優しく唇に触れるとひんやりして固い弾力があった。
開いたままの目が少し濁っているのが美しい。
「こんにちは、豆谷さん」
全体重でよりかかってきた豆谷さんに、なんだか頼られているみたいで気分が高揚した。
通学路でたまに会うと、おはようを返してくれたっけ。
そんなことを思い出すと、涙と、妙な興奮が同時に来た。
眠っている彼女を抱き起こすようなそんな気持ちの興奮だった。
ぐらん、
頭が揺れて俺の肩に寄りかかる。
俺はそっと彼の前髪をかきわけて、まずは額にキスをした。
ドキドキする。
なんで、と思うくらい、心臓が暴れていて頬がとにかく熱くて……
そっと心臓に手を当てたら、俺と違って豆谷さんのは動いてなくて、少しずつ固く白くなり始めてるみたいだった。
もしずっと、この魅惑的な白い指や固い身体、冷たい皮膚と一緒に居られたら。
考えたら涙ぐんでしまった。
この恋が、かなわないのはわかってる。
皮膚を割き、内蔵をとりだして、防腐剤を注射……
そんな想像を頭のなかで何度もした。それでもきっと持って1週間。
ずっと一緒には、居られない。
俺だって考えたらわかることに手を出すほど愚かじゃない。
「朽ちていく豆谷さんを、眺めるしか、俺にはできないんだね」
悲しいのに、興奮だけはしていてどうにもならなくて、俺はためらわず唇を奪った。
さほど、においはきつくなくてまるで、生きているみたいだった。
あぁ、ある程度、死に始めてから見つければよかった。
そんな意味のない後悔をしてしまう。
唾液が混ざるから、舌は入れない。
体液は調べられたらわかってしまう。
なんで冷静にこんなことを考えてるんだと頭の片隅は思うし、もう片隅では、俺は人が好きなだけなんだなという安心感もあった。
ただの愛撫くらいにしかならない。
彼が感じることもない。けれど、死という圧倒的な概念がそれさえ気にならなくさせる。
狂ってない、俺は恋してる。
「なぁ、飾野ぉ」
声がして、ハッとすると、俺は教室にいた。
「もう放課後だけど僕たちが最後みたいで、先生鍵しめるってー」
目の前にいる同級生の彼、由来手 が唇を尖らせる。
「なにぼんやりしてんだ?」
由来手は真ん丸の目と、短めの髪をした可愛らしい顔をしている。
俺は声がかすれないようになるべく明るく返事した。
「あぁ……悪いな、好きな人のこと考えてた」
生きてるやつってのはひとつひとつの動作も言葉も、逐一気になる。
やけに変な焦燥とむなしさにかられる。
彼を見てもそうだ。
なんにもしゃべらなきゃいい。
脳内に浮かぶ俺と死体の楽園を邪魔したことには不快感があった。
殺したい。
殺したいくらい好きなら
死体を好きになっちゃえよ。
生きている相手だから
満たされないって、あんたも俺も知ってる。
殺したいくらいということは、死体が見たいってこと。
それは、つまり――
死体愛好者だ。
頭の中で声がこだまする。
「あ、あぁ、教室から出なきゃな……」