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- ナノ -

私がひとり暮らしを始めて数ヶ月。
実家を出たにも関わらず、あいも変わらず大輝は私の隣に当たり前のように腰掛けている。

「ねえ、大輝くん」
「んだよ」
「何故ここに帰ってくるの」
「居心地いいんだよ」

大輝のお母さんもナマエちゃんのとこだったらと特に気に留めていないようだが、一応年頃の女の子の部屋だということをわかってもらいたい。…なんて言いながら、正直にいうと実家を出てからのひとり暮らしは寂しくて、大輝の存在には救われている。まるで同棲中のカップルの様に、ここには大輝の着替えも歯ブラシも置いてあるのだからおかしな話だ。

食べ盛りの大輝の前に大盛りのカレーとサラダを並べると、すぐさまガツガツと口に放り込む。その姿は年相応の少年だ。

「最近な、面白いやつが入ってきたんだよ」
「黄瀬くんって子?」
「なんだ、もう聞いてんのか」
「大輝が楽しそうってさつきが言ってた」
「始めたばっかなのに、俺に1on1挑んでくるんだよ。無謀だろ?」
「なんて言いながら嬉しいんでしょ」
「鬱陶しいの間違いだ」

テレビを見ていると大輝は大盛りのカレーをあっという間に平らげたらしく、空になった皿がグイッと目の前に差し出され「おかわり」とひとこと。食べ盛りの男子の食欲というものは底なしなのか。再び大盛りのカレーを口に運び始めた大輝は、よほど黄瀬くんのことを気に入っているのかとても嬉しそうだ。

「お風呂入っていく?」
「一緒に入るか?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」

私と大輝はこの時はまだただの幼馴染だった。

数週間後の週末、さつきに誘われ大輝たちの試合を観に来ていた。噂の黄瀬くんというのはあの子だろう。綺麗な黄色の髪に整った顔、たまに雑誌で見かける黄瀬涼太がそこにいた。

「桃っち、あそこにいる超美人だれッスか?」
「うちのお姉ちゃん」
「ナマエ来てたのか」
「お姉ちゃんが来たら青峰くんやる気出るでしょ」
「え、青峰っちの彼女ッスか!?」
「ちげーよ」

スタンドで応援していると、下の方から溌剌とした笑顔を向けてくる少年がひとり。無邪気に手を振ってくる彼は大輝と同じでただ純粋にバスケが好きな男の子の様だった。

「うわ!桃っちのお姉ちゃん手振ってくれたッス!可愛いッスね」
「ナマエに近寄るなよ」
「え〜何でッスか〜」

試合は危なげなく勝利で終わった。
試合が終わってすぐコートから出て来た選手たちを出迎えると、先ほどの笑顔の少年、黄瀬くんが駆け寄って来た。

「桃っちのお姉ちゃん、初めまして」
「初めまして、ナマエです」
「ナマエさんッスね!俺黄瀬涼太です」
「知ってるよ、有名だもん」
「照れるッスね」
「おいナマエ、あんまり近寄るな。孕むぞ」
「もう!青峰っちヒドイ!」
「はいはい、ちょっと黄瀬くんそこ座って」
「え?」
「いいから、ほら」

試合中、相手選手との接触したように見える場面があった。本人は大して気にしていないようだが、少しだけ足首の様子が気になる。

「ちょっとマッサージしてあげるから、バッシュ脱いで」
「え、でも汗かいてるッスよ」
「気にしないの、ほら」

大輝のサポートをすると決めた日、私はすぐにスポーツ選手の体のケアをする仕事を探した。仕事をするためには資格を取る必要があるので、今はその学校に通っている。いつも大輝の身体で勉強したことを試しているのでマッサージには自信があった。

「どう?少し楽になった?」
「すげ…全然違う」
「良かった」
「ありがとうッス!ナマエさん!」

足元にしゃがんだまま、椅子に腰掛けた黄瀬くんの様子を伺うと、ガバッと抱きつかれ体制を崩して尻餅をついた。

「ちょっとくすぐったい」
「ありがとうッス〜!感動したッス!」

大型犬のようだな、と思ったところで黄瀬くんの重みが遠ざかった。黄瀬くんの後ろには鬼の様に恐ろしい顔をした大輝。

「ナマエ、マジで孕むぞ」
「やだな、大輝ったら」
「そうッスよ青峰っち、子供っていうのは…」
「知ってるよそれくらい!」

大輝は単純にヤキモチを焼いているのだと思う。いつもは大輝のマッサージしかしていないのに、今日は黄瀬くんに先にマッサージをしたから。

「ごめんごめん、ほら大輝も座って」
「ん」

腕を組んで無言で伸ばされた足に触れる。触れるたびに筋肉がついていくのがわかる。成長期の男の子はすごいな…。

「黄瀬くん、先に行ってていいよ。さつきに大輝のマッサージしてるって伝えておいて」
「了解ッス!またお願いします!」
「うん、またね」

去っていく後ろ姿を眺めていると「おい」と不機嫌な声色で大輝が言う。

「俺のマッサージは」
「今からやるよ」
「黄瀬にいい顔してんじゃねーよ」
「今をときめく黄瀬涼太くんだよ?会ってみたいじゃない」
「は?お前あんなのがタイプなわけ?」
「さあね」

あんなチャラ男のどこが良いんだよと益々不機嫌になった大輝。少しだけからかうつもりだったが、やり過ぎてしまったようだ。

「はい!終わり」
「サンキュー」
「楽になった?」
「ああ。とりあえずは。また帰ったらやってくれ」
「え?またうちにくるの?」
「ダメなのかよ」
「良いけど、試合の結果くらい自分でおばさんたちに伝えなよ」
「どうせさつきが言いふらしてくるだろ」
「それもそうか」

一度、ミーティングのために学校で集合するからと大輝を呼びに来たさつき。二人に手を振って私も会場をあとにした。


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