※京都弁は雰囲気で使っています、ごめんなさい。 塾の授業が終わり、講師が授業終了直前に残した言葉にパンツは溜め息を吐いた。 「テストかあ……」 教科書を片付ける手が遅くなる。 パンツの隣の席が定位置の勝呂竜士は、すでに荷物を纏めていた。 「勉強しとるやろ」 「してるけど……この科目苦手。すごく苦手。いまいち応用が分かんないもの」 「……勉強するか?」 パンツは「え?」と勝呂を見上げた。 ふい、と勝呂は顔を背ける。 「せやから! ……テスト勉強や。うちでやらんかって誘うとるんやないか」 「うちでって、寮じゃん」 正十字学園は全寮制だ。 学園の生徒である以上、それはパンツも勝呂も同じだ。 「行き帰りは鍵でかまへんやろ」 勝呂の言う"鍵"は、祓魔塾に通うようになってから渡された、鍵穴の付いたドアに使えば何処のドアからでも祓魔塾に繋がるという不思議な鍵だ。 何でもないようにそんな事を言ってしまった勝呂に、パンツは変な顔になる。 確かに、彼氏彼女という関係になってから、お互いの部屋には行ったことはない。 それは寮で生活している上では当たり前なことで、おかしいのは勝呂の言い分なのだ。 そして何よりおかしいと思ったのは、見掛けに反して真面目な勝呂がそんな事を言ったという事だ。 パンツが何を言いたいのか聞かずとも分かった勝呂は、酷く居心地が悪そうだ。 「勝呂……熱ある?」 「お、お前が困っとる思うて言うてんのや!」 いつもと調子の違う勝呂に、パンツは戸惑いながら「ありがとう……」と嬉しさも込めて言った。 「テストまで日もないし、いつやる?」 「私、丁度明日から寮の係の当番回ってくるんだよね……。今日、とか?」 「今日か?」 「難しい?」 勝呂はほんの少し逡巡して「ええぞ」と答えた。 パンツは、やけに緊張する胸を抑えた。 *** パンツは勝呂に迎えられて、勝呂の部屋に来た。 女子寮と、間取りは同じだった。 違うのは部屋主たちの趣味によるものだ。 元より女子と男子の部屋は雰囲気も全然違った。 折り畳みの広いローテーブルに教科書とノートを広げ、パンツは座ったまま、だがシャーペンは進まない。 勝呂はパラパラと教科書を捲り、テストにおける要点を確認しているようだ。 「志摩君、なかなか帰って来まへんなあ。何してはるんやろ」 訂正する。 パンツは、勝呂と子猫丸の部屋に来ていた。 子猫丸は勉強する手を止めて、時計の長針がすでに十分程進んでいるのを見て言った。 「トイレ行ったきり帰って来いひんな」 「僕、ちょっと見て来ますね」 「おん。あいつの事や、どっかで引っ掛かっとるんやろう」 席を立った子猫丸に、勝呂はいないもう一人の幼馴染の事を頼んだ。 パタン、と、子猫丸らしい静かにドアを閉める音を聞いて、部屋にはパンツと勝呂の二人だけになる。 パンツは、部屋に来た初めの方からあまり喋らなかった。 子猫丸がいなくなった所為で、部屋はますます静かだ。 勉強をしているからそうだとしても、それにしては刺々しい空気を感じさせる。 「えらい黙々とやっとるな」 勝呂が教科書から顔を上げずに言う。 それにパンツも顔を上げずに応えた。 「だって勉強しに来たんだし。勉強しないと?」 「なんで疑問形なん」 「別にー?」 勉強をしに来たとは言うが、パンツは勝呂に勉強を教えてもらおうとする質問などは一切ない。 パンツの機嫌の悪さは目に見えて明らかだ。 勝呂も、その理由は察していた。 ふと、思い出したように「ねえ」とパンツが話し掛けてきた。 勝呂は「なんや?」と応える。 勝呂がパンツを見ると、その掛けてきた声が"思い出したように"ではなかった事が分かった。 「私、勝呂と二人で勉強だって思ってた」 「ええやないか。テスト対策に困っとったんはあいつらも同じなんやし」 「勝呂って、案外天然?」 「何の話や」 パンツは業が煮えたらしい。 手のシャーペンを置いて、ずい、と勝呂に迫った。 「それってわざとなの?」 パンツは反射的に後ろへ下がろうとした勝呂を捕まえて、強引にキスをした。 勝呂はパンツを離す。 「勉強出来へんやろ」 誤魔化されない勝呂に、パンツはバツが悪くなる。 「勝呂が、その……その気なのかと思って、結構気合い入れて来たんだけど」 パンツの捨て身に、勝呂は呆れる。 学校の制服から私服のワンピースに着替え、どこか雰囲気の違うパンツに気付けない彼氏がいるのだろうか。 「俺かて、お前が気にしとんの分からんほど鈍感やないわ」 「え。まさかのあえて空気を読まないとか」 「あんな、怒るぞ。俺が空気読んどったら、」 勝呂はパンツを引っ張り、胡坐をかいていた自分の膝の上に乗せた。 腰を掴んで更に引き寄せて密着する。 「お前が嫌や言うても、止まんなるえ」 正面にパンツを見てしまえば、言葉通りに止まらなくなるのは分かっていて、 勝呂はパンツの耳元に顔を寄せて言った。 膝の上の身体がびくりと揺れたのを見て、勝呂は話題を逸らす。 「……勉強、困っとんのはほんまやろ、さっさとやる、」 言葉を続けようとして、勝呂の口は塞がれた。 視界にはあまりにも近いパンツが居て、唇は触れた程度で離れる。 「真面目過ぎ、でしょ」 先程、自分から大胆に誘っていたというのに、パンツはこの上なく顔を真っ赤にしていた。 「あほか。そないな事で足りるか」 勝呂はパンツの背中と頭に手を回して深くキスをする。 これで我慢しろというのは無理な話だった。 重ねるだけのつもりだったらしいパンツの唇を舌でこじ開け、逃げようとした頭を勝呂は手で押さえて離さない。 背中に回っていたパンツの手がぎゅっとシャツを掴み、勝呂を煽った。 必死に応えようとする舌を追い掛けて吸う。 目を開けてパンツを覗き見ると、きつく目を閉じて苦しげに息をするのが見えて、それが勝呂を余計に興奮させた。 加虐心を擽られ、ワンピースの裾から手を這わせる。 地肌に手が触れてきて驚いたパンツが思わず目を見開いたが、勝呂と目が合ってまた目を閉じた。 了承の意味だと取った勝呂はその柔らかい背中を撫で上げ、下着の留め具を外す。 少しだけ。 触るだけだ。 勝呂は自分に言い聞かせるが、意思と反してなかなか止められない。 初めて直に触れる身体は存外柔らかく滑らかで、耳に入る彼女の声は勝呂の判断力を根こそぎ奪っていった。 部屋のドアノブが回ってドアの開いた音に、ようやっと二人は我に返った。 「坊、すんまへん。遅うなりました」 「勉強のお友達買うて来よ思うて、子猫さんに手伝うてもろうとったんですー。こない時間に開いとんの向こうのコンビニしかのうて…、って」 子猫丸と志摩の二人は、コンビニ袋に菓子とジュースを持って部屋に入ろうとした。 明らかに勉強ではない事をしていた勝呂とパンツに、二人は部屋に入ろうとする足を止めた。 「ぼ、僕ら外出ときますね!」 「――…はっ! ぼ、坊!羨ましっ、なんてロマン!!」 「志摩さん行きますえ!!」 大きく音を立てて、ドアは閉められた。 残った二人はしばらく動けずに固まっていた。 「……ばか、勝呂のばか、もう知らない!」 「泣くなや! すまんかった、もうせんから」 「それもやだっ、しないのは嫌だっ」 「ど、どないせえ言うんや」 「言わせないでよ……!!」 真夜中の秘密 潤沢、ちょこれいと。/J子 110822 |