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- ナノ -

七月に入り、梅雨の雨と夏の日差しが交互に感じられるようになった今日この頃。

「…なんか浮かない顔してる」
「あ、ごめん…ボーッとしてた」
「なんかあった?」
「なんか…って程じゃないんだけど」

今日は部活終わりに涼ちゃんと二人でカフェに来ている。試験が忙しくて涼ちゃんの誕生日を忘れていたことに対してものすごく拗ねられてしまったため、なんとか機嫌を取ろうとしたところ「じゃあデートしてくださいッス」と言われたからだ。

ボーッと考え込んでいた時間が長かったのか、手元のアイスコーヒーは氷が溶けて味が薄くなり始めていた。

六月下旬の金曜日、東京都予選決勝リーグで大輝がいる桐皇とテツくんがいる誠凛が試合をするというので急いで観に行った。大輝のバスケを見るのは久々だったけれど、相変わらず圧倒的な強さだった。誰が見ても大輝のプレーは高校生とは思えないほどハイレベル。しかしプレーをしている本人は全く楽しそうにしていなかった。あんなにつまらなさそうにバスケットボールに触れる大輝は…正直あまり見たくなかったというのが本音。

「青峰っちとなんかあった?ケンカとかッスか?」
「ううん、喧嘩なんてしないよ」
「でも様子変ッスよ」
「涼ちゃんは…大輝のバスケをどう思う?」
「青峰っちのバスケ…」

今も昔も俺の憧れッスよ、と言った彼はさつき同様に寂しそうな顔をしていた。

「私がこの仕事目指そうと思ったきっかけって大輝がくれたの」
「理由聞いてもいいッスか?」
「高三の時進路に迷ってたことがあってね。でも迷ってること誰にも言えなくて不安で仕方なかった時に大輝だけがそれに気付いてくれて、俺がプロになって迎えに行くからってそれまで待ってればって言われて」
「それってプロポーズ!?」
「そんな重たいものじゃないよ。でもその時に、大輝がそれだけ真剣にバスケに向き合ってるなら、私はそれをそばでサポートしてあげたいって思ったの」
「それで資格目指してるんスね」
「うん。でもこの間久しぶりに大輝が試合してるとこ見たら、全然楽しそうじゃなくて」
「それは…」
「そうなった理由はわかってるんだよ?ちゃんと知ってるの。それでもなんか寂しくて」
「はぁ…ナマエさんにそんな顔させるなんて、青峰っちは罪な男ッスよ、全く…」

もうすぐインハイ本番だ。開催地は大阪。私は海常バスケ部の一員として連れて行ってもらえることになった。幸いにも学校は休みだし、カフェのバイトも事情を説明すると休ませてもらえることになったから、海常のサポートに専念できる。

「涼ちゃん、インハイ楽しみ?」
「もちろんッス!ナマエさんにバッチリかっこいいところ見せなきゃいけないッスもん」
「いつもかっこいいよ」
「マジ!?嬉しい〜。ナマエさんとまた泊まりがけで出かけられるなんて夢みたいッスね」
「旅行じゃないんだから」
「でも青峰っちにキレられそう」
「インハイについていくって言ったら怒ってた」
「やっぱりッスか。この間死ねって一言だけのメールきたんスよ、マジ怖い」

いつも俺の扱いひどいんスよと口を尖らせる涼ちゃんの可愛さといったら…。こんなにカッコよくて可愛い涼ちゃんと二人でいるもんだから、店内のみならず、ガラスの外からでさえ女の子の視線が突き刺さっていたたまれない。

「そろそろ出ようか」
「あ、そういえば…インハイ前の合宿はこれないんスよね」
「うん、ごめんね。今年就活だから…実習とかあるみたいで」
「そっちが本業なんだから気にしないで。また暫く会えないのは寂しいッスけど」
「ちゃんと技を身につけてから海常に戻るよ」
「楽しみにしてるッス!」

この笑顔がいつまでも輝くように、この子の行く末もしっかり見守ってあげたい。



電車に揺られ、雲行きが怪しくなってきた空を見上げる。家に帰り着くまで降らなければいいが…それまでもつだろうか。

降りなければならない駅の二つ前まで来たところで窓に雫が貼り付いた。高速で移動する電車の窓につくそれは水玉模様の可愛らしい雫なんかではなくて、昂った感情に操られるがまま叩きつけたような線を作っていた。

駅で傘を買うべきか…。
自宅の玄関には既に二本の傘がある。元々持っていたものと、出先で雨に降られたときに仕方なく買ったものだ。ひとり暮らしの家に三本も傘が必要だろうかと聞かれれば答えは否。走って帰れば…なんとか最小限の被害で済まないだろうか。なんて、不毛な考えを重ねているとポケットの中の携帯が震えた。

『傘持って行ってないだろ。駅に着いたら連絡しろ』

と、なんの飾り気もないシンプルな文面。差出人は大輝だ。

「もしもし、大輝」
「今日遅かったんだな。昼過ぎには帰ってくるかと思って待ってたんだけどよ、中々帰ってこねぇし雨降るし」

涼ちゃんと一緒にいたことを正直に言えば機嫌が悪くなるのは目に見えていたため、あえてそれは言わなかった。

「ごめんね、ちょっと長引いた。今駅に着いたんだけど迎えに来てくれるの?」
「この狭い玄関に傘が三本も四本もあったら邪魔だろ。今から行くから適当にどっか入ってろ」
「うん、ありがとう。本屋さんにいるね」

こんなに優しい彼氏を持って私は日本一幸せな女なのではないかとにやける口元を隠し、駅の中にある本屋に向かった。

スポーツ情報誌のコーナーを目指し、インハイ特集が組まれたものを手に取ると注目選手の特集ページがあった。その中には大輝の名前も挙がっていた。

"DF不可能の点取り屋(アンストッパブルスコアラー)"

大層な二つ名と、基本情報が書かれている。
高校名、生年月日、血液型、身長体重、得意なプレーの他に好きな食べ物など。これを見て大輝に好意を寄せる女の子がどれほどいるのだろうか。考えるだけ無駄なことはわかっているが女なんて所詮そんな生き物だ。存在しているのかもわからない人を敵視して嫉妬して怒って落ち込んで、なんてマヌケな生き物だろうか。

(この写真すごくかっこいいなぁ)

この人私の彼氏なんですよと全国の人に言ってまわりたい、なんて言ったら大輝に笑われるだろうか。

「なに見てんだ」
「わ!脅かさないでよ」
「ん?俺載ってんじゃん」
「この写真すごくかっこいいなと思って。買っちゃおうか」
「やめとけやめとけ、お前は生身の俺を独り占めできる唯一の女だぜ?そんな紙の中の俺で満足してんじゃねぇよ」

ほら帰るぞ、と私の頭をポンポンと二度軽く叩いた大輝の左手にあるのは表面が濡れた傘が一本。

「傘一本なの?」
「相合傘上等だろ」
「そうだね」

ここまで女性ものの淡い色合いの傘を差して迎えにきてくれた大輝を想像すると、先ほど見た雑誌のカッコいい写真とはあまりにかけ離れている。そんなギャップすら愛おしいしそれを知っているのは私だけだと思うと嬉しくてたまらなかった。楽しそうにバスケをしていなくても大輝は大輝だ。

傘を持ってくれている大輝のたくましい左腕に抱きつくように腕を絡め、濡れないように二人身を寄せ合って私の家を目指し歩いた。この間まで嫌いだったはずなのに、たまには雨の日も悪くないと思う私は単純過ぎるだろうか。


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