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私が通っている学校は実家からだと電車を使っても一時間程度かかる場所にある。今現在のひとり暮らしの家からだと歩いても二十分程度だ。街灯も多く、特に危険だと感じたことはないが大輝はうるさい。

「だから!バイトのあとはどうすんだよ」
「どうもしないよ、普通に歩いて帰る」
「は?学校のあとバイトなんかしたら帰るの夜中だろうが」
「でも学費と生活費全部親まかせにできないでしょ。さつきだって進学するんだし」
「そりゃわかるけどよ…なんかあったら」
「何もないよ、街灯もあるし」
「お前女なんだぞ」
「知ってるよそんなこと」

今住んでいる家の場所が悪かった。

ここは私たちが住んでいた地域からだと一時間近くかかるが、大輝が通う帝光中学校からはほど近い。だから部活が終わって帰るのが面倒くさい時はこうやって私の家にやってくる。

そして今日は大輝がやってきた時に私がまだ帰宅していなかったのである。諦めて自分の家に帰っていればいいものを、あろうことか私が帰るまで玄関先で待っていたのだ。

「だいたいバイト始めたとか聞いてねぇ」
「言っ…てなかったけど…別に言う必要もないじゃん」
「は?なんでたよ、普通心配すんだろ」

この子はたまに、こんな風に変に素直なところがあるから困る。

「言ってなかったのは謝るけど、バイトはやめられないから」
「時間もなんとかなんねぇの、もっと早い時間に」
「無理だよ、学校終わってからだもん」
「じゃあせめてもっと近い場所とか」
「始めたばっかりで辞めるとか無理」
「あのな、無理無理じゃなくて、」
「部活ばっかりやってる大輝とは違うんだってば。私にだってやらなきゃいけないことがあるの」
「なんだよそれ、もういい」

やってしまったと思った時にはもう遅く、大輝はご飯に手もつけないまま家を出てしまった。私を心配して帰るまで待っていてくれたのに、悪いことをした。

「あ、もしもし…おばさん?さっきまで大輝いたんだけど、ちょっと喧嘩しちゃって…今帰ってると思う。夜遅くに帰してしまってごめんなさい」
「ナマエちゃん、いいのよ男の子なんだから。それよりいつも迷惑かけてごめんなさいね。またお米送るから」
「ううん、こちらこそいつもありがとう。この間大輝に持たせてくれてた煮物も美味しかった。うん、またね」

大輝の母親に電話をかけ、今大輝がそっちに帰っていることを伝えた。結構遅くなってしまったけど大丈夫だろうか、と考えたあと「大輝もこんな気持ちだったのか」と反省した。いくら年上とはいえ女の一人歩きを心配するのは当たり前なのかもしれない。今私が、男の子とはいえ、中学生の一人歩きを心配しているように。

バイトが終わるまでの間に大量に受信していたメールを見返すと、どれも私を心配する内容だったのだ。今謝ればきっと大輝は許してくれる。わかっているのに、それでも素直に言い出せないのは年上としてのプライドなのか。

ーーーその日から大輝は私の家に顔を出さなくなった。

「はぁ…」
「ナマエちゃんどうかした?」
「あ、いえ…なんでも」

始めたばかりのカフェのバイト。遅くまで開いているのでそれなりに時給も高く、ひとり暮らしの私にはありがたい条件だったのでここにした。それだけなのに…大輝を怒らせてしまった。

「はぁ…」
「やっぱ悩みあるんでしょ」
「あ、ごめんなさい、何でもないです」
「つらくなる前に言いなよ」
「はい…そうします」

心配、というか野次馬根性な気がするな、この先輩は……と、こっそり気付かれないように苦笑いを零す。

「それはそうと、あそこの角の席見て」
「?」
「見たことない?モデルの子」
「あ、黄瀬くん」
「そうそう、この近くの中学に行ってるんだって」
「へー…そっか」
「可愛いよね」
「そうですね」

打ち合わせか何かだろうか、大人の人とたくさんの紙を広げて真剣な表情で会話している。この間試合会場で会った時とは大違いで、そのギャップに驚いた。

しばらく眺めていると、打ち合わせが一段落したのか注文の声が届いた。先ほどの先輩が嬉々として注文を受けに行っていた。

「やばいね、ホンモノ超可愛い」
「良かったですね」
「あんまり興味ない?」
「無くはないですけど…」

黄瀬くんにバレれば自然と大輝にも伝わるだろうから、出来ればここで働いていることを知られたくない。そう思っていたのに、何故か注文の品を運ぶ係になってしまい、アッサリとバレてしまった。

「ナマエさんッスよね?」
「あ、うん。この間はどうも」

同席していた人に知り合い?と聞かれた黄瀬くんは「バスケ部のマネージャーのお姉ちゃんッス」と答えていた。目があった為一応会釈だけしておいた。

「バイト何時上がりですか?」
「今日は二十一時」
「もうすぐッスね、待ってて良いですか?」
「え?でも…」
「打ち合わせはもう終わったんで」

注文されていたコーヒーとレモネードを運び終え持ち場に戻ると、黄瀬くんとの会話を聞かれていたのか先輩が根掘り葉掘り聞いてくるので「妹の同級生だったみたいです」とだけ答えておいた。

二十一時になり、バイトが終わるまで待つと言っていた黄瀬くんを探した。彼はカフェの入り口の外で待っていてくれた。

「黄瀬くん、ごめんね」
「勝手に待ってただけッスから。家はどっちッスか?」
「あ、こっち」
「なら俺と同じ方向ッス」

さりげなく車道側を歩いてくれる彼はこういうことに慣れているようにも見える。

「ナマエさん、この間は足のマッサージありがとうございました。あれから調子いいんスよ」
「本当?良かった」
「そういうの勉強してるッスか?」
「うん。大輝の力になりたくて」
「青峰っちの…へえ、羨ましい」
「最近、大輝どう?」
「んー…荒れてます、かね。1on1の相手もしてくれなくなったし、練習サボりがちだし」
「そっか」

色々あってつらいところに私がトドメを刺してしまったのかもしれない。私は大輝にとって、弱音を吐ける数少ない場所であったはずなのに。

「大輝にはあそこでバイトしてること言わないでね」
「え?知ったら毎日通いそうなのに」
「だから困るの。しっかりバスケやって、しっかり休んでもらわなきゃいけないから」
「ナマエさんに想われて青峰っちは幸せッスね」
「そう、なのかな」
「絶対そうッスよ。俺だったら嬉しいし。あ、そうだ!ナマエさん俺のこと名前で呼んでください」
「名前で?涼太くん、とか?」
「もっと砕けたかんじで」
「涼ちゃん?」
「それ!イイッスね。仲良くなれた気がするッス!あと連絡先教えてください」
「いいよ、はい」
「俺近くに住んでるから何か困ったことあったら言ってくださいッス」
「ありがとう。頼りにしてる」

私の家が見えて来たところで、この路地を違う方向に曲がらなくてはいけない黄瀬くんと別れた。別れた直後に「あと少しですけど気をつけて帰ってくださいね!」とメールが届いた。優しい子だ、この子も大輝も。

家に着いたら大輝にきちんと謝ろう、そう決意し、家までの残り数十メートルを歩いた。


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