長い、長い、沈黙だった。
まぁいい。
「きっと酔っぱらってるんだと思う。また、今度来週とかにさ、話は聞くから」
そんな言葉を返して通話を終える。
人と人じゃない行為って、いったいどうして、人同士よりも素晴らしいのだろう?
恋人なんか作らずに、みんな、死体とか、レンガブロックとか、シーツを好きになればいいのだ。
そんなことを考えながら、帰路を進む。
マンションの壁をのぼりかけている下着泥棒だろうオトコが居たので、鼻で笑ってやった。ブラジャーは男性名詞だ。
知らないジョセイのものだろうが、それはオトコなんだよ。
あぁ、なんだか、全部、どうでも良い。
熱のせいで俺もだんだん気がおかしくなってきていた。
死体が見たい。
知らないやつのがいい。
豆谷さん……豆谷さん……
帰宅して、靴を脱ぎ散らかしながらも脳内では西尾が人間よりも死体が好きを自覚するにはというのを計算していた。
もう少しの辛抱だ。
来週もシーツを愛せるようにして……死体には、いつ移行するんだろう。
彼は、心のそこではわかっているはずだ。なぜ殺してはならないかなんて周りに口癖でよく聞いていたときがあったのだけど。
――それは、本当の意味では、倫理や理屈ではなくって、
彼が死体を愛しているから聞けることに他ならない。
そんな自分を認めたくなくって、周りの人に恋をしているフリなんてしてるから、みっともなくフラれたりする。
前回だってそうだった。
酒に溺れたって無駄だ。
彼が死体への恋を自覚しない限りは。
少しずつ、何か彼に確信していた。
殺したいくらいに好きな相手、ではなくて、あんたは単に、死体のことが大好きなんだよ。
早く、気づいて。西尾さん。
殺したいくらい好き
つまり死体が見たいってこと。
動かない身体が。
呼吸のない身体に。
酷く興奮を覚える。
たったそれだけの 『恋』
俺や誰かを傷つけるより、
自分は死んだ身体を愛せるような人間だって、自覚しなきゃ、立ち直れない。
認めたくないのはわかるけれど、慌てなくても、生きているか死んでるかだけの違いだ。
『恋』は理屈ではないというなら、正しい感情だから。
死体でも。恋ならば、殺意は恋なんだ。
――シーツ見たら、なんか少し顔が火照るっていうか。
家にはまだ誰もいなかった。なんとか部屋にたどりつくと制服を脱ぎパジャマに着替えながら彼が言ったことを思い出す。思わず顔がほころぶ。
「いい兆候だ」
効果が出やすいことは、じきに見えるはずの結末も近い。
ただし、油断は禁物。ふとしたきっかけで何が起きるかわかったものではないのだから。