×
nanoへのご支援
- ナノ -

「ただいま」
「お邪魔します」

実家に着いたのは夜の八時過ぎ。さつきはバスケ部の仕事が残っているらしく、リビングにはいなかった。お父さんも残業があるらしく、ここにはいない。

「良かったわね、犯人捕まって。大ちゃんもありがとね」
「いや、俺は特に何もしてないんすけど」
「ナマエってしっかりしてそうに見えてさつきより寂しがりだから、大ちゃんがいてくれてすごく助かったと思うの」
「ちょっとお母さんやめてよ」
「本当のことでしょ。たくさん迷惑かけたんだからきちんとお礼しなきゃいけないもの」

マイペースに自分の言いたいことだけ言って、ご飯食べるでしょ?とお母さんは席を立って準備をし始めた。

ダイニングテーブルに取り残された私たちは顔を見合わせて少しだけ笑った。テーブルの下でこっそり繋がれた手は温かい。

「大ちゃん、ご飯このくらいで足りる?」
「大丈夫っす」
「お母さんもうちょっとよそって。大輝も気遣わなくていいから」
「あら、ごめんね。うち女の子しかいないから食べ盛りの男の子がどれくらい食べるのかわからなくて」
「私がやるよ、大輝の分」
「あらあら、流石ね〜」

お母さんが何を指して言っているのかはわからないけれど、大輝の食事の量については私の方が理解しているつもりだ。

「うめぇ。おばちゃん、相変わらず美味い」
「ナマエの料理とどっちが美味しい?」
「そりゃ…ナマエかな」
「あら本当?負けちゃった」
「ナマエは俺好みに味付けしてくれるからな」
「甲斐甲斐しいのね」

当たり前のように繰り広げられる会話に思わず顔が赤くなる。

食事と後片付けを終え、あらためて三人でテーブルを囲む。大輝が口を開いたのは食後のお茶を飲み干したあとだった。

「本当は親父さんいるときの方が良かったけど…おばちゃん、あの…俺、ナマエと付き合ってる」
「まぁ、本当」
「今まで幼馴染だからって警戒心なくナマエの家に上げてもらってたと思うけど、俺は本気でナマエのこと好きだし、ちゃんと言っておきたくて」
「ありがとう、大ちゃん」
「ナマエが俺のために将来の道選んでくれたことも絶対後悔させたくないって思ってる」
「大ちゃん、ナマエが大ちゃんのこと好きになる前からずっとナマエのこと好きでいてくれたの知ってるわよ。だてに母親してないから。ナマエのことよろしくね」
「はい」
「ちゃんと部活しなきゃダメよ」
「う、…努力するっす」
「ナマエも、しっかり勉強しなさいね。国家試験一発合格しないとダメ。浪人はなし」
「うん。わかってる」
「お互い遊び呆けちゃだめよ。お互いのために努力して、そして幸せにならなきゃ」
「はい」

お母さんに全てを話し終わったところで大輝は帰っていった。

「大ちゃん男らしいわね」
「そうだね」
「いつの間にあんなに大きくなってたんだか」
「本当…そうだよね」

自然が大好きで山にこもったりザリガニを釣ったり、さつきにカエルを使ってイタズラをしたり。絵に描いたような少年時代を送った彼がこんなに大人の振る舞いをするようになるなんて。愛されているんだろう…そう思うと自然と口角が上がった。

「お母さん、そういえば私が大輝を好きになる前からって言ってたよね」
「え?ああ、そうね」
「それっていつ?」
「いつって言われても…小さい頃からずっとじゃない?」
「そうなんだ」
「あんたも罪な女ね」
「悪いことしちゃったね」
「あんたが大ちゃんいる前で彼氏の話するたびにお母さんヒヤヒヤしてたんだから」
「はは、そうなんだ」
「ところでさつきには言ったの?」
「ううん、まだだけど…落ち着いたら言うよ」
「そうしてあげて。あの子はいつまでたってもお姉ちゃんっ子だから。お父さんにはこっそり言っておく」

父親に自分の恋愛話をすることほど気恥ずかしいことはないからどうしようかと思っていると、母親からのナイスパス。さすが母親だ。

「明日からひとりで大丈夫なの?」
「うん。大輝に無理させられないし」
「そうね。大ちゃんママとも話さないとね」

私からもお礼を言って色々話したいけれど、事の顛末については大輝が話してくれているだろう。

翌朝、朝練に向かったさつきとは顔を合わせないまま実家を出た。今日は帰っても大輝に会えないことを考えると寂しくなったけど、お母さんに言われた通りお互いのために頑張らなくてはいけない。

私は自分のためにも大輝のサポートを全力ですると決めてこの道を選んだのだ。妥協なんてものは許されない。

ひとり決意を新たに駅までの道をたどる。
すると、角を曲がったところで見慣れた後ろ姿。

「大輝…?」
「よぉ」

ジャージではなく制服を着た彼は朝練に参加する気など毛頭ないようだった。

「早速部活サボってる」
「いや、なんつーか」
「ん?」

人気のない路地でお互いの両手を握りしめて、真正面から見上げる。

「さすがに昨日の今日で泊まりにはいけねぇから顔だけ見とこうと思って」
「…嬉しい」
「しばらく我慢、だよな」
「うん。毎日会えなくても今までみたいに気ままなペースで会おう」
「ああ」
「電車来ちゃうから、もう行かなきゃ」
「そうだな」

手を離さなきゃいけないのに名残惜しくて、頑張ろうと決めた矢先、もう頑張りたくなくて、離れたくなくて。

意を決して手を離して「じゃあね、」と告げたところで手を引かれ大輝の腕の中へ。

「行ってきますのキス…まだだった」

チュ、と軽く触れた唇は相変わらずカサついていた。


←前項戻る次項→