死姦+対物性愛

12.動機/豆谷×飾野
「あれから、身体はどう?」

 飾野は本に興味をなくしたように僕に聞いてきた。
心配性らしい。
死んだっていいくせに。

「いいよ。風邪も引いてないし」
 それはよかった、と彼はふわりと笑った。
なんだか見とれてしまう。
今ここで、ばたりと倒れたら、彼は抱いてくれるだろうか…… 熱や息があることは目をつむり死体みたいに大事にしてくれるのだろうか。

「僕……死にたい」

「死ね」

ふわりと笑った彼と唇が重なる。
「死ね。地獄に落ちて、どこまでも、死んでくれ……」

「んっ……」

ぎゅっと身体が密着する。
優しい声が何度も愛の言葉を囁く。
「早く、早く、死体になれ……」
「飾野っ……飾野」

 嬉しいことを言われてるはずなのに、どうしてか胸がざわつく。泣き出してしまいそうなくらいに、飾野を思うと苦しい。
「まだ、生きてる僕で、なかなか死ねなくて――それでも、飾野、僕、つらくならないように、がんばる、から」

彼の少し長めの髪が、頬に触れる。困ったような顔。

「由来手、いけない子だよね……」
「だよね、って」

由来手の手を握り込む。
ひんやりしていた。僕と同じ。
「あまり触ると僕、暖かく、なっちゃうよ?」

彼は少し苦笑いして指を離す。名残惜しかったかな、なんて思った。

 休み時間は、飾野のそばでお昼寝した。
空き教室は静かで良い雰囲気だった。積んである机からひとつ選び、椅子に座って眠る。
 けどいざ目を閉じたら心が冷えきっていくような、こわい夢を見そうになってしまって、ばっと顔を上げた。

「どうかした?」

飾野は、僕の寝顔が好きらしい。なんだか楽しそうに僕を見ながら窓際で背をもたれていた。
「いや、別に、夢見がよくないだけ……」

「そうなんだ」

飾野は、何を考えているのだろうか近付いてきて、くの字にすこし曲がった姿勢の僕の腹辺りをさわった。

「ふ、ふふ、くすぐったい」

「内蔵、内蔵って寝るときに少し、寝てる感じがするよねぇ?」

「寝られ、ないよっ」

くすぐられて笑っていて、ふと彼を見る。目が合った。

「あー……、癒される」

ぽつりとこぼされた言葉。
驚いてる反面、嬉しいなんて思う。

「昔、スタンドバイミーを、青春爽やか映画だって友達から渡されたんだけど、ちょうど今あんな気分でさ」

「どんな話?」

「死体を見に行く話」

わぁ、好きそう、と思った。
爽やかじゃないんだろうか。

「なんか、やりきれなくなるというかね……」

飾野は曖昧に濁して、なんだか悲しそうに微笑んだ。




 ふと、飾野の肩に何かついてるのを見つけた。食べた弁当とかだろうか。
いきなりだったが、そっと手を伸ばして触れようとした。

「ひっ!」

ガタン、と壁に大きくぶつかる音。飾野が後ろに後ずさった。
「はっ、あぁ、っ! はぁっ! はああっ、ああああっ、ああぁあ……ああ!」

酷く動揺して目を見開いている。きっと心臓はバクバクと唸り太鼓を叩いているだろう。
飾野はそのままずるずるとしゃがみこみ、泣き出しそうに怯えだす。

「と、閉じ込めないで……!
喋らないから、動かないから、意思を持たないから、誰にもなにも思わない……機械で居るから、他人に笑ったりしないから……嫉妬、しないで、なにもしないから、どこにもいかない、何もしない食べない、動かないから、なにも目に映さない、目隠しすれば、いい、んでしょ、口は、マスクして、耳はふさいで……もう人間になんかならないから」


「飾野」

飾野はなにかぶつぶつと言っていた。驚かせたらしい。
本当にそんなの実行したら、もう人ですらなくなるじゃないか。

「誰が、そんなクズみたいなこと、吹き込んだかしらないけど、僕は、飾野が何を見ても、食べても、何を耳にしても、平気だよ」

じっと、座ったまま動かないで待ってみる。

「びっくりさせて、ごめん……」

まさか、生きている人がこんなにまで駄目だなんて。あのとき抱きつけたのは彼の中ではいきなりじゃなかったとか、何か、たまたまなんだろう。
 飾野は過呼吸を起こしていたが、やがて、すぅっと目を閉じて眠った。

なんだか幸せそうに。
生きてるより、幸せそう。

「ごめんね……もうしないから」

 眠る間だけは彼に誰に笑うことも、好きに動くことも、好きなものを目に映したり聞きたいものを聴く時間も許す、唯一なのかもしれない。
意識を無くしたから平気かな、と背負うようにして保健室まで送り届けた。


 授業の終わりに保健室に鞄を持っていくと、先生はいなくて、クリーム色のカーテンが閉まるベッド脇に見覚えある靴が見えるだけだった。
そっとカーテンを開けると、すやすやと幼さの残る寝顔。
そっと手の甲を頬に滑らせて見ると、寝ぼけているみたいに頬擦りしてきた。
それは人への愛というよりはひんやりしたコンクリートに、頬をあてるような無防備さだ。

彼にとって安心できるものはきっと意思を持たない、動かない、あったとしても抵抗されない、物のような、死体みたいな相手なのだろう。

「飾野……」

寝顔を見ているだけでよかった。さわらなくてもいい。
彼の隣で僕は意思のない死体みたいに、ずっと眠ってる。
穏やかに揺らがずに、ただそこに在るだけを目指すのだ。
あれ?
いつもと変わらないな。




 ぱたぱた、と顔に白い粉。
少しくすぐったい。

「ちょっと口開いて?」

飾野が囁いてきて僕はうっすら口を開く。筆が唇の上を滑り、むずむずしたが、じっと耐えた。それから、濁った色の粉が、目元にうっすら塗られて……

「こんなもんかな」

鏡を見せられる。
ハロウィンのときに似合いそうな、死人みたいな顔色。今の僕。
良いこと思い付いた、って彼が放課後に部屋に来るよう僕を呼んだのだがメイクってはじめて。
「可愛い……」

顔色悪くなった僕を見て、彼はとても機嫌が良さそうににやにやしている。

「あぁ……いいな、死体」

彼はこのまえのことで、顔色の魅力に気づいたらしい、とかで、幽霊メイクがしてみたいと言って、今こうやって僕は受け入れていた。

「舐めたい」

「だめだよ、崩れるよ」

彼は、死体にだけは積極的だ。死体と言ってもいかにもむごいのではなくてただ自然死とかのが良いみたいだけど。



 何事もなかったかのように穏やかな放課後を迎えてしまった。彼は普通に、あれから眠り、起きて、ああおはようと喋ったくらいで……
じゃあ帰ろうかと、提案されて今この状況。


「飾野はなんで死体が好きなの?」
理由をまだ聞いてなかったなと思い、聞いてみる。昼に聞いたのは、単なる恐怖に過ぎなくて何故好きなのかという理由にはなってない。

「白い肌が好き、とか、目が動かなくて好き、とかが、ひとつずつ集まっていった感じかな……理屈じゃないんだよね」

確かに、恋は理屈じゃないだろう。

「あ、そうだ」

ふと彼は僕から目を逸らし、思い出したように横に置いた鞄から、可愛らしい封筒に入りのキュートな「飾野くんへ」の紙を出す。
飾野はそのままびりーっと破る。

「ふぅ、だめだね……人間として失敗なんだろうね、俺」

イライラしててすぐにスッとした、その縮図を見ながら、僕も苦笑いする。
青春って感じで、人間、って感じ。愛だのなんだの、きゃあきゃあうかれるような陽気さは彼には似合わない気がした。

「あー、スッキリした。ラブレターは破るに限る」

飾野の場合は好きなタイプだとか、誰と付き合うだとか、話せるような相手じゃないもんな。
「不毛だね」

「不毛だなんて関係ないんだろうね、単に、想いさえあれば報われなくたって、別に構わない。バカだなぁ! 本当に、本当に、バカばかりだ。みんな死ねばいいんだ」


「僕には、飾野が、相手を思いやってるように感じる」

今も、スッキリしたわりになんだかちょっとやりきれなさそうな顔だし……

「どこが」

ハハハハ、と彼は乾いたような笑いかたでよく笑った。

「今のはまだいい方だよ、前のはあまりに鬱陶しくて燃やした」


体育座りをしたまま、僕は彼の表情をちらりと見つめる。
いつもと変わらない冷めた目だ。
「死体を好きな人は、そういないものね」

と僕は言いながら自分の鞄から教科書を出す。今日の範囲を教えてあげようと思ったのだ。

「僕だって、例えば同性が好きなのに異性ばかり寄るなら飾野みたいになっただろう」



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