの方へ体を向け、両手に拳を握ってガッツポーズを取った。
「いや、でもそんな暇はオレには……」
「頼む!オレはあいつの素晴らしい才能の芽を摘みたくないのだ!オレの後輩を鍛えてやってもらえないか!一生のお願いだ!」
「うーん……」
いつにも増して暑苦しくお願いされるものだから、あまりの迫力に圧され、オレはついうっかり「少しだけなら……」と首を縦に振ってしまう。今思えば、これが間違いだった。
「カカシ、こいつが昨日話したオレの後輩だ!」
依頼を了承した翌日、街をふらついていると、さっそくガイはアポもなく後輩のくノ一を連れてきた。相変わらずギラギラとした目をしている。
想像はしていたが、ずいぶんと面倒なことになったなぁとオレは眉と口を歪める。
ガイが連れてきていたくノ一の第一印象は、一言で言うと「ちぐはぐな女」だった。
容姿自体はぽやんとした今時の普通にかわいらしい女の子だが、いかんせん表情がひどい。
眉間にはシワが寄り、口はへの字に曲げ、ふてくされたような顔をしている。
「……しののめカナです。よろしくお願いします」
「どーも、はたけカカシだ」
声までふてくされており、随分機嫌が悪そうだ。
自己紹介される否や、この態度で修行になるのか心配になる。
ガイと2人でカナから少し離れ、「なんかこの子怒ってない?」と耳打ちすると、今日はカナが気になる男の子とデートをしていたところに突撃して、無理やり引き剥がして連れてきたのだと言う。そりゃあこんな態度になるわけだ。若干彼女に同情してしまう。
昨日、ガイがこの子を切れ者だとか言っていたから、どんな気の強そうな女が来るかと思っていたが、これはとんでもない大物が来たぞと心の中で大きなため息をついた。
きっと笑ったり普通の顔をすれば、ふわっとした雰囲気の女の子なんだろうが、こんな顔をしていたら殺気すら感じる。
「カナ、急に連れてきたのは悪かったが、天才コピー忍者と称されるカカシに修行についてもらえるなんて、そう滅多にあるもんじゃないぞ!」
ガイはそんな彼女に臆せず、いつも通りだ。
キャラのぶれなさに、呆れるを通り越してもはや尊敬の域である。
「……すみません、カカシさん」
彼女は表情を少しだけ和らげると、深々とお辞儀をする。自身の態度が悪い自覚はあるようだった。
そこまで根は悪い子でもなさそうだ。
「ガイの後輩だっていうからもっと熱血根性タイプなのかと思ったけど、ちょっと路線が違うみたいだね」
「そんなことはないぞカカシ!カナには内に秘めたる熱き思いがある!」
「あぁ、そう……」
ガイが一人で盛り上がっている横をふと見ると、カナは表情一つ変えずにガイのことを見つめていた。
正直、こんな機嫌の時に連れてこないでくれよと思う。
「カナ、精一杯カカシにぶつかってくるんだぞ!それじゃオレは任務にでる。カカシ!頼んだぞ!」
「はいはい、いってらっしゃい」
引きとめてもカナの怒りを余計に煽るだけなので、ひらひらと手を振り、全速力でどこかへ走っていくガイをあっさり見送った。
ガイの姿が見えなくなった頃、念のため「修行、明日からでもいいけど大丈夫?」と声をかけると、彼女は生気のない目で「大丈夫です……」と遠くを見つめていた。
この反応からするに、きっと彼女の淡い恋心はガイの誘拐のせいで淡く散ってしまったのだろう。
「まぁ、なんだ……キミも大変だな、」
「いいんです、もう」
「全然良くなさそうだけど」とツッコミを入れたいのをぐっとこらえて、オレは愛想笑い程度に微笑む。
「じゃあとりあえず、第三演習場でお手並拝見させてもらおうかね」
オレがそう言うと、カナは静かに頷いた。
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