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僕は、飾野をじっと見た。
「恋、ただの恋と名付けていいのか、僕も、迷っている」
甘いトマトケチャップの香りがピクルスとチーズと混ざるにおいに食欲をかきたてられて、包みの中のバーガーを、かじる。
世間の視線のようにひんやりした冷たい風が吹いている。
彼の存在は愛や恋の世間の歪みに対するironyのようだけれど、むしろそれこそが透き通った具現であって、唯一の実感の形。欠けたピースがちょうどよくそこにとどまるのを見ているような、幸福感。
一目あったときから、僕はその存在がたまらなく、求めてやまなくて、それは見た目だの性別だの性格だのということですらないようだった。
ただ世間の愛や恋が平等と語る相手の沈黙の様は痛快でもあった。恋愛を語るなんてことが、所詮は紛い物だ。綺麗事だ。
僕だって芳子さんは異常者だと思う。思うくらい、いいじゃないか。
所詮人同士でも薄っぺらい愛で飽き飽きしている僕だから、
家族すら家族にならない壊れた家だから。
「こんな話……きみにしか、
愛や恋に惑わされずに聞いてくれるきみにしか、
できなかったんだ」
飾野は少し驚いたように目を丸くした。それからハンバーガーを一口かじった。
沈黙。しばらくの静寂。冷たい風が吹いて、ヒュオヒュオと歌うような悲鳴をあげた。マフラーを巻き直す。
そのうちに彼が、口を開いた。
「そう。由来手は、俺と居て、嬉しい?」
意外、というふうなくちぶりだった。
「死体とか、そんな話しか、していないのに」
僕は言った。
自然と笑顔がこぼれた。
「今、僕は飾野と居られて、すごく、幸せだよ!」
2019.11/12.15:34