海常GW合宿3
翌朝、六時の館内放送により起床した。私以外は早々にジャージに着替えて朝食前のトレーニングだ。私は身支度を整えそのまま食堂に向かった。朝食は私一人での準備となるが、ご飯とお味噌汁以外のおかずは外注になっているらしいのでゆっくり準備を始めた。昨日の夜セットしていた炊飯器の蓋を開けご飯が無事に炊けていることを確認してお味噌汁の下ごしらえ。玉ねぎと油揚げとネギのシンプルなものだが量が多いのでそれなりに大変だ。お味噌汁が完成したところで業者が到着し朝食のおかずを置いていってくれた。簡易的なお弁当箱のようなものに一人分ずつ焼き魚や卵焼きといった理想的な朝食のおかずが入っていた。なるほど、これは便利だな。もういっそ昼食も夕食もこれでいいのでは…と思ったが予算の関係とか色々あるのだろう。
昨日確認したスケジュールによると、朝食は七時半からだった。間に合うようにすべての席に配膳をした所でみんなが帰ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「朝から疲れた…」
「汗だくだね、ご飯食べて元気出して」
「ありがとうございます」
今朝はみんなで砂浜でのランニングをしてきたらしい。砂の上でのトレーニングは骨や関節に負担をかけずに筋力の向上を望める効果的なトレーニングとされている。
朝食を全てきっちり食べ終え、このあとは体育館に移動して県内の大学生を相手に練習試合をおこなうようだ。私は試合後のケアのみを頼まれているため、みんなが体育館に移動したあと昼食の準備に取り掛かった。それからお布団を干している一年生に混じって、洗濯物やお風呂の掃除などを手伝った。
昼食を挟んで再び練習試合、それから休憩時間を挟んで今度は筋力トレーニング。これだけの間体を動かし続けるのは容易なことではない。レギュラーメンバー以外の部員の子たちは疲労困憊といった様子で立ち上がるのもままならないほどだった。それに比べて…笠松くんを筆頭にレギュラーメンバーは疲労の色こそ見えてはいるがまだまだ動けそうな感じだった。この子たちがいかに普段からレベルの高いトレーニングをしているのかがわかる有様だった。
夕食を終えてお風呂に入り、みんなのマッサージをして眠りにつく。そして翌朝、また六時に起きて朝食の準備。合宿の二日目と三日目はほぼ同じメニューだった。そして、迎えた合宿最終日。この日は県内の強豪校とインハイ予選前の模擬戦が行われた。笠松くんの精神的支柱になるキャプテンシーと涼ちゃんの爆発力、他のメンバーの安定した実力をもって初めて完成される海常のバスケ。海常は頭一つ抜きん出ているとはいえ、それでも決して安心できるほどのレベルの差はなく、何かひとつでも歯車がずれてしまえばどうなるかわからないくらいの実力差のようだった。
「はぁはぁ…っ…結構詰められたな」
「ギリギリだったな」
「余裕は無いなぁ〜〜」
「いや、その発言余裕ありますよね」
連日早朝から夜遅くまでトレーニングし続けたことにより、もちろん疲労の色は濃い。しかしその状態でこれだけの試合ができたことが彼らにとってある種の自信になっているように見えた。
「「ありがとうございました!!」」
全ての日程を終えて四日間お世話になった体育館と施設をみんなで掃除してバスに乗り込む。一度海常に集合して、居残りメンバーと共に明日からの練習メニューの確認とミーティングをするらしい。
「ナマエさん荷物持ちますよ」
「涼ちゃんありがとう」
「約束どおり俺の隣に座ってくださいッス」
「うん。あ、そうだ!ジャージありがとう」
「どういたしまして、役に立って何よりです」
「洗って返したいんだけど…来週になってもいい?」
「洗わなくていいッスよ!このままで全然平気」
「本当?汚れちゃってないかな」
「ナマエさんの匂い堪能します」
「やだ本当に洗わせて」
「冗談ッスよ〜〜」
帰りのバスの中はとても静かだった。みんな疲れ果てて眠ってしまっている。そんな中、涼ちゃんだけは私の隣でばっちり目を開けていた。
「涼ちゃん寝ないの?疲れてるでしょ」
「せっかくナマエさん独り占めしてるのに」
「そう?」
「そうッス。普段は先輩たちに取られまくりだから今日くらいいいでしょ」
「眠くなったらちゃんと寝てね」
「はい。ナマエさんってさ、卒業したらどうすんの?」
「すぐ就職はするよ。実践経験積んでなんぼだから」
「病院系?それともスポーツトレーナー?」
「いずれはトレーナーというか、アスリートのサポーターとして食べていきたいけど…その前にお金貯めなきゃどうしようもないからね」
「そっか…。俺ナマエさんと離れるの寂しいッス」
「ありがとう。私も海常メンバー大好きだからその日が来るのがつらいな」
「へへ、嬉しいッスね」
「涼ちゃんのお陰でみんなと出会えたこと感謝してるよ。バスケにも詳しくなったし」
「そういえばナマエさんは桃っちみたいにバスケ詳しくなかったッスね」
「バスケはね、さつきと大輝の聖域みたいなものだと思って一線引いてた。でも将来のために勉強しなきゃいけないことだと思って…」
他愛ない話をしていると涼ちゃんがうつらうつらと船を漕ぎ始めたので、話をやめて手の甲を柔らかく撫でてあげると彼はすぐに眠った。お疲れ様と小さく声をかけ、私も彼の肩に頭を預けてしばし眠りについた。
カシャカシャと写真を撮る音がして目が覚めた。すでにバスは止まっていて、海常に到着しているようだ。隣を見ると涼ちゃんはまだ寝ており、音の正体はここではない。
「小堀くん、何撮ってたの」
「天使がいるなと思って」
「天使?」
撮ったばかりの写真を見せてもらうと、あどけない表情で眠る涼ちゃんとその隣で寄り添うように眠る私が写っていた。何これ、涼ちゃんほんとに天使みたい。
「小堀くん、私にも送って」
「え?良いんですか?」
「だってこの黄瀬くん超かわいい」
「あ、そっち?」
「天使で間違いない」
「二人とも天使の寝顔でしたよ」
「やめてよ、私の寝顔なんて」
やいやい言っていると涼ちゃんが目覚めた。何の騒ぎかと聞かれたので送ってもらったばかりの写真を見せる。
「うわ、超かわいい」
「黄瀬くんの寝顔天使みたい」
「俺?ナマエさんっしょ」
「私?ないない」
「いや、ナマエさんの方が可愛い」
「黄瀬くんには負ける」
「何言ってるんスか。とりあえず待受にしよう」
「恥ずかしいからやめてよ」
涼ちゃんは先程の写真を待受にしてみんなに見せびらかしていた。涼ちゃんの寝顔は本当に天使だったが…となりにいるのが私なので何ともいえない申し訳ない気分になる。
「ナマエさん、ミーティングどうします?」
「あ、笠松くん。私出なくてもいいんだったら先に帰るよ」
「わかりました。全員整列!!」
バスを降りた直後、笠松くんの号令により、合宿参加メンバーがずらりと並んだ。何事かと思えば、先に帰る私のために全員で挨拶をしてくれた。
「マジでお世話になりました」
「仕事だから気にしないで」
「本当に助かりました」
「また来週もよろしくお願いします」
みんなにお礼を言って手を振り、一足先に海常を出て電車に乗った。
疲れたな…でも勉強になった。私にはまだまだ学ばなきゃいけないことがたくさんあるから、こういう場はとてもありがたかった。
どのメンバーにどういう施術をしたか、その施術によりどこがどのように改善したのかなど合宿でのことを思い出しながらできる限り書き出す。いずれ私がいなくなっても自分の体と向き合う時の役に立てて欲しいからだ。今のレギュラーメンバーとの付き合いは実質あと半年あるかないかくらいだろう。寂しいけれど、ウインターカップが終われば三年生は引退だし、私もその頃までサポートを続けられるかはわからない。
「ふぅー…こんなもんかな」
自宅の最寄り駅に着く手前でノートを閉じた。
ホームに着いたことを知らせるアナウンスが流れ、人の波に乗って急いで電車から降りる。
四日ぶりの我が家に帰り着き、荷ほどきをしながら合宿中の楽しかった時間に想いを馳せる。もう二度と戻ることができない高校時代に戻れたような気がしてとても楽しかった。私を海常バスケ部に誘ってくれた涼ちゃんへ心から感謝の気持ちでいっぱいだった。
