フリークスの楽園6 | ナノ


● 禁断の果実

どこで間違えたのか、それは分からない。けれど確かに臨也は、間違えてしまったのだ。

「俺はさ、見ていたいんだよ。シズちゃんが殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてたまらなかった俺を相手に、惚けたツラで笑って見せるのを、心の中であざ笑っていたいわけ。もうちょっとそんなシズちゃんを見ていたいんだよ。ねえ新羅、聞いてる?」
「聞いてるよ。君は静雄の笑顔を見ていたいんだね」
なんだか意図的に捻じ曲がった解釈をされた気がする。だが、反論しようとすると、おかしなことだが言葉に詰まる。しかたないので、反論は諦めて先を続けた。
「でもさ、シズちゃんが惚れてて、笑いかけたり甘えたりする相手は、ずっと殺し合いをしてきた俺じゃなくて、このほんのちょっとの間の、シズちゃんのことを忘れてた俺なわけだよ。バラしたら、もう、笑ってくれないだろ」
「そうだね。それどころか、君のことを更に憎み嫌悪することになるね」
新羅の言葉は、どこまでも正確で的を射ている。怒っているのか、と感じていたが、どうやらそうでもないらしい。新羅の視線はまっすぐで、その黒い瞳はどこか憐れんでいるようですらあった。そして新羅は、言葉を続ける。

「静雄に笑っていて欲しいなら、君は、静雄に会って過ごしたこの7年間をすべて否定して、その滑稽な芝居を続けないといけないね。静雄が気付いてしまうことに毎日怯えながら」

7年間。けして短くはないその年月を、臨也と静雄と関わりながら過ごしてきた友人は、眼鏡の硝子越しに、まっすぐ臨也をみている。そして温度を感じさせない声で続けた。

「臨也。それが、君の罰だよ」




● フリークスの楽園

例えば、折原臨也という人間ではない、まったく別の何かになれば、何のわだかまりもなく傍にいられるだろうか。そんな愚にも付かないことを考えたりもした。

静雄の住む賃貸アパートに戻ると、静雄はキッチンで昼食の用意をしているようだった。
「ただいま、シズちゃん」
声をかけると、静雄は驚いたように臨也を見て、そしてちょっと複雑そうな顔をしてから、笑った。
「…おう」
「お腹減っちゃったよ」
「手ぇ洗え。…新羅、なんつってた?」
「んー…、まあそのうち戻るんじゃない? って」
「いい加減だな…」
また嘘を重ねた。臨也にとって、嘘をつくことなんて恒常的なものだったが、この嘘は自分をも苦しめる。
それでも、どうしてもこの楽園を、追放されたくはないのだ。
それに静雄は、臨也の言葉に安堵しているようだった。朝は、新羅に早く治してもらえ、と言っていた静雄だが、やはり彼も、この空間が心地いいのだろう。

小さなテーブルの上には、既に何枚かパンケーキが積み上がっており、いい匂いがした。よくよく見てみると、ふっくらと焼き上がっているものもあれば、多少膨らみにかけるものもある。器用なのか不器用なのか微妙な静雄らしい。一枚を勝手に手にとって食べる。ちょっと不恰好なそれは、甘くて、美味しい。
臨也がつまみ食いをしたことに気付いた静雄が、妙に不器用に果物を切り分けながら、振り返った。臨也を咎めようとしたその瞬間に、小さく声を上げる。どうやら、指先を切ってしまったらしい。
「シズちゃん、大丈夫?」
「…ああ」
もともと暴力を振るい、振るわれることに慣れたこの男は、多少の傷で動じることなどないし、そもそも特異体質のせいで痛みなど感じていないだろう。だがそれを知らないという芝居を続ける臨也は、静雄の手を取って傷を見た。
「んー、深くないけど、消毒はしたほうがいいね」
「大したことないだろ」
相変わらず、自分の傷にはとことん無頓着な男だ。それでも、やはりこの男は、数時間後には綺麗に消えてしまうこの傷を、臨也の目に触れないように隠すのだろうし、臨也はそれに気付かないふりをするのだろう。
臨也は、ぷくりと赤い血の浮き出したその指先を軽く口に含んだ。静雄は慌てたようだが、「消毒だよ」と言うと大人しくなったので、調子に乗って、じゃれつくように軽く歯を立ててみる。
「猫かお前は」
ちょっと照れた顔をしながら呆れたように言うだけで、やはり静雄は怒り出したりしなかった。
「猫でもいいよ。シズちゃん猫とか好きっぽい感じがする」
「どっちかっつーと犬の方が好きだ」
「じゃあ、犬になる。そしたら俺をここで飼ってくれる?」
「…バカか」
こんな風に、ほんの少し優しく接してやれば、こんなに穏やかで優しくなってしまうのかと思うと、可笑しくなった。可笑し過ぎて声が震える。吐息が跳ねて、なんだか嗚咽みたいだ、と人事のように思う。
「臨也? …泣いてんのか?」
静雄が不思議そうに顔を覗き込んでくる。そんなわけないだろ、相変わらずバカだなシズちゃん。そう思いながらも、吐息の震えがおさまりそうにない。
つ、と静雄が、酷く不器用に臨也の頬に触れた。誤魔化しようのない涙を拭う。
「おい臨也、どっか痛むのか?」
驚きと慌てを滲ませた声で、まるでこどもを相手にしているみたいに問いかけてくる。それがまたやさしくて、ひどく、痛かった。
痛い、痛いよシズちゃん。
この痛みを訴えたいのに、臨也には言葉にするすべがない。代わりに、あからさまに動揺している静雄の肩を抱きしめて縋り、唇を合わせて静雄の熱を求めた。苦々しい自分の涙の味がする口付けだった。

悪いことをすると罰が当たるよ。それは本当だったのだと、今になって知る。甘く歪んだ楽園にあって、このなすすべのない痛みと苦しさが、罰の味だった。


(フリークスの楽園 6・完)
(2010/06/30)






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -