心地よい温かさに包まれ、なんだか幸せな夢を見ながらこれ以上ないほどに最高の眠りに就いていた私は、けたたましく鳴る、まるで警報音のようなアラームで目を覚ました。私の携帯からではなく私を抱きしめたまま眠る大輝の携帯からだった。突然の音に体がビクッと震えたが、その程度の衝撃ではこの男は目覚めないようだった。
(この音量でも目覚めないの…?)
慌てて大輝の携帯の画面をスワイプし、音を止める。画面に表示された時間を見るといつもの起床時間よりも少し早かった。…私の家から桐皇までは、大輝が自分の家から通うよりも少し距離が伸びてしまう。その伸びた分の距離をカバーする為に少し早起きしようとしてくれたのだろうか。そういえばおばさんが「泊まりに行くのは良いけど遅刻は許さない」と言っていたと大輝から聞いたような気もする。彼なりの小さな努力と小さな優しさに気付いてしまうと、身長190センチ以上の男子高校生の彼がどうしようもなく愛らしくみえてしまい、思わず笑みがこぼれた。
「ん…なに笑ってんだ」
「おはよう、何でもないよ」
「んだよ…。しかし…いいな、これ」
「え?」
「起きて真っ先に見るのがお前って」
「もう、何言ってんの」
「二度寝しようぜ」
「遅刻するよ、朝ごはん食べよう」
「わかったよ…」
気怠そうにしぶしぶ体を起こした大輝は、そのまま洗面所へと向かった。
「はぁ…」
寝起きのあどけない顔でさっきの台詞は罪深い。
気づかれないように火照った顔を冷ましながら、朝食の準備を始めた。
「ふあ〜…やっぱまだ眠ぃ」
「ごめんね、私のせいで…。昨日も私が帰るまで待たせちゃってたし。今日はマッサージさせてね」
「謝るなっつったろ」
「う、ごめ…ありがとう」
「わかりゃいいんだよ」
暫くの間、ことが落ち着くまで、期限があるようでないようなこの状況で、大輝はいつまでここにいてくれるだろうか。
朝食を食べ終え、お弁当を包み、制服に着替える途中の大輝に声をかける。
「あ、そうだ…」
「なんだ?」
「暫く居てくれるんだよね…?」
「そのつもりだけど」
「その、これ」
「鍵?」
「私バイトで遅くなるし、昨日みたいに待たせちゃうと悪いし、好きに使っていいから」
「良いのか?勝手に出入りしてお前の男と鉢合わせたりしねぇ?」
「そんな人いません」
「ならいいけど」
とてもじゃないが大輝が持つには可愛らしすぎる、さつきに貰ったくまのキーホルダーがついたスペアキー。まさか両親以外に家の鍵を預ける日が来ようとは。まるで…
「同棲してるみてぇだな」
「改めて言わないでよ」
「ダメ?」
「…ダメじゃないです」
抱きしめたり、抱きしめられたり、一緒に眠ったり、キスだって一度だけ交わした。それなのに私たちは幼馴染のまま、明確な関係にはなっていない。
他にはない幼馴染という名の強い絆があるために、それを崩すにはとても勇気が足りない。
「じゃ、俺先に出るわ」
「うん、行ってらっしゃい」
「また夜な。気をつけろよ」
「はーい」
大輝を送り出し、軽く夜ご飯の準備をしたあと学校へ行く支度をする。ベランダの物干し竿にこれ見よがしに大輝の洗濯物を干したことを確認し、念入りに戸締りをして家を出た。今日のカフェのバイトは二十二時まで。夜ご飯は一緒に食べられないだろうから、先に食べてて欲しいと書き置きもした。
家に帰った時に、見知った人がいることがわかっているというのはこんなにも嬉しいことなのか。学校へ行く足取りも軽くて、昨日までの不安が嘘のようだった。
「ナマエちゃん、今日顔色いいね」
「そうかな」
「うん、いいことあった?」
「うーん、そうかも」
「えー!なになに?彼氏でもできた?」
「そうじゃないけど」
「ナマエちゃんって何で彼氏作らないの?」
「何で…だろう」
「モテそうなのに」
「モテはしないけど」
昨日私のことを心配してくれたクラスメイトから今日は顔色が良いねと言われ、それからあれよあれよと言う間に恋話に発展。彼氏を作らない理由…。彼氏が欲しいとか思う暇もなく勉強とバイトと両立させる為に頑張っていたせいか、深く考えたことがなかった。ひとりでいるのが寂しくて、誰か一緒にいてくれたらと考えることはあった。でもその誰かは誰でもいいわけではなくて、頭に浮かぶのはいつも同じ人だ。
「そういえば、そっちは彼氏とどうなの?」
「ん〜…どうかな。最近私も学校とバイトが忙しくてあんまり会ってないかも。会うとどうしても…そういう空気になるじゃん、疲れるんだよね」
「え?毎回なの?」
「割とそう。する為だけの女かって感じ」
「ええ〜…大変だね」
「うちらの年頃の男なんてそんなもんじゃない?やりたい盛りっていうか」
「………」
「一緒の空間にいてそう思わない男なんていないと思うけど」
「そうなんだ…」
じゃあ私より五つも年下である大輝はどうなのだろう。あんなにくっついたまま眠ったりして、我慢させているのだろうか。そもそも私に向けてそういう欲が湧いているわけないのでそれは杞憂かと考えるのをやめた。
「お疲れさまでした〜〜」
バイトを終え、家に帰り着くと玄関に明かりがついていて、なんとも言えない嬉しさが込み上げた。部屋までの短い廊下をぱたぱたと駆け、大輝のいる部屋の扉を勢いよく開けると風呂上がりらしい大輝が上半身裸でくつろいでいた。
「おう、おかえり」
「ただいま…!」
「うお!急に飛びつくな」
「いてくれてありがとう」
「んだよ、いるよ普通に」
「帰ってきて人がいるって嬉しい」
「誰でも良いのかよ」
「大輝だから嬉しい」
「へーへーそうかよ」
「お風呂いってくるね!」
「だから急だなお前」
お風呂から上がると、今度はしっかりとTシャツを着た大輝がご飯の用意をしてくれていた。大輝は帰ってきてすぐに食べたらしいのだが、私に付き合って一緒に座ってくれている。見つめられながら自分だけご飯を食べるのは気が引けるが、私を見つめる大輝がなにやら嬉しそうなので良しとする。
「やっぱり美味そうに食うな、お前」
「自分で作ったからそんなに美味しいとか思わないんだけど…大輝がいるから美味しく感じる」
「俺?」
「うん、大輝」
「あっそ」
照れたのかそっぽを向いた大輝だが、私が食べ終わるまで一緒に座ったままいてくれた気遣いが嬉しかった。食器を片付けた私は大輝をベッドに寝かせ、いつものようにマッサージを施した。揉んでいる間に眠ったしまった大輝。部活に真面目に参加しているかはわからないが、それなりに疲れているのにわざわざ私のためにここまで足を運んでくれて、得体の知れない不審者について心労をかけてしまっているのだろう。労いの気持ちを込めて丁寧にマッサージをしたあと、明日のお弁当と夜ご飯の準備をして私も眠りについた。
(この音量でも目覚めないの…?)
慌てて大輝の携帯の画面をスワイプし、音を止める。画面に表示された時間を見るといつもの起床時間よりも少し早かった。…私の家から桐皇までは、大輝が自分の家から通うよりも少し距離が伸びてしまう。その伸びた分の距離をカバーする為に少し早起きしようとしてくれたのだろうか。そういえばおばさんが「泊まりに行くのは良いけど遅刻は許さない」と言っていたと大輝から聞いたような気もする。彼なりの小さな努力と小さな優しさに気付いてしまうと、身長190センチ以上の男子高校生の彼がどうしようもなく愛らしくみえてしまい、思わず笑みがこぼれた。
「ん…なに笑ってんだ」
「おはよう、何でもないよ」
「んだよ…。しかし…いいな、これ」
「え?」
「起きて真っ先に見るのがお前って」
「もう、何言ってんの」
「二度寝しようぜ」
「遅刻するよ、朝ごはん食べよう」
「わかったよ…」
気怠そうにしぶしぶ体を起こした大輝は、そのまま洗面所へと向かった。
「はぁ…」
寝起きのあどけない顔でさっきの台詞は罪深い。
気づかれないように火照った顔を冷ましながら、朝食の準備を始めた。
「ふあ〜…やっぱまだ眠ぃ」
「ごめんね、私のせいで…。昨日も私が帰るまで待たせちゃってたし。今日はマッサージさせてね」
「謝るなっつったろ」
「う、ごめ…ありがとう」
「わかりゃいいんだよ」
暫くの間、ことが落ち着くまで、期限があるようでないようなこの状況で、大輝はいつまでここにいてくれるだろうか。
朝食を食べ終え、お弁当を包み、制服に着替える途中の大輝に声をかける。
「あ、そうだ…」
「なんだ?」
「暫く居てくれるんだよね…?」
「そのつもりだけど」
「その、これ」
「鍵?」
「私バイトで遅くなるし、昨日みたいに待たせちゃうと悪いし、好きに使っていいから」
「良いのか?勝手に出入りしてお前の男と鉢合わせたりしねぇ?」
「そんな人いません」
「ならいいけど」
とてもじゃないが大輝が持つには可愛らしすぎる、さつきに貰ったくまのキーホルダーがついたスペアキー。まさか両親以外に家の鍵を預ける日が来ようとは。まるで…
「同棲してるみてぇだな」
「改めて言わないでよ」
「ダメ?」
「…ダメじゃないです」
抱きしめたり、抱きしめられたり、一緒に眠ったり、キスだって一度だけ交わした。それなのに私たちは幼馴染のまま、明確な関係にはなっていない。
他にはない幼馴染という名の強い絆があるために、それを崩すにはとても勇気が足りない。
「じゃ、俺先に出るわ」
「うん、行ってらっしゃい」
「また夜な。気をつけろよ」
「はーい」
大輝を送り出し、軽く夜ご飯の準備をしたあと学校へ行く支度をする。ベランダの物干し竿にこれ見よがしに大輝の洗濯物を干したことを確認し、念入りに戸締りをして家を出た。今日のカフェのバイトは二十二時まで。夜ご飯は一緒に食べられないだろうから、先に食べてて欲しいと書き置きもした。
家に帰った時に、見知った人がいることがわかっているというのはこんなにも嬉しいことなのか。学校へ行く足取りも軽くて、昨日までの不安が嘘のようだった。
「ナマエちゃん、今日顔色いいね」
「そうかな」
「うん、いいことあった?」
「うーん、そうかも」
「えー!なになに?彼氏でもできた?」
「そうじゃないけど」
「ナマエちゃんって何で彼氏作らないの?」
「何で…だろう」
「モテそうなのに」
「モテはしないけど」
昨日私のことを心配してくれたクラスメイトから今日は顔色が良いねと言われ、それからあれよあれよと言う間に恋話に発展。彼氏を作らない理由…。彼氏が欲しいとか思う暇もなく勉強とバイトと両立させる為に頑張っていたせいか、深く考えたことがなかった。ひとりでいるのが寂しくて、誰か一緒にいてくれたらと考えることはあった。でもその誰かは誰でもいいわけではなくて、頭に浮かぶのはいつも同じ人だ。
「そういえば、そっちは彼氏とどうなの?」
「ん〜…どうかな。最近私も学校とバイトが忙しくてあんまり会ってないかも。会うとどうしても…そういう空気になるじゃん、疲れるんだよね」
「え?毎回なの?」
「割とそう。する為だけの女かって感じ」
「ええ〜…大変だね」
「うちらの年頃の男なんてそんなもんじゃない?やりたい盛りっていうか」
「………」
「一緒の空間にいてそう思わない男なんていないと思うけど」
「そうなんだ…」
じゃあ私より五つも年下である大輝はどうなのだろう。あんなにくっついたまま眠ったりして、我慢させているのだろうか。そもそも私に向けてそういう欲が湧いているわけないのでそれは杞憂かと考えるのをやめた。
「お疲れさまでした〜〜」
バイトを終え、家に帰り着くと玄関に明かりがついていて、なんとも言えない嬉しさが込み上げた。部屋までの短い廊下をぱたぱたと駆け、大輝のいる部屋の扉を勢いよく開けると風呂上がりらしい大輝が上半身裸でくつろいでいた。
「おう、おかえり」
「ただいま…!」
「うお!急に飛びつくな」
「いてくれてありがとう」
「んだよ、いるよ普通に」
「帰ってきて人がいるって嬉しい」
「誰でも良いのかよ」
「大輝だから嬉しい」
「へーへーそうかよ」
「お風呂いってくるね!」
「だから急だなお前」
お風呂から上がると、今度はしっかりとTシャツを着た大輝がご飯の用意をしてくれていた。大輝は帰ってきてすぐに食べたらしいのだが、私に付き合って一緒に座ってくれている。見つめられながら自分だけご飯を食べるのは気が引けるが、私を見つめる大輝がなにやら嬉しそうなので良しとする。
「やっぱり美味そうに食うな、お前」
「自分で作ったからそんなに美味しいとか思わないんだけど…大輝がいるから美味しく感じる」
「俺?」
「うん、大輝」
「あっそ」
照れたのかそっぽを向いた大輝だが、私が食べ終わるまで一緒に座ったままいてくれた気遣いが嬉しかった。食器を片付けた私は大輝をベッドに寝かせ、いつものようにマッサージを施した。揉んでいる間に眠ったしまった大輝。部活に真面目に参加しているかはわからないが、それなりに疲れているのにわざわざ私のためにここまで足を運んでくれて、得体の知れない不審者について心労をかけてしまっているのだろう。労いの気持ちを込めて丁寧にマッサージをしたあと、明日のお弁当と夜ご飯の準備をして私も眠りについた。
