夜が明ける。
本能のままに悟った。嫌だなあ、と思う。頭の中で警報が鳴るのは、体のシステムがそう書き換えられてしまっているからだ。その上質の悪いことに、このシステムはじわじわとこの体に馴染み始めている。『日光は危険だ。』『逃げろ、そこから逃げろ』と全身の血液がけたましく主張を始める。
嫌だなあ、と思う。おれは空を見上げている。正しくは、深く深く吸い込まれそうな紺の闇を背景に、背の高い木に素っ気なく腰掛けている夏野を。夏野はおれを見下ろしていた。この体になってからというもの、夜でも十分に効くようになったこの目に、夏野の黒いスニーカーの先が映る。所存なくぷらぷらと小さく揺れているそれは、きっと夏野の意識の外の欲望を持て余しているのだろう。今すぐにでもここから降りて、走って、走って、国道に乗りたい。そして南へ、南へと全速力で駆けていきたい。そんな欲望だ。けれど、俺とは違って朝なんかこれっぽっちも恐れてなどいない夏野が、それをしない理由。

(夏野は強いなあ…)

ああいやだ。俺と夏野は違う。夏野といるときはそれを、まざまざと見せ付けられるから嫌だった。爪の先まで力の籠もった指をぴんと伸ばしたその手のひらで、目の前に掲げられるのだ。夏野と俺は、ちがう生き物だということを。

「徹ちゃん」
「ん?」
「もう、行っていいよ」

おろおろと立ち尽くしていた俺に、やっとお許しが出る。その言葉が降ってきた途端、肩の力が抜けて全身から汗が噴き出した気がした。安堵だった。

「じゃあ、また。例の件、ちゃんと調べて帰って来て」
「…わかった」

帰ってきて、なんて言わないでほしい。俺が帰るのは今から、底無しのどろどろの闇の中になのであって、ここ、夏野のいる場所じゃないのに。
空が白む気配がする。ほら、俺の体は即座に回れ右してここを去りたい、そう言っているのに、夏野は表情ひとつ変えやしない。俺が慌てふためき、本能的な恐怖に駆られるみっともない姿を、極寒の瞳で見下ろしているだけだった。
夏野、俺も夏野と同じ人狼になれたらどんなによかったか。そうしたら、お前と一緒に今すぐに、あの国道を。


「夏野、さようなら」

考えても無駄だ。
俺は背を向けた。こうして別れを告げるのが、今日限りだったらどんなに良かったろうか。あの八つ目の切り花を捧げた日で終わらせるつもりだったのに。いっそ夏野は、起き上がらなければ良かったのに。
今は考えても無駄だ。太陽が山と山の隙間から顔を出そうとしていた。俺はそこから、一目散に逃げていった。

「またな、徹ちゃん」

ああ嫌だ。俺の背中に、夏野からの釘がぶすりと差さる。夏野はまだ、俺を解放してはくれないようだった。






101014
「よし」が出るまで動けない徹犬







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