実家に帰った翌日、久々にお母さんが作ってくれたお弁当を持って家を出た。この間ベランダから見た不審な人物の件を両親に話しても解決策は見出せず不安は残ったままだが、お昼にお母さんのお弁当を食べることができると思うと少しだけ気が紛れた。
いつもより一時間ほど早く起きて実家を出て電車に乗り、一度自分の家に荷物を置いて学校に向かった。特に変わったことはないようだった。
学校についても不安ばかりが付きまとい、授業もろくに頭に入らなかった。それなのにこんな日に限って教壇に立つ先生から指名されてしまい、答えられないなんてこともあった。こんなに嫌な事ばかり続くのは何故だろうかと、普段気にしないおは朝占いは何位だったか携帯で調べてみると存外悪くなく、頭を捻ることになった。
「ナマエちゃん、どうかしたの?」
「え?どうして?」
「授業も上の空って感じだったし」
「ちょっと寝不足なだけ」
「バイト頑張り過ぎないでね」
「うん、ありがとう」
原因はバイトではないのだけれど…クラスメイトに心配をかけてしまったことに申し訳なさを感じながらお弁当を持って中庭へ向かった。今日はひとりで落ち着いて食べたい気分だった。
昨日は久々にあっちに帰ったのに大輝に会えなかったな…。次はいつ会えるだろう。明確な名を持たない私たちの関係では次に会う約束など無く、顔を合わせるのはいつも大輝の気まぐれなタイミングだ。
あの子だって部活があって忙しいはず。ましてやインハイなんて大きな大会の前だから特に大変なはずだ。さつきが「青峰くんは全然部活に来てくれない」と嘆いていたが…顔を出さずとも毎日ボールには触っているだろう。型にはまらないプレースタイルを好む大輝にとっては基礎からしっかり行う部活は少しばかり退屈なのかもしれない。集団生活の中で、大輝のようにワガママばかり言って許されるわけもないのだが、それでも目を瞑られているのは間違いなくあの子が実力者だからである。
なんて、考えればキリがない大輝のこと。
今日もきっと会えないのに、考えれば考えるほど会いたくなって不安が増強していく気がした。
半ば無理矢理意識を逸らすように手元のお弁当箱を見つめた。あ、ウインナーがタコになってる。卵焼きは…相変わらず甘い。食べれば食べるほど懐かしいお母さんの味に緊張がほぐれていくようだった。
それから何とか午後の授業とバイトを終えて店を出たのはもう二十三時過ぎ。先日人影を見た時間に近い時間だった。ああ、また変な人がいたらどうしよう。とりあえず大声を出したら良いだろうか、咄嗟の時って声が出にくいと言うけど大丈夫かな…と喉をさすりながら、もしもの時のことを考えながら家路に着いた。セキュリティも何もない簡素な単身者向けのアパート。あと一万円家賃を高く払ってでもオートロックのついたマンションにしておけばよかったと後悔してもそんなものは後の祭りだ。せめて一階はやめておきなさいとお父さんに言われ、部屋を決めるときには三階にした。エレベーターがついていないアパートだから疲れた体で三階まで階段を登るのは中々につらいものがある。息を切らしながらやっと見えた玄関のドアの前にうずくまる黒い人影があることに気づき、ヒッと息を飲んだところでその人影の正体が大輝だということに気付いた。
「大輝、え?何してるの」
「とりあえず中入れてくれ。体バキバキ」
慌てて鍵を取り出して玄関のドアを開け、大輝とともに部屋に入る。後ろ手に鍵を閉めた大輝はフーッと大きなため息をついて睨むように私を見下ろした。
「さつきから聞いた」
「え?なにを?」
「お前の家の近くに不審者が出たって。日曜日別れたあとだろ?やっぱ送れば良かったな。悪ぃ」
さつきに直接話した覚えはない。恐らくあの子は昨日の夜の私とお父さん達の会話を聞いていたのだろう。
「でも何で大輝が?」
「お前のとこの親父さん達動けねぇんだろ?うちのお袋に話したら、だったらあんたが行ってあげなさいってうるさくて」
「おばさんが…」
「お前のとこの母ちゃんにもちゃんと話してある。助かるってさ」
「…ごめんね、迷惑かけて」
「あのさ、いつも言ってるけどそれどうにかなんねぇの?」
「え?」
「迷惑なんて思ってねぇよ。お前が年下の俺たちに心配かけまいとしてるのもわかる。でもな、さつきと違って俺は男だし、なんかあった時少しくらい役に立つだろ。頼れよ、俺に」
そう言って私を抱き寄せてくれた大輝に、今までの緊張がスッとほぐれてだらしなく涙が溢れた。
「本当は怖かった」
「ああ」
「大輝にそばにいて欲しいって思った」
「ああ」
「でも…わがまま言えないじゃない」
「言えよ、お前のわがままくらい俺が聞いてやる」
あやすように頭を撫でられ、ひどく安心した。
「あ…でも大輝学校は?」
「ここからでも通えるだろ」
「いいの?大変でしょ?」
「お前の飯食えるなら安いもんだ」
「ちゃんとお弁当作るね」
暫く泣いて落ち着いたあと、順番に風呂に入りお弁当の準備をした。私が弁当のおかずを作っている間、大輝はベランダに出て何か考え込んでいるようだった。
「よし、完璧」
大輝の好きなものをふんだんに詰め込んだお弁当箱を冷蔵庫にしまい、未だにベランダにいる大輝に声をかける。
「どうかしたの?」
「いや、この辺空き巣とか入られやすいのかと思ってよ」
「空き巣?」
「夜中にあんなとこに人がいるなんて不自然だろ。空き巣の下見なのか、ここに住んでるのが女だけなのか確認してたんじゃねぇかと思って」
大輝の言葉に体がブルっと震えた。
空き巣の可能性、そして女のひとり暮らしを狙って乱暴される可能性。どちらも想像上の話だが、もし狙われたのが私だったら?今日ここに大輝がいなかったら?そう思うと恐怖で足がすくんだ。
「これから毎日俺の服とか下着とか、外から見えるように干しておけよ。少しは防犯になんだろ」
「うん、わかった」
「んな不安そうな顔すんなって」
「…怖くて」
「大丈夫、俺がいるだろ」
「ありがとう」
おは朝占いの順位が悪くなかった理由はこれだったのかとひとり納得して大輝に抱きしめられたまま、ひとつのベッドで眠った。
いつもより一時間ほど早く起きて実家を出て電車に乗り、一度自分の家に荷物を置いて学校に向かった。特に変わったことはないようだった。
学校についても不安ばかりが付きまとい、授業もろくに頭に入らなかった。それなのにこんな日に限って教壇に立つ先生から指名されてしまい、答えられないなんてこともあった。こんなに嫌な事ばかり続くのは何故だろうかと、普段気にしないおは朝占いは何位だったか携帯で調べてみると存外悪くなく、頭を捻ることになった。
「ナマエちゃん、どうかしたの?」
「え?どうして?」
「授業も上の空って感じだったし」
「ちょっと寝不足なだけ」
「バイト頑張り過ぎないでね」
「うん、ありがとう」
原因はバイトではないのだけれど…クラスメイトに心配をかけてしまったことに申し訳なさを感じながらお弁当を持って中庭へ向かった。今日はひとりで落ち着いて食べたい気分だった。
昨日は久々にあっちに帰ったのに大輝に会えなかったな…。次はいつ会えるだろう。明確な名を持たない私たちの関係では次に会う約束など無く、顔を合わせるのはいつも大輝の気まぐれなタイミングだ。
あの子だって部活があって忙しいはず。ましてやインハイなんて大きな大会の前だから特に大変なはずだ。さつきが「青峰くんは全然部活に来てくれない」と嘆いていたが…顔を出さずとも毎日ボールには触っているだろう。型にはまらないプレースタイルを好む大輝にとっては基礎からしっかり行う部活は少しばかり退屈なのかもしれない。集団生活の中で、大輝のようにワガママばかり言って許されるわけもないのだが、それでも目を瞑られているのは間違いなくあの子が実力者だからである。
なんて、考えればキリがない大輝のこと。
今日もきっと会えないのに、考えれば考えるほど会いたくなって不安が増強していく気がした。
半ば無理矢理意識を逸らすように手元のお弁当箱を見つめた。あ、ウインナーがタコになってる。卵焼きは…相変わらず甘い。食べれば食べるほど懐かしいお母さんの味に緊張がほぐれていくようだった。
それから何とか午後の授業とバイトを終えて店を出たのはもう二十三時過ぎ。先日人影を見た時間に近い時間だった。ああ、また変な人がいたらどうしよう。とりあえず大声を出したら良いだろうか、咄嗟の時って声が出にくいと言うけど大丈夫かな…と喉をさすりながら、もしもの時のことを考えながら家路に着いた。セキュリティも何もない簡素な単身者向けのアパート。あと一万円家賃を高く払ってでもオートロックのついたマンションにしておけばよかったと後悔してもそんなものは後の祭りだ。せめて一階はやめておきなさいとお父さんに言われ、部屋を決めるときには三階にした。エレベーターがついていないアパートだから疲れた体で三階まで階段を登るのは中々につらいものがある。息を切らしながらやっと見えた玄関のドアの前にうずくまる黒い人影があることに気づき、ヒッと息を飲んだところでその人影の正体が大輝だということに気付いた。
「大輝、え?何してるの」
「とりあえず中入れてくれ。体バキバキ」
慌てて鍵を取り出して玄関のドアを開け、大輝とともに部屋に入る。後ろ手に鍵を閉めた大輝はフーッと大きなため息をついて睨むように私を見下ろした。
「さつきから聞いた」
「え?なにを?」
「お前の家の近くに不審者が出たって。日曜日別れたあとだろ?やっぱ送れば良かったな。悪ぃ」
さつきに直接話した覚えはない。恐らくあの子は昨日の夜の私とお父さん達の会話を聞いていたのだろう。
「でも何で大輝が?」
「お前のとこの親父さん達動けねぇんだろ?うちのお袋に話したら、だったらあんたが行ってあげなさいってうるさくて」
「おばさんが…」
「お前のとこの母ちゃんにもちゃんと話してある。助かるってさ」
「…ごめんね、迷惑かけて」
「あのさ、いつも言ってるけどそれどうにかなんねぇの?」
「え?」
「迷惑なんて思ってねぇよ。お前が年下の俺たちに心配かけまいとしてるのもわかる。でもな、さつきと違って俺は男だし、なんかあった時少しくらい役に立つだろ。頼れよ、俺に」
そう言って私を抱き寄せてくれた大輝に、今までの緊張がスッとほぐれてだらしなく涙が溢れた。
「本当は怖かった」
「ああ」
「大輝にそばにいて欲しいって思った」
「ああ」
「でも…わがまま言えないじゃない」
「言えよ、お前のわがままくらい俺が聞いてやる」
あやすように頭を撫でられ、ひどく安心した。
「あ…でも大輝学校は?」
「ここからでも通えるだろ」
「いいの?大変でしょ?」
「お前の飯食えるなら安いもんだ」
「ちゃんとお弁当作るね」
暫く泣いて落ち着いたあと、順番に風呂に入りお弁当の準備をした。私が弁当のおかずを作っている間、大輝はベランダに出て何か考え込んでいるようだった。
「よし、完璧」
大輝の好きなものをふんだんに詰め込んだお弁当箱を冷蔵庫にしまい、未だにベランダにいる大輝に声をかける。
「どうかしたの?」
「いや、この辺空き巣とか入られやすいのかと思ってよ」
「空き巣?」
「夜中にあんなとこに人がいるなんて不自然だろ。空き巣の下見なのか、ここに住んでるのが女だけなのか確認してたんじゃねぇかと思って」
大輝の言葉に体がブルっと震えた。
空き巣の可能性、そして女のひとり暮らしを狙って乱暴される可能性。どちらも想像上の話だが、もし狙われたのが私だったら?今日ここに大輝がいなかったら?そう思うと恐怖で足がすくんだ。
「これから毎日俺の服とか下着とか、外から見えるように干しておけよ。少しは防犯になんだろ」
「うん、わかった」
「んな不安そうな顔すんなって」
「…怖くて」
「大丈夫、俺がいるだろ」
「ありがとう」
おは朝占いの順位が悪くなかった理由はこれだったのかとひとり納得して大輝に抱きしめられたまま、ひとつのベッドで眠った。
