ざく、ざくと徹の足元が小気味良い音を立てるのは、地面を覆う霜柱のせいだろう。コンクリートで舗装された道路の脇の、あぜ道に茂る雑草や土の上にきらめくそれを、同じように目をきらきら輝かせて踏んで歩く徹。その隣で、夏野は半分呆れ顔でそれを眺めていた。

「滑っても知らねえかんな」
「だいじょーぶだって。それよりこれ、楽しいぞ。お前もやってみろって」
「おれはいい。だいたいあんた、それ初めてじゃないだろ。いい年して」
「いくつになっても楽しいもんは楽しいのだ」

そう言いながらも徹は、まるで新しい玩具を見つけた子どものように顔を綻ばせている。えらく図体のでかいガキだな。ぼそりと呟いたら聞こえていたらしく、「そりゃそうだ」肩を揺すって笑った。

「で、どこ行くんだよ」

『冬には部屋でこたつに籠もってぬくぬくとゲームをするに限る』と徹が主張していたのはつい昨日のことだった気がする。外場の冬は、確かに厳しい。こことは違って都会には至る所に暖房の効いた建物や施設があったから、余計にそう感じるのかもしれないが。とにかく、夏野もその徹の意見には賛同していた。ところが今日、夏野が武藤家を訪れて玄関に上がった途端『ちょっと出かけるぞ』と腕を引っ張るのだから、夏野は首を傾げるしかなかった。

「どこって…あ、もう着いた」

もう着いた、そう言って徹が立ち止まったのは、がらんとした殺風景な、村の公園の入り口だった。

「…公園?」
「おう」
「公園に何か、用があったのか?」
「んにゃ。公園デートだ」
「は?」
「おれたち、デートってしたことなかったろ」
「…。あんたなぁ」

聞き慣れない単語に、思わず眉を顰めた。きっと部屋にある雑誌の記事にでも感化されたのだろう。思い出してみると、そういえば確かに数日前例の如く雑誌を読んでいた時、デートスポット特集、だかなんとかデカデカと掲げられたページを見かけた気がする。興味もないので目も通さずすっ飛ばしたが。
だからって、この寒い中わざわざそう銘打って二人で出掛けることはないと思う。というかそれでこの公園なのか。いや、この村に他のデートスポットとやらを求めても仕方ないというのは百も承知だったが。だからって。よくもまあ恥ずかしいことをぬけぬけと。

(てか男二人で公園ってまじサムい、端から見てどうなんだとか考えないのかこの人は)

「…別に、いつも一緒にいるんだし、わざわざそういうこと、しなくてもいいだろ」

腕を組んで、溜め息混じりに非難がましく言ってやった、つもりだった。
だからその夏野の発言に肩を落とすどころか、寧ろやたら至福に満ちたようすで「うへへへ」と笑い出した徹の行動は、正直なところ、全くもって理解出来なかった。

「え、何笑ってんの」

徹を見る視線が周囲の冷気よりもはるかに冷えきっていることも、頭の中がお花畑なこの人間にしてみれば、どうやら些細な問題にもなっていないようだ。

「んやー。別に」
「別に、でそんなきもちわりい笑い方するかよ。何なんだよ徹ちゃん、言えって」
「んや、その。夏野が、いつも一緒って言ったから」
「は?」
「いつも一緒…何かよくね?実によい響きだ、うむ。夏野の口からそう出るとはなぁ〜」

(しまった)

かあっ、と頬に熱が集まる。今のは別にそういう意味じゃないし、だとか、調子に乗るな、とか、そんな言葉が浮かんだのに、結局喉を通り抜けず消化不良になってしまった。揚げ足取られるとか、最悪だ。

「…あんた、まじ、ムカつく」
「おう。なんとでも言え」

えっへんと胸を張る徹を前にしていると、再び牙を剥く気も失せた。こんなやつにいちいち必死になるとか、なんか、馬鹿らしい。大きな溜め息がまたひとつ、空気を白く染め上げてゆく。それを眺めつつ、静かに佇んでいたブランコに座った。徹もその横に座って並ぶ。

「あー、さみぃ」
「誘い出した本人が言ってどうすんだよ」
「さみぃのはさみぃ。…てか、やっぱ遠くね?何この距離」
「遠くない。ブランコとブランコの間の距離が近くてどうすんだ。事故るっての」
「…じゃ、おれが動くからいいですよー」

視界の端で隣の徹が立ち上がるのを捉える。ふわり、と背中がその温度に包まれたのは、そのすぐあとだった。ふわり、のあとは、ぎゅう、と。
徹の体温は、ぽかぽかとまるで、春の陽気のようだ。

「こっちのがあったけぇだろ」

だったら外出なきゃ良かっただろ、とか、誰か通りかかった奴に見られたらどうすんだ、とか、こういうのやめろって言ってるだろ、その他諸々。
放っておいても非難の言葉は止めどなく次から次へと思い付くのに、どれも口をついて出ていかなかったのは。都会の無機質な暖かさとはけっして違う、気恥ずかしいぬくもりを分け与えられたことへの、照れ隠しだったのかもしれない。
とりあえず夏野は、首元に埋まる柔らかい栗毛の頭をぽかりと小突いておいた。


春のような男/101204





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